嘘でも好きとか言ってほしい
薪割りから無事に逃れたトウニとレン。
2人は予定通りモーフトンへと向かっていた。
旅の最中レンはトウニに課題を与え、トウニは適度にレンの言いつけを守っていた。
今2人は次の最寄りの町であるシーツに向かっていた。
薪割りから逃れ数日。
トウニの訓練は継続して続けられたが、レンはトウニの戦闘に関する素養はほぼ絶望的である判断していた。
刃物は斬るものであると教えても毎回叩きつけるように振るうので進歩がなく、そのうち駄々をこねて投げ出す始末。
子供か、と思いそれならばと叱りつけるが言うことを聞かない。
最近は訓練を行おうとするといつの間にかトウニはいなくなっていることが多くなった。
「まったく。こういう勘だけは鋭いな。ああ、素養といえば逃げ足は速いか。逃げ足と言うか、相手の意図を察知し妨害することに長けている。こういうとすごく出来た諜報員だな。だがそれが、そう。自分の身の危険を感じた時でないと発揮されないことが問題なのだ」
トウニが逃げてもすぐにレンは見つけ出してしまう。
そのため彼はあまり遠くに行かず近くの、例えばこの川原などでぼんやりすることにしていた。
「ここにいたか」
「どもっす」
「さあ、訓練だ」
「この水はどこから来てどこに流れるのだろうか」
「上流から来て下流に進みどこかで池のように溜まっているのだろう。さ、やるぞ」
「哲学な感じだったのに」
「考えたのだがお前は戦わなくてもいい。まずはその逃げ足を活かして生き残ることを考えろ」
「それもっと早く気づいてほしかったです。自分は棒を振り回すような才能ないですから」
「そう拗ねるな」
「ふん。そういえばレンさん最近髪結ぶこと多いですね」
「ああ、大分伸びてきたからな。邪魔なんだ」
「切っちゃえばいいのに」
「髪型は印象を変える常套手段、長い分にはいいんだ。短いとどうにも出来ないからな。坊主にしたら逆に目立つし、嫌だし」
「そっか。自分も伸ばそうかなー」
「やめとけ」
「なんで?」
「似合わん。考えるだけ無駄だ」
「憧れるくらいいでしょ!」
「よし。その怒りを私にぶつけてこい。さ、訓練だ」
「さっき逃げ足鍛えろって言ってたのに」
「そうだったな。じゃあ、襲い来る私から上手に逃げろ」
「それが出来たらこんな川原でボッチしてないっすよ!」
なんだかんだでシーツにたどり着いた2人。
いつものように宿を取り夜まで待機だと言うレン、出歩きたいというトウニ。
そして今回、ついにトウニの怒りが頂点に達した。
「ああしろこうしろって、なんでそんな細かいことばっかり言われなきゃいけないんだ!よく考えたら魔王にだって別に忠誠誓ってるわけじゃないし!」
「ようやく気づいたか」
「自分はレンさんの道具じゃない!」
「トウニを道具扱いとはな。バレていたか...」
勢いよく出てきたトウニ。
この先どうするか、特にあてはない。
しかし今までちゃんと考えて生きてきたことはないのだから問題はない。
思うままに生きていけばいい。
適当に。
通り過ぎる人達の談笑する声がなんだか自分をバカにしているように感じる。
つい睨みつけるが相手はそもそもこちらを意識していないから気づいていない。
それが一層トウニの心を苦しく虚しくさせた。
レンのもとにいたら自分はまともになれるかもしれない。
だがそれは自分の望む姿ではない。
どうすればいいのか、良かったのか。
答えのない問題にとらわれるとただ無用に苦しみ辛くなる。
なぜなら答えがないのだから。
人生はそういうことを何度も経験しなくてはならない。
だから自分は避けてきた。
トウニはそこまでは考えたが、そもそも頭を使うのがよくないのだと気づき気の向くままに過ごした。
トウニが立ち去った後、レンは1人考えていた。
追うか、それともこのまま放置するか。
追うならいくつか決定的な決断を迫られる。
トウニが魔王軍に戻らないと答えればその場で斬り捨てる必要もある。
戻るとしても今後の方針を改める必要があり、その案がなければ追っても無駄だろうし今回のことはいずれまた起きる。
では放置すればいいのだろうかと思案する。
しかしトウニのことだ、いまごろ適当に生きていけばいいとか思っているに違いない。
そうなれば戻ってくることは期待出来ないだろう。
戻って来るとしたら、せいぜい金策として。
戻ってきた場合やはり先程のトウニへの接し方というものが問題なる。
「あー、面倒だな。部屋にいると気が滅入る。トウニにはああ言ったが外に行くか。人気のないところなら問題ないだろう」
宿から出て屋根伝いに低く素早く飛び移る。
こうしてスピードに乗って動いていると気分がいい。
嫌なものを後ろに取り残していっているような心地になる。
もっと先へ。
そうすれば何もない未来へ行ける。
煩わしいことのない世界へ。
そんな錯覚を覚える瞬間があるのでレンは走るのが好きだった。
余計なことを考えなくていい。
「このあたりなら誰もいないか。はぁ。人の街にいるとそれだけで疲れるな。あいつのように自由でいられたらさぞ気が楽なのだろうな。ふふ、少し憧れる」
「あら、それなら自由にしてみたらいいんじゃない?」
咄嗟に剣を抜こうとしたレンだが衝動的に出てきたため持ってきていなかった。
護身用のナイフは常に持っていることを思い出し構えながら背後を振り返り相手を確かめた。
トウニと共にいたためなのかだいぶ気が緩んでいた、そう反省するレンが正面に見据えた相手はやたらとキラキラ輝く金髪の長身の女性であった。
軽く腕を抱えるように組んで何気なくレンを見ていた。
「どうしてこうもバケモノ達に会うのだろうな。これもあいつのせいか」
「初対面だけど私のことわかるのね」
「それはそうだろう、有名人だからな」
「そうなのね。私はあなたを知らないけど魔王軍の関係者なのはわかる」
「匂いか?それなら私は今まで多くの」
そこまで言ったところで薪割りに通用しなかったことを思い出した。
「いや、なんでもない。お前達バケモノの前では無駄なのだろうな」
「私達の呼び方もそうだけど、バレバレよ」
「そんなに匂うのか?」
「ええ」
「そ、そうか。水場を探してちゃんと毎日洗っているんだが...私そんなに臭うかな...」
「体臭というより別の何かね。五感の嗅覚というよりももっと直感的な感じ」
「なるほど。よかった...それで、金色の妖精に見つかったからには私は殺されるのだろうな」
「どうしようかしら」
「ふん、迷うなら見逃してくれてもいいんだぞ。しかしなぜ私に気づいた。いくらバケモノといえど早々に見つけられるような行動はとっていなかったはずだ」
「そうね。見事な身のこなしだと思うわ。戦いよりも潜入とか、暗殺とか。私は嫌いだけど。偶然目に入ったのよ。視界の端を凄いスピードで通り過ぎるものがあったら追ってみたくならない?」
「なるかな?ふぅ、つくづく気が抜けているようだな私は」
「ふーん、あたなの外見って本当に人間そっくりね。何か細工しているの?」
「何も。なんせ私は人間だからな」
「なーるほど、納得。聞きたいことも聞けたしもういいかな」
レンは何かこの場を打破する方法を考えていた。
どうすれば金色から逃れることができるのか。
戦ったところで負けは確実、では交渉できる相手だろか。
見込みはないだろう。
自分には交渉に使える材料がない。
トウニなら自分の能力をだしに猶予を作ることもできるかもしれない。
どうにもならない。
いつかこの時が来ることを覚悟はしていたが、いざその時になってわかることがあった。
覚悟とは理性で決めるものであり、必要となった際に感情をコントロールできなければ結局は無用のものなのだと。
「万策尽きたか。こうなれば諦める他あるまい。もういい、好きにしろ」
「潔いのね、そうさせてもらうわ」
「おい。最後に1つ聞かせてくれ」
「いいわよ。何かしら」
「お前の噂を聞く度にずっと気になっていたことだ」
「もったいぶらず言いなさいよ」
「その髪、なぜそうもキラキラしてるんだ?」
そう聞くやいなやレンに掴みかかる金色。
バカにしていると受け取ったのだろう。
がっしりと肩を掴まれたレンはこれで終いかと覚悟を決め、キラキラが辛いので目を閉じた。
「このキラキラに興味があるのね!いいわ。教えてあげる。あなた魔王軍の人だしね」
「ん?どういうことだ」
「このキラキラはある特殊な整髪料で光を反射しているの。きれいでしょ」
「あ、ああ」
なかば冗談半分で聞いたことだったのだがどうもアタリだったらしい。
死を覚悟したが意外な反応に驚きを隠せずもうどうにでもなれ、あーなんかトウニみたいで嫌だなと思いつつ流れに任せることにした。
「これはね、虹色の対策として開発されたものを流用してるの」
「虹色?あー、バケモノの1人か。確か光を自在に扱うとか。おい、それ魔王軍が開発したものじゃないのか」
「そうよ。研究してる場所に偶然押し入っちゃったのよ」
「それを奪い使っているわけか。その場にいたものを皆殺しにして」
「いいえ、みんな生きてるわよ。作り方なんて見てわかるわけないじゃない。あの液体を見た瞬間に私のインスピレーションが煌めいたの。これだ。わたしが追い求めていたものはこれなのだって」
「えーと、それで?」
「で、その場にいた魔王軍のみんなを雇って整髪料の開発を行ってもらっているわ」
「つまり魔王軍と共同開発していると?」
「共同というより私は出資者ね」
「魔王軍とみたら構わず殺すのかと思っていたのだが」
「使えるものは使う。嫌悪感があるから殺すなんてことしてたら私はほとんどの人間を殺しているわ」
「それで、私をどうするんだ?」
「ふふーん。私の好きにしていいのよね」
「ああ、たしかにそうは言ったが...おい何をする気だ?」
思うままに過ごそうと決めたトウニだが、レンとの訓練に慣れてしまったのか何かしていないといけない気がして落ち着かず、結局人気のないところまで来ていた。
トウニとしてもこれまでとは違う状況であり、自分がそれに対応しないといけないことは理解していた。
しかしこの世界に来てから今日までの出来事の多くは、そもそも関わる必要がないことばかりに思えてならなかった。
従わなければ殺す。
そう脅されて今に至るのだ。
なのに違和感なく過ごしていた自分の適当さに我ながら少し呆れていた。
更に最近の自分の言動を振り返るとどうにも子供じみており思い出すと恥ずかしくなる。
そのなことを思う彼は悶々とぼんやりしていた。
「ん?おいトウニ。ここで何をしているんだ」
「レン、さん?いやぁレンさんがここに来るだろうとビビッときまして」
「なにこの子」
「連れだ。今朝までの」
「そんな事言わないでくださいよ。自分も大人げないこと言ったって反省してたんすから。ところでそちらのどこかで見たことがあるようなやたらキラキラしてる金髪さんはどちらさんで?というかレンさん髪切ったんすね。で、何より気になるのはなんでそんなに負けじと髪キラキラしてんすか」
「う、うるさい!」
「いいでしょー」
「そすね」
「仕方がなかったんだ。従わなければ殺すと脅され、されるがままで...」
「長くて傷んでたから切り揃えてキラキラにしてあげたの」
「へー。つまり自分と同じ立場になったわけっすね。へへへー、今どんな気分すか」
「くっ、こいつら殴りたい。あ、よく考えたらトウニは別に殴ってもいいのか」
「いいわけないでしょ。暴力反対っす。ぼうりょくはんたいっす!」
トウニのおかげで少し気が晴れたレンは今後の方針を彼に話すことにした。
「私もお前のことをいじめすぎたようだ。気をつける」
「今まさに過激な事しといてどの口で」
「今後はある程度自由にすればいい。だが最低限の訓練は受けてもらう。お前の能力は未知数だから慎重に育てたかったんだ。すまなかったな」
「未知数っすか?壁に張り付いたり髪逆さにしたり、斧を空に飛ばしたり...?」
「この子そんなにすごい能力なの?」
「それがわからないから慎重になっていたんだ。あの薪割りもこいつには興味を抱いたようだったしな」
「へー、あいつが」
「興味が湧いたか。そうだ、なんなら金色に預けてもいいぞ。その方がより従順になるだろうし私では対応できないような状況でも対処してくれるだろう」
「でも今は弱いのよね?ならいらな、今はまだ私が出る幕ではないわ」
「いや。遠慮するな。私の命はお前が握っているんだ。ならその私が管理しているものを管理するのはお前のやるべきことだ。嫌なら私から離れろ」
「なんか屁理屈言われてるような」
「そんなことはない。上に立つ者の責務だ。受け入れろ」
「うーん。何、彼のこと嫌いなの?」
「そういう問題ではない。責任の問題だ。頼んだぞ金色」
「自分の押し付け合い...レンさんには嘘でも大切な仲間とか口にしてほしかったっす」