いつも変わらぬケバブで終わる
教室に戻って引き続き課題を進めていたが、突然様子がおかしくなったのを心配してか、みんな僕のことを気づかっているように感じた。まあ、あんな飛び出し方したら大丈夫かと思うのは仕方のない話だが。
そんな中でチラチラと僕のことを見てくる人がいた、セツだ。一連の流れを見て、僕が小森さんの休みに関係しているんじゃないかと睨んでいるようだ。
しかし、それならなぜこの場で言及してこないのだろう? あんまり言うと僕も来なくなると思っているのか、思っていそうだなぁ。
その日はずっと、セツの様子を窺う視線にさらされながら過ごしていた。
「よっし、終わった! 帰んべ帰んべ」
放課後になり、イナジュンはさっさと帰って行った。
「あのバカ……! 小森さんの様子見に行こうって言っといたのに」
「あいつの記憶力を頼りにするのは間違いだ。仕方ない、僕たちで行こう」
「二人とも、小森さんの家に行くの?」
「笹森先生に様子見にいってきてって頼まれちゃったの。恭也も来る?」
「うーん、僕はいいかな。間が持たなそうだし」
思わず断ってしまった。そこまで不自然な断り方ではないのだが、今日のセツは僕の様子をしきりに気にしている。余計に怪しまれてしまったかも。
「ねえ、恭也。アンタさ……」
来た、このタイミングで聞いてくるか。
「小森さんと何かあったの?」
「い、いきなりどうしたのセツ」
しまった、若干語尾が尻上がりになってしまった。さらに怪しくなってしまった。というか、もう言っちゃってるようなもんだよな。
「恭也気づいてないようだから言うけど、小森さんの話題になったときあからさまに様子が変だったよ?」
セツが僕を問い詰めているように見えたのか、すかさずカケルが仲裁に入る。
「セツ、恭也のことを疑っているのか? 彼が小森さんに危害を加えたから来なくなったとか、僕としては考えられないんだが」
「あたしだってそうだよ、恭也のこと友達だと思ってるから本当は疑いたくなんてないよ。だけど、私にとっては小森さんのことも大事だから。少しでもおかしいなと思ったことは解決しておきたいの。それで、どうなの恭也?」
これは適当な誤魔化しでは許してくれないだろうな。でも、言い方を間違えるとこの関係が破綻してしまうだろうから気をつけないと。
「分かったよ、実は……」
僕は柳さんにした時よりも丁寧に、先日のことを話した。二人とも僕の話に驚いた様子だったが、すぐに深刻な顔になる。
「間違いないわね。それが原因……なんだろうけど」
「恭也が一気に踏み込み過ぎたのと、小森さんの触れたくない部分に触れてしまったことで、パニックになってしまったのが大きいだろう。だがそうなると、今日恭也が行くのは避けたほうがいいだろうな」
僕は深く頷く。どのみち今日の時点では僕自身上手く話せそうにないし、余計に拗れるのが目に見えている。
「今回が恭也だっただけで、いつかはぶつかる問題なのは分かっていたしね。とりあえず今日のところは私とカケルで行こうか」
「そうしよう、しかし会ってくれるだろうか……」
「あはは……門前払いされる可能性は高いでしょうね」
セツとカケルはお互い苦笑いを浮かべている。僕の話を聞いて、事態の深刻さを理解したからか。
「ゴメン、僕が急ぎすぎたせいで……」
「恭也、君が謝ることはないよ。それに君がすべきなのはそんなことじゃないだろう」
「そうだね。なんとか、もう一度会えればいいんだけど……」
「明日の朝に彼女がどんな様子だったか教えるから、ひとまず今日のところは帰りなよ」
「うん、それじゃ二人とも達者で」
「そんな当分会えなくなるような挨拶しないの!」
あはは、と今度は事前な笑みが出た。うん、この調子ならまだやれそうだ。
帰り道、通りを歩いていると例のケバブ屋が見えた。これを食べて落ち着くとしよう。
「おばちゃん、ひとつ」
「はいよ、5000円になります」
「すいません、言い間違えましたお姉さん」
「フン」
なんで横暴な接客態度だ。お客様は神様なんだぞ、訴えるぞ。
「なんだい、よっぽど5000円払いたいみたいだね」
「すいません、すいません」
どうやら顔に出ていたようだ。
僕ってそんなに顔に出やすいのだろうか? 気をつけないと……
「それで、新しいところってのはどうなんだい?」
おばちゃんが僕の近況を尋ねてきた。心の声なら大丈夫だよね、ね?
「今、ひとつの山場を迎えようとしてます」
「? なんだいそれ、映画の話かい?」
「いえ、現実の話です」
「ふーん」
なんて適当な返事だ、そっちから聞いてきたというのに。
「はいよ、なんだかよく分からないけどこれ食って頑張りなよ」
「ありがとうございます」
「か〜っ固い! あんたいろいろ固すぎるよ! もっと柔らかい返事はできないのかい!」
「そんなこと言われても……言われていきなり変えられるものじゃないですよ」
「そんなんじゃこっちが肩こっちまうんだよ! 固いのはアソコだけで……」
「それ以上は黙って下さい」
まったく、往来のど真ん中でなんてこと言おうとしてるんだか。
僕はその場を逃げるように去り、通りからだいぶ離れたところでケバブにかぶりつく。今日も美味い、にじゅうまる。これさえあれば、なんでも出来る気がしてくるなぁ。……さすがにそれは言い過ぎか。