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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《船上編》
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第128話~繋がる点と点~

 窓からは月明かりが差し込んでいる。

 カンナは大きなベッドに座っていた。柚木(ゆずき)の隣でただ徒に時が流れるのを待たされている気分だった。柚木はこれと言って何かしてくるわけではなく、カンナに延々とこれから2人でどんな生活をしていくかとか、カンナへの愛を語るだとか、そんなお喋りをしているだけだった。

 もちろん、カンナはそんな話に興味はない。柚木と2人で大陸側で暮らしていくなんて考えたくもない。どうにかしてここから逃げ出す方法ばかりが頭の中を駆け巡り、柚木の話の殆どを聞き流していた。

 だが、柚木はカンナが愛想のない返事をしても怒る事はなく笑顔で話を続けるのだった。本当に好きな女に対してただ隣で話しているだけで満足なのだろうか。カンナとしては有難い事だが、男である柚木がカンナに手を出してこない事には些か疑問を抱くようになった。

 食事は十分に与えられている。一緒に囚われて部屋の隅の椅子に大人しく座っている茉里(まつり)にもカンナと同じ待遇が用意され、あれから一度も茉里がぶたれる事はなかった。というのも、茉里がもう一切口を利かず、借りてきた猫のように大人しくしているからなのだが。


「カンナ? 学園の事はもう諦めてください」


「え?」


 ふと柚木の話が変わったので、カンナは初めて聞き返す。


「君がずっと僕の話に上の空だっていうのは分かってました。恐らく、学園の事を考えているんでしょうね。ここから逃げ出して学園に戻る方法を考えているんでしょう」


「そ、そんな事……」


 学園への未練などを口にしたらまた茉里に危害が加わる。それだけは避けなくてはいけないのでカンナは首を横に振る。


「僕はカンナの考えてる事は大体分かります。学園は今まで君にとってたくさんの出来事があった思い出の場所。たくさんのお友達が出来たかけがえのない場所」


「分かってるなら」


「でもね、残念ながら、君の胸にある学園の思い出より、僕のカンナへの愛の方が断然大きい」


 柚木はカンナの頭を優しく撫でた。


「私の事を好きになってくれる気持ちは嬉しいです……でも、だったら私の気持ちも大事にしてください」


「残念だけど、僕と君の愛には、あの学園は障害にしかならない。あの学園はこうして今も君の心を縛り付けている。君だけじゃない。学園の生徒達は皆、あの学園から離れようとしない。立派に成人して、1人で生きていけるだろう生徒達ですら学園の居心地の良さに溺れ、外の世界に出ようとしない。本当の世界は、学園の外だと言うのに」


「……何を……言っているんですか?」


 突然声色の変わった柚木の話にカンナが聞き返す。部屋の隅でそっぽを向いていた茉里も柚木の方を見ている。


「ごめんなさい。怖い話ではないですよ。カンナ。君があの学園にいる限り、君の夢である篝氣功掌(かがりきこうしょう)の普及は実現出来ない。でも、僕と一緒に来れば、道場の1つや2つや3つ、青幻(せいげん)様に頼んですぐに作ってあげられます。(そう)には今武人がたくさん集まっています。彼らは伝説の最強体術である篝氣功掌を学びたがっているんです。ね? 学園にいるよりも、僕と一緒の方が良さそうでしょ?」


 篝氣功掌の普及。それは父、澄川孝謙(すみかわこうけん)の悲願。カンナが受け継いだカンナの目標。確かに、柚木といればそれが実現出来る日は近そうだ。

 しかし──


「でも……」


 カンナが口を開こうとすると、柚木がすかさずそれを遮る。


「今はまだ学園が存在しているから戻れると思ってしまうんです。分かります。ですが、あと数日で学園はなくなり、この学園島は蒼帝国の領土となる。そうなれば、嫌でも諦めがつきます」


 カンナは返す言葉が見付からなかった。言葉でも柚木に勝る事は出来そうにない。


「さ、もう遅いですし、寝ましょうか。大丈夫、君達が変な真似をしない限り僕は何もしませんよ。後醍院(ごだいいん)さんもこっちに来なさい。僕の隣じゃ嫌でしょうからカンナの隣へ」


 茉里は素直に立ち上がるとカンナの隣に腰を下ろした。


「寝よっか、後醍院さん」


「はい」


 茉里は短く答えるとカンナの隣に横になった。

 今は大人しくしているしか方法はない。いつか、ここから逃げるチャンスは必ずある。必ず……。

 本当に、あるのだろうか。

 カンナは茉里と柚木の間に挟まれてベッドに横になった。

 部屋の大きなランプは消され、代わりに小さな蝋燭が灯された。



 ♢



 何度か身体に巻き付く鎖を外そうと試みたが、やはり鉄の鎖はビクともしない。

 つかさは自力での脱出を諦めた。斑鳩(いかるが)達が逃げていった天井の穴があったところをぼーっと見つめる事しか出来ない。

 斑鳩という男を好きになれない。顔がかっこいいとか優しいとかそんなものはつかさには分からない。カンナの恋人なのだからカンナにだけ優しくすればいい。しかし、斑鳩は裏切り者の疑いが掛かる水無瀬蒼衣(みなせあおい)にさえ優しく接する。それが許せなかった。


 部屋の外の話し声が近付いて来る。

 扉が開き、話し声はより大きくなった。男の声と女の声が聞こえる。男の方は蔡禁(さいきん)だが女の方は知らない。

 つかさは鉄格子の内側を向くように縛り付けられている為、背後から近付いて来る声の主の姿を見る事が出来ない。


「ごめんなさい、許してください!」


 女の声は蔡禁に必死に赦しを乞うている。


「静かにしてくださいよ。隊長さん。敵にやられて逃げ帰った者へのお仕置は決まりなんですから。例えそれが隊長だとしても、棒叩きは免れない 」


「私は逃げたわけじゃ」


「言い訳は聞きません。所詮は子供ですねー、隊長さん。大丈夫、俺がこっそり棒叩きじゃない別の痛くないお仕置に変更してあげますから。隊長さんが好きな気持ちのいいやつにね。だから大人しく……」


 近付いて来た蔡禁の声はつかさの背後で途中で止まった。

 背後で女の荒い息遣いだけが聞こえる。


「おい! 斉宮(いつき)つかさ! 他の奴らはどうした?? 水無瀬蒼衣と斑鳩爽(いかるがそう)は!?」


 蔡禁は鉄格子を握り隙間から覗き込む。

 つかさは予想通り驚いている蔡禁の方へ顔を向ける。そこには、目を見開いて顔を真っ青にしているスキンヘッドの蔡禁と黒髪の長い三つ編みの若い女がいた。大分幼く見える。女の頬には赤い星のマーク。肩や胸、腹や太ももがこれ見よがしに露出されたかなり可笑しな格好。太ももには黄色いリボンが巻かれている。黄色いリボン──


「あなた、その黄色いリボン、どうしたの?」


 つかさは見覚えのあるそのリボンが気になり、蔡禁の質問を無視して女に問う。


「え……? このリボン、知っているの?」


「うん、そのリボンは私の友達の」


 言いかけたつかさの黒髪が突然強く引かれた。


「痛っ!!?」


「このアマ! 俺の質問に答えろ! 他の2人はどこへ消えた!? あぁ!?」


「知らないわよ! この中にいないって事はどっかから逃げたんでしょ? 私は見ての通り動けないから2人を逃がしたわけじゃないわよ。気が付いたらいなかったの」


「そんなわけあるか! 3人でここにいたんだから例え手を貸してなくてもどこからどう逃げたかくらい見てんだろ!」


 蔡禁は怒鳴り散らしながらつかさの髪を引き鉄格子に頭を叩き付ける。


「知らない」


「ほう、そうか。あくまでもシラを切り通すってんだな。なら、いいぜ。お仕置してやるよ」


「ちょっ!?」


 蔡禁はそう言うと背後から鉄格子の中に両手を入れ、つかさのたわわな胸を鷲掴みにした。


「いいもん持ってるじゃねぇかつかさちゃんよぉ。さっきの青髪の女やそこの流星(りゅうせい)隊長とは比べ物にならねーくらいのデカさだな。こりゃあお仕置のしがいがある」


「やめろ! 触るな!」


 叫んだ。こうなる事は予想出来た。しかし、こうなってしまった後の事は考えていなかった。そもそも、こうなってしまったらつかさはもう何も考えられない。ただただパニックを起こし、叫ぶだけ。手足が動かせればこの気持ちの悪い男を殺してやるところだが、今回ばかりはそうはいかない。蔡禁のゴツゴツとした大きな手は、つかさの薄手のミリタリーシャツの中へと潜り込み、直接胸を揉み、その先端を蹂躙する。それと同時に感じる感覚は快感などではなく吐き気のする程の嫌悪。そして思考は停止。


 ──誰か、助けて……




「ねえ、蔡禁さん」


「何だ? 流星隊長。今忙しいんだよ。見てわからねーのか?」


「あなたは私をお仕置するんじゃないの? その人は関係ない」


 流星は捕虜の女に乱暴をする蔡禁の後ろに立ったまま静かに問う。


「あんたのお仕置は終わった事にしていいぞ。俺はこの女の胸の方が好みだ。そもそも、俺はあんたみたいな餓鬼の身体に興味はねー。さっさと戻りな」


「私は餓鬼じゃない。隊長だ」


「何言ってる? 10歳そこらの年齢は立派な餓鬼だろ。いいからさっさと出てけ」


 蔡禁は女の胸を揉むのに夢中で流星の方を見ようともしない。もはや流星に対して敬語もない。


「さてさて、こちらもお仕置の時間だ」


 蔡禁は気色の悪い笑みを浮かべながら、暴れる女の下半身へと手を伸ばし、ズボンのホックを器用に外しファスナーを下ろした。

 この世のものとは思えない、喉が避けてしまうのではないかと心配になる程の叫び声を上げながら喚き散らす女。

 大人の女でもそんなに泣くものなのか。そんなに嫌なのか。流星は自分が蔡禁にお仕置と称した陵辱を受けた時の事を思い出した。無骨な男に自分自身の快楽の為に身体を弄られる行為がどれ程不快なものなのか。まだ11歳の流星でも知っていた。

 見ているだけで、目の前の女が不憫に思えてくる。

 流星は太ももに結ばれた黄色いリボンを触った。天津風綾星(あまつかぜあやせ)という女は、容赦のない女だったが、優しかった。優しさというものを感じたのは生まれて初めてだった。その女の友達。大切な人。


 助けたい──


 ふと、女の後ろ手に縛られた手の近くにナイフが落ちているのを見付けた。

 蔡禁は女の身体に夢中で気が付いていないようだ。

 流星がそっとそのナイフを拾っても、蔡禁は気付かない。幸い、護衛の兵士は、蔡禁が流星への淫らなお仕置をする為に部屋の外で待つように命令していたので部屋にはいない。

 ナイフを握り、刃先を蔡禁の毛のない頭に向ける。

 ここでこの男を殺せば、二度と劉雀(りゅうじゃく)のもとには戻れない。捕まれば殺されてしまうかもしれい。

 でも、この女を助けてやりたい。

 流星の中で葛藤が起きたのは初めての経験だった。これまでは全て他人の命令に従ってきた。そうしなければ生きられなかったからだ。だが、もうそんな事はないかもしれない。この女を助けて、もう一度天津風綾星に会いたい。そして、友達になりたい。


「お世話になりました。蔡禁さん。さようなら」


 流星は別れの挨拶をした。蔡禁が振り向く前にその首をナイフで一突き。

 呻き声と共に崩れ落ちる蔡禁。ナイフが刺さったままの傷口からトロトロと溢れ出す真っ赤な血。何とか首に刺さったナイフを抜こうと手を伸ばすが抜くに叶わず、横に倒れて大きな身体をヒクヒクと痙攣させている。人を殺す事には生憎慣れていて特に何も感じない。今感じるのは、自分の力を認めて使ってくれた劉雀と、戦場で負傷した自分を助けてくれた部下の兵士達を裏切ってしまった事に対する罪悪感。しかし、これでいいのだと、自分に言い聞かせた。


「もう大丈夫ですよ。今助けて差し上げます」


 流星は鉄格子から覗き込み、女に声を掛ける。

 女は荒い呼吸を繰り返しながらゆっくりと流星を見た。


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