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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《鳳天山の死闘編》
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第104話~鳳天仙人~

 小龍山脈しょうりゅうさんみゃくを越えて蘭顕府(らんけんふ)に蒼兵が押し寄せたのは7日前の事だった。

 小龍山脈の山中に兵糧庫を設置しているらしく、見事な行軍であっという間に山を下り、蘭顕府郊外2kmの所に6万の兵で布陣した。

 敵将は、薄全曹(はくぜんそう)董韓世(とうかんせい)孟秦(もうしん)の上位幹部3名。

 一方の帝都軍は久壽居自ら2万を率いて蘭顕府に入った。副将には東堂と田噛が就いた。

 敵将3名は皆歴戦の猛将。しかし、久壽居の陣形は敵をまったく寄せ付けない堅牢なもので、未だに膠着状態が続いていた。

 この状態を打開しようと、蒼国は北の青龍山脈に5千の兵を持つ中位幹部の張謙をいつでも動かせるようにしてきた。それに久壽居の軍の側面を突かれるとかなり形勢は不利になる。

 だが、久壽居も張謙(ちょうけん)に対応すべく青龍山脈(せいりゅうさんみゃく)の地形を庭のように把握している上級将校の哭陸沙我(こくりくしゃが)に兵3千を持たせ、青龍山脈の麓に布陣させた。

 それでまた均衡が取れたようで膠着状態に入った。

 樂東(らくとう)帝都軍総司令官の宝生(ほうしょう)樂庸府(らくようふ)凱旋から祇堂(ぎどう)に帰還し3万で街の守備を固めた。さらに、配下の(そよぎ)十亀(とがめ)、そして樂庸府から連れて来た武将の紫嶋泰元(しじまたいげん)という男にそれぞれ5千ずつ兵を就け、祇堂の北10km地点に布陣させている。

 兵站は丞金(じょうきん)という男が担当しており、兵糧や武器の心配をする事なく蒼国と向かい合う事が出来ている。


 多綺響音(たきことね)が聞いた話だと帝都軍は現在そのような状態だ。

 帝都軍の力になりたいところだが、響音にはそれよりも先に解決しておきたい事があった。

 澄川カンナ捜索に協力した際に、連れの畦地(あぜち)まりかが神技(しんぎ)神眼(しんがん)の長時間使用により身体を壊してから南橙徳(なんとうとく)の病院でしばらく治療を続けた。しかし、神技という特殊な力による副作用故、一般の医療機関での検査では根本的な治療は出来なかった。

 意識を失っていたまりかは病院に運び込まれてから2日程で自然に目を覚まし体調も戻ったが、医者からはこれ以上調べても何も分からないと言われ病院を出た。

 神技による使用者への弊害は響音自身にとっても関係の深い話だ。神技を使い続けて戦闘中に突然倒れてしまっては大問題だ。

 響音が深刻な顔でそんな事を考えていると、まりかを診てくれた老齢な医者から、ある男の話を聞いた。


 ────鳳天仙人(ほうてんせんにん)────


 その男は、小龍山脈の鳳天山という山の山中で暮らしている神技を持つ老人らしい。もしかしたら神技について詳しく知っているかもしれない。そう提案され、響音とまりか、そしてもう1人の連れで神技持ちの馬香蘭(ばこうらん)と共にその鳳天仙人のもとを訪れたのだ。

 古より龍武(りょうぶ)の人々は、どうしても解決出来ない事や不可解な現象などに見舞われると、鳳天仙人のもとへ酒を持って訪れ解決策を聞くのだと言う。ただ、それは千年以上前から伝わる言い伝えであって、もはや伝説とまでなっており実在するかも疑わしい。実在したとして、千年以上前に仙人と呼ばれた男が今も生きてるとは思えない。

 そんな雲をつかむような情報であったが、馬香蘭は面白そうという理由だけで響音とまりかの背中を押した。

 もしかしたら、その仙人も神技の力で生き永らえてるのかもしれない。響音も騙さられたと思って鳳天山へ行ってみる事にした。


 鳳天仙人の居所がある場所は、『青龍山脈と小龍山脈が交わる鳳天山の南に自生する大樹から、北に5日、東に5日歩いた場所の渓谷のどこか』という言い伝えがあるだけで確実な場所は定かではない。

 普通なら言い伝えしか残っていない場所を探すなど、干し草の中から針を探すより難しいが、こちらには神眼(しんがん)という秘密兵器があった。

 まりかはまた倒れてしまうかもしれないリスクがあるにも関わらず、神眼で鳳天仙人の居所があると伝わる場所の辺りを見てくれた。

 すると、そこには一際濃い霧が掛かっている渓谷が広がる場所があった。

 さらに捜索を続けると、その渓谷の谷底にポツンと1件だけ大きな川に左右を挟まれ佇む山小屋を発見した。そして、その山小屋の中には確かに老人が見えたとまりかは言った。

 神眼に狂いはない。驚く事に、たったの2時間で伝説の鳳天仙人と思しき人物の住処を発見してしまった。

 しかし、直後にまりかはまたぐったりとしてしまったのでその日は一晩休み、翌日、響音と馬香蘭は回復したまりかの案内通りに小龍山脈の山道を進んだ。

 鳳天仙人の家に辿り着いたのは、山に入ってから5日後の事だった。


 山小屋にいたのは、見たところ普通の老人ではあるが、割天風よりも老けていて白髪の長髪に口髭と顎髭をたくさん生やしている。表情は深く刻まれた皺でまったく分からず不気味な雰囲気があった。

 渓谷にひっそりと佇む小さな山小屋の周りには、大きな川沿いに広大な畑が広がっていた。

 仙人はちょうど畑を耕していたところらしく、手には鋤を持っていた。

 響音達が現れても驚く様子はなく、むしろ友好的に3人を迎えてくれた。本当に鳳天仙人なのか。響音とまりかは確信たる証拠が何もないので疑っていたが、馬香蘭だけは初めて目の当たりにする仙人のような老人に興味津々で老人の周りを物珍しそうに見て回っていた。


「ここに人が訪れたのは実に186年ぶりじゃ。娘が訪ねて来たのは初めてじゃな。もう誰も来んのかと思って退屈しておったわ。……が、それよりも、こんな山奥に若い娘が泥一つ付いていない綺麗な姿で辿り着いたという事実には驚きじゃ。只者ではあるまい。どうやってここまで来た?」


 老人は馬香蘭の無礼な態度も気にせずにとても穏やかな口調で尋ねた。


「私のこの神眼さえあれば余裕ですよ。普通の人じゃ、確かに辿り着けないわね、こんな所」


 まりかは得意げに、紋様の浮かんだ蒼く輝いた両眼を老人に見せて言った。

 しかし、老人はその異様な眼を見てもまるで驚かなかった。


「なるほど、神眼か。数多ある神技の内の五感強化の技の中で最も優れた力。確かにそのお力があれば儂の居場所などすぐに分かるわな。だが、だからと言って、誰彼構わずこの場所を教えんで欲しい。退屈していたとは言ったが、儂はここで静かに暮らしたいのじゃ」


 響音もまりかも、老人のその態度にこの老人こそが真の鳳天仙人であるとようやく確信した。


「おお! やっぱり神技についてご存知なんですね? あの、神技について他に何か知っていたりしますか?」


 老人が鳳天仙人だと分かると、まりかが目を輝かせ興味深そうに聞いた。


「仙人。あたしは多綺響音(たきことね)。この神眼が畦地まりかで、あっちの子が馬香蘭。あたし達は神技についてあなたが詳しいのではないかと聞いてはるばるここへやって来たのです。もしよろしければ、色々と神技についてお伺いしたいのですが」


 響音はまりかの言葉を補足するように自己紹介と共に、ここへ来た目的を話した。

 すると仙人は微かに頷いて響音達の顔を見た。正確に言うと、顔を見られたような気がしただけだ。


「ここではなんだ、お前達、家の中に入りなさい。茶でも出そう」


 仙人に誘われるまま3人は小屋の中に入った。


 小屋の中は8畳の和室と4畳半程の土間で1人で住むにはそれ程狭くはないが、何か分からない紙の束や古びた本が天井高くまで部屋いっぱいにビッシリと積まれて狭苦しく感じた。

 3人は僅かに空いていた畳の上に正座して座った。

 目の前には古めかしいちゃぶ台が1つあるが何も置かれていない。


「すっごい部屋ですね〜! まさに仙人の部屋って感じ。ここにずっと居たらそりゃ退屈するわー。私なら1日も居られない」


 馬香蘭はまったく空気を読まずにいつも通りの調子で言った。


「馬鹿! 失礼でしょ? あんたは黙ってなさい!」


 馬香蘭の隣の響音が叱ると、馬香蘭は何故叱られたのか分からないようで不思議そうな顔をして首を傾げていた。


「構わんよ。わざわざ訪ねて来てくれただけで儂は嬉しい。さて、神技についてじゃったな。具体的に何が知りたい?」


 仙人はニコリと微笑んで本題に戻し土間で何か作業を始めた。どうやら湯を沸かしているようだ。


「神技の使い過ぎによる身体への悪影響……これについてご教授ください」


 響音が言うと鳳三仙人はゆっくりと頷きまりかを見た。


「おおよそ、畦地まりかが神眼を使い過ぎて倒れたんじゃろ? まあ神技を使い過ぎて倒れる事はよくある事じゃ。多綺響音、馬香蘭。お前達にも十分起こりうる事じゃぞ」


 仙人は全てを悟ったかのように言った。


「え……、な、何で倒れたのがまりかだと? それに、あたしはまだあたしと馬香蘭が神技持ちだと言ってはいないのですが……」


 響音は言いながら冷や汗をかくのを感じた。

 仙人はふぉっふぉと笑いながら、土間の方から湯気を立ち上らせたヤカンと湯呑み、そして、何年使ったらそんなになるのかというような何かが固まって付着した小汚い茶筒を出した。

 響音とまりかと馬香蘭の3人がその茶筒に目を奪われていると案の定仙人は、3人分の茶を入れ始めた。茶筒程ではないが、もちろん、ヤカンや湯呑みも薄汚い。


「お前達が神技持ちだというのは雰囲気で分かる。そうじゃな、まずはお前達に儂の力について教えておこうかのぉ」


 仙人はそう言うと、注ぎ終わった3人分の茶を丁寧に3人に配膳してくれた。

 まりかも馬香蘭もゴミでも見るかのような目付きでその湯呑みの中の湯気の立ってる茶を見ていた。


「儂もお前達と同じ神技を持っていてな」


 『神技』という言葉にまりかと馬香蘭はさすがに湯呑みから視線を仙人に移した。


「儂の力は『神歴(しんれき)』と言って、後世に歴史を残すとい力じゃ」


「歴史を残す?」


 イマイチ能力が想像出来ない神歴という名前に3人は顔を見合わせた。


「えーっとー、よく分かんないけど、強いって事でしょ? 私と勝負してその神歴って技見せてよ! その方が早いよ!」


 馬香蘭は思考を放棄して右手を上げて言った。


「残念じゃが、儂の神技は戦闘用ではない。それに、もともと武術をやっていたわけでもない故、ちっとも強くはない」


「えー、じゃあどんな能力なのよー」


 馬香蘭は口を尖らせた。


「歴史を後世に伝えるには、歴史上の出来事の全てを記憶しておかなければならない。そして、より多くの出来事を経験、あるいは見届ける為長寿でなければならない。つまり神歴は、『一度記憶した物事を決して忘れない力』と長生きする為の『不死の力』の2つの力を併せ持つ。まぁ、完璧な生き字引と言ったところじゃな」


「え!? じゃあ、死なないの?? え!? マジ!? ってか、何歳なの?? 仙人」


 馬香蘭は相変わらずのタメ口で仙人に言った。

 しかし、仙人は馬香蘭の無礼な喋り方を気にせず話を続けた。


「4568歳じゃ。残念ながら自然死以外では死ぬ」


 笑いながら仙人は自分用に注いだ茶を飲んだ。


「嘘っぽいけど……なんか信じられる」


 馬香蘭がまた無礼な口を利いたので響音は頭に手刀を入れた。


「それじゃあ、やはり仙人は他の神技についても博識でいらっしゃるのですか?」


 響音が言うと仙人はコクリと頷いた。


「神技とはな、本来はその名の通り神の持つ技。神が死んだ事によりその力は108個に分散し、人間という器に宿った」


「それは、神がいるというのが前提の話に聴こえますが……」


「神は、確かに存在した」


 仙人はさも当たり前かのように言い切った。

 3人が言葉を失った事は言うまでもない。

 仙人は湯呑みをちゃぶ台に置くと、一呼吸ついてからゆっくりと話し始めた。



「この世界にはかつて神が存在しており、この世界はその神の力によって造られた。数千億年前の話だ。神は大気を造り、海を造り、大地を造り、人を造った。ある時神は、自分だけが世界を造り続ける事に退屈してきていた。誰か他人に自分が創造出来ない世界を造らせたら面白いのではないか。そう思い、神は人間の中から最も信頼のおける者と対話し、108の力”神技”の半分の54の神技を与える事にした。その力を受け取ったのが儀璽縷(ぎじる)という男だ。儀璽縷は最初こそ神に与えられた神技の半分を世界の創造の為に使っていたが、不死の力”神歴”を受け取っていなかった儀璽縷の肉体の寿命が近付いてくると、突如として神に反旗を翻した。半分の力を儀璽縷に与えてしまっている神は予想外の反逆に苦戦した。18日間の死闘の末、儀璽縷は与えられた54の神技を巧みに使いこなし、最後は神の肉体を”神技・神滅”で滅ぼした。だが儀璽縷もただでは済まなかった。神技を使い過ぎた事で儀璽縷の肉体も力尽き、光の粒子となりこの世から消え失せたのだ。神と儀璽縷の肉体がこの世から消滅した事により、行き場を失った108の神技は108人の人間の身体に一時的に宿った。神は神歴を持っていたが、この力は寿命や病死という概念をなくす力なので、殺されてしまえば肉体は滅びる。こうして神はこの世界から消えてしまい神技だけが残ったのだ」



 鳳天仙人は神技について話し終わると一度茶を口に運んだ。


「これが、儂が受け継いだ、人に神技が宿った始まりの話だ」


 この話には、さすがの馬香蘭も目を丸くして聞き入っていた。


「あたし、神技を持っているのにそんな話知らなかった。まさか本当に神が存在していたなんて」


「無理もない。この話を儂が最後に伝承を目的に人に話したのは300年も前になる。伝えた人々ももう生きてはおらん。残念ながら人々の間には語り継がれなかったという事じゃな。いくら儂が伝えても、神技を持たぬ者はまともに取り合わん。老人の戯言と思ったのだろう。哀しい事じゃな」


 仙人は寂しそうに言うとまた茶を啜った。


「あたし達が伝えますよ。仙人。あたしの昔いた学園には神技持ちがゴロゴロといました。だからきっと、みんな信じてくれる」


「そうか、割天風の学園じゃな。噂には聞いておる。割天風は世界と戦う為に神技持ちを集めていたらしいな」


「え!? じゃあ、学園に神技持ちが何人もいたのは偶然じゃなく必然だったってわけ?」


 まりかが言うと仙人は頷いた。そして、おもむろに立ち上がり窓から外を見た。


「今日は泊まっていきなさい。お前達が聞きたい事は1日では話し切れない。それに、久しぶりの客人じゃ。少しはもてなさせてくれ」


 仙人が覗いている窓からは夕陽が射し込んでいた。直に日も沈む。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 響音が答えるとまりかと馬香蘭は複雑そうな表情で顔を見合わせた。

 響音は3人の前に置かれた手付かずの茶を、仙人が窓の外を見ている隙に全て飲み干した。



 ****



 空がオレンジ色に染まっている。

 小龍山脈の山中を黒い仮面を付けた黒いマントの女と白衣の男が馬で進んでいた。

 女はふと立ち止まった。

 黒いマントが風に靡いた。


「この匂い……近い」


 女は呟くと、馬腹を蹴りさらに山奥へと駆け出した。

 男もすぐにその後を追った。

 小龍山脈の山道を、黒仮面と黒マントの女は颯爽と駆け抜け獲物のもとへと着実に近付いて行った。


 ****



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