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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《船上編》
124/132

第124話~蒼帝国幹部・九節鞭の劉雀~


 ****


 斬られた右手と胸から夥しい量の血が流れている。

 激しい痛みに身体を支配され、起き上がる事も出来ず、多知花(たちばな)は仰向けに倒れたまま木々の枝に遮られた空を仰いでいた。

 目の前がぼやけている。血が足りないのだ。荒い呼吸をしながら、多知花は1人、やがて訪れる死を待った。

 自分が黄龍心機(こうりゅうしんき)だと信じていた刀は偽物だった。無様に刀身は真っ二つに切断され地面に転がっている。青幻(せいげん)から偽物の黄龍心機を渡されたという事は、自分は青幻に信用されていなかったという事だ。

 自分よりかなり歳下の女に負けたという事よりも、忠誠を誓った男の信用を得られていなかったという事実の方が多知花には堪えた。蒼建国の前から青幻を支え、付き従ってきたというのに。


「陛下……私はここまでです。貴方の信用を得られなかった無様な側近の役目はここで終わります……が、ただでは死にません」


 誰もいない森の中で、立花は口から血を流しながら言葉を紡ぎ、そして何とか動く左腕を懐に伸ばし、小さな機械を取り出した。神髪瞬花(かみがみしゅんか)の心臓を支配する趣味の悪いリモコンである。


「貴方の最終兵器も道連れにして差し上げましょう。これが、私のささやかな最初で最後の反抗です」


 震える親指でリモコンのスイッチを押そうとした時、左腕に鋭い痛みが走り、リモコンは手から零れ落ちて多知花の視界から消えた。


「くそ……」


 左腕には1本の矢が刺さり、地面に固定されていた。


「あなたには訊きたい事がある。あ、喋らなくていいわ。勝手に視るから」


 目の前に突如現れた女は、そう言いながら多知花の額に手を置いた。

 温かい感覚が身体を満たす。

 襲って来る深い睡魔。

 もう、目を覚まさないだろう。

 キラリと何かが光り、やがて常闇が訪れた。



 ****



 神鏡(しんきょう)で死にかけの多知花という男の記憶を見た。

 神髪瞬花の記憶にあった通り、この男が瞬花を殺すリモコンを持っていた。そのスイッチを多知花が押す瞬間、ギリギリのところで、新居千里(にいせんり)の矢が多知花の左腕を射て止めた。


「危なかったですね。本当にあと1秒遅ければスイッチを押されてました」


 千里が馬から降りて来て鏡子(きょうこ)の隣で言った。


「ええ。叶羽(とわ)とミモザがこの男の居場所を迅速に案内してくれたお陰よ」


 鏡子が言うと、先程合流した叶羽とミモザは寂しそうな表情で笑顔を作った。

 2人がそんな表情をしているのは、馬術師範の南雲(なぐも)が今ここで死んでいる多知花に殺されたからだ。特にミモザは、自分が学園まで負傷した南雲を送り届ける役目を任されていただけに、ショックは相当大きかったようだ。


「それで、私達はどうしましょう? 美濃口(みのぐち)師範。神髪瞬花を敵から外せた事は、今回の戦に大きな影響を及ぼす筈です。このまま浪臥村(ろうがそん)体特(たいとく)槍特(そうとく)の加勢に参りましょうか?」


 千里はいつもと変わらない、冷静な口調で提案した。この千里を初め、アリアや紫月(しづき)、叶羽といった古参の弓特生(きゅうとくせい)は皆南雲の死を知っても涙を流さずにしゃんとしている。

 先程まで大泣きしていたのは新参のミモザと依綱(いづな)だけだ。同じく新参のノアは千里や紫月と同じで無表情で感情が分からない。


「そうしたいけれど、一度学園に戻りましょう。矢の補充も必要だし、この男から得た情報を総帥へお伝えしなければならないわ。それに」


「神髪瞬花も学園に置いてこないと。起きているならまだしも、眠ってるんじゃ戦力にならないし、重いです」


 鏡子の言葉を補足しながら、ノアは自分の馬の背に乗せている眠っている瞬花を親指で指し不満を述べた。落ちないように瞬花はノアの小さな背中にもたれ掛かり、両腕を肩からノアの垂らして眠っている。


「分かっているわ。ごめんね、ノア。瞬花は私が運ぶわ」


 鏡子がノアへ手を差し出すと、ノアは鏡子から顔を逸らした。


「いいですよ。別に」


 鏡子はクスリと笑い、落ちていたリモコンを拾うと馬に乗った。

 そして、弓特生は鏡子の先導で一時学園へと撤退した。





 柚木(ゆずき)によって小舟に乗せられた、澄川(すみかわ)カンナ、後醍院茉里(ごだいいんまつり)斉宮(いつき)つかさ、そして、斑鳩爽(いかるがそう)の4人は、浪臥村の沖合に停泊していた中型船に連れて行かれた。


 「蒼」の文字と「(りゅう)」の文字の旗が風に靡いている。

 木造の船は、その上を歩くだけでギシギシと音を立てる。

 茉里も斑鳩もつかさも後ろ手にロープで縛られたが、カンナだけは両手が自由だった。しかし、周りを刀で武装した屈強な蒼兵10人が取り囲んでいるだけでなく、カンナの隣にピタリとくっ付いている柚木が目を光らせているのでまるで逃げる隙はない。唯一武器を持っていたつかさの豪天棒(ごうてんぼう)も近くの兵士が奪って持っている。

 ふと、柚木は船内の1つの扉の前で止まった。


「とりあえず、劉雀(りゅうじゃく)さんに会ってもらいましょうか」


「劉雀? 九節鞭(くせつべん)の劉雀の事か?」


 斑鳩だけが、その名前に反応した。


「そうです。さすが斑鳩君。博識ですね。かつての龍武(りょうぶ)の都市、清栄荘(せいえいそう)、今の江陽(こうよう)近海で暴れ回った劉海賊団の副頭領で、頭領、狼牙棒(ろうげぼう)劉盤(りゅうばん)の実の弟」


「劉海賊団……その名は聞いた事があります。その男が、青幻の部下に?」


「ええ、兄弟揃って、しかも幹部としてね。蒼帝国建国以来の猛将です。澄川さん」


『幹部』という言葉に、カンナは息を飲んだ。今までもカンナは蒼の幹部と戦った事があるが、一度も1対1で勝てた事がない。柚木が猛将と表現するという事は、相当の手練なのだろう。その世界では有名な者なのだろうが、カンナは劉海賊団の存在を噂程度でしか知らなかった。まだまだ、カンナの知らない武人はたくさんいるのだと思うと、不謹慎ながらも身体は武者震いをしていた。

 柚木は相変わらずの糸目で微笑みを浮かべると、木製の扉を開いた。


「劉雀さん、澄川カンナと後醍院茉里、他2名を連れて参りました」


 柚木が挨拶をすると、カンナ達を見張っていた周りの兵達も一礼し、カンナ達の背中を乱暴に押して部屋の中へと詰め込んだ。


「おう、来たか、柚木。澄川カンナと後醍院茉里……他2名とは何者だ? 陛下のご命令にはないぞ」


 少し広い部屋の奥のソファーに偉そうにふんぞり返って座っているデカい男が言った。劉雀。鳥の腿肉のようなものをムシャムシャと食している。目の前の机には豪華な食事が大量に並べられており、その薫りが空腹を忘れていたカンナ達の鼻腔を刺激した。


「男の方は、学園序列2位の斑鳩爽。こちらの女性は学園序列5位の斉宮つかさです。両名共、武術の腕は確かなので、捕虜として連れて参りました。陛下にお目通しして、蒼で兵士として再教育してお使い頂けないかと思いまして」


「なるほどな。学園の師範をしていた其方が言うなら実力は本物なのだろうな。良かろう。澄川カンナ達と共に連れて行け。柚木」


 劉雀は柚木と会話しながらもムシャムシャと食事を続けている。チラチラと視線を感じたが、劉雀がカンナ達に話し掛けてくる様子はない。


「では、私は4人を蒼へ連行致します」


「いや、待て。柚木。手筈では、王華鉄(おうかてつ)と共にその者達を蒼へ送り届けるのだろう? 王華鉄が来るまで待て。直に学園の制圧も終わりここに戻って来るだろう。それと、碧英港(へきえいこう)から(さん)がこちらに向けて出発したと連絡があった。途中で参の船と合流し、碧英港に迎え」


「参が? ……何の為に?」


 柚木は劉雀の前で初めて笑顔を消した。


「陛下は、其方(そなた)が澄川カンナを連れて逃亡する事を危惧されている。事実、其方の目的は澄川カンナを手に入れる事。それが成就した今となっては、澄川カンナだけを連れて我々を裏切らないとも限らんからな。俺は其方が裏切るとは思っていないが、まあ、保険だな。陛下からのご命令だ。従ってもらう」


「分かりました。参と合流すればいいのですね」


 柚木は真顔で些か不服そうに答えた。だが、劉雀は気にした様子もなくまた肉にかぶりついた。肉汁が顎髭に垂れてテラテラと光っている。


「ところで、劉雀さん。王華鉄さんが浪臥村から離れた後は、あなたが直々に指揮を執るのですか?」


「いや、俺の出る幕はなかろう。学園の手練共は神髪瞬花で十分だし、村と学園の制圧は曹畢(そうひつ)がいれば十分だ。俺の4人の隊長達もいるしな。この分なら兄上の援軍も要らんだろうな」


「神髪……瞬花??」


 突然の名前にカンナと茉里は目を見開いて同時に声を出していた。


「ああ、そうか。お2人は神髪さんがここにいる事を知らなかったんですね。そうですよ。神髪さんは蒼の仲間になり、今学園を襲撃しています。学園陥落も時間の問題でしょう。ま、せいぜい、仲間達が無駄な抵抗をする事なく、蒼に投降してくれる事を祈りましょうね」


 絶望。神髪瞬花と戦った事のあるカンナには学園が束になっても勝てない相手である事は痛いほど分かった。上手く機を見てここから脱出出来たとして、戻る場所がない可能性すらある。割天風(かつてんぷう)がいない今の学園で神髪瞬花とまともに戦える者などいない。瞬花がいなければ、まだこの学園に勝機はあったが、今はそれもない。

 カンナは肩を落とした。同時に脚の力が抜けてよろめくと、すかさず柚木が肩を貸す。


「大丈夫ですか? 澄川さん。お辛い気持ちは分かりますが、もう学園の事は忘れましょう。あの学園に神髪さんを倒せる者がいない以上、学園の敗北は確実です」


 柚木は笑っている。

 カンナは何も答えなかった。

 この男だけは絶対に許さない。怒りの表情を堪えて無表情を貫いたが、握った拳の震えを抑える事は出来なかった。


「ところで、柚木。その男は斑鳩と言ったな?」


 劉雀は突然つかさの隣に無言で立っている斑鳩を指さして言った。


「ええ」


 柚木がコクリと頷く。


「なるほど、其方が引き込んだ学園の内通者の女が言ってた男は其奴か。丁度いい。ごちゃごちゃと煩かったからあの女、船底の倉庫に閉じ込めて蔡禁(さいきん)にお仕置をさせている所だ。その男をあの女と同じ倉庫に閉じ込めてやれ。きっと愛しい男に会えて大喜びするだろうよ。まあ、意識があれば……の話だが」


「ああ、忘れていました。そうですね。それがいい。でも劉雀さん。あまり僕の元生徒を虐めないでください」


 柚木は劉雀の話に苦笑しながら、近くの兵士に斑鳩を引き渡した。


「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか? 学園の内通者の女って? 内通者はあなただけじゃないんですか? 柚木師範」


 カンナは連れて行かれそうな斑鳩を見ると、目の色を変えて柚木に尋問した。


「澄川さんは、知らない方がいいですよ。きっと、傷付きますから」


 柚木の言い方にカンナは心がザワつくのを感じた。学園の内通者の女……一体誰が……。

 すると、カンナの不安を悟ったかのように、斑鳩はカンナを見てコクリと小さく頷いた。その仕草にカンナも僅かに頷いて返す。

 きっと斑鳩はその女から何かしら情報を得るだろう。そしてここからの脱出の糸口にしてくれる筈だ。カンナは斑鳩のまだ死んでいない意志の宿った瞳に希望を抱いた。

 斑鳩はそのまま兵士達に部屋から連れ出されたが、入れ替わるように蒼の兵士が1人、血相を変えて部屋に飛び込んで来た。


「劉雀様、ご報告致します!」


「何だ、騒がしい」


「4人の隊長が……流星(りゅうせい)様を除き皆、敵に討たれました。流星様も脚を槍で貫かれ負傷。戦線には復帰出来ません」


「何!!? 馬鹿な!! 奴らは俺が見込んだ腕利きの者共だぞ!? 神髪瞬花は? 神髪瞬花はどうした!?」


 劉雀は流石に食事をやめ、報告に来た兵士を問い詰める。


「そ、それが、神髪瞬花は学園へ逃走した南雲魁司を追って飛び出し、それを追った多知花様とも連絡がつかず、いずれも行方知れずです」


「ふざけるな!!!」


 劉雀は激昂し目の前の料理が並んだ机を片手で横へ弾き飛ばした。皿は割れ、料理はぐちゃぐちゃになり床に散らばった。


「俺が行く。柚木、王華鉄が戻るまでここにいろ。勝手に出発する事は断じて許さん」


「分かりました。斉宮さんはどうしましょうか?」


「そいつも船底に閉じ込めて蔡禁に見張らせておけ!」


 怒り狂った劉雀はカンナの横を通り、部屋から出て行った。


「全軍上陸準備!」


 背後で劉雀の号令が聞こえた。

 その後すぐにつかさは部屋から連れ出され、先に廊下に出されていた斑鳩と共に階段を降りていった。

 不意につかさが階段の途中で止まりカンナを見た。


「カンナ、諦めちゃ駄目。生きてまた学園で会おう」


 別れ際につかさはそう言うとニコリと微笑んだ。

 カンナはそれに「うん」と、ただ頷く事しか出来なかった。


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