新たな生命
妹誕生。
「あなた、アスルが……」
「ゼノ、心配するな。あいつなら大丈夫だ」
赤茶の髪を腰のあたりまで伸ばし、赤いドレスを身に纏っているのはティムルとアスルの母ゼノである。
ゼノは雨のなか、剣を降り続けているアスルへ不安げな視線を寄せていた。
対してアスルとよくにた青い瞳に薄い青色の髪、整えられた顔立ちの、しかし外見とは裏腹の性格を持つダルノスが息子のアスルにたいして寄せる視線は、心配など不要と告げているようだった。
「でもあの子……アスルは、晴天の日も風雨のひどい日でも険しい顔していつも剣や魔法の練習をしてばかりで。あれではいつまた倒れてもおかしくありませんわ……」
「あいつも責任感じてんのよ。自分の無力さゆえに兄貴を失っちまったことにな」
「では一生あのままでいいと言うのですか!?」
「そうじゃねぇ。だが、必要なことなんだよ。男がなにかを守れなかったとき、一番苦しむのは自分なんだ。これから先同じような経験をしないためにも、あいつには強くなってもらう必要がある」
「だからといって、なにも雨の日にまでやることないじゃないですか……」
「…………まあ、少し励ましてやる必要はありそうだがな」
ティムルは死んだとされ、アスルはまったくしゃべらなくなった。
毎日狂ったように剣の練習に打ち込むようになった。
「母様、父様。お話があります」
「うおっ!?お前いつの間にこっちに」
「………大事な話なんです」
ゼノとダルノスはお互いに視線を合わせ、うなずきあう。
「「わかった(わ)」」
「では先に応接間で待っていてください。僕は着替えてから向かいますゆえ」
アスルのびしょ濡れだった髪は既に乾いている。
初級生活魔法を使ったのだ。
アスルは連日の猛特訓で、初級魔法であるなら無詠唱で発動できるようになっていた。
アスルは当たり前のように無詠唱で魔法を使うと、自室へと戻っていった。
「……おい、ゼノさんや。まだ無詠唱は早すぎるんじゃないか?」
「なに言ってるんですかあなた。私ですら無詠唱をあそこまで使いこなせませんよ……」
「……まったく。さすが俺たちの子供ってとこか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「父様、母様。お願いがあるのです」
「……なんだ、言ってみろ」
ダルノスがそう返す。
「魔法大学に入れて下さい」
「「……はあ(ええ)!?」」
父母ともに驚愕する告白であった。
「だ、大学って。初等学校には行かないの?いきなり大学?」
初等学校とはこの場合、魔法・騎士初等学校のことを指す。七歳から入学が可能であり、そこで3年間基礎を学ぶと、騎士大学、魔法大学など、専門的に大半の生徒がどちらかに入学する。だか、その初段回を飛ばして大学へと進むことは通常ありえないのだ。
「はい。大学ならば、年齢関係なく入学できます」
大学は基本的に実力や成績を重視する。
入学試験の結果次第では、三才でも入ることができるのだ。
「でもいいの?初等学校だって魔法や騎士に関すること以外にもさまざまなことをお勉強するわけだし、基礎を疎かにしては……」
ゼノは反対派だと瞬時にアスルは理解した。しかしアスルは待ってましたとばかりに反論する。
「基礎ならば、アリーナに教えてもらえれば十分ですよ。初等学校卒業してますし、彼女が教師としての資格も持っていることも僕は知っています」
「だがお前、大学だってそんな甘いところじゃないぞ?試験は難しいし、だいたい高額なお金が…………」
ダルノスは冷静にアスルがどこまで物事を考えているかを試しているようだと、アスルは見抜いた。
同時にこちらは論理と熱意を見せれば説得できそうだと、アスルは判断した。
「わかっています。ですから今から二年間、みっちりアリーナに講義してもらいます。そこである程度実力も身につけた上で、入学するつもりです」
「だがなアスル。お金は……そうか、特待生か」
「はい……」
「え?え?なんなのもう!」
「ゼノは知らないか。実は最近新しい制度を大学が設けてな。より質のいい生徒を招くために、試験の成績上位者を全額免除にする特待生制度ができたんだよ。その制度にも、とくに年齢の制限はない。つまりアスルは、五歳からその特待生制度で魔法大学に入学しようと考えているわけさ」
「ええーーー!?でもそんな急に…………えええ!?」
ゼノは茶髪を揺らし、同様を露にしていた。
ダルノスはそんなゼノを尻目に、じっとアスルを見つめる。
「なんで魔法大学なんだ?騎士大学や、冒険者専門学校、魔法騎士育成学校なんてのもあるだろ?」
「…………僕はティムル兄さんがいなくなってから、剣と魔法、どちらも練習しました。そしてわかったことがあります」
「ほぅ……(゜Å゜)」
「僕はやはり天才です。剣でさへも才能に溢れている。たった数日の訓練でおそらく兄を越えてしまったでしょう。しかし、それでも魔法の才能が僕のなかでは郡を抜いているんです。僕の魔法は底なしの可能性を秘めている。だからこそ、最も魔法技術の進んだ魔法大学に入るべきだと考えました」
「うむ、よく考えているな。そこまで先を見通し、それなりの覚悟も持っているのであればよかろう。許可する」
「!?…………ありがとうございます。父様、母様」
「うぅ、わ、私は反対ですからね!?」
「ちょ、せっかく父さんがいい雰囲気つくったんだから、壊さないでよー」
「だって……ティムルを失って、これ以上息子を手放したくないもの………。絶対に……」
「「…………」」
家族全体に悲壮な雰囲気が漂う。
側に控えているアリーナは涙を堪えきれずにいた。
ダルノスは話題を変えるべく、必死に頭を働かせた。
「そ、そうだアスル!父さんたちも、お前に報告があるんだ!!」
「?」
「実は俺たちの間に……」「新しい子供ができましたーー!!」
「えっ!?それほんとですか、母さん!」
「ええ、ほんとですよ」
ゼノは嬉しそうに腹を撫でた。
「ほんとはもっと内緒にしといて、後でビックリさせるつもりだったのですが……」
「いいや、ゼノ。アスルは十分驚いてるぜ。なにせさっき、母さん、なんて呼んだもんな。いつもは様つけるくせに」
「…………」
「どうしたアスルー、図星かなぁーー?」
ダルノスはニヤニヤとしながらアスルを小突く。
が、アスルはまったく別の感情を抱いていた。
「…………父様と母様は、もう兄さんのことなんて忘れられてしまうおつもりなのですね」
パァン!!!!
乾いた音が部屋に響いた。
アスルはゼノにひっぱたかれたのだ。
ゼノは温厚で、暴力をふるったとこなどダルノスは見たことがなかった。
そのため、この屋敷の誰もが、あんぐりと口をあけ、呆然としていた。
アスルとて例外ではない。
「そんなわけ……そんなわけないでしょう!!ティムルは私たちの子供なの!!私が腹を痛めて産んだ子供なのよ!?だけど、私にはまだアスルがいるし、家庭もあるの!!いつまでも悲しんでたら、ダメなのよ……」
再びゼノは涙を流し始めてしまう。
だかアスルも引かなかった。
アスルがここに来てはじめて、感情を露にして想いを伝えようとしていた。
「じゃあなんで、兄さんと入れ替わるようなタイミングで子供産むんだよ!!!それじゃあ兄さんが……あんまりだよ!」
アスルが涙していた。
誕生したての赤ちゃんの頃でさえ泣かなかったアスルが、ここにきて涙を見せたのである。
「言い訳するんじゃねぇ!!誰のせいでこうなってると思ってるんだ!!自分の勝手な不満だけ相手にぶつけんじゃね!!こっちだってなぁ!……辛いんだよ!(ぐすっ)てめえーだけじゃねーんだよコノヤロー!!」
だがダルノスは勢いよく机を叩くと、口角泡を飛ばす勢いでいい放った。
「とにかく……大学の件は許可の言質をいただきましたから。……失礼します」
アスルはアリーナを連れて、また部屋へと戻っていった。
「あなた……少し言い過ぎですよ?」
「……すまない。俺もかなり精神的にきてたうえに、ゼノの気持ちも考えないで物言いやがるから、つい……」
そうした経緯の下で、新たな生命は誕生した。
妹であった。
アスルとは一歳年下ということになる。