三題話「花束」「カード」「梅干」
「みてみてこれ、すっごい可愛いでしょ」
そう言って、小百合は手に持った花束を僕に見せにきた。真紅、オレンジ、黄色、ピンク……色とりどりの薔薇をエメラルド色の包装紙でラッピングしてあり確かに見事だ。花束をクルクル回したり顔を近づけてにおいをかいでみたりと、上機嫌な小百合に見ているこっちまで嬉しくなってしまう。
「あ、カードがついてるわ」
ペーパーリボンについていたメッセージカードに書いてあった差出人の名前を読んで、小百合は首を傾げる。
「吉田、梅子さん? そんな人知り合いにいたかしら。達也さんの……」
小百合は途中で言葉をきると、「どうかした?」と聞いてきた。そんなに顔に出ていただろうか。とっさに「なんでもない」と言ってごまかしてしまった僕は、小百合の目を見ることができなかった。
吉田は僕の母方の名字だ。吉田梅子は母の姉の子供で、僕らはいとこであり同級生だった。親同士の仲は良かったけれど、梅子はいつも本ばかり読んでいるおとなしい女の子で一緒に遊んだこともほとんどなかった。
中学生の時、一度だけ同じクラスになった。僕たちはそれでも接点がなかったけれど、一度だけ席が隣同士になって、それからは少しずつ話をするようになっていった。
その席の時に期末テストが帰ってきた。いい点数だったらゲームを買ってもらう約束だったのに、僕の結果は散々だった。梅子は隠すようにして点数を確認していたけれど、隣の席の僕からは見えてしまった。高得点ばかりの答案に、僕はなぜかどうしようもなく腹が立った。
「吉田、お前名前間違ってるぞ?」
「え?」
梅子の手から答案を引ったくった。梅子と、近くにいたクラスメートたちも僕のことを見る。
「だってお前、吉田梅干って書いてんじゃん」
『私の字ってクセ字だから、梅子って書くと梅干って見えちゃうの。』
梅子は前に僕にそう打ち明けてくれた。自分よりずっと大人っぽい子の意外な悩みを聞いて、僕はあの時、嬉しかったはずなのに。
「あー、本当だ!」
ドッと教室がわいた。梅子の答案は男子の間でたらい回しにされ、梅子の手元に戻ってきた時にはグシャグシャになってしまっていた。梅子はクラスの男子から『梅干』と呼ばれるようになって、僕はこのことがバレたらお母さんに怒られるとヒヤヒヤしたけれど、梅子はこのことを大人に話さなかった。
それ以来、僕とも話さなくなった。
「その人は僕のいとこだよ。ほとんど話したこともないけど」
そう言うと、小百合はホッとした顔で僕に近づいてきた。不安にさせてしまった申し訳なさから「きっと叔母さんに言われて送ってきてくれたんだと思う」などと言い訳じみたことを言ってしまう。
「花瓶を持ってくるわ」と言って、小百合は花束をテーブルに置くと居間から出て行った。テーブルから花束を取ってカードを見る。
『結婚おめでとうございます 吉田梅子』
見覚えのある少しクセのある字に、目頭が熱くなった。