天才と凡庸
アスル・アノーヴァル・ガイアと名付けられた俺の弟が誕生したのは、俺が五歳のときだった。
親父ダルノスとそっくり青い瞳。薄い青色の髪には時折白が混じっている。
透き通ったような白い肌は病弱そうにも見えるほどだ。
そういった要素と完璧な具合に調和のとれた顔立ちは現実離れした美しさを帯びている。
将来は間違いなく有望そうなその容姿に嫉妬してしまったことはここだけの秘密である。
俺は母親ゼノに似ていて、赤っぽい茶髪で顔立ちも悪くない(むしろよい)のだが、コイツには負けると確信した瞬間だった。
アスルが生まれたとき、空気中の魔素が震えていたと、アリーナは言った。
父ダルノスも似たようなことを言っていた。
まるで魔素が祝福しているようだと。
しかし、魔素を感じ取れない俺には理解できないことだった。
アスルはいわゆる〈天才〉というやつだった。
やればなんでもできてしまう。顔立ちもよさそうだし、俺が一番嫌いなタイプの人間である。
ただし領地内では神童とまで呼ばれるようになるアスルであるが、コイツにも唯一欠点といえるものがある。
その欠点ゆえか、アスルに好印象を抱いているものは誰一人としていないだろう。
アスルからはおおよそ喜怒哀楽といった感情が読み取れないのである。
新生児はよく泣くのが通常であるが、アスルは新生児どころか生まれた瞬間ですら泣いたことがないのである。
笑いもせず、怒りもせず、精巧に作られた人形そのものといった様子だ。
透き通るような青い瞳から向けられるのは色を帯びていない無感情の視線。
なまじ顔が整っているために感情の欠落は相乗効果を生み、周囲は誰一人としてアスルをかわいいなどとは思わなかった。
母ゼノは病気なのではとかなり心配していたのだが、どこまでも楽観的で能天気な父ダルノスはたくましく育ちそうだとむしろそういったアスルの様子を喜んでいた。
しかしこんなのは例外中の例外で、大半は気味悪がったのである。
俺ももちろんその例外から漏れることはない。
だがそれ以上に、俺はアスルに劣等感と同時に敵対心を抱いていた。
それ以来俺は、アスルに多くの勝負を持ちかけた。
食事になれば、どちらが先に食い終わるか勝負をしかけ、家族で外出のときにはどちらが早いか競走をしかけ、木剣を渡しては一方的に勝負をしかけ、一緒に風呂に入ればどちらがより長く潜れるか勝負をしかけた。
そして俺が五歳の冬を迎えようとしていた頃。
「よっしゃぁぁぁ!俺の125勝2敗!」
「……」
今回の勝負、どちらがより先にアリーナに声をかけてもらえるか(自分からアリーナの注目を引く行動をしてはいけない)では、俺の勝利に終わった。
はじめは両親やアリーナもやめるように注意していたのだが、今ではすっかり慣れられている。
だが毎度のことのように、アスルは俺の勝負にまともに請け負わない。
スルーされるのが大半だ。
ただし、俺は2敗している。
先週、剣で勝負を無理やりしかけたのだが、アスルは閃光のごとく素早い動きで俺を気絶させたのだ。
これでも俺は毎日剣の特訓をしていて、この町ではかなりの強さだ。
近くの子供に勝負を仕掛けても、道場で勝負を仕掛けても(こちらは多少手加減されたかも)、勝ってきた。
だからこそ、信じられなかったのだ。
一度も特訓などしているところを見たことがない、アスルに負けることが。
最初に負けたのは、俺がいつものように庭で剣の特訓をしていたときだった。
アスルがちょうど通りがかったので、束になっていた木剣のなかから一本引き抜くと、アスルに投げる。
アスルがそれを受け取ったのを確認すると、俺は容赦なく手にしていた木剣で斬りかかったのだ。
もちろんそのときもアスルがなにもする気配がなかった場合、眼前で寸止めするつもりだった。
だが俺の木剣はなにかで弾き返されると同時に体制を崩し、いつの間にか気を失っていたのだ。
あまりにも速すぎて、何が起こったのか理解が追い付かなかった。
意識が戻ったとき、俺は自室のベッドにあおむけになっていた。
しばらく呆然としたが、そのときの俺は、負けたのは夢だったのだと思い込んでいた。
次の日、俺はもう一度同じことをアスルに仕掛けた。
手加減は一切せず、当てるつもりだった。
だが、二度目も結果は同じだった。
いや、正確にいえば、完敗だった。
俺は一度目のような、自身が握る木剣が押し返される感覚を味わうことすらせず、あっさり避けられると手刀を受けてそのまま意識を失った。
プロットないので、指摘があれば教えてくれるとありがたいです。