薪割り
目が覚めるとそこは見知らぬ宿。
そう思いたいトウニであったが期待は外れ、側にはレンがいた。
すぐさま臨戦体制へと移行したトウニ。
「おはようございます。レンさん」
「トウニ。訓練を始める」
「へ?訓練ですか?何するんです?」
「戦闘訓練だ。外にいい場所がある。行くぞ」
「今からすか?昨日は危険が危ないって」
「ざっと見たがルートを選べば特に問題ない」
そういうとレンは素早く行動を開始した。
前を行くレンは走っている感じもなく移動しているのだがどういうわけかとても速い。
必死についていくトウニ。
ちょっとバタバタと走っても仕方がないよな、などと考えながらついていくと時折レンに睨まれ静かに走ることを心がけた。
レンが立ち止まった場所は山の入り口に近い木々の中。
そこに少し開けた場所があり、なるほどここで訓練を行うのかと察しがついた。
「ぜぇ、はぁ、あ、あの休んでいいすか、マジしんどいっす」
「ダメだ始めるぞ。ああ、途中物音を立てて走っていたな。あれはNGだ。静かに走れ。それも訓練の一つだ」
「スパルタじゃん」
「よくわからんがとにかくついてこい」
「はぁ、死にそう。今から何を?」
「まずお前に何ができるのか確かめる。今持っている技能、素養。それを見て今後の訓練の方針を決める」
レンはトウニの特異な能力を把握するため訓練と称してここに呼びつけたのだった。
当面はじっくり育てることにし、今はまず壁に張り付くという認識のままでいさせ、応用に結びつくことはやらせないことにした。
勝手に育たれては困る。
手に負えなくなれば最悪始末しなければならない。
「まず体力。これはさっきのでわかった。知力、高くはないが機転が利くことがある。あとは技能だな。お前に可能性があるとしたらここだ」
「壁に張り付く以外できんすよ」
「素養も見ると言っただろう」
「素養ねぇ、なんかあるのかな」
「色々試してみろ。何かあるはずだ」
「うーん、これをこんな感じで」
「ん?何をしているんだ」
「張り付きパワーで...そうだ!お、できたっぽいぞ。あはは、どうすかこれ、髪の毛だけ逆さっす」
「お、おお、お前、上手に一発芸なんかしなくていいんだぞ」
トウニは放っておくと変に応用を身につけてしまうことに気付くレンであった。
「さ、さて素養をみよう。その辺にある枝を取れ。自分が使いやすいと思うものでいい」
「これかな」
「よし、構えろ」
「こんな感じかな」
「なんだその構えは。隙だらけじゃないか」
トウニは歌舞伎の見得を切るポーズをとっていた。
このポーズが何か知らないレンからすると不可解でしかない姿であった。
「かっこいいっしょ」
「真面目にやれ。お前って反省してもその場限りだよな。ほんと適当だ。まずはそこを直さんとな」
「へぇ、ですがこれは性分でして」
「その軽さが柔軟な思考につながっているのかもしれないと考えると、うーん悩ましい」
「へへへ、適当さのない自分なんて自分じゃないっすよ」
「一旦そのままでいいか。しかしムカつくから直したい」
「それは人権侵害っす」
「くっ、殴りたい。そうだ、修行だトウニ」
「修行と称して殴るつもりでしょ!その手には乗らんすよ」
「安心しろ、優しく教えてやるから」
「自分としては優しくやったつもりとか言っておもいっきり殴るんでしょ!そんなのわかってるんすよ!」
「こういう時だけ妙に勘がいいな。野生動物か」
「まったく。虐待じゃないっすか」
「やれやれ、気が抜けてしまったな。仕方ない、休憩するか」
「いいすね。じゃあとっておきのこれを」
「ん?なにを持ってきたんだ」
「串焼きっす」
「好きだなそれ。おいトウニ、この串焼きどこで手に入れたんだ」
「知らないんすか?マックラーのオーサキ串焼き店」
「いつ潰れてもおかしくないような店だな」
「そすね。味もちょっと微妙。レンさんも一本どうぞ」
「ふむふむ。たしかに微妙だ。最前線の串は美味しかったな」
「でしょ!あそこの店主は年配の爺さんなんですけど長年の技があるとかでめっちゃうまいんすよ。串焼きのうまさも最前線!なんちって」
「へー、あんたら最前線から来たのか」
突然背後から話しかけられたレンは本能からか剣を抜き、振り向きざまに相手の首を跳ねるつもりで振り払った。
しかしその切っ先は背後に現れた男の鉄甲に阻まれ目的を果たせなかった。
「いきなり危ないな」
「レ、レンさん何やってるんですか!」
レンは剣を引きつつ距離を取る。
「トウニくんだっけ?この人いつもこうなのか?」
「そうなんすよ、背後に人が来ると振り向きざまに首を跳ねる癖がありまして」
「そんな奴に剣持たせるなよ」
「いやぁ、剣がないと情緒不安定になって刃物を探しさまよい襲いかかる病に」
「凶器より危険な狂気だな」
「さ、レンさん、剣しまいましょ」
「アホは黙っていろ」
彼女は未だ剣を収めず、その男と対峙していた。
気配なく現れたその男が構えているのは戦斧。
シンプルで飾り気はないが質の良さを感じさせる鈍い輝きを放っている。
レンはこの男を知っていた。
話としてではなく、かつて調査対象として追っていたのだ。
「ほんと、どうしたんすか」
「お前は最前線では本当に何もしていなかったのか。いい加減呆れるな!」
「また有名人?」
「ああ、そうだ有名人だ!こいつは魔王軍、五大将軍の1人を真っ二つに叩き割ったバケモノだ。通り名は薪割り。黒墨と双璧をなすとも言われるバケモノの王の1人だ」
「俺はそこまでじゃないさ。黒墨ちゃんに勝てるほど強くはないよ」
「その薪割りさんが何の御用で」
「ああ、君は彼女とは付き合いは短いのかな」
「お付き合いはまだ」
「ボケはいらん。このバカ、いちいち答えるな」
「まぁ短いんだろう、トウニくんからは感じないからな。レンだったね。君、魔王軍のものかな。奴らの匂いがする」
それを言われた場合、レンはお決まりの対応法を持っていた。
落ち着いた様子で彼女は剣を収めながら言った。
「そういうことか、いつも言われるよ。奴らを斬り続けていたからな。匂いがこびりついているんだ」
「違うな」
「何が違うと言うんだ」
「斬り続けたような血なま臭いものじゃない。それそのものだ。まるで奴らそのもの」
「そんなものがわかるのか?異常だな。さすがバケモノ」
「ははっ、そのバケモノという言い方。それは主に奴らくらいしか使わないんだよ」
「そうだったかな。お前らのようなやつを見たら誰だってバケモノと思うだろうに」
剣を収めたのは失敗だった。
時すでに遅し。
相手はこちらの正体を見抜いている。
どうするか、レンはひたすら考えた。
考えに集中したほんのわずかな間が、薪割りを前にすると油断といえるものになってしまう。
「バケモノね。人間ではないというのなら理性を求めるのはお門違いというものだよな。であるなら君みたいにいきなり斬りつけても文句は言われまい」
言いながら薪割りはその手に持つ斧を振り下ろす。
ただ振り下ろしただけ、そのはずが強力な魔法の如く大地を割り、思わず地に手をつきそうになるほどの振動が周囲を襲った。
その一撃は、さながらクゥエの咆哮のように大地を破壊した。
対応が遅れたが、レンはなんとかギリギリのところで空中に逃れていた。
大地の振動は空までは届かない。
素早く、低く、大きく後ろに跳んだ。
しかしバランスが上手く取れなかったため、いまいち距離を離せていない。
薪割りは叩きつけた斧をそのままに、なんなく追随する。
剣を横に振り払うレン。
のけぞり交わす薪割り。
素早い連撃は容易く避けられる。
まるで遊ばれているかのように。
「いや、貴様遊んでいるのか!つくづく」
「バケモノか?そう言われて喜ぶのは他のバケモノだけだよ」
「くっ」
「ちょっとちょっと!2人とも!薪割りさん、止まらないとこの斧遠くに飛ばしますよ!」
「おっと、それは困る。だが君にそれが持てるのかい?結構重いよ、それ」
「壁に張り付く要領で...こうだ!」
トウニが地に刺さった斧に触れると、まるで喜劇のように斧がひゅーんっと真っ直ぐ空へ跳んでいってしまった。
「うそでしょ...」
「お、おお、お前、何いきなり機転利かせてるんだ」
レンは焦っていた。
まさかトウニが自分の能力を把握しているとは。
じっくり育てる計画があっさり破綻して始めた。
なんとまぁ上手に、などと本来なら誉めるようなところだ。
そして何より彼女を焦らせたのは、この状況で冷静に対応できているトウニに対し、彼女は劣等感を抱いてしまった。
強さを極めるつもりはない。
だが生き抜くために強くなりたかった。
今目の前にいる2人は自分では行き着けない境地にいるように思えてならない。
薪割りならともかく、自分にまるで刃が立たないトウニまでもが何故かバケモノに見える。
レンはただただそれが悔しかった。
薪割りも焦っていた。
かなりの金額をかけて作ったマイアックスが空の彼方へ飛んでいってしまったのだから。
「お...おいおい、あれかなり高かったんだけど。どうしよう...トウニくん。君、何したの」
「逃げろ、トウニ!」
「何ってちょっと向き変えただけっすよ。そのうち落ちてくるから待っていてもらえればいいかと」
「へぇ、それはよかった。じゃあその間に君たちを始末するか」
「待ってたもう」
「なぜ」
「レンさんはほんとに魔王軍を斬り続けてたんすよ。自分、そうやってこの人に助けられたから一緒に旅してるんす。背後を気にしたのはあっちの森の中に大きな何かがいたからなんですよ」
「ふむ、なるほど」
薪割りはどうするか思案していた。
トウニの言葉は万一ということもあるがおそらくデマだ。
ここで2人を始末することは容易い。
レンという女がトウニに逃げろと言ったのは彼には実力がないからだろう。
そう結論付けた薪割りだったがトウニの能力に強い関心を持っていた。
今はまだ実力がないが、いずれはどうなるか未知数なポテンシャルを秘めているように感じる。
面白い逸材だ。
味方になれば心強い。
敵になるなら楽しめそうだ。
いずれは人間同士で争うことになるその時に備え、育つのを待つのもいいかもしれない。
「いいだろう。君の言う通りならあっちにデカい何かがいるんだな」
「そす」
「わかった。俺が退治してきてやろう。そうすれば彼女が反射的に人を殺めてしまうことを未然に防げるからね。明日の正午までには片付ける。もし君たちがその時までここにいたら、今の続きをしよう」
「わかった。トウニ、行くぞ」
「はいー」
「さて、俺は斧が落ちてくるのを待つか」
「トウニ」
「はい」
「助かった。ありがとう」
「お、お礼なんてそんな、嬉しいっすけど。レンさんっぽくないすよ」
「そうかもな。助かったがしかしああいうことはやめろ。今回薪割りは引いてくれたがそうそう上手くいくものではない」
「そうですね。らっきーでしたな」
「はぁ、お前は本当に適当だな」
「それが持ち味っす」
「あいつはいずれ追ってくる。でなければわざわざ見逃しはしないだろう。お前に興味を持ったか。それまでに何か対応策を講じなければならない。今回みたいなその場しのぎでもいい。ただし確実にしのげるものを用意する必要がある」
「あいさ。その辺はレンさんにまかせますよ。それにしてもいいなぁ」
「何がだ?」
「二つ名。自分も欲しいっす」
「そういうのは強くなったら自然とできるものだ。だから特訓を」
「激震のクゥエ、神出鬼没のパトラ、丸焼きのチャティ。自分は」
「スパイのトウニでいいんじゃないか?」
「それは二つ名じゃなくて役目っす」
「お前、チャティ殿のことを丸焼きといっておいてよく言えるな」
「だって全然活躍の機会ないし目立ったことって丸焼きになっただけじゃん」
「たしかにそうだが、それ以外には、ほら、飛んでいたそうじゃないか。いいな、飛べて」
「それ無理やりっしょ」
「うるさい。ああ思いついた。チャティ殿と同じ要領で考えるとお前は、張り付きのトウニだ」
「なんか粘着質な感じっす。せめて串焼きのトウニがいいな」
「それじゃグルメレポーターだろ」
「いいじゃないすか、薪割りとかあるんだし。あの人達って本名あるんですよね?」
「あるだろうな。識別できればいいからわざわざ知る必要がないから知らん」
「へー、今度あったら聞いてみよっと」
「のんきだなぁ」
薪割りはトウニが示した方向へ歩いていた。
無事に帰ってきた斧を受け止め思わず泣きそうになった彼は気を取り直して森に入ったのだった。
そこにいたのは巨人。
オーガと呼ばれる類のものだろうと薪割りは見当をつけた。
襲い来るオーガを問答無用の一撃で真っ二つに叩き割る。
「ふぅ。まさか本当にいるとはな。わかってて言ったのかそれとも偶然か。どこまでが本気なのか読めん奴だ。はっ、面白い。あいつら最前線から来たと言っていたな。進路からすると、モーフトンあたりか。先回りしておこう。楽しみができて嬉しいぜ、トウニ」




