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ちるはなふるゆき  作者: 捨石凞
第1章 心のないマリオネット
24/35

固く結んだ糸はほつれて

 それからしばらくして、小森さんの鉛筆が置かれた。

「完成したの?」

「まだよ、一応これで3日目なんだけど」

「え、今日から書いてたわけじゃないの?」

 僕の質問に首を横に振って、

「書いては捨ててを繰り返しているせいもあって、なかなか自分のイメージ通りのものが書けないのよね」

「ちなみに今までどのくらい書いていたの?」

「さあ? 数えてないもの、意味ないし」

「そ、そう」

 困った……なんで反応に困ることしか言わないんだろうか? 返しに毎回困惑する相手って、まずいないからある意味貴重な存在ではあるが。

「それじゃあ、私は帰るわね」

 小森さんはなんてことのないように、その場を去ろうとする。

「ま、待って! 学校はいつになったら来てくれるの?」

 僕の問いに彼女はつくり笑いを浮かべて、

「この絵が完成したら、ね」と、言って帰ってしまった。

 いやいや、答えになってないよそれ……

 つい、あのまま行かせてしまったけど具体的なこと何一つもいってないじゃん! 僕ははぁ、とため息を吐く。

 それにしても、どうして絵を描き出したんだろう。休日のときみたいな趣味の延長、というには凄く真剣に向き合ってたから違うだろうし、あれが彼女にとって何か変わるための行動なのだろうか。

 いずれにしろ彼女が描いている絵が完成するまで、今日みたいに側で見守っていることくらいしかでかそうにないが。

「まあいいや、とりあえず会って話をすることができたんだ。今日のところはそれでよしとしよう」

 僕はこのなんともいえない状況の中でなんとか前向きに考えるようにした。そうじゃないとやってられないからな……


「昨日小森さんと会ってきたよ」

 翌日、僕はセツに小森さんと繁華街の広場で会ったこと、彼女が今熱心に絵を描いていることを伝えた。

「そうなんだ。彼女、また絵を描き出したんだ」

「また?」

「学校に来て間もない頃も、よく絵を描いていたのよ。大体、人形とかお城とかメルヘンなものばっかり描いてたわね」

「そうなんだ。僕が見たときはよく分からないものというか、どこかの風景画みたいなのを描いていたけど」

「その時は、外の世界とかまるっきり興味ないって感じだったからね。今は、前の時と少し変わったのかも」

「そうなのかな? じゃあ今描こうとしてるものも、今まで描いたことのないものを描こうとしてるってことなのかな?」

 もしそうなら、思うようにならなくて何度も描き直しているってのも納得だ。

「恭也の話が確かなら、その可能性が一番高いと私は思うな。なんにしろ、今は黙って見守るしかないと思うよ」

「うん、それは分かってる。彼女が前に進むために必要なことなら、ね」

 それが何になるというのか、どう変わるのかは僕には分からない。とにかく今は、彼女のことを影ながら応援するしかないだろう。

 それが、僕にはひどくもどかしいと感じてもだ。


 そこからさらに3日ほど経った、まだ彼女は学校には来ていない。

 会おうと思えばいつでも会いにいけただろうが、今はその時ではないと思った僕は特に彼女に対してアプローチをかけることはしなかった。

 放課後になって、今日もいつも通りの課題をこなして家に帰ろうとしていたとき、入口の外に小森さんが佇んでいるのを見かけた。僕が見ていることに気づいた彼女はそのまま僕の方へと近づいてきた。

「いきなりで悪いのだけど、これから時間あるかしら?」

 唐突に、彼女は僕のことを誘ってきた。びっくりした、あまりにも驚いているからきっと目なんか点になっていることだろう。

 だが、こうして僕のことを誘ってきたってことは答えは一つだ。

「絵が、完成したんだね?」

「完成、はしてないんだけど見て欲しいの」

 そう言って彼女は例のスケッチブックを取り出して、その絵を見せた。

 僕はその絵をじっくりと鑑賞する。


 人形でもなく、建物でもなく、風景画でもなかった。そこに描かれていたのは見知らぬ男性だった。それも、よく少女マンガに出てきそうな美形のイケメン風の。もちろん、こんな人は僕の知り合いにはいない。

「えーと、これはなんのキャラクターなの?」

「一応、モチーフはあなたよ」

 ……は? 誰だって? 今、彼女は誰をモチーフにしたって言った?

「ああ、あまりにも似てないからそんな顔をしているのね。あなたの顔をもとに、私の理想を加えていったらなぜだかこんな風になってしまったの」

「いやいやいやいや、おかしいでしょそれ! これ絶対僕モチーフじゃないでしょ! あまりにもかけ離れて別人になっちゃってるよ‼」

「あら、失礼ね。せっかくあなたの顔を描いてあげたというのに」

「さすがにそれは嫌味だって分かって言ってるでしょ! というかなに、これ書くために数日休んだの? なんじゃそりゃ!」

 もはや僕は混乱の極致に立たされていた。

 一体彼女がなにを考えているのかさっぱり分からなくなってしまった。

 僕の方も容赦ない暴言を吐いてしまっている。

「まあいいじゃない、せっかく描いたんだから、あげるわそれ」

「う……とりあえずもらっておくよ」

 まったく喜べないプレゼントってのも中々もらえないしね……

「うん、私の方もこれですっきりしたし明日から行くことにするわ」

「そ、そう……」

 彼女からその言葉を聞けて喜ぶべきなんだろうけど、今の僕はそんな気持ちにはなれそうになかった。

「結局、小森さんは何がしたかったの?」

 僕がそう聞くと、小森さんはにっこりと笑ってこう言った。

「仕返し」

「え?」

「あなたは私に関わらないでって言ってるのにも関わらず、ズカズカと土足で入り込んできて、あまつさえ私の心に入り込もうとしてきた。だから、嫌がらせしてやろうって思ってたのよ」

「……」

 仕返し、か。復讐と言われなくてホッとしている自分もいた。なにせ、彼女を追い込んだのは事実なのだからそう言われても仕方ないと思っていた。

 だが、彼女は仕返しだと言った。それは、僕のことを面倒だと思っていても恨んではいないということだ。僕はなぜか笑ってしまっていた。

「なに? いきなり笑い出して」

「いや、なんとなくね」

「仕返しされて笑ってるの? とんだマゾね、気持ち悪い」

 相変わらず刃は鋭く尖っていた。痛い痛い。

 それでも、僕はこれからも彼女と接していくことができることに安堵をおぼえていた。まだ、彼女がどうして心を閉ざしてしまったのかは分からない。今も、その部分は大きく変わってはいないだろう。

 だがその閉じた部分に少しだけヒビを入れられたのではないか、僕はそう思っている。ここで終わりじゃない、ここからはじめていこう。そうすることで、僕も彼女も乗り越えていける気がする。

 この時の僕はそう思っていた。



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