決闘
「御馳走様でした」
私は先に戻っていた慧音から頂いた昼食を食べ終えた。
「御粗末様でした。
それで、人里はどうだった?」
「中々面白かったですよ、昨日や一昨日は見かけませんでしたが、妖怪が結構いたりとか」
「それはよかった、でも里を一歩でも出たら襲われるかもしれないから気を付けるんだぞ。
ところでその本は?」
慧音は私が持ち帰った本――幻想郷縁起――が気になったらしい。
「ああ、これは幻想郷の特に妖怪の事について詳しく知りたくなったので貸してもらいました」
「なるほど、だから阿求の本なのか」
慧音は納得した様子で頷いた後、何かを思い出した様な顔をして言った。
「あー、そういえば決闘の事を話していなかったな」
「決闘?」
またえらく物騒な単語が飛び出してきた。
「昨日みたくいきなり物騒な物を取り出してると追放されかねないからな、ちょっと教えておこうかな」
どうやら物騒なのは私の方だったようだ。
「決闘って・・・そんなに頻繁に行われているものなんです?」
「何か揉め事があれば取り敢えずーくらいの頻度かな」
目眩がしてきた、幻想郷の外に放り出された方がまだ安全じゃないのか。
「まあまあ大丈夫大丈夫、決闘と言っても危なくないし遊びみたいなものだから・・・」
いましがた昼食を食べ終えたらしい妹紅がそう言った。
「本当なんだろうな?」
「まあ、少なくとも死にはしないよ」
私はその言葉を聞いても、少なくともほっと胸を撫で下ろして安堵できるほど愚直ではなかった。
「あーそろそろ説明してもいいかな?」
決闘なんてするつもりはないが、知っておいて損はないので慧音からの説明を受けることにした。
「現在の幻想郷では『スペルカードルール』というルールに従って決闘が行われる。
スペルカードと言うのは必殺技に名前を付けてカードに描いたものだ」
「こんな感じのやつね」
慧音がある程度話した後、妹紅が横からへんてこりんな模様の描かれた四角形のやや硬い紙を差し出してきた。
「あくまでそれはカードに描いてあるだけだから、奪われてもその技自体は使えないわけではない、宣言は出来ないだろうけど。
スペルカードは決闘の前に使用枚数を予め決めておかなければならない。
攻撃する前にスペルカードを使いますよーと宣言しなければならない。
で、相手の技を全て避けきるか相手の技に対してこちらの技を当てられれば勝ちとなる。
回避出来ない技を使うのはマナー違反だ。
大雑把だが、まあこんなものかな」
わざわざ攻撃すると宣言したら避けられそうなものだが・・・尤も攻撃手段にもよるだろうが。
「ちなみにそのその技は具体的にどの様なものなんです?」
「こういうものを一定の規則にしたがって撃ち続けたりとか」
そう言って慧音は私の方へ手を出したかと思うと、その先から青色の淡い光を放つ球をこちらへよこした
それはゆっくりと漂って私の額に触れたかと思うと消えてしまった。
「思ったより痛みはありませんね」
私が率直な感想を述べると慧音が応えた。
「当てられればそれで良いからね・・・中にはそんなことを気にせずに日夜火力の向上を図っている奴もいるが」
確かにあんなものをバラバラと放たれては避けにくいだろうが、何の力もない私はどうすれば良いのか、砂でもかけてやれば良いのか?
いや、待て、私にはあんな力はないだろうが、その力を持っている慧音は何者なのか。
彼女は何食わぬ顔であの現実には存在し得ない未知の光球を撃ち出したが、それは幻想郷の住民ならば誰でも成し遂げられるものなのか?はたまた彼女が人里で見かけたものと同じく人為らざるものなのか?そんな疑問がふと脳裏を過った。
「えーと、慧音さんはどうしてそんなものが出せるんですか?」
「うん?・・・その本にも書いてあるが、一応私は獣人だからな」
外見だけでは人と人以外を識別できるわけではないらしい。
というか慧音は幻想郷縁起に載るくらいの人物だったのか。
「私からはこれ以上特に言うこともないから他に質問があったら言ってくれ」
決闘に対しては特に聞くこともなかったが少し聞いておきたいことがあったので――決闘には関係ないがと前置きを付けて――こう言った。
「ここには新聞とかありますか?」
それを聞いた慧音は少々困ったような顔をしながらその辺を漁り始めた。
「新聞か・・・碌なものはないがな・・・っとこれでいいかな、今朝玄関前に放り出されてたものだ」
そう言って慧音は新聞をこちらによこしてきた。
私はそれを広げて暫く読んでみた。
文々。新聞と書かれたその――残念なことに振り仮名が振られていないので正しい読み方も、間にある句読点の意味も分からない――新聞の一面を見るとでかでかと『新参妖怪、湖を占拠か』という見出しでそれほど大事だとは思えないこと――具体的には、湖に元々棲んでいた妖怪が新しくやって来た妖怪に追い出されて一時的に川に避難している、という事――がつらつらと書かれていた
「湖が占拠されるとなにか不味いことがあるんですか?」
慧音に質問を投げかける。
「いや、普段は人も寄り付かないし、困るとしたら太公望くらいのものかな」
「・・・妖怪からしても?」
「それはどうだか、その記事の川は多分妖怪の山に流れてる川だろうし、山の妖怪にとっては少しくらいは重要かも知れない」
果してこの新聞は人里に需要があるのだろうか?
その後私達は他愛もなく然程重要でもない話をして、やがて慧音が「そろそろ君の使う部屋に案内しないと」と私をこの前の宿の部屋よりかは広い部屋へ通された。
慧音は午後からも授業があるらしく、その事を私に伝えると出掛けていった
妹紅の方も特にやることが無いといって帰っていった。
部屋はには親切にも既に布団が出されていて後は敷くだけの状態となっていたが、どうせ後で敷くことになるとそのままにしておいて、畳の上に直接座り込んで幻想郷縁起を読み始めた。
この本を読み終えたのはそれから暫く経ってからの事だったが、まだ慧音は帰ってきていなかった。
読み終えた感想は、やはり妖精は邪悪な存在だということ、人間にも下準備さえすれば妖怪の撃退ができること、そして何よりもこの本に記されている者は、少しばかりの例外を除き、人妖問わず端麗な顔立ちの女性、しかも少女ばかりだということ、これらが強く印象に残った。
どこかの頁に人の形を取ることで撃退されにくくなると記されていたのでそれの進化系なのかと一人で納得しておいた。
また、それら以外にも吸血鬼の住まう館や外の世界の品を扱う道具屋等、興味深い事柄が色々と記されていた。
明日はその道具屋『香霖堂』へ行ってみようと思う。決して自分の記憶に固執するわけではないが、ひょっとすると私に関係する何かがあるかもしれない。
そんなことを考えていると玄関から「ただいまー」という声が聞こえた。
夕食の後で彼女に相談してみるか。