vector SS<レイ登場編 下>
フェイトとレイが戻ると、研究所の多くの人々が無事に日本に帰って来たことを喜んだ。
久しぶりの再開に涙ぐむ者までいたが、無口なフェイト「お久しぶりです。」と一言言うだけだった。
レイの方はというと相変わらず感情が表情に出ることはなく黙って喜んでいる。
フェイトはレイにしっぽがついていたらわかりやすいのになぁと心の中で思ってしまう。
そんなフェイトの方をレイがじっと見つめた。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
またしても沈黙が続く。
レイが今度はなんと言っているのか想像する。
「嬉しいんだな?」
「なんでそんなこと聞くんですか?!もちろんですよ!!こんなに喜んでるじゃないですか!!」
「どこがだ!!お前今まで黙ってただろ!!」
「え!?黙ってました私?!」
「微動だにしなかっただろ!!」
「え!?そんなことないですよ!!私は喜んだ顔してたじゃないですか!!」
「わかるかっ!!!!」
「ひどいですよっ!!」
そんな二人のやり取りを見て、研究者達は微笑ましそうに笑った。
お風呂を沸かしてあるから、二人とも入っておいで。
と言われたので、二人は久しぶりのお風呂にうきうきしながら浴場へと向かった。
久しぶりの日本の研究所だったが、幼いころから育った故郷なだけあって何年たっても忘れることはなく、
足は自然と浴場の方へと向かっている。
フェイトの後を無言でバスタオルを二人分持ちながらてくてくとついてくるレイ。
「・・・・・・・・・・・。」
男湯の前でフェイトが足を止めた。
ここから先は女子禁制の空間だ。
振り返ってレイの方を見る。
すると大きな瞳がキラキラと輝いてフェイトの方を見ていた。
またしてもフェイトはレイが今度はなんと言っているのか想像する。
「・・・・・・・・・・・・・・なんだ?」
結局わからなくなってフェイトはそう聞いた。
するとドキッとした風にびくりと反応してレイはもじもじする。
「は、はい。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
また二人に沈黙が流れる。
「だからなんだ??」
「え?!あ、はい。えっとその・・・あの・・・。」
「早く言え。」
「え!?あ、はい!!その・・・あの・・・。もしよろしければお背中なが・・・」
そう言いかけたところでフェイトは顔を真っ赤にしてレイの腕からバスタオルを奪い取り
「いらん!!」
と言って男湯の扉をぴしゃりとしめてしまった。
反応の遅いレイが一寸ほど遅れてはっと気づいた時にはすでにフェイトはいなかった。
「ひ、ひどいです~~><」
と言って彼女もトボトボ女湯の方へ向っていった。
フェイトは素早くシャワーを浴び体中の汚れを落とすと少しだけ浴槽に浸かってすぐにあがった。
新しい着替えに身を包み、いつもより若干ラフになると足早に研究所の出口へと向かう。
日本に帰って来てまず一番最初に会いたかったはずの少女は研究所にいなかった。
休息を取るために日本に帰って来たはずなのに、今もまた外の世界で戦っているのだ。
一人で。
もちろんその少女がなぜ戦いをやめないのか、その理由も知っていた。
突如謎の失踪をしてしまった自分の好きな人を探すため。
だから彼女は彼が見つかるまで戦いをやめない。
外の世界では普通の人間が1日も生き残れないような過酷な環境だというのにも臆せず、恐れず、
命を捨てる覚悟で挑んでいるのだ。
命がけなのだ。
IDカードをかざし、何重もにロックされた重い鉄の扉を開いていく。
外の世界に出ると先ほどとは変わって日が見えない。
まだ3時過ぎだというのにあたりは紫色の空が夜の様に太陽の光を遮ってしまっているのだ。
ところどころで雷の音が鳴っている。
遠くからは獣の遠吠えが聞こえた。
フェイトは全神経を集中して遠くにいる少女に訴えかける。
自分では相手の居所は正確に感知できるほど電波系の能力にたけていないのだが、相手の方が自分を見つけてくれるだろう。
そう思ってフェイトは足を動かした。
しばらく走り続けたところでようやく相手の気配が近づいて来たのに気づいてフェイトは足を止める。
後ろを振り返るとふわりとどこからともなく少女が現れた。
水色の大きなリボンが風に舞う。
長いツインテールも相変わらずだった。
まだ15歳の少女はTシャツに軍人を彷彿とさせるような服を着ていた。
物騒なのだが可愛い。
ニコニコしながらこっちを見て笑っているので、先に口を開いたのはフェイトだった。
元気そうな姿を見て安堵する。
「・・・相変わらずだな、あゆむ。」
「フェイト君も、相変わらずだね!」
何が相変わらずなのか、いまいちわからない。
「元気そうでなによりだ。」
「うんうん!!そっちも元気そうで何よりだよ!無事に帰国できてよかったね!」
「当たり前だ。それくらいの力は持ち合わせている。」
「そうだよねw だからレイにゃんの護衛に選ばれたわけだし。レイにゃんは?」
「今は風呂だ。」
「あっちはどうだったの??」
「研究成果・・・と言えばいいのか結果として大した成果が得られたわけじゃなかったな。
レイは毎日毎日ひどい実験に付き合わされることになってしまって、かわいそうだったよ・・・。」
「そっか・・・。」
フェイトの言葉に少しあゆむも顔を歪めた。
「データの解析やなんかは日本の方が信頼できる、これからはこっちでやることになるだろう。」
「うん・・・そっか・・・。そうだね。」
「僕達ベクター能力者もビジネスだからな。取引される商品であることに変わりはない。
僕もレイもアメリカの研究機関が喉から手が出るくらい欲しがって手に入れたレンタル期間だったわけさ。」
「・・・。」
「お前の方はどうだったんだ?」
フェイトにそう聞かれ、あゆむはどきりとした。
「え、あぁ、うん・・・えっと・・・こっちもあんまり成果なし・・・かな。
和田の手がかりも見つからなかったし、自分の能力が上がったわけでもないし。
ただ狩りして狩りして、、、ってそんな感じの毎日だったかな。」
「お前は日本政府が手を離さないからな。それにしてもよくそんなに毎日自由にやらせてもらえてたな。」
「うん・・・。でもそれもあと1年なんだ。あと1年以内に何も見つからなかったら、私もほかのみんなとおんなじように
ビジネスの商品欄行きだよ。だから・・・急がなきゃ・・・。今度はね、少し休んだら東南アジアの方にまた行こうと思ってるんだ!!
和田がいなくなったのも東南アジアだったし。」
「そうだな・・・。また一人で・・・、行くのか?」
「え?あぁうんもちろんだよ!!」
「なぜあの男を研究所に残したまま一人で行くんだ。国連の警戒レベルは最高水準、ペア行動が義務づけられてるだろ。」
「うん・・・。でもあゆ、別に一人で大丈夫だし・・・。
誠一君にはさ!!代わりにあゆの始末書を書いてもらったりとか、
報告書を全部書いてもらったりとかいろいろ別のことをお願いしてるんだよ!!」
健気にも誠一をかばうあゆむにフェイトは唇を噛んだ。
「なぜあいつをかばう。」
「え!?べ、別にかばってなんかいないよ!!で、でもさほら関東シェルターの電力の3分の1は誠一君の能力に頼ってるし、
今のままでいいんじゃないかなぁって思って!!」
「そんなことはどうでもいい。お前が危険なんじゃないかって僕は言ってるんだ。
誠一は実践もないし大した能力者じゃないが、お前の盾くらいにはなるだろ。
万が一の時にお前が死ぬんじゃなくて、あいつが死んでお前が生き残れればいいんだ。」
フェイトのその言葉にあゆむは少し黙ってから口を開いた。
「・・・・・・。それってちょっとないんじゃないかな。」
「自分の命欲しさにシェルターにこもってるような男が、僕は許せない。」
「誰だって外の世界が怖いのは当然だよ。それに誠一君は私たちと違ってもともと一般人。
最初から訓練されて生きてきた私たちとは違うんだよ。それを無理やり外に連れ出すなんて、
そんなこと・・・結局私達の上のすることと一緒じゃん。嫌がるあゆ達を外の世界に無理やり放り出して・・・。
私は組織を憎んでるし、私はその憎んでる組織の上がやることと同じことを自分でしたくない。」
「・・・・・・・・・・それは・・・。」
「自分が傷つけられてるからって、それが他人を傷つけていい理由にはならないと・・・あゆは思うよ。」
年下の少女にこんなもっともなことを言われるとは思っていなかった。
やはり悔しいが彼女の意見は間違ってない。
こんな崇高な思いを踏みつけられるほどの意志はもち合わせていなかった。
「・・・・そうだな。」
そう素直に頷くと、「うん!!」と笑顔に戻ってあゆむが言った。
「だからあゆは誠一君が自分の意志で戦うって言うまでは外の世界に連れ出すつもりはない。それまでは一人で戦うよ。」
「・・・レイは日本の研究所に置いていく。僕が一緒に行こうと言ったらどうする?」
「嬉しいけどお断りするよ。」
「どうして?」
「レイにゃんがきっと、淋しがるから。」
「はぁ?」
すっとんきょうな答えにフェイトはついまぬけな声を出してしまった。
「それよりさ!こんなところで立ち話もなんだし!!そろそろ魔獣の群れにあゆ達囲まれてるし。」
「そうだな・・・そのようだ。」
二人はちらりと周りを見回す。
背中合わせになって各々構えた。
「ふふん、くれぐれもあゆの攻撃で、死なないようにね♪」
「僕の攻撃が当たっても、文句は聞かないぞ。」
「行くよ!!フェイト君!!」
「あぁ!!」
二人の足が、同時に逆方向へと動いた。
ついうっかり浴槽でうとうとしてしまって、レイが目が覚めたころには男湯にフェイトの姿はなかった。
ドキドキしながら少しだけ男湯の扉を開けると着替え部屋に誰の服もなかったのだ。
フェイトはさっさとお風呂を出て行ってしまったようだった。
自分だけ置いてけぼりにされてしまったみたいで悲しくなって、今はトボトボと研究所内を探している。
「フェイトさぁ~ん・・・・><」
その時だった、横の廊下から出てきた人物にどかっとレイはぶつかって倒れた。
「はうう!?」
「うわっ、ごめん!」
誠一が廊下を歩いていると突如フラフラと出てきた少女にぶつかった。
決して勢いよくぶつかったわけではないのだが相手が倒れてしまったので手を差し伸べる。
「ごめんね、大丈夫?」
「す、すみません><」
そう言ってすぐ立ち上がった少女の顔をよく見ると研究資料で見た顔だ。
「あ、・・・もしかしてレイちゃん・・・?かな?」
「は、はい!レイです。あの・・・。」
「あぁ、初めまして俺は誠一。日本本部の方でいろいろと雑用をやらされてるよ。」
「!!!!誠一!!あ、あの誠一さんでしょうか・・・!!」
どの誠一さんなんだろう・・・。と内心つぶやく。
「あ、あゆむが言っていた、あ、あの鬼のように怖くて常に怒っていてスケベオヤジのようにそ、そのエッチな・・・
そして極度のスイーツマニアの・・・!!」
(あの野郎・・・いらないことばっかり吹き込みやがって・・・ぶっ殺してやる・・・。)
常に怒ってばかりと言われてしまったのでここはいらだちを抑えて笑顔で接する。
「そ、それは誤解だよ。ほら、俺は現にこんなに親切で・・・」
と言いかけたところで前を見るとレイが若干離れたところからこちらを恐ろしいものを見るような目でじっと見ていた。
「おい。」
「ひぃっ・・・・!!」
また怖がらせてしまったようなので優しく優しくを意識する。
完全に笑顔がひきつっていた。
「あ、えっとレイちゃん?俺は怒ってなんかいないし、そしてスケベオヤジのようにエッチでもないんだよ。
あゆむがレイちゃんに言ったのは全部冗談だから、本気で取られちゃうと俺、困っちゃうなぁ~・・・」
「じょ、冗談だったんですか・・・ご、ごめんなさい><」
そう言ってレイはまた近寄ってきた。
素直な子でよかった・・・とほっとする。
「あ、あの・・・フェイトを知りませんか?」
「フェイト?あぁ、フェイトならさっき外に行ったって聞いたけどけど。」
「え!?外ですか?!」
「夕方まであゆむが関東シェルター付近の警戒をしてるって言ったら
会いに行くって言ってあいつも出て行ったみたいだよ。」
「あ、あゆむも!?そ、そうなのですか・・・。」
「大丈夫、心配いらないよ。二人とも強いから。」
「は、はい・・・。そうですよね。・・・・・。」
レイは少し心配そうになってうつむいた。
「立ち話もなんだし、ロビーに行こうか。」
誠一の言葉にレイは「はいっ。」と返事をして彼の後ろをついて歩いた。
ロビーについてから二人はソファで紅茶を飲んでいたがどちらもしゃべろうとはしなかった。
誠一は内心気まずいなぁと思っていたのだが、先ほどからレイは何か言おうとしているのかしていないのか
口をもごもごとさせている。
「どうかした?」
しびれを切らした誠一がそう聞くとびくりと反応してちらっとこっちを見たレイが口を開いた。
「誠一さん、能力者だったんですね。」
「え?」
「あゆむは誠一さんが能力者であることを言ってませんでした。」
「あぁ・・・そぅ・・・。なんでわかったの?」
「V波もそうですが、誠一さんの血液中にVウイルスが見えたから・・・です。」
「治癒能力者にはそんなことができるのか。」
レイの能力に感心して誠一はそう言った。
「誠一さんは・・・普通の能力者なんですか?」
「・・・まぁそうかな。得意なのは酸素干渉だから、自然と炎ばかりになっちゃうけど。」
「戦えるんですね。」
「・・・まぁ・・・。」
いやな感じだった。
あゆむとは違うがまた自分よりも年下の少女に自分を見透かされているような感じが。
どうにも責められているようで。
だがしかしそのあとのレイの言葉に誠一は驚いた。
「羨ましいです・・・。」
「羨ましい?」
「・・・はい。戦える力があるのが、羨ましいです・・・。
好きな人を自分自身の力で守れるんですね。羨ましいです・・・。」
「そ・・・そうかな・・・。」
「私は特殊な治癒能力者ですが、他の能力全般は全くと言っていいほど無能です・・・。
傷ついて帰ってくる仲間の治癒はできますが、仲間が傷つく前に私は守ってあげられません・・・。
フェイトさんは戦えない私の護衛のせいでいつも傷ついてばかり、私は・・・自分を責められずにはいられません・・・。
同じ能力者なのに大好きな人は皆外の世界で戦って・・・私も皆と一緒に・・・戦いたい・・・。」
レイは悲しそうにそう言った。
誠一は胸が締め付けられるような思いでレイの言葉に耳を傾ける。
「あゆむ、あなたのこと話しているとき・・・とっても嬉しそうでしたよ。」
「・・・そっか・・・。」
「はい。」
辛そうな顔をしていた誠一を気遣ってレイはそう言ったのか、少しだけ笑顔を見せた。
その時、「ふあ~!」という声がロビーの先の廊下から聞こえてきた。
誠一もレイもその声の正体にすぐ気付く。
レイは嬉しそうに顔をあげた。
「やぁやぁ!二人とも!!ここにいたんだね!!」
「あゆむ・・・っ!!それにフェイトさん・・・・!!」
ソファから勢いよく立ちあがってレイはあゆむに駆け寄った。
「レイにゃん!!!久しぶり!!」
「はいっ!!久しぶりです!!!」
そう言うと二人の少女は抱擁しあった。
その二人の後ろにはフェイトがいた。
誠一を睨みつけるように立っている。
再開を喜び合う少女たちを横目に、二人の男の間には妙な空気が流れていた。
「久しぶりだな。」
「ぜひ会いたくなかった。」
「奇遇だな、僕もだ。」
それだけ会話をすると二人ともふんっと言ってそっぽを向いてしまった。
「レイにゃん誠一君と一緒にいて何か変なこととかされなかった!?」
「ふぇ?!」
「お前変なこと吹き込むな!!!!俺がまるで変態みたいじゃないか!!!」
「事実じゃないか。この薄汚れた野獣め。」
「お前黙ってろフェイト!!!」
「ふん。」
誠一とフェイトのやり取りを見ていたレイが笑って
「フェイトさんと誠一さんは仲がいいんですね。」と言うと
「「どこがだ!!!」」と二人に怒鳴り返されてしまった。
びっくりしてほろほろと大きな瞳から涙が出てくる。
「ああーーーー!!誠一君とフェイト君がレイにゃん泣かせた!!」
あゆむが二人を煽った。
「そ、そういうつもりじゃなかったんだよ!!レイちゃんごめんね涙拭いて!!」
「う、っうう・・・。」
誠一は慌ててハンカチを差し出す。
「ふん。レイ、泣く練習だと思え。」
フェイトは普段感情表現が極端に苦手な彼女に、自分のことを棚上げしてそんなことを言った。
「お前鬼だな!!!泣く練習ってなんだよ!!!」
「貴様にはわからないことだ!!とにかくレイはもっと泣くべきだからいいんだ!!」
「女の子泣かせておいて何言ってんだ謝れよ!!」
「うるさい!!僕は別に泣かせたつもりはない!!レイ!!」
「ひっ、はっ、はいっ!!私が悪いんです~><」
レイがそんな風に言うもんだからもはや誠一にはわけがわからない。
隣のソファではそんな3人のやり取りを見て、お腹を抱えて笑っているあゆむがいた。
その様にまた誠一は苛立つ。
(この野郎・・・いつか絶対泣かせてやる・・・)
と心に誓ったのだった。
旅の疲れが溜まっていたようでフェイトもレイも早くに寝てしまった。
朝から夕方まで狩に出て疲れていたようで、あゆむも早くに自室へ引っこんでしまった。
誠一も3人と別れてからすぐに自室へ戻ってきた。
なんだか久しぶりにどっと疲れてベッドに横になったのはいいがどうしてもすぐには寝付けなかった。
レイに言われた言葉が頭をかすめる。
どうしても頭から離れなかった。
「自分の力で・・・誰かを守れる・・・。」
そう自分の言葉にして繰り返してみる。
思い浮かんだのはあゆむの顔だった。
だけど相手は地上最強の能力者。
自分が守る余地などない。
むしろ自分なんて隣にいたって役立たずだろうし、足をひっぱってしまうだけだ。
「あいつの方が俺より強いって言うのに・・・どうやって守れって言うんだよ・・・。」
誠一は戦ってこなかった今までの自分を正当化するかのように、そう呟いて瞳を閉じた。
いつか連載小説にしたいですね。