始まりは…
あるひとつのことで簡単に変わってしまった世界を一人の少年-藏蒴 弥夏沙を中心に描いたお話です
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新月のせいで月が浮かばない漆黒の夜だった。夜の深淵を覗き込んだような闇の中、小さなランプを使い作業している男がいた。男は目の前には巨大な装置が居座っている。装置の調整を終え、男は呟く。
「…完成だ。やっと、やっとこの時が来た。」
感極まって涙を浮かべた男へ向け、無機質な合成音-否、声が流れる。だが、部屋には男の他誰もいない。
「おめでとうございます。マスター!」
「ありがとう。さぁこれで"ー"はそこから出られる。」
男は嬉々としてその声に告げるが、声は理解していないようだ。
「そうなのですか?でもわたくしは、このままでも充分ですよ?マスターの作ってくれたこちら側の世界も悪くはないですから。」
男は声-否、愛しい自分の娘でもある人工知能に世界を知って欲しかった。
だが、男個人ではどうすることも出来ず、研究に明け暮れ、仮想の世界に生きている娘をどうにか現実に出すために方法を探した。
「はははっ。それは良かった。だが、僕は"ー"に世界を見てほしいんだ。そのためならなんでもするさ。この装置もその為だ。」
「マスター、この装置とはいったいなんなんですか?」
声が不思議がるが、男は適当にはぐらかす。この装置こそが男のたどり着いた方法だったのだ。調整は先ほど終わった。後は、起動させるだけだ。
「それは"ー"にも言えないなぁ。ただすべての始まりを作り出すものだ。とだけいっておこう。偉大なクラウンのバカどもには礼を言わないとな。」
「偉大なのに馬鹿なのですか?」
「"ー"皮肉ぐらいわからないとつまらないぞ?」
「皮肉…情報にありません。記録します。」
「その調子で貪欲に学んでくれ。それじゃ始めようか。」
男はゆっくりと装置を作動させ、起動の瞬間を待った。そして、一瞬世界を包むように光が放たれる。装置を見ると確かにライトがついていた。成功したことを確認した男は、彼のことをマスターと呼ぶ自らが産み出した人工知能に声をかける。
「さぁ出ておいで。"ー"はもう、ひとつの存在として生存できるはずだから。」
いつしか部屋にいるのは二人に増えていた。
この日、この瞬間、日常は壊れた。たった一人の男が、自分の欲望のために起動させた装置のせいで、仮想にあるはずのものが突如として現実世界に溢れだし、世界を混沌へと叩き込む。人々の信じる『当たり前』は崩れ去り、世界はそのあり方を変えた。延々と続いていたありふれた日々への抵抗のように、世界は狂い、異質なものへと変わってしまう。動物たちは、危険を察し生き延びるために狂った世界を受け入れ、適応していく中で、人間だけは無意識に変わることを拒否し、昨日までと同じ日常を渇望することで狂った世界を否定した。だが、その行動は世界と人間の-生かし生きる-関係を歪ます原因となった。それでも人間もとい社会が気づくことはない。
そして、半年が過ぎた。