図書館
「目が痛くなるな」
私は思わずそう言った。紅魔館の内部は紅魔館の内部は外部と同じように紅一色であった。
「まあ、気持ちの良いもんじゃないよな」
この事に関しては魔理沙も同意見のようだ。
「そんな事より、そろそろ図書館だぜ」
魔理沙の言う通り私達の前には図書館の物と思わしき重々しい扉が見えてきた。ここにパチュリーがいる筈である。
「ところで魔理沙、君が言っていた気になる事って・・・」
何の事だったんだ?と聞こうとしたその時。
「そんじゃ、邪魔するぜ〜!」
と言いながら魔理沙が何の躊躇も無く扉を開けたのだった。
図書館は壁際や床上に本棚が高く積まれており、その中でもやや開けた場所に一つのテーブルと椅子がいくつかあり、そこに白い寝間着のような服装をして、紫色のやたらと長い髪を持つ少女がいた。
彼女こそがパチュリーノーレッジである。
魔理沙が騒々しく入ってきたためか、パチュリーはやや不機嫌そうな表情をしてこちらを見据えていたがやがて口を開いた。
「魔理沙?何の用かしら今魔術の研究で忙しいのだけれど」
幻想郷縁起通りの早口で――種族的な魔法使いは皆早口でしゃべるのだそうだ――そう言った。
「まあ待て、お前はこいつを見ても何とも思わないのか?」
私は像の事を聞くんじゃなかったのか?と言おうとしたが、これが魔理沙の言っていた気になる事なのだろうと思って特に口出しはしなかった。
「・・・?特に何とも思わないけど。あんたみたいなのもいるし」
パチュリーは困惑の表情を浮かべる。
「ならヒントをやろう、こいつは外来人だ」
魔理沙がそう言った次の瞬間にパチュリーの表情が困惑から驚嘆へと変わった。
「外来人?それにしたって・・・これは・・・」
会話に全く付いていけない。彼女らは何について話しているのだろうか?少なくとも私に関する何かだとは思うが。
そんな私の様子を察したのかパチュリーが話しかけてきた。
「えーとあなた・・・まあいいわ、あなた本当に外来人なの?」
「幻想郷に来るまでの記憶が無いのではっきりとは言えませんが、多分そうでしょう。それと、私の名前はコーディです」
私がそう言うとパチュリーはより一層難しい顔をした。
「さっきから一体何の話をしているんですか」
私は思い切って聞いてみた。
「うーん、まあ端的に言えばあなたからかなりの魔力――ちょっと異質だけど――が感じられるのよ。それも生まれつきとかそう言う次元の話じゃないくらいのね。ちょっと勉強すればすぐにそれなりの魔術師に成れるんじゃないかしら?」
どうにも私は魔術の才能があるらしい。最初に慧音にあったときの彼女の態度もそれが原因か?
しかし、それだと少しおかしい部分がある。
どうしてこれまで外の世界にいた私がそれ程の魔力を持っていたのかという所だ。幻想郷の外には魔法なんて幻想的な物は存在する筈がないから、それの元になる力も存在する筈がないだろう。
だからパチュリーも本当に外来人なのかと聞いたんだろうが、それでも私が元々幻想郷にいたとは考え難い。
「その気があるならいつでも言いなさい、弟子に取ってあげてもいいわよ・・・であなたが持ってるそれは何?」
まあ、今考えても仕方がないだろう。私は本題に入る事にした。
「ああ、そうそう私はこれの事を聞きに来たんですがね、何かこれを見て思い当たる事はありませんか?」
私はそう言って例の像をテーブルの上に置いた。
パチュリーは最初はまじまじと像を見ていたが、何かに気づくや否や見る見るうちに青ざめていった。
「え・・・なんでこんな物をここに?」
こんな物と言われた事に若干腹が立ったが、私はこう返した。
「これが私の記憶に関係があるような気がしてならないんです。その様子だとこれが何なのか知っている様ですが」
パチュリーはかなり躊躇っていたが、やがて仕方がなく、という感じで口を開いた。
「それは神として崇められている恐ろしい生き物よ。本当に邪悪で山の神社の祟り神が可愛く見えるくらい・・・あれ?あいつ自身は祟り神じゃなかったんだっけまあいいや、今はどこかに幽閉されてるらしいけどそれでもまだ信者がいるそうよ」
パチュリーはそこまで言うと口を噤んでしまった。本当に口にするのも恐ろしいといった様子だった。
「それについての資料はここにはありますか?」
「あることにはあるけど・・・止めた方が良いわ、あれは何の予備知識もない者が読むのには相応しくない」
パチュリーが言うと魔理沙が閃いたように言った。
「なら私が読もう、なんて本だ?」
パチュリーは渋々といった様子で魔理沙に何かを耳打ちし、あまり深く読み進めないように念を押した。
魔理沙は「わかってるぜー」と気楽に言いながらその辺の本棚から一冊の本を出して読み始めた。
「私からはこのくらいしか言えないわあんまり関わりたくないしねこれ以上は自分で調べて頂戴」
「ああ、待ってください!もう一つ聞きたい事があるんです」
パチュリーが会話を切り上げようとするのを慌てて引き止める。
「何?」
鬱陶しいといった様子で聞き返してくる。
「その神はなんと言う名なんですか?」
「おっと、それを聞くのを忘れていたな、これじゃ調べ物にならない」
私が言うと魔理沙が便乗してきた。
パチュリーは一つため息をつくとこう言った。
「こういう口の形状だと正確な発音が出来ないから色々呼び方はあるけど一番メジャーなのはTsathoggua、日本語風に言えば『ツァトゥグア』ってところかしら。それがその神の名前よ」
ツァトゥグア
その言葉を聞いた私の脳裏にある光景が映し出される。
巨大な蟇蛙とも蝙蝠ともつかない怪物、その周りにはコールタールのような黒い何かが蠢いている。私は何かの本を持ち、何かを叫んでいる、その周りには幾人かの男女がいる。更に我々を取り囲むように鎮座するピンク色の蟇蛙の様な化け物と顔の無い黒い男。
それらが何を意味するのかは分からない。きっと私が実際に体験した事なのだろう。
やはりこの神と私には何らかの関係があるのだろう。それについて追求していけば完全に記憶が戻ってくるかも知れない。
「分かりました、有り難うございます」
パチュリーに礼を言った。パチュリーは無愛想に「どうも」というと手に持っていた本に再び目を落とした。
もう図書館には特に用事もないが、魔理沙はまだ本を読んでいる様だ。
魔理沙の案内無しには私はここから出る事も出来ないだろうと思ったので取り敢えず魔理沙に声をかけた。
「魔理沙、何か分かったか?」
すると魔理沙は顔を上げてこう言った。
「うーん、まだツァトゥグアなんて名前は出てきてないな。これを全部読むのは三日三晩かけても難しいかも知れん」
さっき深く読み進めるなと言われた筈だが。
「もう私は帰りたいんだが」
「そうか、じゃこいつは借りていくかな。おーいパチュリー、これ借りてくぜー!」
魔理沙がそう言うとパチュリーは呆れ返った様にしていたが、早めに返すようにと言って渋々了承した。
「人里にはあんまり近づきたくないんだ、この辺で良いかな?」
魔理沙はそう言って人里の入り口付近に私を下ろしてくれた。
「ああ、十分だ有り難う」
一応礼を言っておく。
「じゃ、またな〜」
魔理沙はそう言いながら森の方へ飛んでいった。
彼女は森の中に住んでいるのだそうだ。あんな気分の悪くなるところによくも定住出来るものだと思う。
ふと空を見るといつの間にか日が沈みかけていた。
そんなに時間はかからないだろうが、もうそろそろ慧音の家に帰った方が良いだろう。
私は黒い像を小脇に抱えて歩き出した。
この前初めてクトゥルフの呼び声TRPGをしてみた。
何の事情も知らない友人を一人巻き込んで。
自分の説明力の無さを思い知らされたね。