9 杖を選ぼう
とにかく,毎日、午前中はひたすら講義を聴いて,ノートを取る時間だそうだ。うえ~。いやだ・・・
午後は全部実習。今日は魔法。明日は薬草。明後日は運動・・・という感じで進むらしい。残念なことに,この世界は,私の世界と同じで1週間7日なんだけど,土曜日は普通に学校が1日ある日だった。週1日だけのお休み・・・あああ・・
魔法は,それぞれの適正に合わせてコースがあるんだそうだけど,1年の内は,全員簡単な生活魔法から学習していくらしい。
でも魔法のある世界・・みんなある程度のことは出来て入学してくるんじゃあないのかな。
魔法が使える人と使えない人がいる・・そんな話を思い出したけど。ティガーノさんの話は,全て基本のところは私が知ってるって言う前提でいつも進んでいたのかも・・・ということは,大事な基本が,すこっと抜けてるんじゃあないの?
私もそれには全く気が付かなくて・・・とにかくいろいろ覚えようと必死だったからなあ・・・
・・・・・1ヶ月の特訓で少しだけ使えるようになっている魔法のことを考えた。たいしたこと出来ないわ・・・ははは・・・他の人はどうなんだろうなあ。
実習室へと連れて行かれながら,私は少しわくわくしていた・・・○リー○ッ○ーの最初の魔法の授業みたいになりそうなのかなあ。楽しそう・・・いや。他の人はもう2ヶ月してるんだから・・二人は細長い釣り竿みたいなのを袋に入れて持っている。何だろう。
「この授業も,みんな静かに聞くだけなの?」
「教えてもらうときは静かにしなけりゃね。試すときは結構賑やかになるんだよ。」
とフローが言うと,
「失敗する子も多いしさ。」
とタップも続ける。
「ははは。私のことね。」
実習室は広かった。気のせいじゃなく,あちこちに焼け焦げの跡がある・・・
私は,初めてと言うことで,一人だけ助手の先生と一緒にみんなと同じところが出来るのか確認されることになった。まあ。確かに何にも出来ない人だと困るよね。そうフローとタップに言ったら,
「あら。この学園は,魔力が少しでもあれば,強制的に入学させられるとこだよ。当然ユウミにも魔力があるから,ここにいるんじゃないのさ。」
と言われたのには驚いた。説明がなかったよ,ティガーノさん!!!
と言うわけで,大きな教室の隅にある,研究室みたいなところで,助手だというネズミ耳のモル先生から次々と課題を出されているところ・・・
「では,人差し指を出して。呪文を唱えてごらんなさい。」
は?・・・呪文ってなに?・・ティガーノさんはそんなこと言ってなかったぞ。強く念じろって言ってただけだし・・・
「あのう・・・呪文って?」
「ここに入学するには,指先から炎の魔法が出来ることがまず基本です。あなたも出来たからここにいるはずですよ。」
呪文・・呪文ね・・・指先から炎か。
思ったとたん,指先から炎・・・うわっち・・
慌てて指をふるう。
「おや。呪文がよく聞こえなかったけれど,出来てましたね。それもかなり立派な炎でしたね。
消すときは分かっていると思うけれど,指を振らないで,ちゃんと呪文を唱えなさい。」
・・・・・もしや・・呪文の試験なんてないだろうなあ・・・あったらやばいかも・・ティガーノさん!!!これで何回心の中でティガーノさんを呼んだんだろう・・・・全く!!!!
その後は,指先から水。指先から風。指先から花・・・
・・ちゃんと念じると,その通りのモノが出てくるんだよ。
私の人差し指,どうなってんの????
花を出した時点で,モル先生は,
「みんなを追い越していますね。」
と言ったよ。ちょっと!!先までやらせないで。
「では,杖を選んでもらいましょうね。」
ええっ。今までの指先って杖代わりだったの?
もう一つのドアを開けると,いろんな杖が並んでいた。長いの短いのいろいろある。さっき二人が持ってたのは,もしかしたら杖だったのかな。
まず,長いのを持ってみる・・・
「?」
短いのも持ってみる・・
「?」
中っくらいの長さのも持ってみる・・・二人が持ってたのは,このサイズだね。
「?」
全てモル先生は首を横に振ったんだけど・・・どういう意味?
最後に,別の部屋に連れて行かれたんだけど・・・・
そこには頭から角を生やした,白い長いひげを生やした女の人がいたんだ。
ひげの女の人???? この角は・・・山羊?白い山羊の先生?
「ズィーゲ先生。」
ズィーゲ?
「おや,モル先生。珍しいですね。杖がどれも合わない子が出ましたか?」
「ええ。そうなんです。この子に合う杖を見繕ってもらえませんか?」
ズィーゲ先生は,ぐるぐると私の周りを回ったあげくに,最後に私の手を取って・・・
顔をじろじろとのぞき込んできたんだけど・・・すっごくいごこちが悪いよ・・・
・・・・・・
それからうんうんと頷いて,奥の部屋に行き,しばらくごそごそしていた後,小さい箱を持って出てきたんだ。
「この子には,多分この種類の杖がいいかな。」
彼女が蓋を開けて私に示してきたのは,
「腕輪?」
「珍しいですね。腕輪ですか?」
「そうね。この子は指先に力が集まりやすいみたいだから指輪かな・・・とも思ったんだけど・・・手を握ってみたら・・う~ん・・・・・腕輪の方が力が大きくても大丈夫そうよ。」
そう言ってその腕輪を大事そうになでた。茶色に見える腕輪は見たところ何のかざりもなさそうだ。
その様子を見ていたモル先生が,
「これをくれるわけではなさそうですね。すぐちょうどいいのはないんですか?」
と聞くと,ズィーゲ先生は,
「少し時間が欲しいわね。でも,この子にはすぐにでも腕輪は必要だわね。
力が溜まってるみたいだし・・このままではちょっと・・
ねえ,あなた?」
と,私の方を見た。そしたら,すぐにモル先生が
「ユウミさんですよ。」
って言ったから,またズィーゲ先生はうんうん頷きながら続けたんだ。
「ユウミさん,あなたにちょうどいい腕輪が出来あがるまで,これをとりあえず付けていてね。外しちゃだめよ。」
それから手に持っていた腕輪を私に渡してきたんだ。
慌てて受け取って,・・・しげしげと観察しちゃう。何のかざりもないかと見えたのに,びっしりと細かい模様が描かれている。何だろう?不思議な質感と暖かさが腕輪から伝わってきたんだけど。
「これは?」
「ヴーハイト様が,ここの学生の頃付けていた腕輪よ。いいから早くはめて。」
ヴーハイト・・・もいちゃんのことだ。え?ここの学生だったの?
・・・少しでも魔力があれば,強制的にでも入学させられる・・・そうだった。
「少し小さいみたいなんですけど。」
「大丈夫よ。はめようって思いながらはめてご覧なさい。」
小さいように思えた腕輪は,ちゃんと腕にはまった。驚き。
ユウミの腕にはまった腕輪を見て,
「これはすごい。」
モル先生,すっごく興奮している・・今にも腕輪を奪い取っていきそうだ・・・
「あなた,ユウミさん?誰にもこの腕輪を渡しちゃいけないからね。あなたに合う腕輪が出来るまで・・・そう。絶対に外してもいけない。」
ズィーゲ先生は,モル先生にも釘を刺していた。
「モル先生、分かっていると思いますが,くれぐれも他言無用ですよ。ねんのため,他の人から見えないようにしておきましょうか。」
すう言って,ズィーゲ先生は,腕輪が周りから見えなくなるようになにやら長々呪文を唱えてくれた。
「これで大丈夫よ。」
・・・
は?あるんだけど・・・
「あの・・私には見えるんですけれど・・」
「他の人からは見えないのよ。まず,普通の人には分からないわ。」
・・・
そういわれても・・・ちょっと心配だよ。だって私には見えているんだもん。
「でも・・息子のスコッティッシュなら分かる可能性はありますからね。」
モル先生がいきなり言い出した。え?スコッティッシュ?猫?
それからまだモル先生とズィーゲ先生はなにやら話を続けていたみたいだけど・・・私はさっきの猫耳少年のことを思い出しちゃった。
名前がスコッティッシュだって?そのままじゃん。
さっきのあいつ・・・やっぱりもいちゃんの息子で,しかも,スコティッシュフォールドなんだよね。何で三毛猫のもいちゃんからスコティッシュフォールドなんだろう。虎の姪が三毛猫だったりさ・・・訳の分からない世界だわぁ・・・このあたり・・・やっぱり夢の中なのかなあ・・・と思うとこなんだけど・・・長い・・なかなか覚めない・・夢・・・
実習室に戻った頃,ちょうどみんなの実習も終わり,出てくるところだった。やれやれ・・・結局クラスの人たちとはほとんど会話らしい会話をしないまま初日が過ぎてしまった。おかしいな。もっと楽しく過ごせるかと思ってたのに・・・思っていたのと違う展開に少し疲れちゃった。
確かに腕輪は他の人に見えていないらしくて,何も言われなかったよ。
タップとフローの3人でゆるゆると教室に戻りながら,明日こそいろんな人とお話しするぞ・・・と決意したんだ・・・
友だち沢山出来るのかなあ・・・