空道中
「ふう、食った食った」
魔理沙が上機嫌そうに言った。
「すまないな、私達の分まで作ってもらって」
慧音が申し訳なさそうに言う。私達は霖之助に昼食を作ってもらい、それを今しがた食べ終えたところだ。
「まあ、材料は大方魔理沙が持ってきた物だから、僕としては別にどうってことは無いよ・・・ところでえーと、お客様、お名前は・・・?」
「コーディ・ヴァレンタインです」
「コーディさん、あの像はどうするつもりで?」
霖之助は例の黒い像を見ながら言った。
「私は持って帰ろうと思っているんですが、紅魔館にも行きたいし、あんな物抱えて調べごとはできませんし・・・」
私は困った様に言った。一旦あれを置いてきてから紅魔館へ行くか、それとも先に紅魔館へ行ってその後で像を取りにくるか。
私が悩んでいると魔理沙が口を出してきた。
「どうせ図書館に行くなら持っていった方が良いんじゃないか?パチュリーに見せれば何か分かるかも知れないだろ」
魔理沙が言ったパチュリーとは紅魔館の図書館にすんでいる魔法使いで、正確にはパチュリー・ノーレッジという名だ。
彼女は百年以上生き続けており、そのほとんどを本を読んで過ごしているという。なるほど、彼女ならば何か知っているかもしれない。
「ふむ、なら買っていこうか。店主さん、いくらになりますか?」
「ああ、元々ここにあったかどうかも分からないような物だから安くしておくよ」
支払いを済ませた私は、もう出ましょうかと慧音に言おうとしたところで魔理沙に呼び止められた。
「あーちょっと待ってくれ、コーディ・・・だっけ?まあいいや、これから紅魔館へ行くんだな?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
私がそう答えると魔理沙は少しの間考えるような仕草をした後でこう言った。
「なら、紅魔館へ連れて行ってやろうか?ちょいと気になった事があるんだ」
「気になった事?」
私はよく分からない提案に首を傾げそうになりながらも質問する。
「まあ、着いたら分かる。と思う」
「魔理沙が連れて行くのか、じゃあ私はどうしようか・・・って、ああああああぁぁ!」
考え込んでいたように見えた慧音が突然叫びだした。
「どうしたんです?」
「いや、ちょっと急用を思い出してな。えー、魔理沙、コーディの事を頼むぞ」
そう言って慧音は出口の方まで走っていった。
「行っちまったな」
「ああ、うん、じゃあよろしく頼む」
「よろしく頼まれるぜ」
私は像を小脇に抱えながら魔理沙と香霖堂を出た。
「どっちに進めば良いんだ?」
私は香霖堂を出てすぐに魔理沙に聞いた。
「あっち」
指を差しながら魔理沙はそう言った。
「なら早く行こう・・・何をしているんだ?」
魔理沙は箒に跨がるとそのままの姿勢で中に浮かび上がった。
「ホレ、早く乗らないと置いてっちゃうぜ?」
これはその箒に乗れと行っているのか?きっと私――身長が2m程ある筋骨隆々の男――が乗ったらへし折れると思うのだが・・・。
魔理沙はそんな事おかまいなしで早く乗れと促してくる。
「折れないだろうな」
私が恐る恐る乗りながらも魔理沙に聞く。
「当然だぜ。んじゃ、しっかり捕まってろよ!」
捕まる?こいつは私が小脇に抱えている物が見えないのか?
私が下ろせと抗議する寸前に私たちを乗せた箒は急上昇していった。
「おーい、大丈夫か?」
魔理沙が私に声をかけてきた。空を飛んでから私が一言も言葉を発していないから心配になったのだろうか。
「多分な」
ぶっきらぼうに答える。
箒の上は安定していて乗り心地は悪くはないが、もう少し安全面に気を使ってほしいものだ。
「はっはっは、そう怒るなよ。それにこういう高いところからの景色も悪くないだろう」
私は下の方を見てみる。
既に森の端の方に来ているようで木々がちらほらとしか見られなくなり、ただ平地が広がるだけになったかと思えば、今度は眼下に湖が広がった。
「この湖は確か新参妖怪に占拠されたっていう・・・」
「うん?そうなのか?」
魔理沙にそれとなく湖の事を聞いてみると逆に聞き返された。
「新聞にはそう書いてあったが」
「新聞?天狗の書く新聞か、あれはあんまり当てにしない方が良いぞ」
そうなのか。
確かに湖にはそれらしい影も映っておらず、平穏そのものに見える。
いや、湖面に何もいないという事は湖面に出るものがいなくなったという事か?
「っと見えてきたぜ、あれが紅魔館だ」
魔理沙に言われて前方を見ると、霧に隠れてよく見えないが確かにその名の通りに紅い建物があった。
幻想郷縁起によればこの建物には恐るべき悪魔――ただし、見た目は十にも満たない子供の様だそうだ――が棲んでいるという。幻想郷の中でもかなり危険な場所らしいが、そんなところに入っていって大丈夫なのだろうか。
そうこうしているうちに紅魔館の全貌がはっきりと見えてきた。湖のほとりに建っている洋風の大きい建物で、屋根に時計台が建っている。
庭には花壇があり、そこの花も館同様に真っ赤であった。
さらに館の周囲には外壁が建っており、その門の前に一人の少女が立っていた。
彼女は紅美鈴、紅魔館の門番をしているらしい。
そういえば門番はここをちゃんと通してくれるのだろうか。突発的な事であるから連絡の入れようは無い筈だが。
彼女の方もこちらに気づいたようで、何やら大声で叫んで私達を静止しようとする。
が、魔理沙は一向に箒の速度を落とす様子は無い。
「魔理沙、呼び止められている様だが・・・?」
「ん?気にするな、何時もの事だ」
なんと言う事だ、彼女は常に不法侵入をしているのか。そしてこのままだと私まで犯罪者だ。
さっさと下ろしてもらわないと折角の手がかりが無意味になってしまう。
下ろしてもらおう、そう思って魔理沙に向かって喚き立てようとした。
その時、私の頬を白く輝く何かが掠めていった。
「うおっ、攻撃してきたか!」
魔理沙は驚いたようにそう叫ぶと――驚くべき要素が何一つとして見つからないが――門の方へ箒の先を向けてそのまま加速していった。
「おいおい美鈴、一体何の真似だ?」
門の前に着陸すると魔理沙はそう言った。どちらかと言えばそれは私の台詞なのだが。
「勝手に館に侵入されようとして止めない門番がどこにいるんですか、それも窃盗の常習犯を!」
美鈴は怒った様子で私が言いたかった事をそっくりそのまま代弁してくれた。
「今日は本を借りにきたんじゃない、こいつにパチュリーを会わせようとしただけだ」
「あれ、そうなんですか?」
美鈴はそう言って私の方を見る。それにしても、どうしてこの辺りの人はみんな私のような巨漢が現れても動じないのだろう。
「はい、これの事について聞きたい事があるので」
そういって私は今まで小脇に抱えていた像を差し出した。
「うわっ、何ですかそれ!気味が悪いです」
美鈴は酷く驚いてそう言った。そこまで抵抗を感じる物だろうか。
「という訳で、今回は正当な理由があるから通っても良いよな?」
魔理沙が悪い笑顔で美鈴に問いかける。美鈴は暫く手を顎に当てて考えていたが、やがてこういった。
「仕方がありませんね、通っても良いです。後、絶対に本を盗んだりしないでくださいよ!」
「分かってるよ、じゃ行こうぜ」
魔理沙はそう言って門を通っていった。
私も後に続こうとすると美鈴に呼び止められた。
「そういえば、あなたどちら様です?」
「そう言えば自己紹介をしていませんでしたね、私はコーディ・ヴァレンタインと申します。所謂外来人というやつです。
あ、あなたの事は幻想郷縁起を読んでいるので知っています」
「へぇー外来人ですか、最近多いんですよね〜。えーと、ではコーディさん」
美鈴はそこまで言うと咳払いをして、改まってこういった。
「ようこそ『紅魔館』へ!」
そう言えば紅魔館て結局どの辺に建ってるんだろう。
紅魔郷だと湖にある島だし、永夜抄のテキストだとほとりになってるし。
咲夜あたりが動かしたのか。