恐怖の闘技場コロッセオ
冒険者登録を済ませた後はより安価な宿を探し回り、結果どこもそれなりに値が張ったので一番コスパのよさそうな宿へと入った。
《艶麗亭》という名の宿だが、名前どおり綺麗な宿だった。
部屋が綺麗なのはもちろんだが、そこで働いている人達も綺麗だったのだ。
美男美女ばかりで宿に入ったときは、店を間違えたかとドギマギした。
「す、すいません。あの、3日くらい泊まりたいんですけど」
なぜ3日も王都へ滞在するのかと言うと、実は盗賊から頂いた資金が残り僅かとなってきたからだ。
それだけではアノーヴァル領へ行くのに心許ないため、しばらく冒険者ギルドで稼ぐことにしたのだ。
「はい、三階の部屋が空いてますのでそちらをご利用ください」
三階へ行くと、やはり隅々まで部屋が掃除されていて気持ちよく過ごせそうであった。
もう少し汚くてもいいから安い宿にしたかったが、不思議なことにこの辺りの宿は全てこんな感じなのだ。
俺は布団へと飛び込む。
それから今日1日の出来事を思い出す。
王都への入国にいきなり失敗し、逮捕されたかと思えばデルデビアさんのおかげで釈放される。
ジャーボロス並みの怖い大男に道を聞いてしまったし、冒険者ギルドでは受付嬢とのやり取りで精神をかなり疲弊させてしまった。
その疲弊具合のせいだろうか、俺は布団に飛び込んでから数分後には泥のように眠りこけていた。
それから目が覚めたのは、昼頃であった。
あわてて飛び起きると、俺はすぐに冒険者ギルドへと向かった。
ギルドへ入ると、ほとんど人はいなかった。
受付嬢ーーただし昨日会った受付嬢とは別の人ーーに話を聞いたところ、依頼は朝早くに選びその日の仕事を決めるそうだ。朝早ければ早いほど、質のいい依頼が見つかるらしい。
つまり、俺がおきた昼頃にはたいした依頼はないということだ。
俺は依頼掲示板を眺めるが、たいしたものはない。
おつかい、ペット探し、家庭教師、etc……。
他にもいくつかあったが、どれも報酬額が微妙だ。
家庭教師だけはかなりの高額なのだが、冒険者ランクがA以上の者と条件付けられている。
登録したてのFランク冒険者には無縁の依頼だ。
「っと、すいません」
依頼掲示板を夢中で眺めていたので、横にいた人物に気づかずぶつかってしまう。
大木にぶつかったような感覚を覚え、俺は上を見上げるとそこには知った顔があった。
体長二メートル越え、目の下には大きな傷があり、背中には大槍を携えている。
「……来い。閤下がお呼びだ」
それだけ言うと、大男は冒険者ギルドを出てしまった。
慌てて追いかけるも、俺がギルドを出たときには姿が見当たらなかった。
「………どこに行けばいいんだ?」
あの大男は場所について何も言わなかったが、果たしてどこに行けばいいのだろうか。
閤下というと、思い当たるのはデルデビアさんか。
と、そのときデルデビアさんからコロッセオへの招待券を貰ったことを思い出した。
視線を少し巡らすだけで発見できるほど、派手で巨大なコロッセオ。
たいした依頼もなかったし、せっかくなのでコロッセオに行ってみるか。
冒険者ギルドからコロッセオへは徒歩で行ける距離にある。
俺は街並みを楽しみながらコロッセオを目指した。
コロッセオの周辺は人混みでごった返していた。
なにか催し物でもあるのだろうかと思っていると、やたら武装を固めた集団が目についた。
都合5人組の集団で、女性二人と男性三人で構成されている。
「おおー!!今日も頑張れよ狂闘集団」
「ルイスちゃーん、ユンナちゃーん!今日も可愛いねぇー!」
「イグルドぉぉおお、最強槍士の実力見してくれよー」
ルイスとユンナというのはおそらく、女性二人のことだろう。
イグルドという男は見覚えがあった。
体長二メートル以上で長槍を背負い、目の下には大きな傷がある。
そう、冒険者ギルドで俺に声を掛けてきた奴だった。
となると、やはり閤下というのはデルデビアさんのことか。
となるとイグルドという大男はデルデビアさんの配下ってとこかな。
イグルドはこちらをちらりと一瞥すると、コロッセオの中へ入っていった。
俺もそれについていこうとすると、入り口付近に立っていた二人の警備員に止められる。
「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」
「えっとー、デルデビアさんに呼ばれてると思うんですけど……」
イグルドは確かに閤下がお呼びだと言っていた。
デルデビアさんが俺に用があると考えて間違いないはずだが、どうにも話が伝わっていないようで、どれだけ説明しても警備員たちは入り口を通してくれない。
「入れておあげなさい。私の客人です」
「「はっ、閤下のお客人てしたか!!失礼しました!」」
困っていると、デルデビアさんが現れた。
呼び出しておいて話をつけていなかったデルデビアに若干の苛立ちを覚えていたが、デルデビアのにこにこした表情を見て毒気が抜かれた。
前から感じていたが、俺が貴族とわかったときからデルデビアさんのこの無邪気そうな笑みを湛えることが多くなった。
貴族相手への商売を見込んでいるのかもしれないが、あいにく俺は下級貴族だ。
デルデビアさんもそれを知っているはずだが、それでもこの態度とは……。
デルデビア商会は相当大きいみたいだし、どんな小さな機会も逃さないとする姿勢からはデルデビアさんの器の大きさが伺える。
閤下と呼ばれるだけはあるようだ。
「お待ちしておりましたよドクセムさん。さあさ、こちらへどうぞ」
俺はデルデビアさんに導かれ、コロッセオへと入る。
たどり着いた先には、闘う舞台であろう場所を見下ろせる場所だった。
「ここはVIPルームです。闘技場全体がよく見えるので、接客によく使ったりもするんですよ」
「なるほど、立派な闘技場ですね」
コロッセオは想像以上に巨大で、賑やかだった。
見下ろせば観客がこれから起こる闘いに胸を躍らし、応援歌だったり野次だったりが響いていた。
「それで、僕に何の用なんですか?」
「依頼をお探しなんですよね?でしたら、いい仕事があるんですがね。どうですか?」
仕事を紹介してくれるのか。
その誘いは嬉しいが、どうにも厚待遇すぎる。
取り調べから助けてくれたばかりか、闘技場のVIP専用招待券もくれる。おまけに仕事の斡旋。
ここまで来ると、警戒せずにはいられない。
「……依頼内容はなんですか?それを聞かないことには判断しかねますよ」
ここからは慎重にいかなければならないだろう。
相手は成功を築き上げ閤下とまで呼ばれるほど有力な商人だ。
商人と偉い人にろくなやつはいないと考えてる俺にとって、その2つの要素を併せ持つデルデビアという男は危険な存在だった。
そんなデルデビアが、なぜ一個人に過ぎない俺を指名してまでして、依頼をするのだろうか。
俺以外にも有名な冒険者や強者は山ほどいるだろうにだ。
「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。なに、簡単な仕事です。闘技場の審判をやってほしいんですよ」
「審判ですか?」
「ええ、基本は一対一のバトルなのですがね。ルールを新しく加えようかと思いまして」
「それはどんなルールなのですか?」
「なに、簡単なルールですよ。これからは武器の使用を許可するのです」
「今までは禁止だったんですか?」
「はい、なにしろ人間同士の闘いには拳同士でないと長時間続かないものですからねぇ。しかし今回、武器の導入をしてみることにしたのです」
拳での闘いは長時間になる。
それはつまり、観戦に向いているということだ。
怪我人もやり様によっては限りなくゼロに近づけるだろう。
それは主催側のデルデビアにも利点となるはずだ。
しかし武器の導入をした。
迫力は増すだろうが、怪我人の数は拳での時とは比にならないだろう。