第12話~導かれし体術~
光希の氣が変わった。
それを感じたのはどうやらカンナだけのようだ。
カステルは自分勝手な理屈を延々と語り続けていた。
「いいか? 貴様ら。私の話が理解出来たらさっさと私の部下達を」
「第2回戦と行きましょうか。カステル王子」
「なに?」
カステルの指先に引っ掛けられ吊るされていた光希が突然喋り始めたのでカステルは一瞬固まった。その場にいたカステル以外の全員は驚き、気力を取り戻した光希を見た。
カステルが光希を見るより先に、光希の両脚がカステルの光希のチョーカーに指先を引っ掛けている右腕を締め上げ、怯んだ隙にカステルの後頭部へ右脚の踵を叩き込んだ。カステルがチョーカーから指を放し、前にバランスを崩したので光希はカステルの右腕を一旦放し、カステルの首に背後から右脚を掛け左脚でその右脚をロックして思いっ切り締め上げた。
「ぐっ……み、光希……!? この技は……」
カステルは首を完全にロックした光希の脚を外そうともがいていたが全く外れる気配はない。そのまま光希は身体を反らせ、今度はカステルの左腕を両腕を使って締め上げた。
「慈縛殿体術・無空地蔵」
「じ、慈縛殿体術……??」
カステルはまだ必死に光希の白い脚を外そうともがいているがまるで外れない。
次第にカステルの顔が苦悶の表情に変わってきた。
「あなたが私の脚に爪を立てて肉を抉ろうとも、あなたが大人しくユノティアに帰る事を誓うまで絶対にこの脚は外しません」
「み、光希……この私を……殺すのか?」
光希はカステルの問に答えず無表情で首を絞め続けた。
光希の様子が変わった。それはかつてカンナも良く知っていた懐かしい氣が光希の中に突然現れたからだ。流石に詩歩達も光希の様子が変化した事には気が付いたようだが、それがなんなのかは分からないようでただその様子を見守っているだけだ。
「わ、分かった。言う通りにする。ユノティアに帰る。だから、あ、脚を……息が……」
「本当ね?」
「ああ……本当だ。私を信じてくれ」
カステルが光希の脚をパンパンと叩きながら必死に降参を示したので光希はカステルの首を絞めていた脚をそっと外した。
「駄目! 光希!」
カンナはカステルの氣で闘争心が消えていない事を見抜いて叫んだ。しかし、光希がカンナの声に反応するよりも早く、カステルは光希の首に腕を回し脇に挟んで締め上げた。
「ははは! もう離さないぞ! 光希! お前は私のモノだ!!」
カステルは光希を締付けながら狂ったように笑い出した。
「卑怯者! 光希はあなたのモノじゃない!!」
カンナの怒声が宵闇に包まれつつある森に響いた。
しかし、カステルはそんな事はもはや意に返さない。
カンナが氣を練って光希を助けようとした時、何かが聴こえたような気がした。
────澄川さん、私に任せて────
それは懐かしい声。かつて同室で過ごし、憎しみ合い、闘い、そして和解した戦友。周防水音の声だった。
その声がどこから聴こえているのかは分からない。しかし、カンナは確かに聴こえたその声と、光希の中に感じる水音の氣に、彼女の存在を感じていた。だが、決して水音が光希の身体を操っているわけではない。水音の氣が光希を導いている。そんな感じだ。
「私は、あなたを許さない。カステル王子。大人しく帰らなかった事を後悔させてあげる」
光希はカステルに首を絞められたまま冷静に言った。
「何? 許さない? 許さないだって? 私は許して貰わなければならない事などした覚えはないぞ?? 私は王子! 私のやる事は絶対なのだ!!」
カステルがそう宣言し終わると同時に光希はカステルに絞められた首を軸に飛び上がり顔面に蹴りを入れた。
カステルの鼻は鈍い音をさせてへし折れ大量の血が鼻から吹き出した。
「おのれ! 光希! 私にこんな事をして!! ただじゃ済まさんぞ!!父上に言い付けてやるからな!!」
カステルは血が溢れ出す鼻を抑えながら光希を睨み付けて吠えた。
「父上に言い付ける? 別に構わないけど、あなたが私の事を好きなんでしょ? だったらあなただけで何とかしなさいよ」
光希は両腕を前に構えた。光希は普段脚技しか使わないので、光希が両手で構えるのを見るのは初めてである。この構えはまさに、水音と同じ慈縛殿体術の構えだ。
「光希! 何故だ! 何故そこまで私を拒絶する!? 私はこんなに君を愛しているのに!」
カステルは今までの紳士的な余裕のある受け答えは見る影もなくなり光希に向かって絶叫していた。
光希はそんなカステルをただ哀れむような目で見詰めていた。
「まだ解らないの? 私はあなたの考え方、価値観、全てを理解する事が到底出来ない。心ある人間のする事じゃない。それはあなたが自分勝手で他人の気持ちなんて微塵も考えないから。あなたは私と同じで孤独なのよ。だから平気で罪のない人を殺したり出来る。まあ……私はあなた程腐ってはいないけどね」
光希は冷たく答えた。カステルは一瞬言葉を失った。だが、すぐに口を開いた。
「孤独? 私がか? 私には側近や親衛隊、そして何万もの臣下の騎士達がいるのだ! 独りぼっちであるはずがないだろう?」
光希の言葉にカステルは平気な顔で答えた。
「光希。周りを見てみなよ」
突然カンナは光希の話に割り込んだ。
光希はカンナの方を見た。
「……カンナ?」
「光希。あなたは自分の事を孤独だと思ってるみたいだけど、それは違ったみたいだよ。見てよ。あなたの危機に集まってくれた人達を」
カンナが周りを手で示すと光希はようやく周りの様子を認識した。
「……祝さん? 海崎さんに和流さん? あ!桜崎さん、無事だったのね!」
光希は駆け付けてくれた仲間達を見て強ばった顔が少し解れた。
「この私がこのくらいでどうにかなるとでも思ったのかしら? まったく、下位序列の子に心配されるなんて」
アリアは地べたに座ったまま口を尖らせた。
「私は……その……ちょっと暇だったから手伝っただけよ」
詩歩もそっぽを向いて口を尖らせた。
和流は倒れたまま親指を立てている。
「光希。私、友達を作らなきゃ!ってうるさく言ってしまった事を今になって反省してる。だって光希には友達がもうこんなにいたんだもん。今のこの学園にいる限り独りぼっちなんてことないんだよね」
カンナは光希に微笑んだ。
カンナの言葉に異を唱える者は1人もいなかった。アリアも詩歩も素直ではないので恥ずかしそうに目を泳がせていた。
「友達……」
「友達っていうか、まあ別になってあげてもいいけど、どっちかというとライバルよ、あんたは。ツインテールは1人で十分なのよ!」
アリアが顔を赤らめて言うと詩歩がクスリと笑った。
「桜崎さんも可愛いところあるよね」
「ば、馬鹿じゃないの!? 下位序列のくせに生意気よ!」
詩歩の言葉にアリアはさらに顔を赤くして声を上げた。
「ありがとう、みんな」
光希はニコリと微笑んだ。
「ええい! 愚民共が!! くだらない事をごちゃごちゃと! 何が友達だ! 笑わせるな! 私には忠誠を誓わせた部下が何十万といるのだ! 高々数人の友がどうした!? ははははは!!」
「忠誠と友情はまったく違いますよ。カステル王子。確かに、忠誠心の厚い部下は言う事を聞くかもしれない。でも、それは単なる主従関係。友情っていうのは、お互いが対等な関係なんですよ。あなたは、部下達がやられた時、どう思いましたか?」
カンナの説法にカステルは眉間に皺を寄せ歯を食いしばった。
「まさか貴様、私に説教でもしようというのではあるまいな? ザジやエドルド、マルコム達はその任務を全うした。彼らのお陰で私は光希に手が届くところまで近付けたのだ」
「部下の犠牲はやむなし……と?」
「そういう事だ! 私の部下は私の為に動くのだ! 私の思うように動いてこそ私の部下! ははは!! 女ぁ!! いいか! 私に偉そうな事をくどくどと言うな! 愚民の分際で!! 私はユノティアの王子だぞ!? おい! ザジ! エドルド! 早くこいつらを消せぇぇぇ!!!」
カステルは喉が掠れる程の怒声を上げ喚き散らした。ザジもエドルドも気を失っているので反応はない。
「醜い。カステル王子。もうやめてください。それ以上自分勝手な事を言うのなら、私はあなたをまた蹴り飛ばします」
光希の声色が変わった。
「光希ぃぃ!! 何故だ!? 何故君は私の事を理解してくれない!? 私はこんなに君を愛しているのに!!」
カステルが涙を流していたが、光希は躊躇わずカステルに突っ込んで行った。
カステルは喚きながら剣を振り回した。その剣にはもはや騎士殺人術の面影はない。
「慈縛殿体術・大腿旋風足刀」
光希はしゃがんでその剣を躱し、片手を地面に付けてそこを軸とし、下段の蹴りをカステルの大腿に打ち込んだ。
カステルの悲鳴が森中に響いた。そのままバランスを崩したカステルは顔面に迫る光希の靴を視界に捉えた。
その蹴りはカステルの頬にめり込み、カステルの長身の身体を吹き飛ばした。
「光希……私は……」
カステルが満身創痍でまだ光希の名を呼び何か言おうとしていたが、光希はさらにカステルを追い詰めた。
「私の事が好きなら、まずは考え方を改めてください」
光希は耳元でカステルにそう告げると、身体を回転させ、その勢いでまた鞭のような蹴りを放った。
「慈縛殿体術・天獄航路!!」
光希の蹴りはカステルの顔面を打ち、今度はカステルの長身の身体を宙に舞い上がらせた。その宙を舞う巨体に光希は6発拳を打ち込んだ。そして、その巨体は音を立てて地面に落ちた。