第3話 デコルテ・タトゥーと二人羽織り
「ミサキ、ツバちゃんのデコルテのタトゥーの文字、英語、あれ読める?」
「え?」
『I belong to the Dragon. The Dragon sleeps wrapped in wing.』
「意味はね『私は龍の所有物。龍は翼に抱かれて眠る』って胸に堂々と書いてあるの。あの子の、りゅーさんへの想い、ヤバいのよ」
ミサキの隣、反対側の嬢、チナも割って入った。
「あの二人は『二人で一人』……二人羽織りだからね」
「どっちも前だし、どっちも後ろ。共依存ってヤツ?」
店の女たちが小さく笑う。
冗談に変えて、空気を救う。
でもミサキには冗談に聞こえず、すこし悔しさを滲ませていた。
――事務所。
「ツバ、なかなか意味不明だったな」
「でも、誰かに抱きしめてほしい時ってあるじゃん?」
龍太郎にもたれ掛かったツバサは首を傾げる。
「龍ちゃん、あたし以外の女の子には雑でしょ。フォローも私の仕事」
「あぁ、助かるよ」
嬢の一人が事務所に顔を出す。
「ツバちゃん、髪のセットお願いしてもいい?」
「うん、いいよ。――どうする?SNSでカワイイの見つけたんだよね~」
「ツバちゃん、本当メイク上手だよね。全てにおいて、女子力高すぎてマジ死ぬんですけど~」
ツバサは嬢と笑いながら、控室へと消えた。
しばらくすると事務所をノックする音がした。
「……ねえ、龍さん」
ミサキだった。
「私、アイツと別れたい」
うつむくミサキを一瞬の沈黙が部屋を包んだ。
「……オレがどうこう言うことじゃないけどな。女、ケガさせるようなヤツとは離れたほうがいい」
龍太郎はペンを置いて、ミサキと向き合った。
そっけないのに、ミサキには何よりも染みた。
「……怖いの。でも、優しいから離れたくない自分もいる」
ミサキの唇が震える。
「……お前、それがDVだぞ、わかってんのか」
ミサキのドレスを掴む手がきゅっと絞られた。
「やっぱそうなんかな。友達にも言われたけど……。でも寂しいんだって。アイツにそんな想いさせちゃってる私も悪い気がするんだ……」
「……それがやり方なんだよ。すこしの優しさと強烈な痛みで相手を縛る」
龍太郎は短く言って、手書きのメモを渡した。
龍太郎の携帯電話の番号だった。
「ミサキ。何かあったら、すぐに連絡しろ。時間問わず」
「……龍さん」
「分かったな?一人で何とかしようと思うな。それでダメになった女をたくさん見てきた。お前は店の女、つまりは俺の女だ。言うこと聞け」
ほほ命令みたいな言い方。
「龍さん、強引ー」
ミサキは少し笑って、頷いた。
「……そうだよね、一人じゃない。仕事は笑顔で頑張るね」
龍太郎は無言で頷いて、ミサキの背中を見送った。
その様子を廊下で聞いていたツバサと事務所を出てきたミサキが顔を合わせる。
そして、ツバサはニコっと笑って、ミサキの耳元で囁いた。
「ミサキちゃん。恋は止まらないよね」
ミサキが顔を上げる。
「ち、違うッ!盗ろうとかじゃないよ……ツバちゃん、怖い」
「うん。怖いよ」
ツバサは笑ったまま言う。
「だって私は龍太郎がいなくなったら壊れるから」
ミサキの顔色が変わる。
「こ、壊れる……?」
「そ、あたしは龍太郎のもの。龍太郎はあたしのもの。龍太郎が望むことは何でもする。龍太郎がいなくなった日が、私の死ぬ日。だから壊れる」
ツバサは優しく続けた。
「だからね。ここでは、みんなルールを守って。守れない子は——そっといなくなる」
ミサキは息を呑んだ。
「でもね、誰かが龍太郎に恋するのは好き。だって、私が愛してる男が世界に愛されてることを実感できるから……」
「だから、違うって……、彼氏の相談しただけ……」
一瞬、目を逸らしたミサキだったが、女としてのプライドが立った。
「――でも、ちょっと気になってるのは確か」
「ふふ、ありがと。でも、ミサキちゃんはまずDV男の対処だね」
その言葉がミサキの琴線に触れた。
「私、ツバちゃんに負けないからッ! だって、ツバちゃん――」
「おい、店開けるぞ。さっさとエントランスに並べ」
龍太郎がぬっと顔を出して、話を遮った。
「は、はい……」
ミサキは振り上げそうになった拳を抑えてくれた事に少し感謝した。
ツバサはミサキの肩をポンと叩いた。
「――大丈夫。仕事、がんばろ」
「……あ、あの。ツバちゃん、ごめん……変なこと言おうとした。私、最低だ」
「いいよ。ミサキちゃん、いい子なの知ってる。あたしもごめんね」
もう一度、今度はミサキを抱きしめた。
「……龍ちゃんが大事にしてる店の子を泣かす男は、あたしの敵でもあるんだよ」
ミサキはすこし目が潤んでいたが、ニコッと笑って「仕事頑張るね」と言い残し、ホールへ出た。
龍太郎は無言で二人を見つめ、ツバサの肩に手をやった。
「……ありがとう、龍ちゃん」
ツバサがそっとその手に頬を預けた。
愛も憎も欲も虚栄もすべてを飲み込んだ煌びやかな夜が幕を開ける。
鼻腔を刺激する艶やかな夜の華の香りがホールを満たす。
その裏側、仕事の電話をする龍太郎の膝の上で、ツバサは優しく笑っていた。




