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狐の恩返しで異世界スタート  作者: 滝井大河
8/19

抗いし小さき兄

ティムルのその後。

「……こんなとこで、死ぬわけにはいかねぇ」


アスルが逃げたのを見送ってから、己に激励を送るようにしてつぶやいた。

ティムルの目の前にはジャーボロスという森に住む化け物がいる。

化け物は鼻息を荒くして殺気をこちらへと向けている。

ティムルは敏感にそれを感じ取りながらも、なんとか生き延びようと思考をめぐらせていた。


(ジャーボロスのどこかには魔物の心臓とよばれる魔石が存在する。アスルの氷の魔法でジャーボロスの魔石は瞳にはないとわかったが……)



となるとそれ以外の箇所への攻撃でなければ、ジャーボロスを討伐することはできない。

しかし全身を魔力を帯びた厚い毛で覆ってるジャーボロスには傷を負わせることすら困難だろう。

と、思考を巡らせていると、ジャーボロスが俺とは別の方向を向いた。


(そっぽを向いた?あっちは……アスルが逃げた方向か!!)


俺は全力で走り出す。

ジャーボロスが俺の接近をすぐに知覚し、剣を振り下ろしてくる。

俺はそれを避け、スライディングの要領でジャーボロスの股下を滑り込み背後へと回る。

懐から念のため持ってきていたものの一つ、小刀をジャーボロスの尻めがけて抜き放つ。

しかしジャーボロスは驚くべき反応速度で身を横へと投げ出した。

先程の俺の真似だろうか。



いや…………。



刹那、アリーナの講義が脳裏をよぎった。

原因や理由など多くのことを考えなさいという言葉。


(まてよ、ジャーボロスは確かに学習能力が高いが、あいつが盗む技は効率がいいものだけで、効率の悪いものや、格下が扱う技は盗まない。ならさっきの回避行動は明らかにおかしい。なぜ…………そうか!)


俺は小刀を握り直すと、瞬時に背後に回る隙を伺う。


(俺では殺傷力に欠けるし、なにより二度同じ手が通用しない相手だ。チャンスは一度きり)


しかし成功する確率は限りなく低い。

目くらましも限界だろう。

それなりの対処はしてくるはず。

どうすれば、とティムルが全力で脳をフル回転させている間ジャーボロスが待っていてくれるわけもなく、一直線にティムルとの距離を詰めてくる。

とっさの判断でティムルはもうひとつ所持していた閃光玉を地面に投げつけようと腕を振りかぶる。

閃光玉は地面へとたたきつけられ、バウンドしてジャーボロスへと転がっていく。

しかし数秒経てもなんの変化もなく、閃光玉が不発に終わったことに内心で舌打ちする。

まさか不良品とは、と苛立ちを覚える。

だがすぐにそんな苛立ちは消え去る。

体に違和感を覚えたからだ。

どんなに意識を集中させても、右腕の感覚がない。

そこでなにかが自分の足元に落ちているのに気づく。

それは小さい人間の腕だった。

手のひらには閃光玉が収まるようにして握られていた。

恐る恐る自分の身体の右半分へと視線を動かすと、右腕がなかった。


「うっ、いてっぇぇっぇぇぇ」


おもわず一歩後ろへ後退。

しかしぬるっとした何かに足を滑らせて尾てい骨が地面と激突する。

滑った地点へと目を向けると、大きな血の湖が出来上がっていた。

恐怖に吐き出しそうになるのをこらえる。

ジャーボロスの気配がすぐそこまで肉薄していた。

全力で身を横へ投げ、ジャーボロスから少しでも距離を開けるため前に走り出す。

が、なにかつまずき、身体が地面へと吸い寄せられるように叩き付けられる。


「ぐはっ!」


ジャーボロスは既に方向展開しこちらへと向かってきていた。

その一瞬、ティムルは死を覚悟したが、手になにかが触れているのに気づくと確認もせずジャーボロスに投げつける。

ジャーボロスがそれに一本の剣で斬撃を当てると、それは激しい閃光と爆発音を生み出す。


(チャンスだ!!!)


俺は小刀を切り落とされた右腕の手の平から掴むと、股下へと滑り込んで素早く差し込む。


(狙うのは……尻穴(ケツあな)だ!)


そこならば、体を覆う頑丈な毛もないし、刃も通る確率が高い。

ぶすり、と間違いなく刃がジャーボロスの大事なところへと突き刺さる。



「よっしゃぁぁぁ!」


直後、恐ろしく硬いジャーボロスの腕が俺の全身に直撃する。

もろにティムルの体はそれを受け、はるか後方へと飛ばされる。


『くっそ、ここまでか……』


空に仰向けの状態で倒れたまま、ティムルの意識は夜の闇に溶け込んでいった。



***


『死にそうだね、主様』


『その声……夜光丸? あれ?なんでここに…、というかここはいったいどこだ…?』


『主様の精神世界だよ。死にかけて主様はここにいるんだ』


なんだ、そーいうことか。

じゃああれは夢じゃなかったのか……。

と同時に怒りが、沸々と沸き上がってくる。


『夜光丸、俺、幸せな生活を望んだよな?それが願いだったろ?』


『うん、そうだね』



『なら……なんなんだよこれはっ!?異世界でさっそく死にかけてるし…。まだ童貞のままだし…。約束が、違うじゃねーかよ!!』


気づけば止まらなくなっていた。

涙がこぼれ落ちていく。

口からは夜光丸を罵倒する言葉しかでてこない。

違う、こんなことを言いたいのではないのに。


『……ごめんね』


『……謝るなよ、くそ』


『けどさ、主様はこんなとこでくたばる男じゃないだろ?』


『俺に……。俺に何ができんだよ!!あの化け物を前に!腕だって一本無くなっちまった!ーーーーーもう、終わりなんだよ!!』


『ふーん、諦めんるんだ?』


『だって……無理だろ?あんなの…』

 

そう悲観すると、夜光丸はフッと微笑んだ。

不思議とその笑みは、俺を落ち着かせる。


『僕の主様はそんなもんじゃないよ。その程度の男じゃあない』


自信が、滾る。

根拠なんてない。

ただ、夜光丸の言葉は、異様な説得力を持っていた。

まるでもう既に答えは俺の中にあったかのような。


『行ってきなよ、主様』


『ああ。……ありがとな』


刹那、夜光丸は消えた。

最後までこちらへと微笑みを向けたまま。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ジャーボロスは尻から小刀を引き抜く。

このモンスターが怪我を負うことなど、久しくなかったことであった。

そのため、ジャーボロスはこれ以上ない程に高揚していた。


「ガァァァァアアアアアッッッッッッ!!!」


それもたったの一日で、二度も怪我を負うなどジャーボロスには初めての経験だったのだ。

特に尻への攻撃。

これは治すのに時間がかかる。

ジャーボロスはこの傷を負わせた少年へと視線を向ける。

完全に意識を失っているようだった。

起き上がってくる気配はない。

それがジャーボロスには残念で仕方がなかった。

だが止めを差さないわけにはいかない。

ジャーボロスは強敵、自分より格上を倒し、ねじ伏せ、喰らうことで強くなってきた。

少年はその礎となり、さらなる高みへと自分を誘ってくれるだろう。

感謝。

それがジャーボロスの少年に対する感情であった。

少年に向けて手を伸ばす。

まだ息はあるが、さらに攻撃を加えれば出血してしまう。

血の一滴も無駄にしたくはなかった。

丸のみが良いだろう。

そうして自分の腹のなかでじわじわと溶かしていくのだ。

と、そこで自身に起きた異変に気づく。

熱いのだ。

今の時期は冬。

とくにこの地域はとてつもない寒波が押し寄せる。

そんな時期の、さらに夜中に、森のなかでだ。

どうして熱いなどと感じるのだろうか。

少年へと釘付けになっていた視線を少しずらす。

少年へと伸びていた自身の腕が、紅蓮の炎に包まれていた。


「ガァァァァアアアアアッッッッッッ!?」


「…………」


ジャーボロスはさらに驚く。

瀕死だったはずの少年が立ち上がっていたのだ。

失われたはずの右腕が、光に包まれるとみるみるうちに生え変わった。

少年の全身は紅蓮の炎に包まれていた。


「ガァァアアッ!」


ジャーボロスは止めの一撃を慌てて放つ。

が、そこには既に少年の姿はなかった。


「…………」


次の瞬間には、人間の右腕が自身の腹を()()()()()()貫いていた。

自身の肉体は、オリハルコンの剣による攻撃すら防いだことがあるにもかかわらず、だ。

少年の右腕により生まれた傷から一瞬にして紅蓮の炎が波及し、ジャーボロスの肉体は焼き焦がされた。 

ジャーボロスは自身を焦がす紅蓮の中で、笑った。

まさか自分を倒す人間がいるなど、考えもしなかった。

自分がいなくなれば、この森に支配者はいなくなる。

魔物の活動が活発化するだろう。

果たして少年は生きてこの森を抜けられるのだろうか。

愚問だった。

ジャーボロスをここまで圧倒してみせたこの少年が、他の魔物に遅れをとることなど、少なくともこの森にそんな魔物は皆無だろう。

嗚呼、末恐ろしい少年だ。

ジャーボロスの唯一の心残りは、この少年を自身の手で倒すことができないことであった。


ジャーボロスが地に伏す。

その様子を見届けると、ティムルは再び意識を失うのであった。

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