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勇者の求婚  作者:
1/2

1.姫君の勝利

主人公は次回登場です。

足下には金の刺繍の赤絨毯。

両脇に文武の大臣が不動の姿勢で控える。

その道の先には至尊の冠戴く国王陛下。

老境にあってなお、その威厳に衰えはない。


指先はおろか、ドレスの裾さばき、装身具の揺れにまで細心の注意払っている己にクリスティーネは気づいた。

――わたくしったら、緊張しているのね。

玉座への階を一段登って、跪いて腰を軽く折る。直系王族にしか許されぬ距離。

ほんのわずかの、自身にしか分からない程度の震えは、きっと武者震い。


「偉大なる国王陛下にして親愛なるお父様、第4王女、クリスティーネ、勇者様補佐の任務を完遂し、ただいま帰還いたしました。」


「任務完遂ご苦労。勇者殿一行の活躍は、魔王の迷宮から遠く離れたこの地にも鳴り響いておる。その誉れの歌に、我が娘の名があること、誇りに思うぞ。」


「もったいなきお言葉ですわ。わたくしはただ、為すべきことを為しただけでございます。

けれど、お父様にそのように仰っていただけるのは嬉しゅうございますわ。」


「さて、余の可愛い娘や。お前の無事の帰還と同じくらい喜ばしいことがあるのじゃないかね。」


クリスティーネの胸は勝利の予感に沸き立った。頬が紅潮するのを抑えられない。


「はい。わたくし、西方守備隊の英雄ライオネル卿と婚約いたしましたの。」


――賭けに、勝った。







「存外簡単に認めて下さったのね、お父様。」

「簡単にってお前…。」

「もっと反対されるかと思ってましたのに。」

けろりとした愛娘クリスティーネの言葉に総白髪の国王は嘆息した。

国王一家の私的な歓談室は、今は亡き王妃の趣味である淡いクリーム色の壁紙と曲線的な優美な家具が置かれた、人を寛がせる雰囲気の部屋である。王妃の死後、掃除や補修以外の一切の配置換えや模様替えを拒んだ国王によって20年間同じ状態が保たれている。その部屋で父娘が親しく語らっていた。

「反対して欲しかったのかね?」

「いいえ。お父様の祝福に勝るものはありませんもの。」

「…五体満足で帰ってきてくれただけで、有り難いよ。」

「クレイグ様もリリィも居たもの。怪我なんてする隙もありませんでしたわ。」

「そうかい。」

「東の海の向こうからの小さなお客様や、魔法使いのおじ様も仲間にしましたのよ。」

「そうかい。」

「…わたくしの解錠技術テクニックも随分上達して。」

「そうかい。」

クリスティーネは不安になった。いつも自分に甘い父だったが、このように気の抜けた受け答えをすることは一度も無かったのだ。

――ご病気という噂は聞かなかったけれど。

「お加減が悪いのですか?」

「安心して、逆にどっと疲れが出たのだろう…。クリスや、惚気も珍しい客人も…まぁ技術向上も素晴らしいことだ。だがな」

ややぐったりとソファに寄りかかっていた国王は、姿勢を正すと娘の新緑の瞳をひた、と見つめて問うた。

「他に言うべきことが、あるのではないか?」

穏やかな言葉にクリスティーネは、ちょっと首をすくめた。心当たりは有りすぎるほどに有る。潔く謝ることにした。

「お父様の許可も無く、勝手にリリィに着いていって、心配させてごめんなさい。」

国王は驚いた。4人姉妹の内で、1人だけ母を知らぬこの末娘を、若干――国王自身としては若干のつもり――甘やかして育ててしまった自覚がある。その分、クリスティーネは姫としては自由奔放に伸び伸びと育った。王都の住民にはその奔放さと裏表のない性格から親しまれている。その反面、自分の理を優先させる幼さがあった。クリスティーネ自身が優秀であることが、その幼さに拍車をかけ、悪循環を招いた。その娘の成長を目の当たりにして、感動していると、クリスティーネが恥ずかしそうに呟いた。

「…クレイグ様に、とっても怒られましたわ。おじ様にも呆れられましたし」

けれど、とクリスティーネは堂々と主張した。

「心配をおかけしたことは申し訳なく思います。でも、時を巻き戻したとしても、きっと同じことをしますわ。だってより善い手段が浮かばないんですもの。それに、結果論になりますが、この3年間、わたくしにしかできないことがたくさんありました。『王女』が行く意味も価値もありました。ゆえに私の行動は最善手だったと確信しております。」

「王宮をこっそり抜け出したこと以外は、概ねその通りだな。」

「お父様。お父様は3年前のわたくしがお願いしても、決して許可を出しては下さらなかったでしょう?」

「そうだな。」

旅に出るには未熟すぎた。

「今のわたくしでは如何です。」

「充分以上だ。」

勇者と共に旅したからこそ。

「前隊長更迭の手腕には驚いた。」

「あれには手こずりましたわ。悪知恵ばかり働いて…。身分が低いからって、クレイグ様達を馬鹿にして!その癖、わたくしとおじ様には胡麻を擂ってばかり!報告書にも書きましたが、物資の横流しやら派閥抗争の誘導やら…。対魔族防衛の最前線ですることではありません。」

「王都の協力者をあぶり出したのは間違いなくお前の手柄だ。よくやった。」

「うふふ。王都の語り歌の種になりまして?」

クリスティーネが悪戯っぽく笑って問いかけると、国王は渋い顔になった。

「身内が登場する語り歌なぞ聞くものではないな。山場が来る度、心臓が止まりそうだ。」

「まだ止めてはいけませんわ。結婚式や命名式にお父様がいらっしゃらないなんて寂しいもの。」

「最近のものでは『迷宮英雄譚』の最後の場面が衝撃的だったぞ。」

「あの場面は特に美しく情熱的に歌い上げるのが流行りですわよ。」

勇者の魔王討伐を主題とする『迷宮英雄譚』はつい先日、勇者の勝利によってピリオドが打たれた最新の長編物語であり、同時にクリスティーネを含む勇者一行の迷宮探索の記録である。一週間に一度、西方守備隊付きの吟遊詩人が発表するこの語り歌は、題材もさることながら、リアルタイムであることと、異国調の曲と洗練された伝統詩の意外な相性の良さから王国内で大流行している。

問題の場面は、「鍵の姫クリスティーネ」と「隊長クレイグ」が従軍司祭に2人の永久の愛を誓う場面だ。

「まさか娘の婚約を語り歌で知るとは思わなんだ。西方守備隊には良い吟遊詩人がいるようだな。」

「…それはともかく。わたくしの作戦勝ちですわね。」

貴族社会において、限りなく頂点に近いクリスティーネと下級貴族のクレイグが結ばれるには、民衆の圧倒的支持を得て、『迷宮英雄譚』ブームに乗って逃げ切るしかないのだ。

――それでも正直五分五分でしたわ。

クリスティーネが王位継承から比較的遠いこと。クレイグが迷宮攻略において、絶大な貢献をしたこと。勇者一行の凱旋ムード。

これだけの条件が揃っていても、国王が公式の場で語り歌を否定すれば、その瞬間に2人の関係は無かったことにされる程に身分の差は絶望的だった。

根回しも、語り歌による工作も、国王の判断を後押しする程度のものでしかなかったのだ。

「もうお前達2人のことはとやかく言わん。本気なのもよく分かった。孫を楽しみに待つことにする。お前達の子なら、さぞ美しく生まれるだろう。」

「嫌ですわお父様。例えへちゃむくれでもわたくしの子ですのに。」

「…へちゃむくれ。」

この3年間でクリスティーネの語彙の海はより豊かになった。が、今のところ、宮廷では全く役に立っていないようである。

「いくつになっても子の成長は嬉しく、時に切ないものだな…」

過去に思いを馳せる国王に、クリスティーネが釘を刺すべく口を開いた。

「それから、リリィに殿方を紹介するのはおよしになって下さいな。」

「む、なぜだ。勇者殿に似合いの若者をいくらか見繕っていたのだが。」

「まぁお父様ったら相変わらずの紹介好きですこと。」

国王の趣味に呆れながら、クリスティーネは続けた。



「リリィには想い人が居ますの。3年間ずっと想い続けてきた殿方です。今頃、一緒に楽しく、お散歩でもしているのではないかしら。」


誤字脱字、文章作法の誤りなどのご指摘をお待ちしております。

完結が目標です。

どうぞよろしくお願いします。

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