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一等星と四等星  作者: 彩坂初雪
文芸部
5/8

Wahrheit

 連れて行かれた先は、なんてことはない。普通教室棟の三階。三年生が普段使っている教室だった。

 そこには既に先輩たちが勢ぞろいしていて、先ほど飛び出していった実鳴もいた。

「じゃ、説明は二人に任せるから、適当によろしく」

「分かりました」

 部長、副部長の紹介と、簡単な部活内容の説明後、一年生は放り出された。というより、先輩たちはこれからなにかイベントでもあるのか、各々の作品を書いている。中にはノートパソコンを開いている人もいる。

「前島君、平川君、さっきの冗談は抜きにして本当のことを言うよ」

 先輩方が周りにいなくなった途端に実鳴が真剣な声音でそう切り出していた。

 四つの机を合わせて男子と女子で向かい合っている。

「コスプレ大会でいろんな人に目をつけられたのは事実だ。ここの先輩たちもそういう類のコトは好きらしいからな」

 やはり第一印象に違わず、恥ずかしがり屋なのだろうか。前髪のせいでよく見えないが、実鳴は顔を赤く染めている。

「だが、ここの先輩たちにここまで注目されたのはそこじゃない。コレだよ」

 そう言って彼女が取り出したものは、黄色い冊子だ。小学校の修学旅行の手作りしおりと同じような作りだ。紙をただ束ねてあるだけで、これといった特徴はない。

 ただ、それには見覚えがあった。

 文化祭の時、文芸部は部誌を販売する他に、その場で誰でもが気軽にお絵かきできるようにと『お絵かきスペース』を設けているのだ。文化祭終了後にそれらを束ねて冊子する。見本としてお絵かきスペースに置かれていたのを見た記憶がある。

 実鳴はぱらぱらとページをめくり、途中で止める。

「ほら」

 机の上に広げられたそれを見て、駿平も裕也も納得した。

「これは、評価されますね……」

「だろうな……」

 お絵かきとかいうレベルを超越した作品がそこにあった。

 どっちをどっちが描いたのかまでは判別できないが、見開きで一枚ずつ、作風の違うイラストが載っている。

「あたしと黒花は中学一年生の時に知り合ったんだが、その時から互いをライバルみたいに思っているところがあってね」

「というのは実鳴の妄想よ」

「黒花、ちょっと黙ってて」

 ぴしゃりと黒花を黙らせて、実鳴は続ける。

「イラストはもちろん、お互いがなにかする時にはなんとなく目がいってしまって、張り合いたくなるんだよ。今、黒花は適当なこと言ったけど、これは本当だ。この学校に二人で来たのだって、このイラストだって、あたしが始めたから、もしくは黒花が始めたからムキになって一緒に始めた」

 それを聞いて、駿平は親近感を覚えた。

 外見こそ変わっているが、根っこの部分は自分と裕也に似ている気がする。なにかにつけて、というわけではないが小説で張り合っているところは同じだ。

 実鳴はやれやれとため息をついて言う。

「この関係が心地いいと思うこともないけど、実際大変だよ。やることなすことが互いの勘に触るものばかりな上に、結局は優劣が付く。お互いが目の上のたんこぶになってると言えば分かるかな? ケンカだってするし、不満に思うことがあれば遠慮なくぶつける。黒花に出会ってから、本来であれば頑張らなくて良いことまで頑張ってる感じだからね」

「実鳴。自意識過剰よ。わたしはあなたのことをライバルだなんて思ってないわ。ただのバカよ」

 黒花がしれっと否定の言葉を入れてくるが、実鳴は反発しなかった。

 逆に「ほらね?」と苦笑い。

 黒花が実鳴の言葉に食いついているのは、それこそがライバル同士であるが故なのだと、なんとなく分かった。

「そういうことだ。去年の文化祭であたしと黒花が張り合ってつい、本気でイラストを描いたら、先輩たちに偉く気に入られてしまってな……。結果、見事入学と同時に入部が決まったというわけだよ」

「……なるほど」

 いくつか、謎が解けた。

 二人が新入生募集用のポスターを描いていた理由。そして、どうして二人がプロ顔負けの作品が描けるのかも推測できる。

 おそらく、二人は中学三年間をずっとイラストに限らずいろいろな分野で張り合い、互いに努力してきたのだろう。そこらの人間がまだゲームだなんだと遊んでいるような時間も、ずっとイラストを描くことに集中してきたに違いない。

 裕也がいるから、駿平も少しだけ分かる。張り合う相手がいるということはまるで違うのだ。相手の良い面、悪い面を言い合えることはとても効率が良い。一人で努力していても、なかなか到達できない領域というのはある。けれど、二人、三人で意見を言い合うことで簡単にそこまでいくことができるのだ。

 二人は高校生にして既に『自分の描き方』を確立している。本人たちは否定するかもしれないけれど、それはライバルがいたからこそだろう。

「ところで、前島君に平川君」

「なんですか?」

「入部したのは我々が先とはいえ、同学年なんだ。敬語など使わなくていいぞ? これから一緒にやっていくんだ。あたしたちとしても敬語など使われると距離を置かれているみたいで気持ち悪い」

 呼び方までは強制しないがな、と付け加える。

「……」

 ちょっと、返答に困った。

 敬語になってしまっていたのはなんとなくだが、理由がないわけでもない。黒花と実鳴の実力は先輩たちも認めるほどのものだ。同学年とはいえ敬意を表さずににはいられない。

「了解した。でも、二人の実力は認めてるし、呼び方は考えさせてもらうよ」

 駿平が迷っていると裕也が先に答えを出した。

 こうなってしまえば駿平一人だけ敬語のままというのもおかしい。

「分かった。一緒にやっていこう」

 駿平が言うと、実鳴は安心したようにニヤっと笑った。

「じゃあ、本題に入るぞ。今、先輩方がそれぞれの作品に取り組んでいるのは――」



 それから三十分ほど、実鳴と黒花から文芸部についての説明を受けた。そこで今日の部活はとりあえず解散となり、二人は家路に着いた。


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