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第二章 謎の飛行物体

次の週の月曜日、啓はいつも通り学校へ行き教室へと入っていった。すると教室の真ん中の方で机に腕を突っ伏して片手で紙をひらひらさせている男子がいた。啓は近くに行き前にそれがすぐに拓だと分かった。近くには理恵と沙織が座っている。啓は三人に挨拶をしながら、拓から見てすぐ左斜め後ろの席へと座った。そこが今の啓の席である。

「今日ついに持ってきたんだね。実に誠実な行為だよ」

啓が皮肉たっぷりに誉めそやすと拓がうなだれたように言った。

「でも保護者のサイン欄のところ、書いてもらうの忘れてきちゃったんだ。一番大切なところなのに何で忘れてきちゃったんだろ。」

拓の言葉に啓の右に座っている理恵が「噓でしょ」と驚いて笑うと、次に拓は必死に懇願してきた。

「啓、ここに『二ノ瀬』って書いてくれない? 尊い一人の学友の命を救うつもりでさ。じゃなきゃ本当に僕、殺されちゃうかも…」

「ジュース一本と交換条件だな」

啓は少しためらったが報酬が付いたことで渋々承諾し、地毛証明書に筆を走らせた。

「でも一体どうやって一週間も言い逃れしてきたの?」

啓の目の前に座っている沙織が興味深そうに聞いた。すると拓は誇らしげに答えた。

「そんなの超簡単だよ! 罪を負えない者に罪を擦り付けるんだ」

三人が訝るように目を細める表情すると拓はさらに説明を付け加えた。

「例えば、あ、啓、もう少しお父さんの字っぽくして─――例えばね、僕が間違えてこの紙を洗濯機に入れてダメになった時とかは、妹がおままごとに使ってぐちゃぐちゃになっちゃいましたーとかって言ったの。飼ってる犬が暴れて紙をぐしゃぐしゃに破いちゃいましたーとかってのも使ったな。犬も小さな妹もよくわからずにやるものでしょ? だから先生は誰も責められないんだ。よって持ってこなかった僕も責められない。我ながら完璧な作戦だなあ」

拓が悦に浸っていると理恵が聞いた。

「あれ、でも拓って妹居たっけ?」

「ううん、いないよ。ついでに犬も飼ってない」

拓のいつもの奇天烈話に付き合わされて三人は呆れ果てていたが、途中で中村先生が教室に入ってきたので慌てて拓は話を中断した。啓が今しがた手を入れた捏造証明書も、拓が罪悪感の片鱗も表情に見せず華麗に先生へ渡したので啓は感心した。

その後はいつも通り朝のHRがあった。担任の川口先生が来る中間試験の話をしたり、なにやら新しい感染症が国内で最近出てきたらしいので予防をしっかりするようにと話したりしていた。放課後の掃除をやらずに帰っている人がいるのでやるようにと注意した時は、目の前で拓と沙織がお互いに顔を見合わせてクスクスと笑っていた。

「あの時は啓と理恵を待たせちゃ悪かったから、ちょっと先にお暇しただけだよね、沙織?」

「あたしはちゃんとやりたかったんだけどね。拓が急かすから…」

二人が小さい声でお喋りしていると啓が会話に割って入った。

「そうだ、多分今日俺、教室掃除の担当なんだ。だから先に帰っててもらっていい?」

沙織がえっと声を漏らし急いで言った。

「先に帰らずに正門で待ってるよ。ここの教室掃除でしょ? なら川口先生だ。すごく甘いから今日も早めに終われるよ、きっと。」

沙織の言葉を聞き啓の顔に笑みがこぼれると、理惠が横から囁いた。

「二階のトイレじゃなくて良かったわね。一番厳しいから長くなるわよ。トイレの神様こと飯塚が担当だから―――」

理惠が言葉を言い終わる前にHR中の川口先生から「そこ! 静かに!」と注意されたので、四人はすんと黙った。少なくとも今日もみんなと一緒に帰れると知れたので、啓の心に安堵が広がった。

その日の授業は六時間目まであった。一年生のうちは選択科目があまりなかったので啓は三人とほとんどの授業が一緒であった。三人とも全ての授業を寝ずに起きて受けていたようだが、しっかりとノートをとっている沙織や理恵と対照的に拓は宇宙と交信している時間が半分くらいあったように見えた。それでもなんとか寝ずに過ごしていたのは、何やら最近朝補修の時間に寝ぼけて、「お母さん!」と叫んでしまったことが起因らしい。

そんな午前が終わりお昼ご飯を食べ、午後が過ぎようやく6時間目が終わると啓の脳は完全に疲労し、目も少ししょぼくれていた。帰りのホームルームの先生の話など四分の一程度しか頭に入ってこなかった。そもそも最初から聞く気がなかったからかもしれない。

HRが終わると掃除の担当ではない生徒たちはいっせいにリュックを背負いこみ勢いよく帰っていった。啓以外の三人も啓に「あとでね」と軽く声をかけ出ていったので、啓はそれを恨めしげに見つめていた。そして他の掃除担当の生徒と一緒にのろのろと掃除のロッカーへ行き、箒を取り出して今日の自分の陣地を探した。教室の隅へ行き換気のため窓を開けると啓は必要最低限の力で床を掃き始めたが、五分ほど適当に掃いているとだんだんと飽きてきてしまった。啓は箒の柄の端に顎を載せて頭を少し揺らしながらぼーっとした。


開けた窓から肌を撫でるかのような優しい秋風が入ってきて、啓の髪も靡いている。それに外から木が揺れ葉っぱがざわめく音が軽やかに耳へ入ってきて、啓は一層眠たくなってきた。このまま何にも邪魔をされずに目を閉じてしまえば…

すると急に強い風がざっと窓を通って入ってきた。啓は反射的に天を仰ぎ目を見開いた。

すると空の方で何かが啓の目を捕えた。白くて小さいものが空で弧を描くように飛んでいるものを。見えた瞬間啓の心臓が一瞬ドキンと唸った。啓は目を凝らしそれが何かを見ようとした。

それは最初右から左に飛んで、八の字を描くようにまた左から右へと飛んでいる。あれはいったい何だ?

最初は飛行機かと思った。形がそれらしきものに見えるように感じる。しかし飛行機だとしたらここまで静かなのはおかしい。何も聞こえないし明らかに軌道がおかしい。ずっと同じところを飛んでいる。だとしたらゴミか? しかしゴミならここまで安定して飛ぶことはできないだろう。第一視界にすら入らない。

ここで啓はふと思い出した。金曜日にみんなと一緒に帰ったとき拓がUFOを見たと言っていた。あの時はまた同じような変梃りんな拓の話だと受け流していたが、もしかして拓はその時同じものを見たのだろうか? ならあれは本当にUFOなのだろうか?

まさか。自分は拓のようにUFOを見たなんて簡単に信じ込むような人間ではない。きっとあれは烏とか鳩に違いない。きっとそうだろう。

しかしなぜ―――見た瞬間不自然に心臓が唸ったのだろう。なぜ姿かたちもよく見えないものにここまで思案しているのだろう。何となくあの物体に惹かれる。何となく見ていたくなる。

啓はただ立ち尽くして教室の中から空を見上げていた。すると一人のクラスメートがやってきて啓に話しかけた。

「中谷くん、塵取り持ってきたよ。ごみはどこかな―――あれ?」

「え? ああ、ごめん。ぼーっとしてて。あまり集めれてないんだ、ごめん」

啓は頭が回っておらずごめんを繰り返すと、その子がふいに聞いた。

「何か見てたよね? 上の方に何かいたの?」

「え? ああ、いや。何でもないよ。ほんとにぼーっとしてただけだから。これもう終わりなのかな? 俺、行くね」

啓はドキリとしながら答えた。再び顔を上げたときには物体はもう消えていた。啓は箒を戻しリュックを素早く拾い上げ、足早に教室を出て行った。

今空で自分が見たものは何だったんだろう? 先週の金曜日、拓は理恵に何度突っ込まれても頑として見たものはUFOだと言い張っていた。その時は何も感じなかったが、今では拓の気持ちが少しだけわかる。今しがた自分が見たものはなんとなく何か普通のモノではないような気がした。しかしあそこまで拓の前で呆れ果てるそぶりをして、その上内心馬鹿にすらしていたのに今から拓と同じような話を沙織や理惠にもするのは中々敷居が高い。このことは話さずに秘密にしておくべきだろうか。あれこれ考えながら啓は階段を降り、げた箱へとついた。靴を履き替えて昇降口へを降りる。するとロータリーの端のあたりになにやら人だかりができているのが見えた。目を細めてその向こうを見てみると―――

「え、救急車?」

啓は思わず吃驚の声が漏れた。サイレンははなっていないが警光灯がちかちかと光っている救急車が目に飛び込んだ。誰かがけがを負ったのだろうか。生徒や教員の間に異様な空気が漂っている。生徒が野次馬をしている中、啓はすぐに三人を見つけて駆け寄った。

「一体何の騒ぎ? どうして救急車が…?」

啓が近づくが早いか、三人に聞いた。すると沙織が不安げな表情と共に答えた。

「うん…今さっき、二組の斎藤さんが運ばれていくのが見えたの…」

啓が「どうして?」と聞こうとしたその時、通りがかった男女の会話が聞こえてきた。

「狂ってる…完全に暴れてたわ」

「薬でもやっちゃったんじゃねーの?」

「―――え、暴れてた? どういうこと?」

啓は通りすがりの言葉に余計混乱して、さらなる情報を三人に求めた。拓が声のトーンを落として答える。

「さっき廊下で突然暴れだしたんだって。その後そのまま意識がなくなって倒れたって聞いたよ。僕たちの知ってる穏やかな斎藤さんが…」

拓は衝撃が走る出来事をうまく呑み込めず、涙声になりながら言った。それを聞き啓も唖然とした。確かに自分も中学の同じクラスになったことがあり、温厚な彼女のことは知っている。

「あんなに落ち着いた子が豹変するなんて…彼女の身に何があったんだろ?」

沙織がどんよりとした空気の中、よく通る声で言った。すると先ほどから黙っていた理恵が口を開いた。

「分からないわね。けど一つふと思い出したことがあるわ、余り関係はないと思うけど」

三人は次の言葉を待った。理恵はより声を潜めて話を続けた。

「新たに確認された感染症の話よ。今朝のホームルームで川口先生もそのことを話してたわ。みんなちゃんと聞いてたかしら?」

「え、今朝川口先生いたっけ?」

拓が間の抜けた顔で耳の疑う質問を繰り出したので、理惠は一瞬堪えた様に目を瞑り息を呑んだが、また誰の何の言葉も聞かなかったかの様に話を続けた。

「ええと―――そのウイルスだけど、感染すると高熱や身体不良の症状が出るらしいの。その他にも感染者の一部に共通した症状がみられて、それが他に類を見ないから最近ニュースで取り上げられていたの。どうやら…感染者の一部は急に奇声をあげたり周囲に攻撃的になったりしているらしいわ。感染者全員がそういうわけじゃないらしいけど、恐ろしいし、そんな感染症初めて聞くわよね?」

理恵は腕をさすりながら身震いして言った。拓と沙織も怯えた顔をしている。

「まさか…?」啓が眉を潜めると、

「いや、分からないわ。ただ思い出したって話よ」

理恵は声の調子を戻して、張り付けたようにポーカーフェイスになった。情報が少なく、あまりに腑に落ちない。ロータリーを見ると救急車が出ていくところだった。


いつもの帰路にたどり着いた一行は先ほどの出来事のことであれやこれやと言いながら歩いていた。啓の心にはまだ感染症への恐怖と不可解な事件に対する消化しきれない気持ちがまとわりついていた。

結局、掃除の時間に謎の飛行物体を見たということは言えずじまいになってしまった。出会ってからすぐに言うことができなければこうして話を切り出すのがとてもハードルの高いことに感じる。ぱっと前を見ると、拓が手洗いうがいがいかに大切かについて拳を掲げながら熱心に語っている。どうやら、「写真、取ってきたよ!」と勢いよくスマホの画面を差し出し、飛行物体の証拠を見せてくることはなさそうだ。そもそもそのことについて土日を挟んで忘れているようにも見える。

時間が経って改めて考えてみると、あれは結局鳩とかそんなところだったように思えてきた。あんなに考えを巡らせていたが今になってだんだんと恥ずかしくなってくる。このことはとりあえずは共有しないでおこう。啓はひとりでにそう思った。


しかしその週、啓の頭は謎の飛行物体に囚われているようだった。授業中もふとそのことについて思い出したし、休み時間の移動中は廊下で空を見上げがちだった。啓が頭の中で飛行物体に憑りつかれているにも関わらず、一方で第一発見者と思われる拓は全く見たことなど忘れているかのようだった。先週の金曜日からそのことについて一切口にしないし、拓は全く暢気なものだと啓は内心腹が立っていた。啓は月曜日から「あれ」を一度も見ていなかったが、見た時の記憶を鮮明に思い出せた。あの八の字を描くような飛行、その後ろに広がる青い空と雲。ばかばかしいとも思えたが、啓はもう一度出てきてくれないかと胸をざわめかせながら日々を過ごしていた。

するとその週の金曜日、予想外のことが起こった。啓が昼休み、トイレから戻ってきている時のことだった。廊下を歩いていると、教室の前で次の授業の準備をしている理惠に出会った。

理惠は教科書を胸に抱え立っていたが、窓から空を見上げていた。啓は声をかけようとしたが理惠はかすかに目を見開いており、その表情には動揺の色が伺えた。啓は何か異変を感じ取り、すぐさま理惠の視線の先を辿って空を見上げだが、もう上には何も見えなかった。すると理惠は近くにいる啓に気づき、ぼそぼそとした声で言った

「あ、啓、今空に何か…」

理惠は何かを言いかけたが、すぐにやめた。いつもの無表情に戻って言う。

「いや、なんでもないわ。今授業の準備をしていたところなの」

しかし啓は何かに勘づいて反射的に言った。

「何を見てたの? 何か見てたよね?」

啓は理惠に近づきながらほとんど責めるように言った。理惠はさらに動揺したようで目を完全に見開いた。しかし目線をそらしごまかす。

「え、何も見てないわよ。ただぼーっとしてただけだから」

「ぼーっとしてただけ?」

しかし理惠はぼーっとしていたわけではない。空の一点を見つめながら明らかに動じていたし、何かを言いかけた。理惠は普段冷静沈着であり、驚きを見せることはほとんどない。そんな理惠があそこまで顔に出ていたのには理由があるはずだ。もしかしたら理惠は…?

「そうよ、ほんとにぼーっとしてただけだから」

同じ言葉を繰り返す理恵に、啓は意を決して言った。

「俺も同じものを見たと思う」

ほぼ自分は頭のおかしい人ですと自白しているようなものだった。しかし啓は縋る思いで言葉をもう一度繰り返した。

「俺と同じものを見たんだ、多分。飛行物体でしょ? 理惠が見つけたのは」

さらに核心に迫ったことを言った。「え、何の話?」と言われたとしても、今更理惠に体裁を気にする必要なんて無かった。

すると理惠が降参するように困り顔で言った。

「ほんと唐突なんだから…でも当たりよ。何か変なものを空に見たわ。空を八の字に飛んでいる物体を。啓も見たの?」

啓は嬉しくて「やっぱり!」と声を上げた。啓が続けて言った。

「うん。多分俺が見たものときっと同じものだ。あれ、一体何だと思う? 宇宙人かな?」

「さあ、さっぱり見当がつかないわ。けどあんなに遠くに浮かんでいるように見える割にあのサイズ感、あれは相当巨大よ」

理惠がそう言うと、啓が顎をさすりながら考えて言った。

「じゃああれは飛行機かな?」

「いや、飛行機なら同じところをぐるぐると飛ばないわ。」

「ならゴミとか塵かな?」

「いや、それなら大きすぎるわね」

「なら拓の地毛証明書かも」

啓がニヤッとしながら言うと、理惠が憤慨した。

「ちょっと! あたしのことからかってるでしょ! 今の質問全部、あたしが拓に言ったものじゃない!」

理惠が怒りながら、同時に少し恥じ入った様子で言った。

「拓に私が見たって言ったらきっと信じなかったあたしを怒るわ。―――これ、拓と沙織にも言うべき?」

理惠は髪をくるくるとしながらばつが悪そうに言った。すると啓が威勢よく声を荒らげた

「ああ、言うべきだよ。意見を求めるべきだ、あれが一体何なのか。四人寄れば文殊の知恵だよ」


その日の帰り啓と理恵は二人に昼休みに見たことを話した。コンビニの日だったので、ぞれぞれホットスナックや駄菓子を買い四人はいつもの公園に立って話していた。二人の話を聞いた拓は声を張り上げて理惠に言った。

「ほら言ったじゃん! やっぱりUFOいたでしょ? 僕の言ったとおりだ」

理惠があり得ない程の早口で「まだUFOとは分からないわ」と訂正すると、啓が拓に聞いた。

「でも拓はこの一週間全然UFOについて言及しなかったよね? 正直もうとっくに拓は忘れてたかと思ってたよ」

「ずっと覚えてたよ! ことあるごとに思い出してたし」

拓が俯いてもじもじとながら言った。

「だけど証拠も何も掴んでなかったし、また言ったところでまた馬鹿話だって片付けられて信じてもらえないのが目に見えてたから…」

「あら悪かったわね」

理惠はつんけんとして言った。拓の前では過去の発言を悔いる様子を見せないようにしているようだ。

「で、理惠はその物体を見たときどんな姿を見たの?」

二人のやり取りを聞いていた沙織が興味津々に聞いた。まだ見ていないのは沙織だけだ。

「だけどね、拓が言っていた『三角形』って、本当にその通りだったわ。聞いたときは何言ってるのかしらと思ったけど、文字通り巨大な縦長の三角形が空にふわりと浮いてたの。」

理惠が続けて夢を見るように言った。

「UFOと言えば円盤型なんだけどね…三角形ならまるで宇宙船が飛んでいるみたいだったわ。それにその飛行物体が目に入った時、動悸を感じたの。心が唸った感覚よ」

「ああ、それは俺もあった」

啓と理惠の言葉を聞いた沙織はさらに興味を示して、次に啓の方に向いて質問をした。

「理惠と一緒のところにいたってことは啓もその時それを見たの?」

「いや、俺が来た頃にはもうどっかに行ってしまってたよ」

啓は本当に残念に思っていた。もう少しトイレから早く出ていればあれを見れたかもしれないのに…

「なら他の人は見たことあるのかな? 他の友達に聞いてみよっかな。 最近三角形のUFOがお空にぷかぷか浮いているのを見ましたかーって」

沙織が興奮した様子で言った。啓は明らかにそれはやめたほうがいいと思った。しかし確かに他の人も見たことがあるのかも気にはなる。ここまで興味をそそられたものは久しぶりだ。より多くの情報を集めたい。


しかし次の週は金曜日の目撃以来、飛行物体の真相解明は進展なしだった。廊下を移動中は、その角度がもはや落ち着いてしまうほど頻繁に首を斜め上に上げて飛んでいないかを確かめてみたし、空をよく観察するためにコンタクトももう一段階高い度数のものを調達した。もっとも、目の悪さが進行していただけかもしれないが。

次の週の水曜日に啓は一度意を決して、何人かのクラスメートに授業中UFOについて聞いてみた。しかし持っている情報が情報なだけに、その意味不明な説明にただ困惑されるだけだった。

「UFOみたいな感じなんだけど、だけど形は三角形で…八の字を描いているんだ。ふわふわ浮かんでて…えっと、見たことないかな?」

「え、見てないかな…飛行機とかじゃないの?」

はじめはみんな、啓の質問に好奇心を寄せるため反応がいいことが多いが、そのあまりの真剣さにだんだんと引いていくのが一連のパターンであった。第一見た人にしか分からない違和感が伝わらないのが問題であった。質問という名の詰問をした後、何人かのクラスメートから何となく避けられているような気がし始めたため、啓は情報収集を諦めた。

情報も何も掴めず飛行物体も姿を見せず、啓の心に不安が募ってきていた火曜日、またもや信じられない出来事が起こった。啓は休み時間、選択科目の音楽からホームルーム教室へ帰ってくるところだった。階段を降り学年のフロアの廊下を歩いていた時、廊下の向こうから甲高く大きな声で叫んでいる声が聞こえた。とても聞き覚えのある声だ。

「あれ見えるよね? 見えないの? なんで!」

人をかき分けて進んでみると、周りのあちこちの人に声をかけて何かを訴えている沙織を見つけた。今は一人のクラスメートの男子に大声を浴びせていて、明らかに動揺している様子だ。

「あれだよ! 空に浮かんでるでしょ? 白くてふわふわ浮いてるのが!」

「え…どこだよ…全然見えないんだけど」

だるそうに答えている男子とは裏腹に沙織はさらに声が大きくなっていく。

「なんで! 結構ちゃんと見えるよ! あのクロワッサンみたいな雲の横あたりだよ!」

沙織はさらに焦って手あたり次第生徒に聞いていた。しかし動揺していたのは沙織だけではなかった。

啓はこの一週間、待ちに待った瞬間に出くわしたようだ。沙織の焦りようからどうやらあの飛行物体を見たんだ。絶対にそうだ。ずっと啓の頭に憑りついて過ごしていた、忘れようにも忘れられないもの。今行けば確実にあれを見ることができる。

啓はロケットのように廊下を駆け出し矢のように走っていった。生徒の何人かにぶつかってようやく沙織がいるあたりに着いた。そして空を見上げると―――


あった。空で八の字を描くように飛んでいるあれを。前に見た時と同じようにふわふわと穏やかに飛んでいて、しかし前よりも近づいているように感じる。大きな青い空を自由に飛び回り、後ろにはうっすらと満月の月が見えている。

啓はどっと頭が揺れるような感覚に陥った。鼓動が早くなり興奮が隠し切れなかった。また見ることができたんだ。前はあれが一体何なのか分からなかったが今度ははっきりと知りたい。度数の上げたコンタクトを着けた目で啓が飛行物体を張り付いたように見ていると、またもや大きな声が横から聞こえてきた。真横に啓がいることなど全く気づいていない様子で、沙織は声を上げながらポケットをガサゴソと漁っている。

「待って! 今スマホであれの写真を撮るから。一緒に見て!」

沙織はぱっと取り出したスマホを飛行物体のいるほうに向けて写真を撮ろうとした。しかしとんでもない光景が目に入った。

確実に物体に画角を向けているのに、スマホの画面にはなんと物体が写っていなかった。あるのは青い空とクロワッサンの雲だけだ。

「え、どういうこと?」沙織はあまりの驚きに声が震えた。

方向を間違えたかと思い沙織はスマホを視界から外し肉眼で空を見た。するとさっきと変わらずぷかぷか浮かんでいる物体が見える。またスマホを物体に向け写真を撮ろうとした。しかしまたもやスマホの画面には物体が写らない。沙織はスマホと肉眼を交互に使って物体を見た。

肉眼では見える。スマホでは見えない。見える…見えない…見える…見えない――

「えええ!!!」

啓と沙織は同時に最大級の野太く大きな声で叫んだ。驚きのあまり、ほかに言葉も出ない。横から自分が出したのと同じような大声が聞こえたために、沙織は横を見て、ようやくそこに啓がいることに気が付いた。

「啓! いたんだ! 啓もあれが見えるの? 見えるんだよね?」

沙織は哀願するように啓に聞いた。しかし啓が答えようとしたその時、なんと近くに中村先生がやってきた。デフォルトである眉間に皺を寄せた怒りの表情だ。

「おい、お前! 何スマホで撮ってるんだ! 学校の敷地内は使用禁止だぞ!」

中村先生はブルドーザーのように大声で勢いよく近づいてきた。いつもなら沙織でもこの中村先生の形相には怖気づいて何も口答えしなかっただろうが、今はそんなことは関係なかった。沙織はひるまずに中村先生に必死で訴えた。

「今、空にUFOらしきものが見えたんです! それを撮ろうとして。ほんとです! いたんです! 信じてください!」

「はぁ? UFOがいた? 何言ってるんだ?」

中村先生は手を腰に当ててほとんど呆れたように言った。しかし声のボリュームは変わらない。

「小学生でももっとましな言い訳を考えるぞ。第一UFOがいたとしてもスマホを使ってもよいわけではない!」

「八の字を描くようにあの雲の近くを飛んでいたんです。ふわふわと。でもスマホで撮ろうとしても写らなかったんです。まるで透明になったみたいにスマホの画面には映らなくて―――」

中村先生の説教もお構いなしに沙織は飛行物体の説明を続けていた。先生は沙織のその奇天烈具合に困惑し、もはや叱る次の言葉が見つからないようで途方に暮れていた。すると急に沙織はすぐ横にいる啓に向かって言った

「啓も見てたんだよね? 一緒に叫び声をあげたんだから! ねえ啓、お願い。何か言ってよ! どんな姿だったとか、特徴とか!」

急に話を振られた啓は心臓が飛び上がったように感じた。確かに今自分は空の彼方に飛行物体がいるのをこの目でしっかりと見た。その上、スマホの画面にはそれが映らないという現実にはあり得ない現象も目の当たりにした。しかしこの状況で沙織の肩を持つのは些か危険がすぎる。今や廊下にいるほとんどの生徒はこちらを見ていて、沙織の話を面白がっている様子だ。自分も見たなんて言うと自分まで頭のおかしい人だと思われるだろう。罰則も食らいかねない。だけど沙織を見捨てるわけにはいかない。何と答えるべきだろう。

「一体全体、こいつは何を言っているんだ?」

中村先生は啓に向かって言った。啓は次の言葉を必死で考えた。

「えっと…」


「ほんとにひどい! 啓ったら、ほんとにひどいよ!」

帰り道、沙織は歩きながら非常に憤慨していた。啓に向かって吠え続けている。

「なんで、何も言ってくれなかったの! 『ちょっと、よくわかんないですね』なんてさ! ひどすぎるよ!」

沙織は大げさに馬鹿っぽい口調で啓のセリフをまねした。啓が肩をすぼめながら申し訳なさそうに言った。

「あそこで俺が何言っても信じられなかったよ。本当にごめんって。許してよ」

「ほんとにひどい! あそこで手を差し伸べるのが友情でしょ? おかげで反省文の罰則だよ!」

拓が「反省文は啓のせいじゃないよ」とぼそっと言うと沙織は拓を睨んだ。沙織がここまで怒っているのを啓は初めて見る。しばらくは許してくれなさそうだなと思った。何か次のコンビニの日ではおごってあげることにしよう。

「でも、いよいよおかしなことになったわね、みんな?」

理惠はひとり落ち着いた口調で言った。顎を触りながら神妙な顔つきをしている。

「沙織、スマホにあれが映らなかったって、本当の本当なのよね?」

確認のために理惠は何回もした質問を再度沙織に聞いた。

「うん。本当だよ! 確かに映ってたはずの画角なのに何も映らなかった。疑うなら『この人』にも聞いてみるといいよ」

「この人」という言葉に最大の軽蔑を込めて沙織は啓を指さした。一瞬ズキンと心が唸ったが啓は言葉を続けた。

「確かに、何も映らなかった。本当に信じられないけど、確かにこの目で見たんだ。しかも他の奴らも全然見えてない様子だったよ」

「ああ、本当にあり得ないわ。スマホに一切映らないし、みんなが見えないなんて。だけど二人も証人がいるものね」

理惠はおかしな話に信じ切れていなかったがいつも真面目で勤勉な啓がほらを吹くわけがないと話を割り切っているようだった。

「そんな科学的にあり得ないことが起こるとか、もはや本当にUFOでもおかしくないよね?」

拓の言葉に理惠の口が少しごもった。前にあれほど頭ごなしに拓の話を否定していたのに今は反論する言葉もないようだ。もはや起こった出来事から拓の意見を認めるしかない。

「ええ、そうね。UFOか何かの可能性もあるわ。人間の技術や文明を超えているものね。スマホだけに映らないように空を飛ぶなんて聞いたことないもの」

理惠の言葉に拓は声を上げて喜んだ。自慢げになるよりむしろ意見が認められて嬉しそうな様子だ。

「とにかく、あの飛行物体についての情報を集められるだけ集めたいわ。ネットとかでも調べて同じようなものを見た人がいないか探してみるのよ」

理惠の言葉に三人は大きく頷いた。今や四人は超科学的な飛行物体という未知のものに遭遇して最高潮の興奮を感じていた。理惠は前よりもさらに神妙な顔つきなっていたが、それが気持ちの高揚の裏返しだと啓は感じていた。何としてもあの正体を知りたい、突き止めたいという決意が四人の中で日に日に増した。

次の週の水曜日、帰り道で啓は今日入手した情報を共有していた。

「今日クラスメートの一人に聞いてみたんだ、いつもの質問を。そしたらその子、昨日くらいに見たかもって言ってたんだ」

この発言に三人はえっと声を上げた。

「他の人も見ることができるの? てっきりあたしたちだけかと思ってた。」

沙織の発言に他の三人も頷いた。しかし啓が慌てて言葉を付け加えた。

「でもその子が同じのを見たとは限らないけどね。しかもその子、俺たちよりあまり見たものに興味を持ってなかった。ただ一つの話のネタみたいな感じだったな」

そのクラスメートと話した時、その子のあまりの暢気さに啓は内心苛立っていた。ことの重大さをわかっていないようだった。一瞬スマホに映らなかったあの事件を話してやろうかと考えたが、信じられずに笑われるだけだと思いやめておいた。

「僕さ、他の人が見れてるのか知りたくてネットで調べてみたんだ」

拓が話を切り出すと沙織が割り込んだ。

「私も! でも検索しても出てこないしどういうワードで調べたらいいか全然わからないんだよね」

確かにこの調べ物はパブリックサーチがとても困難なことに啓は気づいていた。思いつくワードと言っても「白い」「ふわふわ」「飛行物体」などだけで、検索には何も引っからない。しかも見た人によって感想や印象も違い、それによって言葉も変わってくるだろう。

「でもね、「UFO」っていうワードで検索したら結構出てくるんだ。一か月くらい前からと、よく分からないけど八か月前にも急にたくさん呟かれてる。ほら見て―――」

拓が差し出したスマホの画面には飛行物体に関すると思われる投稿がいくつもあった。どれも「UFO見たかも」というような個人のつぶやきだ。しかし結構な数といっても合わせてせいぜい十数件程度だ。

「あとね、あの飛行物体って意外と広範囲を飛んでるかもしれないんだ」

拓の言葉に三人はキョトンとすると少し自慢げに拓は説明した。

「検索を英語圏にも広げてみたんだよ…ほら、僕って英語得意でしょ? そしたら日本と同じような投稿が何件もあったんだ。しかも同じようなエリアで。」

再び拓はスマホを差し出しながら話を続けた。

「ほら、こっちはシンガポールの都市で同じ時期に何件もUFOを見たって趣旨のつぶやきがある。アメリカのどっかの州でも同じことが起こってる… これ、みんな僕たちと同じもの見てるとしたすごくない?」

拓は目を輝かせながら元気よく言った。しかし理惠の次の言葉でたちまち拓の心はしぼんでしまった。

「まあ同じくらいの確率で全くの見当違いってこともあり得るけどね」

「でももしそれが本当ならもっとネットを調べてみる価値ありじゃないか?」

啓は腕を組みながら真剣に言った。飛行物体についての情報源が他にあるなら使いたい。もう他のクラスメートに避けられるのはごめんだ。

その週は二回ほど飛行物体の存在を確認した。火曜日、沙織は午前体調を崩してしまい保健室から帰っていたところ空に浮かんでいるのが見えた。また金曜日、啓が日直の掲示を確認しに行くときにも渡り廊下から見える空にあの飛行物体は浮かんでいた。三角形の輪郭は徐々にはっきりとしてきたし、空に浮かんでいるとすぐに見つけられるほどだった。しかし二人は見たとき他の人は授業中だったため、他の人に確認してもらうことができなかった。まるで四人以外に存在を知られたくないかのようだった。

次の週は三日に一回遭遇した。だんだんと見つけるスパンも短くなってきて、学校が休みの日も見るようになっていた。拓曰く、土曜日の朝方に家の庭を寝ぼけてパンツ一丁でうろついていたところ朝焼けの空に飛んでいるのが見えたらしい。啓と理恵はこの話を聞いて本当に拓は飛行物体を見たのか怪しんだし、沙織はむしろそれよりも、「朝方にパンツ一丁で庭を横行闊歩」という情報に釘付けになっていた。

その次の週は二日に一日の頻度で見るようになった。月曜は啓が発見したが、見たときまたもや頭がどっと揺れる感覚に襲われた。水曜、金曜に見た拓と理恵も同じく奇妙な感覚になったと語っていた。見慣れるどころかむしろより心拍数が上がるばかりだ。その次の週もその次の週も、啓たちは紙飛行機の存在を確認した。今や四人の帰り道では毎日飛行物体について話題が上がっていた。


「確かに沙織は今日見たのよね?」ある日の帰り道、理恵は歩きながら沙織に聞いていた。

「うん。確かに見たよ…」しかし沙織はぼそっと答えた。その日の沙織は全ての言葉にあまりハリがない。元気がないというよりは何か思案している様子だった。

「今日の見た時の脳の揺れはどんくらいだった? ドクン!って感じだった? それともゾクン!って感じ?」

拓は腕を体の前で振りながら三人の前を歩いている沙織にお決まりの質問をした。

「うーん、今日の眩暈はいつもより激しかったかな。わずかだけど近くなった気がするし…」

沙織の返答はなおはっきりしない口調だった。すると、

「ねえ、あたし思ったんだけどさ」

沙織が拍子抜けに言葉を放った。そして後ろを歩いている三人に振り返ってその場に止まった。

「もしかして、あれってさ―――」

沙織は再び深く考え込むように眉をひそめ、そしてはっきりと言葉を言い切った。


「あれって、紙飛行機…じゃない?」

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