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ほたる舞う城 序章

-序章-

戦国時代は終わり、徳川家康が江戸に幕府を開き、すでに数十年以上経っている。

泰平の世となって武士も戦を忘れて平和に暮らしていた。江戸から北に向かった武蔵の国大宮に見沼と呼ばれる大きな沼がある。かつて、その見沼を天然の堀として築城された城があったことなど地元の者でも知る者は少ない。


見沼近くの村に笛が上手な少女が住んでいた。名前は小梅と云った。ある初夏の時だった。夜の帳が降りたころ、見沼のほとりで小梅は笛を吹いていた。

しばらくすると自分の笛以外の音色が耳に届いてきた。しかもその笛の音は小梅が吹いていたものと同じ音色である。

「私と同じ笛の音を」

小梅は笛を吹きながら音色の聞こえる方に歩いていった。聞こえる音色はだんだん近くになってきた。

「あっ」

古井戸があった。危うく落ちかけた。

「危なかった。でも…」

音色は井戸の中から聞こえてくる。小梅は恐る恐る井戸の中を見てみると、多くの蛍たちが光を放ち、そして笛の音に合わせて舞い踊っていた。その幻想的な光景に小梅は見とれた。

「なんてきれい…」

ひときわ大きくて美しい蛍が小梅の前に飛んできて小梅の周りをゆっくりと飛んだ。静かな笛の音を奏でながら。

「笛を吹いていたのはあなたね」

その声を聞くや、蛍はゆっくりと見沼の奥へと飛び始め、そして小梅の方を向いて止まった。

「蛍さん、小梅についてこいと云うのね?」

小梅は蛍に導かれるまま見沼のほとり歩いていったが、しばらくして蛍が消えた。

「あれ?」

消えたと思ったら、小梅の目の前に突然見たこともない美しい御殿が現れて、再び笛の音が聞こえてきた。

「こんな大きなお屋敷が、この見沼にあったなんて」

笛の音は御殿の中から聞こえてくる。そして、小梅の前に一人の女が出てきた。

「小梅様、お待ちしていました」

「え?」

「私は侍女の静と申します」

「はあ…」

「姫がお待ちにございます。どうぞ…」

静と名乗る女は小梅を御殿の奥に案内した。奥には笛を吹いている美しい姫がいた。小梅を見て笛を、その愛らしい唇から離して傍らに置いた。

「待っていました」

「あ、あの」

「私の名前は能…。昔、ここにあった小さなお城に住んでいました」

「お城? ここにお城があったのですか?」

「はい…しかし戦に敗れ、男たちは討ち死にし我ら女子は見沼に身を投げて果てました」

「……」

「それを見沼の主の竜神様が憐れみ、我らを蛍に変身させて露の命を与えて下さいました。蛍になっても私は大好きな笛を吹いていますが許されているのは光り始めの宵のたまゆらばかりにございます」

姫の悲しみに満ちた顔を見て、小梅も涙を落した。同じ音色でも姫の笛は少し悲しそうだった。

「小梅殿、お願いがございます。我らの霊を慰めて下される方は誰もおりません。我らの後生のため、心優しき村人たちにお願いして供養をして下さいませんか」

「分かりました。必ずや村人たちにお姫様のことを話して供養をさせていただきます」

「ありがとう…」

すると能姫と静は微笑みを浮かべ、姿を消した。御殿もなくなっており、小梅は見沼のほとりに立っていた。

「お姫様…」


その後、小梅は村人たちにこの話を聞かせた。村人たちはすぐにお城のあとに供養塔を立てたのだった。父母と共に線香を手向ける小梅。

「父さん、昔にここにあったお城って何て名前なの?」

「い、いや、わしも知らないのだが…」

「小梅、ここにあったお城はね」

母が答えてくれた。

「寿能城って言うのよ」

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