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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《前哨戦編》
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第120話~2人なら~

 屋根の上の斑鳩(いかるが)の両手の指の間には銀色の小さな玉『闘玉(とうぎょく)』が陽の光を反射してキラリと輝いた。

 そうかと思うと、次の瞬間にはカンナの周りの兵達はバタバタと倒れていた。


「弓兵! 弓兵! 屋根の上の男を早く射殺せ!」


 兵達は必死に弓兵を集め、闘玉を8個ずつ同時に連続で投げて来る斑鳩を射殺そうとしている。

 しかし、やっとの思いで掻き集めた弓兵は地上のつかさの豪天棒(ごうてんぼう)によっていとも簡単に殴り倒されてしまった。


澄川(すみかわ)後醍院(ごだいいん)、両手を上げろ!」


 斑鳩の指示に咄嗟にカンナと茉里はお互いが鎖で繋がれた両手を上げた。

 同時に斑鳩が放った闘玉が鎖を打ち砕き、ついにカンナと茉里の両手は解放された。


「やった! これで……」


「きゃっ!」


 カンナが自由になった両手を見ていたほんの一瞬。背後から茉里の短い悲鳴が耳に入った。


「斑鳩君、斉宮(いつき)さん、邪魔をしないでください。僕は澄川さんも後醍院さんも殺すつもりはないのです。でも、君たちが邪魔をすると言うのなら、後醍院さんの顔を殴ります」


 いつの間にか柚木(ゆずき)は、茉里の首を左腕で締め上げ、右手の拳を茉里の顔の前に翳して見せた。

 茉里は苦しそうに顔を真っ赤にしながらもがいている。


「卑怯な……」


 斑鳩は闘玉での攻撃を断念し舌打ちをした。

 つかさも豪天棒を構えたまま攻撃を止めている。


「柚木師範、お願いです。もうこんな事やめてください。後醍院さんは私の友達です。友達を傷付けるような事は」


「僕だって女の子を殴るのは辛いです。でも仕方がないのです。あの2人が僕の邪魔をするから」


 柚木は茉里の首を締め上げたまま涼し気な顔で答えた。とても辛そうな顔ではない。

 氣が使えればこの状況をどうにか出来たかもしれない。しかし、今は柚木によって氣を封じられている。カンナの知らないツボを突かれた為、自分で氣を元に戻す事も出来ない。

 カンナは唇を噛み締める事しか出来なかった。


「澄川さん、後醍院さんを無事に助ける方法がありますよ」


 突然、柚木が不敵に微笑んだ。


「え……?」


「斑鳩君と斉宮さんを無力化してください」


「わ、私に2人と戦えって事ですか!?」


「戦わないと無力化出来ないなら戦うしかないですね。友達の為には犠牲もやむなしです、澄川さん」


 また柚木は笑った。その笑みには狂気しかない。

 カンナは茉里の顔を見た。ギリギリ呼吸は出来ているようだが、苦しさのあまり柚木の腕に爪を立てている。

 カンナはつかさと斑鳩の方を見た。2人とも為す術もなく武器を構えたまま柚木を睨み付けている。


「やはり、親友や恋人とは戦えませんか、澄川さん」


 動こうとしないカンナを見て、柚木が言った。

 カンナはまた柚木の方を向いた。


「ならば僕が片付けてあげますよ。弓兵!」


 柚木は右手で合図すると、近くの建物の陰に隠れていた20人程の弓兵が周りに集まり、一斉に弦を引いた。鏃は斑鳩とつかさに向いている。


「やめて! 柚木師範!」


「放ちなさい」


 カンナの静止も虚しく、柚木の号令と共に弓兵から一斉に矢が放たれた。


「くそっ!」


 斑鳩はすぐに屋根から建物の裏手に飛び降り矢を躱した。

 つかさの方は豪天棒を振り回し矢を数本打ち落とすと、斑鳩が飛び降りた建物の裏手に身を隠した。

 幸い2人に矢は当たっていないようだ。


「この子を捕まえてなさい」


 柚木は茉里を近くに来た3人の槍兵に受け渡すと、カンナの方へ近付いて来た。


「私の大切な人達に手を出すな!」


 カンナは近付いて来る柚木に蹴りを放つ。だが、それはひらりと容易く躱された。


「嗚呼、とても残念です。また澄川さんに手を上げなくてはならないなんて」


 柚木は突然目付きを変え掌打を放った。カンナはそれを手刀で落とす。

 直後にまた掌打が来る。速い。しかし、上手く腕を絡めて払い、そこから柚木の脇腹へ蹴り──が、それは脚を盾にして止められた。今度は蹴りが顔面へ迫る。すぐに反応して屈んだが、目の前には柚木の大きな掌が──


「うあっ!」


 こめかみを握り潰すかのように、柚木は片手だけでカンナの顔を掴み持ち上げる。

 カンナが地上から浮いている脚で柚木の身体を何度も蹴るが、力が込められずビクともしない。腕を叩いてもやはりビクともしない。


「もう一度眠りましょうか、澄川さん」


「私は……負けない……!」


 カンナの顔面を掴んでいる柚木の手を何とかこじ開けようと両手で力いっぱい手に爪を立てる。


「この外道! 澄川さんを離しなさい!」


 茉里が叫んだ。しかし、柚木の手で視界が遮られてその姿は見えない。


「暴れるな!」


 茉里を抑えている兵達の声と茉里の呻き声が聴こえる。


「君たち、大人しくしないと後醍院さんが酷い目に遭いますよ? いいんですか? それでも友達ですか?」


「裏切り者のくせに偉そうに!」


 カンナは両手で柚木の右腕を掴み、肘関節に思い切り膝を叩き込んだ。

 それでようやく柚木の手はカンナの顔から外れた。

 地面に降りたカンナは柚木から距離を取り、その顔を睨み付ける。


「仕方ないですね。後醍院さんを殺す事にします」


「え!?」


 突然の発言にカンナは目を丸くした。

 斑鳩やつかさも姿は見えないが動きはないようだ。まだ建物の陰に隠れて様子を窺っているのだろう。

 その間にも蒼兵達は続々と集結して来る。その数およそ50。


「お願いです、柚木師範。言う事を聞きますから、後醍院さんに手を出さないでください」


 カンナはこれ以上の抵抗は危険だと判断し、ついに降伏を宣言した。


「そんな! わたくしの事など構わずにその憎き裏切り者を倒してください!」


 槍兵に抑えられながらも茉里はカンナの降伏宣言に異を唱える。


「それは出来ないよ。後醍院さんを死なせるわけにはいかない」


「賢明な判断です。宜しい。後醍院さんには手を出しません。2人とも船へ連れて行きなさい。予定より早いですが、この島を出ます。それから、隠れている2人。もし今大人しく降伏するのなら命までは奪いません。陛下は強い武人を求めています。斑鳩君と斉宮さんなら陛下も麾下に加わる事を許してくれるでしょう。さあ、どうしますか?」


 柚木の提案の直後、しばし静寂が訪れたが、斑鳩とつかさは建物の陰から両手を上げて姿を現した。


「話が分かりますね。あの2人も捕らえて船へ。降伏したのですから丁重に扱いなさい」


 柚木が近くの兵達に指示を出すとすぐに数人の蒼兵が斑鳩とつかさの下へ行き、両手を後ろ手にロープで縛ると、東の港の方へと連行されて行った。


「斑鳩さん! つかさ!」


 カンナは2人の名を呼んだが、2人とも一度こちらを見てニコリと微笑んだだけで何も言わずに大人しく歩いて行ってしまった。


「柚木師範。絶対、絶対に後醍院にも斑鳩さんにもつかさにも手を出さないでくださいね」


「もちろん、澄川さんが僕の言う事を聞いてくれるならちゃんと約束は守りますよ」


「聞きます」


 カンナは悔しさを噛み締めて頷いた。


「では、キスをしましょうか。誓いのキスです」


 カンナは驚きで声も出ず、ただ柚木の顔を見上げた。


「どうしました? 嫌なのですか?」


 柚木がカンナの肩に優しく手を置いて問い掛ける。


「いえ……します」


 カンナは目を瞑り唇を差し出した。

 すると柚木はカンナの身体を抱き締め、すぐに口の中に舌が入って来た。舌の動きは優しいがそれが快感に感じる事は決してなく、堪らなく不快だ。


「うっ……ごめんなさい……澄川さん。わたくしのせいでこんな事に……」


 茉里の啜り泣く声が聴こえた。

 カンナの頬にも一筋の涙が光った。





 蔦浜(つたはま)は両手の拳を握り締め構えた。

 キナは息を切らしながら蔦浜の後ろの方に下がっている。

 目の前の男の右頬は赤く腫れている。おそらくキナの拳が入ったのだろう。それにも関わらず、多知花(たちばな)は平然として腰の黄龍心機(こうりゅうしんき)を取らず両手を貫手(ぬきて)に構えこちらに走って来る。

 多知花という男の戦い方は見た事がない。しかし、この男からは歴戦の猛者の気迫が伝わって来る。それは、学園総帥である重黒木(じゅうくろき)にも似た得体の知れぬ覇気。一瞬で多知花が蔦浜よりも格段に上だという事が分かった。

 多知花の右手が蔦浜の左頬の脇を通った。咄嗟に身体が反応して躱していた。続く左手は右手で払い顔への軌道を逸らす。すると躱した右手がクネクネと曲がり、蔦浜の襟の後ろを掴んで来た。


「させるか!」


 左手で多知花の腕を叩いて払い、膝を腹目掛けて突き出す。しかし、多知花は右足の靴底でそれを止め、そのまま右脚で蔦浜の顎を蹴り上げた。

 顎に熱が伝わりすぐにそれは痛みへと変わる。蹴り上げられた衝撃で唇を噛み、後ろによろめいた。一瞬背後のキナが見えた。


「蔦浜!」


 そのキナの叫び声と同時に蔦浜の腹に蹴りが打ち込まれた。

 1m程飛ばされたが、キナが身体を受け止めてくれた。


「大丈夫か!?」


「ああ、大丈夫だよ、このくらい」


 強がっては見たが力の差は歴然。本当に重黒木に挑んでいるのではと錯覚するくらいに勝機を見い出せない。


「貴様らにもう少し武の力があれば投降する事を許したが、残念。あまりにも弱い」


 多知花は首を横に振りながら言った。


「せっかくカッコよく助けに来たのに、悪いな、キナ」


「何言ってるんだよ、私はお前があいつに勝てるとは思ってないから。祥悟(しょうご)は私より弱いんだから」


「そうだな。でも2人同時ならあいつを倒せるかも知れない。キナ、まだやれるか?」


「もちろん」


 蔦浜とキナはまた拳を握り締め構えた。

 多知花は頭を抱えるような仕草をすると、また貫手に構えた。


「俺にはお前達に構っている時間はない。悪いがもう終わらせてやる」


 多知花が突っ込んで来る。速い。一瞬で蔦浜の懐に潜り込み、両手の指先を腹に伸ばす。それを両手で受けて止め、多知花の脇に移動したキナが蹴りを放つ。


連舞脚(れんぶきゃく)!」


 一度放った蹴りは躱されこそしたが、膝を中心に蹴りを連続で放つと、多知花は蔦浜の懐から逃れるように蔦浜の脇に跳んだ。


「っしゃらぁ!!」


 蔦浜は雄叫びと共に真横の多知花に回転しながら肘と蹴りを放つ。どちらも右手と左脚で捌かれたが、今度はキナの肘と蹴りが多知花を襲う。

 休む暇を与えない連続攻撃に多知花は防戦一方になっていた。


「訓練された動き。先程までの個々の攻撃とは比べ物にならない程飛躍的に戦闘力が上がっている。成程、興味深い」


「ごちゃごちゃうるせー! このまま殴り飛ばしてやるよ!」


 これだけの打撃の応酬をしているにも関わらず、多知花は息を切らさず、有効打を与えられない。むしろ、こちらの息が上がり始めていた。

 もう10分近くはやり合っている気がする。

 多知花からの攻撃はほとんどなく、蔦浜とキナの打撃の連打が続いている。しかし、多知花はその攻撃の全てを捌き、そして躱してしまう。


「バケモンかよこいつ」


 息を切らしながらキナが呟く。

 蔦浜にはもう軽口を叩く余裕もない。


「さて、そろそろ、終わりにしよう」


 この時を待っていたと言わんばかりに、多知花は急に攻めに転じ、蔦浜の胸と左頬に蹴りを浴びせた。


「ぐあっ!」


 蔦浜はよろめき地面に倒れた。


「くそ! こいつまだ余力を残してやがったのか!」


 多知花は蔦浜が倒れたのを見て怯んだキナへと貫手を伸ばした。


「キナ!!」


 咄嗟に多知花の左足首を掴み引っ張ったが、貫手の動きを止める事は出来ない。

 多知花の指先がキナの腹へと迫る。

 ──と、その時。

 また坂の下から矢が1本飛んで来て多知花の顔へと向かった。

 だが、多知花はその矢を素手で掴んで止めてしまった。


「またか、一体どこのどいつだ……」


 多知花に一瞬の隙が出来た。

 それを見逃さなかったキナは多知花の顔面へと拳を捩じ込む。


「ぬっ……!」


 鼻が折れたのか真っ赤な血が鼻の穴から吹き出した。

 続けざまにキナの拳が5発多知花の胸や腹に打ち込まれた。

 よろめく多知花。

 蔦浜はここだと思い飛び起きた。


「行くぞ! キナ!」


「ああ!」


 蔦浜の掛け声に呼応してキナの回し蹴りが多知花の腹へ。蔦浜の上段の蹴りが多知花の後頭部を打ち抜いた。

 決まった。そう思った。

 脚に伝わる感触は多知花の頭蓋骨に大きなダメージを与えた事を確信させた。

 ふらふらと、多知花は地面に膝を突き、口から血を流して前のめりに倒れた。


「勝った……」


 蔦浜は荒い呼吸を繰り返しながら脱力してその場に座り込んだ。


「今回ばかりは本当に死ぬかと思った」


 キナも肩の力が抜けたのか、崩れるように地面に尻を付いた。


「良かった! その人倒せたんですね、蔦浜さん、(かかえ)さん」


 突然声を掛けてきたのは、坂の下から馬と共にひょっこりと顔を覗かせた、弓特の序列38位、浅黄(あさぎ)ミモザだった。


「浅黄さん!? 何? 1人?」


 キナは立ち上がるとミモザの方へと歩み寄った。


「1人じゃないです。南雲(なぐも)師範も」


 その言葉通り、ミモザの背後から肩に傷を負った南雲が現れた。


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