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寿能築城

第四話『寿能築城』

太田源七郎資忠に嫡男が誕生したこの年、転機が訪れる。当時世継ぎがなく困っていた潮田常陸介が太田資正に

「源七郎殿を潮田の養子にもらいたく存じます」

と言ってきた。悪い話ではない。肥沃な潮田家の領地がそのまま太田家のものになり、潮田家そのものが完全に味方となる。

「源七郎殿の生母は我が妹、ご正室も我が一族の娘にござれば二重の縁、ぜひ当家の当主にお迎えしたい」

常陸介からすれば、主家の若殿を当主に据えればお家安泰と云う思惑もある。資正はしばらく考えさせてほしいと即答は避けたが結局了承した。

「ところで常陸殿、源七郎を潮田家の当主として下さるのは嬉しいが、そこもとの居城の日出谷(桶川市)は岩付からちょっと遠い」

「確かに日出谷では岩付から遠いですな」

「そこで考えたのだが、この地に城を築き、潮田の居城にしてはどうかと思うのだが」

資正が領内の地形図を広げて、意図する場所を扇子で差した。そこは潮田家と太田家のちょうど国境に位置する地の足立郡大宮で、扇子の先は広大な沼にニョキッと突出している台地を差している。

「見沼に城を?」

「そうだ、武州一宮である氷川明神とも目鼻であるし、見沼が天然の堀となる。前々から支城を築くにはもってこいの場所と思っていたのだ」

「なるほど…」

地理的にも岩付の支城として機能する。常陸介も得心し、あとは肝心の本人に伝えるのみ。


「わしが潮田家の養子にですか」

「そうじゃ、潮田の家督を継いで太田の別家となるがよい」

資忠は少し考えて

「宮内と大学はそのまま連れて行って良いでしょうか」

「無論だ。あの二人がいなければ、お前は何も出来ぬだろう? ははは!」

「は、はい」

資忠にも悪い話ではない。このまま太田家にいれば次兄政景の家臣として生きていくことになるが政景と資忠は不仲であった。加えて母と妻の実家である潮田家ならば養子になるのに不服はない。太田家を離れて別家になっても外から太田家を支えればいい。資忠は潮田家の養子になることを了承した。

「ふむ、ではさっそく領地に行ってもらう。足立郡大宮に合わせ、浦和、木崎、領家の地もくれてやる。合わせて十万石にはなろう」

「ありがたく拝領します父上」

「お前の領内には城がない。急ぎ築城するがいい。当面の資金は太田本家で出してやるゆえな」

「はい」

「城はこの地に築け」

地形図を差した資正。

「さすが父上、見沼が天然の堀となりまする」

「その通りよ。大学とよく相談して、よき城を築け」


資忠の領地となった地、足立郡大宮は現在こそ政令指定都市のさいたま市の中間ほどに位置し、発展した街並みとなっているが当時はただの湿地帯であった。

また上杉輝虎(後の謙信)を経て資忠にも官位が授与された。従五位下出羽守、資忠はこの養子縁組を機に太田源七郎資忠から、潮田出羽守資忠と名乗る。


家臣と家族を連れて大宮に向かう資忠。

「大学、聞けば我らの領地大半は湿地帯とか」

「その通りです」

「ふむ、開墾に励まねばなるまいな。頼むぞ大学」

「お任せを殿」

まだ若い主君、我らが支えねばと北沢宮内と加藤大学は気を引き締める。資忠は後ろを振り向き

「沙代、輿は窮屈であろうが、もうしばらく辛抱してくれよ」

「はい旦那様」

正室沙代の喜びも大きかった。夫が城持ち大名となり実家を継いでくれるのだから。嫡男梅千代を抱いている正室沙代の微笑みを見て前を向く資忠。新領地に着いた。草生い茂る湿地が一面に広がっていた。想像以上の光景で、馬上から資忠は思わず

「見事なまでの湿地帯よな…」

「仰せの通りに」

「殿、開墾するには、まず民を味方につけねば」

と、加藤大学。

「この辺の民が信仰している寺社は武州一宮氷川明神であったな」

「その通りにございます」

「よし、まずはそこに金銀と米を寄進しよう。建物が痛んでいるのなら当家で修復せよ」

「はっ」

「大学、父上は見沼のほとりに築城しろと申していたが、そこは近いか」

「ここより東に一里ほどでございます」

「では参ろう」

家臣と共に築城地に向かった資忠。見沼に着いた。

「これが見沼か…」

見沼のほとりで馬を降りた資忠。沙代も呼んだ。

「わあ、旦那様、大きな沼にございますね」

「奥方様、見沼は武州一の大きい沼と言われております」

事前に調べていたのか加藤大学が言った。武州一が領内にあるのならば悪い気はしない資忠。改めて訊ねた。

「そうなのか?」

「はい、広さは千二百町歩だそうにございます」

「それは大きいな…」

「殿、見沼には大崎、山崎、木崎と云う沼に突出した岬がございまして、我が太田の祖、道灌公は岬のかげに水軍を常備させておき、江戸で何かことがあった時には、すぐに駆けつけられる手はずを整えておいたとのこと」

北沢宮内が添えた。

「水軍を!」

「はい、道灌公がいかに見沼を重く見られていたか、お分かりでしょう。かような見沼を領有したことを誇りに思われませ」

「無論だ」

「それと見沼には竜神伝説もございまする」

「竜神伝説?」

「はい、竜は水の神にございますからな。見沼の竜神様と呼ばれ、近隣の人々の信仰も厚いと聞いています。この近辺には芝川と云う大きな河川もございますが、よく治まっているとのこと」

「それを民は見沼の竜神様のおかげと信じておるのか」

「御意、村人たちが作った小さな廟もございます」

「ふむ、最近上方で南蛮の宗教が流行っていると聞いたが、ここ武州ではそんなもの関係はないな。民が大事にしている竜神の信仰、大切にしてやらねばなるまい。その廟もおりを見て立派にしてやらねばな」

「まことに。して、殿。大殿は見沼のほとりに城を築けと申されましたが、この地こそが大殿が示した地にございます」

それを聞くと、資忠は改めて周囲を見渡した。いま資忠主従が立っているのは見沼にほとりが突出している台地であり、ここに城を建てれば見沼が天然の堀となる。父の資正の見立て通りであった。前々から考えていた地と云うだけあって、まさに新たな城を築くに相応しい場所だ。

「なるほど、ここに城を建てれば、見沼、あるいは竜神が守ってくれるかもしれないな」

「仰せの通りに」

「よし、大学。ここに城を築こう」

「ははっ」

「竜神によくよく城を立てさせてもらうことに感謝を述べて敬意を示そう。大学、氷川神社の神官を近日中に招くのだ」

「はっ」

「ところで殿、城の名前は考えてあるのでございますか」

北沢宮内が訊ねた。

「ああ、子供のころから一国一城の主となったら、この名にしようと決めていた」

顔を見合った宮内と大学

「それは初耳ですな。宮内にお聞かせ願えますか」

「うん、城の命の永きを願う『寿』そして事を良く行うを意味する『能』この二字をもって寿能城とする」

「わあ、旦那様、とても良い名前ですよ」

沙代が褒めた。宮内と大学も

「なかなか良い名でございまする。領民たちの誇りとなる城の名となりましょう」

「無論、我ら家臣にとっても」

「うん、見沼の竜神様も気に入ってくれると良いのだがな」


資忠は寿能築城と共に領主として自国の基盤作りに励んだ。寿能築城の指揮を加藤大学に任せて、彼自身は地元の豪農や土豪を味方につけるべく奔走していた。築城に伴う人手の調達も意味していた。

領主の城と云うのは、いざ戦時と云う時には領民の避難所の役割をしていた。領主には領民の生命と財産を守る責任があった。戦国時代の領主たちが城の惣構えや曲輪を次第に拡張していったのもそのためである。寿能城が完成すれば、潮田出羽守十万石に住む領民の避難所となる。資忠はそれぞれの村ごとに工事の持ち場も決めた。

(何時も破損については請け取り候所を修復すべし)

近隣の丸ヶ崎村や殖竹郷に出向いて領民の義務を通達していった。無論、義務を課すだけではない。領主は戦時には領民を守る義務を果たす。資忠はそれを強く領民たちに約束した。領民は城の補修や他の工事も人手として務める。こうすれば領民にも寿能十万石は自分たちの国と城と云う意識が芽生える。


才能と器量はないが労苦は惜しまないのが資忠である。奔走の甲斐あって、寿能築城の普請場は活気づき、そして見沼と云う天然の堀を有する寿能城が完成した。氷川神社より神官を招き、見沼の竜神に城の庇護を祈願した。


寿能城完成の時には近隣に領地を持つ太田家の武将たちも祝賀にやってきた。

日之出砦の佐枝信宗、御蔵館の松野助信、南中丸砦の春日景定も主家の若殿の前途を祝うように進物を携えて訪れた。

そして他の武将より少し遅れて平柳蔵人が寿能城を訪れた。彼は武州元郷(川口市)を治めている太田家の侍大将である。資正の信頼厚い豪勇の士だ。

「若殿、寿能城の完成、まことに祝着に存じまする」

「ありがとう、蔵人も人足の手配に骨を折ってくれた。感謝いたす」

「城の完成もさりながら」

蔵人は資忠の横に座る沙代姫を見た。赤子を抱いている。資忠の二人目の子だ。

「姫の誕生も合わせて、御祝い申し上げます」

「寿能より一字与えて、能と名づけた。この城の誕生の時に生まれてくれた。まさにこの城の姫に相応しい名であろう」

母の沙代に抱かれてスヤスヤと眠る能姫。

「まことに可愛らしい。さぞや大殿もお喜びでございましょう」

「そうなんだ。今度孫娘を抱きに来てくれるそうだ」


太田本家重臣の蔵人に資忠の娘を見せに来ていた沙代は用が済むと奥に下がった。一つ咳をした資忠は蔵人に問う。

「ところで蔵人、兄上はまだ芳林寺に?」

「はい、城を退転されて以来、岩付に戻られるよう家臣一同何度も説得いたしましたが、耳を貸して下さりませぬ」

「岩付城内が氏資派と政景派に割れていると聞いたが本当か?」

「その通りにございます。言いかえれば親北条と反北条に割れていると云うことになりまする」

「まずいな、このままでは上杉への印象が悪くなる。父上は言わずもがな反北条ゆえ…」

「はい、すでに大殿は主なる氏資派の家臣を粛清したとのこと」

「なんということだ。太田同士で潰し合いをしている」

頭を抱える資忠。

「若殿はどちらに付くおつもりですか」

「どちらも何も、源五兄上(氏資)には何のチカラもない。味方しても太田に乱を起こすだけ。わしはただ、父の美濃守に孝と忠を尽くすまで」

「ご賢明かと存じます」

「北条に武田…。そして今川義元を屠った織田信長…。太田を取り巻く状況は悪くなるこそあれ、良くなることはないと云うに親子でいがみ合うとは…見沼の竜神様も呆れて笑っておろうな」

私が住んでいるのは見沼区なので、もしかしたら戦国時代当時は資忠の領地であったかもしれません。

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