lapislazuli
信じることで救われる。
彼がそう信じていた、数年前―――。
「何だって?!」
学生であり、財布が軽い彼らは経費節約のために図書館に集まっている。そして、その声は一際大きく響いていた。
「しっ! ……声が大きい、ヤコブ」
彼は周囲を見渡した後、大声を出したヤコブをたしなめる。
「悪い悪い」
しかし、ヤコブはまったく反省の色がなかった。ヤコブははにかむように笑った。それを見て、彼は溜息をつく。これで何度目だろうか。
じりじりと日に焼けたヤコブの健康そうな肌と真っ白な歯のコントラストはここではさほど珍しくもないが、つい最近ここにやって来た、日本人である彼にとって見慣れるものではない。
「―――それより、話の続きをしてよ」
ヤコブはもったいぶる彼に話の続きを促した。
「―――消えるんだ、人が」
「どこで」
「日本という国を知っているかい?」
彼は突然話題を変える。ヤコブは憮然とした気持ちのまま「それくらい知っているよ」と答えた。
日本。ヤコブの母国に自動車を運んでくる。東京という都市はヤコブにとって、気の遠くなるくらい高い鉄の塊がそびえ立ち、排気ガスの臭いが蔓延する場所だ。想像の域でしかないが。
「あまり人には知られていない牢獄が日本にはある。ある時、物好きな人がその牢獄に行ったんだ。その人は外を見るだけでは物足りなかったようで、中に入っていった」
「待って。中にも入れたの?」
「文化遺産とか世界遺産ではないから簡単に入れるらしい。もっとも、負の遺産ではあるけどね。とにかく、その人はかつての牢獄に入った。……言い忘れたけど、その人には仲間がいたんだ。仲間は探険家が出てくるのを待っていた。けれど探険家はいつまで経っても出てこなかった。もうすぐ日が暮れる。仲間は心配になり、恐る恐る牢獄の中に入っていった。そうしたら―――」
大体予想がつく。案の定、彼はヤコブが予想していたことを口にした。
「その人はいなかった。つまり、消えてしまったんだ」
「消える? そんなことがありえるのか?」
ヤコブは訝しげに尋ねる。彼は首を横に振った。
「まさか。本当にそんなことがあるわけない」
「牢獄にはどこかに脱出口があったんだ。その人はそこから抜け出して―――」
「出口は一つしかなかった。探険家の仲間がそれを確認した」
「じゃあ、どうしてその人はいなくなってしまったんだ?」
ヤコブは不思議でたまらなかった。彼は答えを知っているような気がする。それとも、ただ謎かけをして楽しんでいるだけなのか。どちらにしろ、ヤコブには分からない。
「ちょっと難し過ぎたかな。ヒントをあげよう。『ラピスラズリ』だ」
「ラピスラズリ?」
深い青に金色の粒のようなものが混じっているというあれか。
「彼はラピスラズリを持っていた」
幸運を招くと言われている石、ラピスラズリ。その石が何かの災いを防ぐべくその人を消し去ってしまったと言うのか? いや、そんなはずはない。ただの石にそんなことができるはずがない。
牢獄に抜け穴はない。仲間に気付かれず、こっそり出ていくことなど不可能だ。だとすれば―――。
「ようやく気付いたみたいだね」
始めからヤコブが考えていることは見透かしている、というように彼は笑った。
密室とも言える場所で、なぜ探険家は消えてしまったのか。答えは至極簡単だった。
探険家は、牢獄の中に足を踏み入れたその人は、殺されたのだ。
「そう。探険家はいなくなったんじゃない。殺されたんだ、仲間の手によってね。彼らの証言が嘘だとすれば、探険家が消えた理由も証明できる。探険家は複数の人間によって殺された。犯人は探検家の仲間だった。彼らは死体をどこかに隠し、探検家が消えたことにする。一人の証言では警察も訝しむだろうが、複数人の証言なら失踪程度の扱いを受けるだけだろうから」
「待ってよ。それならラピスラズリと関係ないじゃないか」
ヤコブは憤慨し、抗議する。すると彼は笑ってこう言った。
「いいや、関係あるね。ヤコブの言う通り、ラピスラズリは幸運の石だ。幸運なことに、探険家の遺体は山奥で発見された。石は探険家を見捨てなかったのさ」