拙者、放浪の身です
パチと目が覚めたとき、辺りはまだ薄暗さを残していた。
本来休日と言えば、家でダラダラするにはもってこいなのだが、僕にとっては心の休まるところではなかった。この家は、ただ僕に対して圧迫感を与えてくるだけで、何一つ安息を与えてくれることはない。もし優羽が居なかったら、とっくの昔に飛び出していただろう。とは言っても、一人で暮らしていく知恵なんて持っていないけど……
この家に対して明らかな不満を持っているにも関わらず、知恵も力も何も持たない故に行動に出ることが出来ない。
僕はとてもイライラしていた。なんで朝早くからこんなにイラつかなきゃならないんだ。暴れ出したくなってしまうじゃないか。
イライラして仕方なかったので、まだ出かけるには早い時間だが、着替えてさっさと出かけることにした。
目的地である病院はまだこの時間は開いていないので、近くをダラダラと歩くことにした。この時間帯に出歩いてる人は疎らなのか、結構歩いてるはずなのにほとんど会うことはなかった。
僕にとって、人がいないというのはとてつもない孤独を感じる。安心しない、紛れることが出来ない、自分が浮かんできてしまう、そんな不安にかられてしまうからだ。朝早くに、この辺りを出歩くのは失敗だったかもしれない。
とはいえ、今から街の方まで歩いてまたここに戻ってくるのは面倒である。 僕は軽くパニックになりながらも、何も考えないようにして心を落ち着かせようとする。そうすると、次第に落ち着いていくのを感じ、なんとか心の平穏を取り戻すことが出来た。
時間を見ると、丁度いい時間となっていたので向かうことにした。
通い慣れた道を通って僕はそこにたどり着く。
いつも行く学校とは反対方向にあり、ここはしばらくの間お世話になっていた、精神科の病院である。いや、まだ過去形にするには早いかもしれない、僕は完全に治ったわけではないのだから。
ここに通っていた時の僕は、現実を受け入れることを完全に拒絶していた。 過去を思い出すことに苦痛を覚え、現在を生きていくことを放棄し、未来に一つとして希望を抱くことを止めていた。要するに何もかも嫌になっていたのだ。
そして、そんな人間が最終的に取る行動は……
よそう、今思い出しても大して意味のないものだ。僕はそんな過去に戻るつもりはないし、こだわる気もない。戻るつもりはない、のだが……前に進む勇気を持てずにいるのもまた事実である。
こんな状態では、何一つ変わることはないというのに。自分の殻に閉じこもったまま、どうすることもできずに自己を食い潰してしまう。
自己の破滅を無意識の内に望んでしまっているのか? そんなはずはない、僕は常に安穏とした日々を望んでいるんだから。
僕は余計な考えを振り切るようにして入り口のドアを開けた。
「ここに来るのは久しぶりかしら、茅野さん?」
診察室に入ってそう気さくに話してきたのは、この病院の先生である。妙齢の辺りだと思うが、衰えを感じさせない見た目と、長く経験を積んだことで鋭い観察眼を持っている。三つ四つ会話するだけで、ある程度その人物がどんな人間なのか理解することができる……みたいだ。
僕にとっては、数少ない話し相手という認識でしかないので、なんともピンとこないものがあるが。
「しばらく来ていないみたいだから、もう大丈夫なのかなと思ってたんだけど」
先生の問いかけに、僕は苦笑してしまう。
「ええ、どうも新しい環境に慣れないみたいで」
僕の答えに先生は思い出そうとする仕草を見せる。
「そういえば、学校に入ったんだっけ。普通の学校とは大分違う特殊な環境だとは聞いていたけど」
「ええ、僕みたいな境遇の人がわんさか通ってるところです」
「ああ、なるほど……」
先生は僕の今の境遇について事細かに聞いてきた。僕はその辺りのことについては特に問題なく語れたのだが。
「それじゃあ発作が起こったとき、あなたの印象に残っていることはないかしら?」
この質問が来たとき、僕の頭に浮かんできたのは柳さんの得体の知れない表情と……
(「ごめんなさい、私急いでいるから……」)
登校初日の放課後に再会した、彼女のことである。先生は僕がこんな風になった理由を知っている。だから、全てを話した方がいいのだが……
「……特に、そういうことは無かったですね。無意識の内に自分を追いこんでしまっただけで」
僕はつい、彼女のことと柳さんのことを話すのをためらってしまった。どうしてだろうか? いくら考えてもその場で理解することはなかった。
その後も先生の問答は続いたが、特に異常性は無く情緒不安定になっているだけだと診断されたので、僕は隣の薬局で先生に処方された精神安定剤をもらって病院を後にした。
読むと分かりますが、大半はただ彷徨ってるだけです。
いいのかな、これで……