あの日、あの放課後、あのケバブ屋で
ホームルームが終わって放課後になり、ほとんどの人が帰っていくなかで、僕は笹森先生に呼ばれて職員室に来ていた。今日のことについて反応を聞くためらしい。
なんでこんなことを聞くのかと思って聞いてみたところ、かつてここに来ていた人に初日に来ただけでその後一度も来ることなく辞めてしまった人がいたらしく、そんな人をこれから出さないようにするため、ケアを兼ねた場として設けているという。
なるほどと思う一方、おそらくその辞めてしまった人は群れることが好きじゃないか、ここでも一人きりになってしまったのかなと思った。
僕だってイナジュン達のような友人に巡り会えなかったら、あのゴスロリ……小森さんに無視された時点で来なくなっていたかもしれない。
「これで今日一日終わったわけだけど、どうだったかな?」
「ええ、早速友人を作ることができました」
僕の言葉に先生は安心したような顔をした。そんな顔をするんだったら学校についてもっと詳しく話してくれよと言いたくなったが、黙っておく。
「それは良かったわ。正直、最初にあなたのことを見たときにはここに馴染むのは難しいんじゃないかって心配してたの」
本当かよ。おっと、ゲフンゲフン。
「ええ、僕も不安でいっぱいでした。実際、僕の隣に座っていたゴスロリ、いや小森さんには相手にされなかったものですから」
「小森さんね……確かに彼女は今いる中でも、特に誰とも仲良くしようとしないのよね。そうか、茅野君でも心を開かなかったか」
先生は思わずため息を出してしまっていた。まあ、初対面の人間に心開いてたら、そもそもこんなところ来てないと思いますよ。
とりあえず、と適当な相槌をうつ。
「よほど嫌なことでもあったんですかね……」
「一応、私たちは教育者として一通りの事情を知ってはいるけど、一生徒とあまり話し込んでしまうのは問題になってしまうから」
「そうですね……」
これ以上のことは彼女自身に聞くしかないだろう。
しかし、今日の状態からそんなディープな話を聞けるような関係になるのは……無理じゃないか? そもそも会話からして成り立ちそうに無いしな……
「でもね、茅野君。それでも、小森さんにはこれからもなるべく話しかけて欲しいんだ。他の人にも頼んではいるのだけれど、あのままだと来なくなってしまうかもしれないから」
「そうは言っても先生、本人にその気がないんなら周りが何やっても無理じゃないかな?」
「そうね。それでも、お願いしておきたいの。あなたも苦い経験をしているから、彼女のことも少しは分かってあげられるんじゃないかな?」
「そう、ですね。分かりました」
押し付けがましいなとは思ったが、この場ではっきり断ってしまったら僕が冷たい人間だと思われてしまいそうで、いやとは言えなかった。
まあ、こういうことは気長にやっていけはいいかな。
その後も笹森先生から色々聞かれたが、無難にやり過ごした。
外に出る頃には、大分暗くなりかけていた。
「こんな時間になっちゃったか……」
家まではそれほど距離がないため、僕は徒歩で来ている。とはいえ、このまま帰っても味気がないので寄り道をすることにした。
いそいそと僕が向かったのは、路上販売しているケバブ屋である。僕はこれが好きでしょっちゅう買っているせいか、店の人にも僕の顔を覚えられていた。まあ僕はケバブが食べられればなんでもいいのだが。
店の前に立つと、元気そうな女性店員が顔を出した。
「いらっしゃい……ああ、またアンタかい」
そういって僕を迎えるオバ、いやお姉さんは僕が注文をする前にケバブを前に出した。
「はいよ、500円ね」
「……形だけでも注文を訊く気はないんですか?」
「なんだい、これが食べたいんだろう? まさか2個食べるとか言う気かい?」
「いえ、それでいいんですけど」
「なら別にいいじゃないか。あんた相手に一々注文を訊いていられるほど、あたしは暇じゃないんだよ」
「他には誰もいなかったような……」
「あぁん?」
「……なんでもないです」
そんなやりとりを交わした後に、僕はケバブに噛り付いた。
あぁ、この肉感、素晴らしい。これを食べている時が僕の人生の中で一番幸せだと感じる、うんうん。
「そういや、あんたさ……学校はどうしたの?」
オバ、いやお姉さんは突然そんなことを訊いてきた。
「いきなりどうしてそんなことを?」
「いや、この時間うろつくなら学生だったら基本制服着てるもんだろ?」
「そうじゃない人もいると思いますけど……」
「あんたはいつもウチ来るときは制服だったじゃないか」
あ、しまった。それでそんなこと訊いたのか。
「学校は……辞めたんです」
「辞めた? 辞めたってあんた……」
「今は別の、学校とはまた違うところに通っています」
「そう、かい」
お姉さんはそれ以上訊いてこようとはしなかった。ニュアンスで何か感じ取ったのだろう。
「まぁ、いいけどさ。とにかく食いたくなったらいつでも来な。たまにはオマケしてやるからさ」
「ありがとう、オバ……」
「あぁ?」
「……姉さん」
「よろしい」
まずい、ついボロが出てしまった。
「それじゃ、ごちそうさまです」
「あぁ、まいど」
至福の時が終わり、僕は現実へと戻されてしまった。あぁ、全く現実ってやつはなんでこんな嫌になるんだろうな。
とはいえ、まだ家に帰る気は無かった。
いや、そうじゃない。本当は帰りたくないんだ。今の家はとても僕には居心地が良くない。両親がまるで赤の他人に感じてしまったように……
僕がいらないことを考えていたせいだろうか、目の前になるまで気付かなかった。
────僕はまだ心の準備が出来ていなかった。
────こんなことならさっさと帰ったほうが良かった。
────もしこれが運命だったというのなら
────僕はその運命を呪っただろう
「……」
どうして……こんなに早く彼女と再会してしまったのだろう。