汝、剣を取るか盾を取るか
「さて、次で最後なんだけど、ここが一番重要な所なんだー」
おお、次で最後と聞くと一気に空しく感じるな。何故だろう。しかし、重要か……一体どんな意味でなんだろうか。まだ聞いてもいないのに何故か僕の身体はガクガクと震えていた。
「そんな構えなくていいよ。場所自体は普通のところだから」
僕の顔が固くなっていたのか、柳さんは僕を安心させるように言った。
「それじゃあ、そこが柳さんにとって重要なのって……」
「僕にとっては”聖域”なんだ」
僕の言葉を遮って柳さんはそう断言する。
これはあれか?
君のことを気に入ったから、とっておきの場所を案内してあげるよ。だから親友になろう、って流れなのか?
そんな流れになった場合、僕は迷わずノーサンキューと言うだろう。自称勇者一行の一味になるなんて願い下げである。
そんな想いを抱きながら、彼女のあとをついていく。
たどり着いたのはビルの最上階に当たる場所だった。今は屋上につながるドアの前にいる。どうやら解放していないようで、ドアには鍵がかけられていた。
「これじゃあ出られないよ。 抜け道でも知ってるの?」
僕がそう聞くと、柳さんは懐から何かを取り出そうとしていた。
「ま、まさかピッキングで開けようとしてる?」
「そんな泥棒みたいな真似しないよ。僕は勇者なんだから」
正直文のつながりとしてはおかしいと思ったが、さほど重要なことじゃないから放っておこう。取り出したのは鍵のようだ。ということはここのか。
「どうして柳さんがここの鍵を持っているの?」
「勇者だからさ」
はぐらかされた。そういえばなんでも許されると思っているのか! まあそう突っ込んでしまうとそれはそれで面倒なことになりそうだから、僕は許しちゃいます。
彼女はここによく来るのか、手慣れた感じで鍵を開けて屋上に出た。
今日はいい天気だったようで、照りつける太陽が非常に眩しく感じられた。
屋上だからか、風が強い。4月とはいえ、まだ肌寒い日が続くこの時期には厳しく感じられた。
柳さんはフェンスの手前まで歩いて行き、そして僕の方へと振り返った。
「どうだい? この場所は」
彼女が僕に問いかける。質問の意味など深く考える気の無い僕は、ありのまま感じたことを答えた。
「いい場所だね。ちょっと今の季節で過ごすには寒いと思うけど」
僕の答えに、「確かにまだ寒いね」と答える彼女。
「屋上だから見晴らしはいいんだけど、この辺はビルしか見えない。もっと自然溢れる光景が見れたら冒険心が沸くのに」
「……都市部でそんな光景を期待するのは無理があると思う」
「そうだね」
なんというか普通の会話が続いている。ここに来てから彼女の様子がおかしいというか、なんとも歯切れの悪い回答が続いている。
「ねえ、茅野くん」
そう彼女が僕の名前を呼ぶ。
この時、僕はとても驚いた。彼女には言ってないはずの僕の名前を知っていることに驚いたのもある。でも、そこじゃない。
全てを見透かしてしまうような目で僕を見てきたのだ。驚いたと同時に恐怖を感じた。僕の何もかもを知っているかのような雰囲気を今の彼女からは感じられた。そんな彼女が再び僕に問いかけた。
「この学校を、どう思う?」
これは普通の問答じゃない。何を考えずに答えてはいけない。
そんな回答を一切許さないというような目を彼女はしていた。
どうする? 考えろ、考えるんだ。
ここでの答えによっては、今後の展開を大きく変えるかもしれないんだから。
答えに窮していた僕はこう前置きした。
「僕はまだこの学校に入って2日目だからあまり詳しいことは言えないよ」
僕の言葉に柳さんは笑って答える。
「いいんだ。むしろ、入って間もない君が感じたことを答えて欲しいんだ」
この言葉からやはり試されていると思った。
どうしてそんなことを彼女が聞きたがっているのか、それは今はどうでもいい。僕という人間がどんな考えを持っていて、そして何物なのか。それが彼女には全て伝わるだろう。
だけど僕という人間は全然大したことのないやつだ。それが伝わることは怖くはない。怖くはないのだが……
僕という人間性が他者に分かってしまうのは、おぞましい程の恐怖を感じるのだ。
「僕は……」
自分の知らない狂気を他人に教えているのではないか。知らないうちに狂気を放っているのではないか。そんな気がしてしまうのだ。
怖い、怖い、怖い。そう思い込んでいくことで体の震えが止まらなくなる。
「僕……は……」
ガタガタと震えてくる。地震が起こっているわけでもないのに。気温的にとても寒いわけでもないのに。震えが止まらない。落ち着かせようとすると余計にひどくなる。体が冷えていく。熱を奪われていく。
「ぼ……く…は…」
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ!
何も奪わないでくれ、何も取らないでくれ、何も……
そして僕の意識は、ゆるやかに落ちていった。