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ちるはなふるゆき  作者: 捨石凞
第1章 心のないマリオネット
28/35

ハリボテに美しさを見出せるのか?

 その後小森さんと大した進展もないまま、週末になってしまった。

 例によって家に居たくない僕は繁華街の方をさまよっていたが、あの広場に行くことはなく、ぶらぶらと歩き続けていた。 ここに来た目的などはない、ただ時間さえ潰せればいいのだ。 夕方になるまでこの辺りで過ごして、夜になったら帰る、それがここ数ヶ月の僕の日常となっていた。

 そんなことを考えていた時、ふとある物が僕の目に映った。 ショーウィンドウに収められたフランス人形っぽいものだ。 小森さんが着ている服とはまた違ったものだろうが、違いなどよく分かっていない僕にとっては似たようなものだ。 こういうものが飾ってあるということは、ここは人形を専門に売っているところだろうか。

 今まではこういったものに興味を持つことはまずなかった。 いやにリアルな顔をしているのに、よく見ると人形だと分かるくらい歪な表情をしているあの顔が怖いのだ。 あんなものを買うくらいならば、ゲームや漫画を買った方がよっぽど有意義だろう。

 だけど、今はこの歪な顔をした人形がいやに気になる。 僕はそのまま誘われるようにして、店の中へと入っていった。


 店の中は、何というかまあゴテゴテした感じともいうべきか、中世のヨーロッパ風の佇まいをしているように思えた。 よく分かってないから、こんな曖昧なことしか言えない。 とにかく今まで縁のなかった物たちで溢れかえっていることは分かる。

 何でこの店に入ってしまったんだろうか、とすぐに後悔し始めた。 だが、このまま出て行ってしまうのは店の人のイメージ的にも良くない。 仕方なく僕は手近なところにある人形を見てみることにした。

 ……うむ、やはり薄気味悪い。 どうやら、いくら眺めたところで僕の中での評価が変わることはなさそうだ。 これを長時間眺めていたらそれこそ危ない状態にでもなってしまいそうだ。

 しかし僕の評価とは裏腹に、人形を眺めている他のお客さんは恍惚とした表情で見ていた。 なぜこんな物を見て、そんな顔が出来るのだろうか。 僕にそういった感性がないだけなのか、いやそんなことはない。 僕の感性は至ってまともなはずだ。

 その他も一通り商品を見てみたが、どれも興味を惹きつけるものはなかった。 それ以前に値札がどれも桁違いすぎて、一端の学生である僕が買うのは土台無理な話だった。 帰ろう、と思った僕の視線の片隅に見覚えのある人が映った。

 ────小森さんだ。

 彼女は見事なまでに一体の人形に魅入っており、他のお客さんもさすがに引いてしまっていた。 そのせいか、彼女の周囲だけ異様なオーラがあるように感じる。 僕は声をかけるのも躊躇われ、しばらくその光景を眺めていることにした。


 どのくらい時間が経っただろうか。

 小森さんはようやく人形から目を離して、僕のことを捉える。 彼女は最初僕を見て驚いていたが、すぐに怪しい人物を見るような目に変わる。

「こんにちは、休日にあなたの顔を見るなんて思わなかったわ」

「僕もだよ、小森さんはここによく来ているの?」

「つけてきたの?」

 僕の質問を見事にぶった切って質問してきた。 無視より残酷だよそれは……

「そんなことしないさ、たまたま入っただけだよ。 でも僕の趣味ではないかな」

「なら帰ったら? そんな人に見られて、人形たちもかわいそう」

「かわいそう? 人形がそう言ったっていうのかい?」

「……」

 小森さんは僕とこれ以上話すことはないという意思表示なのか、僕の横を通り過ぎてそのまま店を出て行った。 僕はここで別れてしまうのはあまり良くないかなと思い、彼女を追うことにした。


「小森さん、待って」

 僕は何とか小森さんの姿を見つけて、隣に並ぶ。 しかし彼女は何の反応も示さない、なら反応するまで話し続けよう。

「君はあの人形をずっと眺めていたよね、君にとってみれば人形も生きているように見えるのかい?」

「……」

「もしくは、君は人形を見ていたんじゃなくて人形を通して別のものを見ていたのかな?」

「……」

 駄目だ、全く反応がない。 このまま別れることになるのだろうか。

「……別に」

「え?」

 意識が向いていなかったせいか、僕は彼女が声を上げたところを聞き逃しかけた。

「あの人形が好きで見ていたわけじゃない、ただ……」

「ただ?」

「人形って人間と違って生きてないでしょう? 血も通ってない、色もぞっとするほど白い。 当然よね、でもそれがすごく……美しく見えるの」

「……」

 今度は僕の方が黙ってしまった。 何というか、僕と彼女の美的感覚は全く違う、何ひとつ共通点がない。 僕は彼女が何を言っているのかまるで理解できなかった。

 どうしたら、それを美しいと言えるのだろうか。

「美しいの、人形が? でも、それなら人だって」

「人? 美しい人間なんて誰もいないわ、誰一人もね」

「そんなことはないんじゃ……」

「いないわ」

 こんな強調するように否定されたので、頷いておかなければ先に進まないなと思った僕は、納得がいかないがとりあえず頷いた。

「みんな醜いものよ、どれだけ外見を小綺麗に取り繕ったところでどこかで必ず化けの皮が剥がれる。 剥がされた人間はそれはもう見るに耐えない、そうまさしく妖怪ね」

「ボロクソ言うね……そこまでどうして嫌っているの?」

「……」

 ここまでは言う気にはならないらしい、今日はこの辺りが関の山か。 そう僕が思っていると、気づいたときには例の広場へと到着していた。

 小森さんは定位置なのか、前に座っていた場所が空いていたのでそこに座る。 僕もその隣に座る。 何か言ってくるかなと思っていたが、何のお咎めも無いようなので大丈夫なのだろう。

 座る場所に来たということはまだまだ話す機会はあると考えていいだろう。 それに、今回は画材セットを持ってきてないのか目の前の景色をただボーッ、と眺めている。

 とにかく相手の機嫌を損ねない程度に語らうとしよう。



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