香霖堂
目が覚めた。
私は半身を起こして伸びをした後、今までに起こったことを思い出していた。
体感時間はそれより遥かに短いものの、今日で幻想郷に来てから四日目となる。
別にこのまま帰れなくても、或は記憶が戻らなくても大して生活に支障が出なければこのままでも良いが、出来ることなら以前の私がどの様な人物であったかを知りたい気持ちもある。
今日はその手がかりを見つけに慧音と香霖堂まで行く事になった。
夕食の後に私から突然切り出した話だが、慧音は特に嫌な顔もせずに――明日は授業がないと言って――快く引き受けてくれた。
暫くすると慧音が私を起こしに来た。
「おーい、コーディ・・・ってもう起きてたのか。
もう朝食は出来てるから、一緒に食べよう」
朝食を食べ終えると、慧音は午前中には香霖堂へ行くと言って私に支度をするように促した。
が、私が持っているものと言えば腕時計と財布と物騒なものくらいなので、ほどなくして慧音宅を出発した。
道中、おぞましい妖精や人を喰らおうとする妖怪等には出くわさずに無事香霖堂に着いた。
森の入り口に建った――何故森から出るときに目につかなかったのかは分からない――この道具屋の周りにはガラクタとしか思えないものが散乱としていた。
更にとても人がいるとは思えないほど静かで薄暗く、営業中なのか不安になる程だった。
幻想郷縁起によるとこれが何時もの事らしいので私は思いきって扉を開け、頭を低くしながら――宿屋や慧音宅ではもう少しゆとりがあったのに・・・――店の中へ入っていった。
店の中は外と同様に良く分からないもので散らかっていた。
「いらっしゃいませ・・・おや、これは珍しい」
意外そうな声がしたかと思うと、私の目の前にあった大きめの何かの影からやや細身で白髪の、眼鏡をかけた男性が現れた。
森近霖之助、彼がこの香霖堂の店主である。
「あなたは確か慧音さんと・・・そちらは外から来た方ですか?」
「そうですね」
「ほぅ、それで何か御用ですか?」
「実はここに来るまでの記憶が無くなっているので、外の世界の物を見れば何か思い出すのではないかと思いまして」
私の目的を告げると霖之助は少し残念そうな顔をして「何かあったら声をかけてください」と言った。
会話が終わると私は改めて店内を見渡した。
見れば見るほど奇怪な商品群である。例えばひと世代ほど前のコンピューター、一振りの剣、結構大きめの壷、中に黒い結晶の入った小箱――これには何となく見覚えがあったが、あまり長く見ない方が良いようにも思えた――など、世界中のどの百貨店にも無いような品揃えであった。
だがどれもこれも私が以前生活していた時のことを思い出させるようなものは中々見つからなかった。
ちらと店主の方を見るとこちらの方は特に気にしないで本を読んでいるようだった。
慧音は私とは反対側の棚であれこれ手に取って見ている様だが、おおよそ私とは関連付けられるものは無かった。
気を取り直して再び棚に目を向けようとしたとき、私の目は引き寄せられるようにあるものを捉えた。
それは何かの生き物を象った像であった。
全体は黒く、太った蟇蛙のような形をしており、頭部には蝙蝠の様な耳がついて、どこか眠たげな眼をしていた。
私はこの超自然的で恐ろしげな、しかしながらどこか神々しさを感じさせる像に見覚えがあった。
そう、丁度幻想郷に入ってきた時に見た夢の生き物とそっくりだったのだ!
「すみません、店主さん!」
私は堪らずに店主を呼んだ。
「どうかしましたか?」
間もなく店主が現れた、が私のそばにある像を見ると突如訝しむような目つきになった。
「あれ・・・こんな物うちにあったかな?」
店主は像を触りながら難しい顔をした。どうにも像に見覚えが無いようだった。
「その像なんですが、どういう物か分かりませんか?」
幻想郷縁起によると彼は物の名前とその用途が分かるのだそうだ。彼ならばこの像の正体も分かるだろう。
「これは・・・どう発音すればいいのか・・・少なくとも何かの生き物を象った物で間違いないと思う。
偶像崇拝のために作られたらしいね」
崇拝という事は夢に出たこの生き物は神か何かという事か。それにしてもどう発音すれば良いのか分からないというのはどういう事か。
「じゃあ、これはなんだ?」
そう声がしたかと思うと、下の方から手が伸びてきて店主に見覚えのある―――といってもつい最近の事だが―――黒い塊を渡した。
「これは・・・M1917リボルバー、人に致命傷を負わせるための道具・・・って魔理沙、なんでこんな物騒なものを君が持ってるんだ」
嫌な予感がする、私はコートのポケットを弄ってみた。そんな事をしている間に、いつの間にかすぐそこにいた金髪で白黒の魔女風の服装に身を包んだ少女――霧雨魔理沙、手癖が悪いらしい――は店主に答えた。
「さっきその辺で拾ってな、よく分からなかったから、香霖に見せた方が早いと思ってな」
「その辺というのは私のポケットか?」
私は魔理沙の襟首を摘みながら聞いた。
「わーやめろ!私は猫じゃないぜ!」
この持ち上げ方と体格差だと魔理沙が大きめの猫に見えても仕方が無いと思うが。
「悪かった!ちょっと服から覗いてるのが気になっただけなんだー」
「・・・まあ、いいか」
私はそう言って魔理沙を解放してやる。
「どうした、何かあったかー?」
この騒ぎを聞きつけたのか慧音が現れた。
「いえ、特には何も・・・そうだ、慧音さんこれに何か心当たりはありませんか?」
私はそう言って像を指した。
慧音は幻想郷の中でもかなり博識な人物らしい。彼女なら何か分かるかもしれない。
「これは・・・!なんて不気味な・・・こんな物は生まれて初めて見たよ、すまないが私にはこれが何なのか分からない」
「そうですか」
私はそう言って考え込んだ。
この像は明らかに私に関係している。しかし、それの情報を誰も知らないのではどうしようもない。
多分部屋に飾っておいたら思い出すとかそう言うのではないだろうし。
当てにしているつもりではないが、一応もう一人にも聞いておくか。
「なあ魔理沙、これに何か見覚えは無いか?」
「うん?その黒いやつか・・・あー見た事は無い、がどっかでこんな感じのやつが書かれた本を読んだ気がする」
なんとも意外なところで当たりが出た。
「その本はどこで読んだ?」
「まあ、そう急かすな、えーと私の家にあった本だったかな、いや、ここにあった本だったかもしれない・・・アリスから借りたやつだっけ?それとも図書館の本だったか・・・多分なにかの魔導書だと思う」
酷く曖昧な回答だった。今挙がった場所だけでも四カ所もある。
「そもそも、なんでこんな変な物について調べてるんだ?」
私は魔理沙に事情を説明してやった。魔理沙はそれを聞きながらふむふむと頷いていたが、やがてこんな事を言った。
「ともかく、これについて調べるなら図書館が一番良いと思うぜ。私の家とかここにある本ならどうせあそこにもあるだろうからな」
紅魔館の地下にあるという大図書館か。だがそこにいくまでの道程は結構危険だろう。
慧音にわざわざそこまで案内をさせるのも気が引ける。
そんな風に考えていると突如魔理沙の声がその思考を遮った。
「おっと、いけないいけない、ここに来た目的を危うく忘れるところだったぜ」
「時間を無意味に過ごす為じゃないのか?」
霖之助が飽きれたように言う。
「違うな、飯をたかりに来た。といっても材料は持ってきてるけどな」
魔理沙はそう言って自分の帽子を取ってひっくり返してみせた。帽子の中には大小さまざまなキノコが詰まっていた。
腕時計を見るともう正午をとっくに過ぎていた。
霖之助はため息をついたが暫くしてこう言った。
「ふーん、じゃあ折角四人もいるんだから、ちょっと奮発しようかな」
霖之助は帽子を受け取りながらそう言って店の奥へと入っていった。
キャラが二人以上出てると必ず一人空気になる事が分かった。