或るべき家族の姿とは?
僕はその場所から一歩も動けずにいた。
そして彼女も僕を認識した瞬間、僕と同じ状態になっていた。
しばらくそんな時間が続いていたが、このままではいけないと思った僕は、「あの……」と話しかけていた。
彼女はそれで硬直は解けたのだが、
「ごめんなさい、私急いでいるから……」
そういって、逃げるように走り去ってしまった。
「……」
残された僕は何も言えないまま、ただじっとその背を見つめていた。
彼女とのことは、僕の中ではまだ過去にすることができてない。
だからこの場で話すことはできない。
いつか……そんなこともあったねと軽く流せるようになったら、話すことができる気がする。
せっかくやり直す機会を得られたんだ。こんなことでくじけてはいられない。
僕はまだしばらくその場にとどまっていたが、これ以上じっとしていたら風邪をひいてしまいかねない。春になって暖かくなってきたとはいえ、夜になるとまだ冬のような寒さが続いている。
仕方なく、今日のところは家に帰ることにした。
家に帰ってきた頃には、もう外は真っ暗になっていた。
「ただいま帰りました」
僕は靴を脱ぎながら、帰宅の旨を伝える。
「お帰りなさい」
キッチンの方から母の声が聞こえてきた。
こんななんでもないやりとりでも、僕はこの家のなんとも言えない居心地の悪さを感じてしまっていた。
「ご飯もうすぐ出来るけど、食べる?」
「ええ、いただきます」
「そう、良かった。あと悪いんだけど、優羽も呼んできてくれる?」
「はい」
優羽というのは、僕の妹である。
僕はこの家では唯一優羽には心を開いているため、彼女との関係は良好だと思っている。
あくまで僕主観の予想だけど。
優羽の部屋のドアをノックするが、返事がないのでとりあえず入ることにした。
「優羽、入るよー」
優羽はベッドの上でくつろぎながら、イヤホンで音楽を聴いていた。そのせいで聞こえなかったのだろう。
僕に気づいた優羽は、イヤホンを外して起き上がった。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「母さんがご飯できてるから降りてこいって」
「あ、うん、分かった」
「それじゃ」
要件を伝えたら、僕はすぐ自分の部屋に戻った。
まあ関係が良いとは言っても、僕たち兄妹はそんなに会話が多い方ではなく、基本的にはこんな淡々とした感じである。
僕も優羽も自分から話題を振るタイプではないからだろう。
でも、そんな距離感が今の僕にとってはとても居心地のいいものとなっている。だから優羽といると、とても心が安らぐのだ。
「今日はどうでしたか?」
食事中、母親は事務的に今日のことについて訊いてきた。
「ええ、特に問題はありません。友達もできました」
本当はちょっと問題あったが、まあ言う必要はないか。
「そう、それは良かったですね」
「ええ、心配しなくても大丈夫です」
言ってて吐き気がしてきた。
僕の考えがおかしいのならそれはそれで仕方ないのだが、この会話は親子らしい会話だと果たして言えるのだろうか?
こんな……こんな他人同士のような会話が、だ。
あの日から、両親は僕を腫れ物を扱うような対応しかしなくなった。
僕を叱ったり怒鳴りつけるようなことは絶対にしない。
明らかに僕がおかしなことをいっていても、それを肯定してしまうくらい僕のことを肯定してくるのだ。
そんな風にしか、僕と接することができなくなっていた。
何度も今まで通りにしてくれていいと言っても、両親はその薄気味悪い対応を止めようとはしなかった。
それから、両親とは必要最低限の会話しかしなくなっていた。
下手に話し込んでしまうと、僕はたまらなくなってしまいそうで踏み込むことができなかった。
その後も大した会話をすることもないまま夕食の時間は終わったが、僕はほとんど口をつけることはなかった。あんな味のしない時間を延々と過ごせるほど、僕は人間をやめていない。
自分の部屋に戻ってしばらく寛いでいたとき、コンコンとノックの音がした。
「お兄ちゃん、入るよー」
僕が返事をする前に、優羽がドアを開けて入ってきた。
「どうしたんだよ、わざわざ僕の部屋に来てまで」
「うん……お兄ちゃん、お母さんにはああ言ってたけど、本当はどうだったのかなって気になっちゃって」
「そんな、何にも問題はなかったよ」
「本当に?」
「……どうしてそんなに疑り深く聞くんだい?」
「受け答えがなんかぎこちなかったから」
どうやら僕の対応を見て、何かあったと思ったみたいだ。やはり妹にはごまかしきれなかったか。
「まぁ……ちょっとした問題はあるにはあったんだけどね」
「やっぱり何かあったんだ」
優羽が心配そうに見ている。
さて、今日のことを思い返してみようかな。