第13話~友達~
月が昇っていた。
学園は夜の帷が下りた。
森での戦闘の後、詩歩と海崎は、負傷したアリアと和流を連れ学園医務長の御影臨美に引き渡した。その後、御影の指示で医師の小牧という男が9人の医療担当者達を引き連れカステル一行を医務室に運んだ。
カステルとエドルド、ザジ、そしてマルコムの4人は御影の医務室に搬送され治療を受けたが、それ以外の騎士達は医務室に入り切らず20人の騎士全員は大講堂に布団等を敷いて医療担当者達が治療に当たった。
アリアは和流の”生長刻の実”のお陰ですぐに回復した。もともとエドルドが手加減をしていたという事もあるようで、顔に痣が出来ただけであとはなんの後遺症もなかったようが、念の為医務室に一晩泊まることになった。ただ、和流はマルコムの拳をモロに受けたせいでしばらくはベッドから動けず、カステル一行と同じ医務室の天井の下で大人しく寝かされていた。まだ意識も戻っていない。
カンナ、光希、詩歩の3人は今回の事件に関わったとして重黒木にその日の夜出頭を命じられた。
夜の校舎に3人で入り、暗い廊下を歩いて重黒木の執務室に入った。
重黒木は部屋の奥の机の所の椅子に腕を組んで座っていた。その隣りに海崎が姿勢を正して直立していた。
「序列4位、澄川カンナ。序列20位、祝詩歩。序列25位、篁光希。以上3名出頭致しました」
3人の中で最も序列の高いカンナが出頭の報告をした。
「ああ。夜遅くに済まないな。3人とも、無事で良かった。海崎から既に報告は受けた故、話は分かっている。形式上、当事者からの報告を受けなければならんらしいからな」
「あの、総帥。ユノティアの人達はどうなるんでしょうか? 私達は何か罰を受けるんでしょうか?」
カンナは恐る恐る重黒木に質問した。
光希はカンナの質問を聞いて俯いていたが、詩歩は強気な表情で重黒木を見詰めていた。詩歩は自分の意見を口に出す所がある。今回の件で悪いのはユノティアの一行で、こちら側が罰を受ける事になるのは納得がいかない。詩歩の表情からはそれが読み取れた。しかし、詩歩は何も言わずに黙って重黒木の言葉を待っていた。
「ユノティアの王子一行は怪我が治り次第自国にお帰り頂く。それと、お前達の処分は特にない。この学園は治外法権が適用される。龍武帝国の法は適用されない。そもそも、お前達がやった事は正当防衛だ。例え他国の王子一行だったとしても、我々には身を守る権利がある。それを行使したまでだ。相手が死んでいたら話が変わってくるがな」
「そうですか……」
カンナはほっと息を吐いた。詩歩の表情も心なしか柔らかくなっていた。しかし、光希は重黒木の話を聞いてもまだ俯いたままだ。
「もう行って良いぞ。和流馮景と桜崎アリアの様子も時々見に行ってやってくれ」
重黒木が目を閉じてしまったので、カンナ、光希、詩歩の3人は重黒木と海崎に一礼して執務室を出た。
3人は校舎の入口で綺麗な月を見上げた。
光希はまだ一言も話さず浮かない顔をしていた。その横顔は月明かりに照らされて透き通る程に白く美しかった。
「光希、今日はもう遅いし、寮に帰って一緒にお風呂入ろうか」
カンナが光希に言うと光希は何故か詩歩の方を見た。
「祝さんも、一緒に、どう……かな?」
光希は恥ずかしそうに顔を赤く染めてそわそわとし始めた。
「え!? わ、私!? えっと……い、いいよ、別に、ちょっと位なら」
詩歩も顔を赤く染めてカンカン帽を深く被り、愛刀の紫水をぎゅっと抱き締めた。
「2人とも、照れちゃって」
カンナは2人の様子を見てつい微笑んでいた。
「本当は、桜崎さんも……って思ったけど、また今度……誘ってみる」
「うん、それがいいね」
カンナは光希が自分から他の生徒を誘った事に満足した。ようやく光希も変わってくれたようだ。
3人は体特寮へ仲良く歩いて行った。
各寮にはそれぞれの部屋に浴室が備え付けられている。それ以外にも男女別の共同浴場も用意されていた。生徒同士が交流を深めるという目的があったが、割天風が総帥だった頃はあまりこの共同浴場は利用されていなかった。
カンナも光希も裸になり共同浴場に入って行った。2人とも髪を結いているリボンやゴムを外し髪を下ろした。
「祝さん、どうしたの? 早く入ろうよ」
カンナがまだ脱衣所でモタモタしている詩歩を手招きして呼んだ。
「わ、分かってるよ! 先入ってて」
詩歩はいそいそとタオルで身体を隠しながら浴場に入って来た。
カンナと光希は掛け湯をしながら詩歩の挙動不審な様子に目を奪われていた。
「何よ! 見ないでよ!」
詩歩はカンナと光希の視線に顔を真っ赤にして文句を言った。
「いや、身体隠さなくても」
「リリアさんと燈以外の人とお風呂入るの初めてだから恥ずかしいのよ!」
カンナの言葉にすぐさま詩歩は反論した。
「分かったよ。見ないから、こっち来て。背中お湯掛けてあげる」
カンナが言うと恥ずかしそうに詩歩はカンナと光希の元へ近づいて来た。
詩歩がちょこんと座ったので光希が桶でお湯を掛けてやった。
すると詩歩は今までのツンツンしていた表情を崩し、とても恍惚そうな表情をした。
「……祝さん、可愛い……」
光希が思わず呟くと詩歩はまた顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
それから湯船に浸かることになり、詩歩も身体を隠すタオルをしぶしぶ外し湯船に入った。
一瞬見えた詩歩の裸体は艶やかな美しい肌で女であるカンナさえも見惚れさせるまさに彫刻の様な芸術的な美しさを誇っていた。噂通り恥丘はツルツルだ。
「綺麗な身体……羨ましい」
カンナがつい呟くと詩歩は赤面しながらもカンナをキッと睨み付けた。
「あんま見ないでってば! コンプレックスなの!」
「あ、そうなんだ。ごめん」
「カンナも光希ちゃんも……私の気持は分からなそうだもんなぁ」
詩歩はカンナと光希の股を恨めしそうに見ながら湯船に口まで浸かりブクブクと口から空気の泡を吐いていた。
頬を膨らませてこちらを睨んでいる詩歩を見てこれ以上その話題には触れないようにした。
「祝さん、背中、洗ってあげる」
光希が湯船から立ち上がり外に出ると詩歩も光希の言う通り湯船から上がった。
バスチェアに詩歩を座らせ、光希が泡立たせたタオルで詩歩の背中を優しく擦り始めた。
詩歩は唇をとんがらせてはいるが時折ニコリと口角を上げたり唇を噛み締めたりして嬉しさを隠そうと必死になっていた。
カンナは湯船の縁にもたれ掛かって光希と詩歩の様子を微笑ましく眺めていた。
「祝さん。助けに来てくれてありがとうございました。私、嬉しかった。誰も助けに来てくれないと思い込んでいたから。カンナが来て、祝さんと海崎さんが来て、和流さんが来てくれた。私、本当に嬉しかったです」
「ま、学園の仲間なんだから、当然じゃない。海崎のおじさんは総帥命令で動いていただけだと思うけど、私は、光希ちゃんの事、2年前から友達だと思ってたんだからね。勝手に独りぼっちだとか思わないでよね」
詩歩の言葉は棘があったがその中には優しさしか感じられなかった。光希も嬉しそうに頷き微笑んでいた。
「そういえばさ、光希ちゃん、カステル王子との戦闘で急に動きが変わったけど、何があったの?」
詩歩は背中を洗ってくれている光希の方に首だけ向けて尋ねた。
「あれ? あれはね……」
詩歩が光希の答えを待っていると突然光希は意地悪な笑みを浮かべた。
「教えない!」
「ちょっとぉ〜?? カンナ!? 光希ちゃんが意地悪になったわよ! どういう教育してるのよ!」
詩歩が湯船からにこにこして見守っているカンナに文句を言った。
光希の中の水音の氣は今は感じられない。しかし、消えてしまったわけではないと思っていた。きっと光希の中にはいつも水音が存在し続けているのだ。
その時、突然浴場の戸が勢い良く開いた。
「おいコラ詩歩!! やっと見つけだぞ!! お前、あたし達の晩飯はどうしたんだよ!? なんでこんな所で風呂なんか入ってるんだよ!!」
「げ!! 燈!!」
突然真っ赤なコートを着たショートボブの小さな女、火箸燈が詩歩を怒鳴りつけた。
詩歩の顔が急に青くなった。
「お前今日晩飯当番だから師範の手伝い免除してやったってのに、こんな所で呑気に風呂だと!? どうやらあたしにボコボコにされたいらしいな」
火箸燈は歯を食いしばって怒りを顕にしていた。かなりご立腹のようだ。
「ご、ごめん。今から作る」
「はぁ!? もういいよ! あたしもリリアさんもクタクタだ。ここで風呂入っちまおう! そんで、上がったらカンナに飯作ってもらう! さ、リリアさんも入ろう!」
「え!? 私が作るの!?」
カンナが燈の論理の崩壊した話に驚いて湯船から立ち上がったが燈は構わずその場でコートやら何やら全て脱ぎ捨てて、後ろからひょっこり出て来たタオルで身体を隠している茜リリアの手を引いて浴場に飛び込んで来た。
「詩歩、聴いたわよ? 色々あったんだってね? 詩歩が他のクラスの子の為に動くなんて私感動しちゃったわ。今日のご飯当番の事はいいから、今夜はみんなでお風呂入ってゆっくりしましょ?」
リリアは詩歩の横で膝に手を当ててニコリと微笑んだ。
「はい……ごめんなさい。リリアさん」
詩歩は申し訳なさそうな表情でリリアに謝罪していたが、リリアは微笑んだまま詩歩の頭を撫でてやっていた。
「ほらほらお子様の詩歩! 早く私の背中を洗えよ」
燈はバスチェアに座り詩歩に背中を向けて親指で自分の背中を指した。
「は? それやめてって言ってるでしょ!?」
詩歩は光希が持っていた泡立ったタオルを貰い、ぷんぷん怒りながら燈の背中を力いっぱい洗い始めた。
「痛てっ! 痛てて!? 詩歩てめぇわざとやってんな!?」
「うるさいなぁー! 黙って座ってなさいよ!」
また恒例の詩歩と燈の喧嘩が始まった。そしてまた、いつものようにリリアがそれを止めに入った。
光希はその様子を見てケラケラと笑っていた。こんなに楽しそうな光希は初めて見るかもしれない。
「おい! 光希! お前何笑ってんだよ! ちょっとこっち来い!」
燈の呼び出しを食らってしまったが、光希は嬉しそうにぺたぺたと燈と詩歩の喧嘩している所へ近づいて行った。
「ほおほお! 光希の方が詩歩より下は成長してますなー」
燈はニヤニヤしながら詩歩と光希の股を良く見比べて言った。
「うるさい! 自分だって貧乳のくせに! 馬鹿燈!! あと人の股ジロジロ見んな!! キモイ!! 死ねっ!!」
詩歩が桶を燈にぶつけるといよいよ収拾がつかなくなってきた。
カンナは1人、暴れ回る詩歩と燈と、それを止めようとする光希とリリアを見ながらまた湯船に浸かり、楽しい日常の風景を楽しむ事にした。
結局、この日の夕飯は何故かカンナが5人分作る事になった。
翌日、ユノティアの事件は全生徒に公表されたが、カステル王子一行はいつの間にか学園から消えていた。御影に聞いた話では明け方には全員目を覚まして馬に乗り立ち去ったのだという。
あの自分勝手な王子の事だからただでは帰らないだろうと思っていたがむしろ逆で龍武帝国の通貨で100万銀を置いていったらしい。御影が受け取れないと拒否したがカステルは「迷惑を掛けた上に手当までしてもらった礼だ。今はこれしか渡せないがいずれこの借りは返す」そう言い残し、無理矢理御影に押し付けて去っていったという話だ。
光希はその話を聞いて「そうなんだ」と呟いただけでそれ以上その話には興味を示さなかった。
光希はユノティアの事件以来少しだけ明るく積極的になった。詩歩やアリアと遊んだり、体特の生徒達とも馴染もうと努力していた。
カンナはそんな光希の姿を実の妹の成長のように微笑ましく見守っていた。
騎士国家来訪の章~完~