Heldin
「失礼しまーす」
「しまーす」
文芸部の部室は特別教室棟の三階にある。上草第一高校には部室棟があるのだが、部活の数が近年、非常に多くなり、それほど目立った活動もなく、部員数も多くない文芸部はこちらへ移されたらしい。去年の部誌に部室が狭くなって云々という話があとがきに書いてあった。
「……」
「……」
緊張しながら部室に入ると、そこには二人の女子がいた。
部屋に入った第一印象は、狭いの一言。何人いるのかは知らないが、七、八人入ったら息苦しくなりそうな、非常に小さな部屋だった。例えて言うなら科学準備室といったところだろうか。確かに、あとがきでぼやきたくなるレベルかもしれない。
「えっと?」
部屋の中にいた女子二名は、なんというか随分と個性的な方々だった。
いや、個性的という言葉は生ぬるい。超絶的に摩訶不思議な女子二名だった。
一人は堂々と部屋の真ん中で仁王立ち。もう一人はその脇でぼうっと立っている。
「ああ、新入部員かな?」
クールな声音でそう言ってきたのは百五○センチあるかどうかというかなり小柄な少女。前髪が非常どころか異常に長く、目どころか顔の半分が隠れている。後ろ髪より前髪の方が明らかに長い。夜出会ったら確実にお化けと勘違いするだろう。
部屋のど真ん中で仁王立ちしているが、あまり迫力はない。
「……」
「どうした?」
「あ、すみません。そうです」
一瞬、硬直してしまった。
物静かな性格なのでは、という第一印象は一気に吹き飛ばされた。容姿と雰囲気がミスマッチ過ぎる。
「今年は四人と聞いていたからこれで全員か。男子部員も増えた方が良いな」
ふむふむと前髪ロングの女子が頷いていると、ある意味もっと個性的なもう一人の女子が口を挟む。
「それは趣味? それとも本心?」
「どっちもだな」
「……」
もう一人の女子は、常識を面白い方向にぶち壊してくれていた。
髪の毛の色がまさかまさかの桜色なのだ。腰の辺りまで伸ばしたロングヘアー。表情はピクリとも動かず、その口から発される言葉も棒読みだ。アニメの世界ならまだしも、現実世界でピンク色の髪の毛をしている人間など初めて見た。
「一応、自己紹介はしておこうか」
前髪ロングの子がそう言い、二人は勝手に自己紹介を始める。
駿平と裕也は衝撃的な外見を持つ二人の少女にペースを完全に奪われていた。
「あたしの名前は桜川実鳴。一年二組所属で、既に文芸部に籍を置いている」
「わたしは奏黒花。以下同文」
その言葉は、一度駿平の耳を素通りした。
一拍置いて、言葉の意味を理解すると、
「え? マジ?」
「嘘じゃないよな?」
裕也も同じ感想を持ったらしく、二人して問い返していた。
桜川実鳴、奏黒花。聞き間違いでなければ、つい先ほど廊下で見たイラストの製作者ということになる。
「む? ここで嘘を言う必要はあるか?」
「……?」
前髪ロングヘアーの子、もとい、桜川実鳴は不満そうに、そして奏黒花は不思議そうに目を瞬かせている。
「じゃあ、あの新入生募集ポスターを描いたのって?」
「ああ、それはあたしたちだ。間違いないぞ」
自慢するわけでも、恥ずかしがるわけでもない。至極当然といった様子で実鳴が言う。
「イメージと違ったか?」
「……まあ」
同い年とは思えないほど大人びた雰囲気を醸し出している。
実鳴はクスクスと笑う。
「可愛い女の子たちを書く作家がブサイクな中年男性ということはよくあるだろう? 別に驚くことじゃないと思うが?」
「そりゃそうですけど……」
それは分かるが、どっちかというと、あのふわふわとしたイラストは黒花の方が似合っている。
それから、裕也は見ていないだろうが、黒花が描いたという絵はその真逆なのだ。イラストとして完成されている、と表現するべきだろうか。きっちりと、針に糸を通しているかのような細やかさで描かれていた作品だった。
こうして本人たちに会ってみると、きっちりしていそうなのは実鳴の方で、どこか現実感がなく、ふわふわしているのは黒花の方だ。
「それはともかく、そちらの名前も教えてもらっていいかな?」
「あ、すみません」
名乗られたのにこっちは名前も言わずに勝手に話を進めていた。
「えっと、俺は一年五組の前島駿平。で、こっちが――」
「同じく一年五組の平川裕也だ」
名乗り返すと、黒花がとことこと近くに寄ってきてじっと見上げてくる。
上目遣いというやつだろうか。妙に鼓動が高まる。
「駿平と裕也……。覚えた」
しかし、特になにをするわけでもなく、そのままもとの位置に戻ると興味なさげにぼうっと成り行きを見守る。
「黒花はラノベ風に言うなら不思議ちゃん系だからね。適当に流していいと思うぞ。で、文芸部に入ってきたというからにはイラストなり小説なり書くんだろう? それとも読んだり見たりするのが専門かな?」
駿平と裕也は顔を見合わせて、
「「小説を書いてます」」
と二人そろって返事をした。
「ふーん? 上手い?」
「いや、あんま人に読んでもらったこととかはないんで……」
「なるほど? じゃあ、誰かにもっと評価してもらいたくて文芸部に入部したんだ?」
曖昧に頷く。
こうなんです、という明確な理由は別にないのだ。二人で互いの作品を見せ合って感想を言うのが楽しかったから、文芸部に入ってもっと楽しもうと思った。大した理由なんてない。