勇者と迷惑そうな僕
あまり気乗りはしないが、断って微妙な空気になるのを避けたいのでお願いすることにしよう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「おおー、転生者ならそう言ってくれると思っていたよ! 私の見立ては間違っていなかった、うんうん」
「……」
なんだかよく分からないが、喜んでいるので良いとしよう。
こうして、自称勇者もとい柳さんによる学校案内が始まった。果たしてどこに連れていかれるやら……
「さて、まず転生者はどの位学校の施設を知っているんだい?」
「職員室と自分の教室、あとは1階の食堂くらいかな……」
「じゃあ、まだほとんど知らないってことかな?」
「そうなるかな」
柳さんの問いかけに僕はポツポツと答えていく。
正直、こんな何気ない会話をするようなことになると思っていなかったため、少々戸惑っている。
すると、そんな僕の様子が可笑しく感じたのか、柳さんは笑って「緊張しているのかい?」と、指摘されてしまった。
「そういうわけじゃないんだ。ただ、なんとも言えない気分になってるだけで」
僕がそう答えると、柳さんは「ふーん」とよく分からない反応をしていた。
本当に、何を考えているのかよくわからない人だ。
出会った最初のインパクトが強すぎるせいもあるが、他の人と比べて彼女がどんな人間なのかいまいち測りきれないところがある。
こんな風に会話していけば分かってくるのだろうが、彼女にはそれだけじゃ理解しきれないと思える「何か」を感じていた。
最初に連れて来られたのは、図書室である。
この学校はビルの4〜6階を借りていて、僕たちが普段使っている教室や先生たちがいる職員室は4階にある。
今いる図書室は6階にあり、広さはそれほどないが一通りのジャンルを揃えている。僕も何か読みたい本があったら借りてみようかな。
「柳さんは、ここでよく本を借りたりしているの?」
僕の質問に、柳さんは「うーん……」と考えていたが、
「借りたことは……無いかな。読みたいと思ったものはその場で読んじゃうから」
「そうなんだ。てっきり好きなものは全部借りていくものだと思ったんだけど」
僕がそう言うと、柳さんの目がキラリと光るのが見えた。まずい、イヤな予感がする。
「好きな本だったら借りるなんてセコい真似しないよ。何冊も買って自宅に永久保存するよ!」
「そ、そうなんだ。ちなみに読んだりは……」
「もちろん読む用も買うよ! 読んだあと鑑賞用を眺めて、家の祭壇に飾ってある本たちに祈りをささげて、それから……」
最後まで聞こうと思ったけどあまりにも僕には理解不能な内容だったので、この後は聞いていられなかった。ただ随分時間がかかっていたような気がする。彼女の家は絶対に行かないほうがいいだろう。彼女の言い方で言うところの永久封印すべき空間になっている。
僕はとりあえず他のところも見たいところなので、未だヒートアップしてる彼女に声をかける。
「や、柳さん、その話はまた後日聞くことにするよ。それより今は他の場所を見ておきたいんだけど」
僕のその発言で素の状態に戻ったのか、申し訳なさそうな顔をして、
「いやー、すまない。そんなに時間をかけるつもりじゃなかったんだけど、この手の話をするとどうしても止まらなくてね」
「ははは……」
全くだ、僕まで変な人に見られるじゃないか。少しはTPOを弁えてほしい。
「じゃあそろそろ他のところを案内しよう」
その後の案内はまともなものだった。というより、他の場所に大したものが無かったというのが本音である。
彼女の性格的に、そんな場所を紹介しないと思っていただけあって拍子抜けもいいところだが。
僕がそんなことを考えていると、柳さんはある廊下の一角にあるスペースで立ち止まり、そこに貼り付けられているものに目を留めていた。
そのスペースには「ラクガキ広場」という、幼稚園辺りにありそうな名前が付けられていた。
なんじゃこりゃ……と思っていたら、彼女は大変興味を持ったらしく、早速極太のマジックペンを取り出していた。
なんとなく何を書くのか予想はついていたが、彼女の楽しそうな顔を見ると何にも言えなくなってしまう。
そして、「よし!」と満足そうに言った彼女はデカデカとこう書いていた。
「勇者参上!!」
うわ〜、やっぱりこれか。しかもデカく書いたせいで所々はみ出してるし……
こんな感じで彼女の奇行は増えていくんだなと思った。
「さあ、行くとしよう!」
「あ、うん……」
これ以上付き合ったらぼくも同類になりそうだなと思いながら、しぶしぶ彼女についていくのだった。