合理的とはいかがなものか
後の世にクゥエの行軍と呼ばれた戦いは終わった。
レンの予想通りさほど長引くことはなく、早々に大将格であるクゥエが黒墨の手に落ちたことで士気も保てず、残った兵は徐々に数を散らしていった。
1つ戦果があるとすれば、クゥエと相対した黒墨が彼に二つ名を与えたことであった。
激震のクゥエ。
その名を聞き彼は満足して逝ったという。
トウニ達はクゥエの戦いの一部始終を見た。
街にいた者も進軍してきた者達もまた、その一騎打ちの行く末を見守っていた。
決着が着くと両軍静かに黙祷を捧げ、何かきっかけがあったのか魔王軍が鬨の声をあげ最後の戦いの締めくくりに突撃をかけた。
そして今に至る。
街の防壁は半壊し、住民の被害も少なくはない。
いかに黒墨が強かろうと、面でくる相手全てに対処出来るわけもないのだ。
これはレン達魔王軍にとっては貴重な情報となり、以降の作戦に活用される事例として記録された。
そう、情報。
それが魔王軍には不足していた。
このような大規模な戦闘は久しく、ましてや一騎打ちなど魔王の側近がいなくなった頃にはすでにできるものがいなかったのだ。
この戦いは貴重な一戦として魔王軍に伝えられ、作戦を練る材料となった。
そうして未来において人間の歴史にも刻まれるようになっていくのであった。
それがクゥエの行軍と呼ばれたのある。
「クゥエくんは満足したみたいっすね」
「そうだな。彼らなりの礼儀というものがあるのだろう。お陰でそれなりに時間を稼げたに違いない」
「レンさんってほんと合理的なんですね」
「我々のような秘密裏に動く者にとって合理性は重要な素養だと教わった」
「レンさんは魔王軍に志願したんすか?そんな感じに見えないけど」
「お前は妙なところで鋭いな。その通りだ。このような在り方を望んでいたわけではないさ」
「へー、人間っぽいから抜擢されたんですか?自分みたいに」
「ふっ、人間みたいなのではない。人間なのだ。元々捕虜だよ、私は」
「うへー、じゃあ無理やり働いてんですか」
「いや。この街のバケモノどもを見ただろう。それに街の住人も、少し見ればわかる。ここにいる連中は犯罪者も少なくはない。人間と魔王軍。どちらについてもろくな世界ではない。だから、ただ自分の居場所となった魔王のもとで働こうと思っただけだ」
「その合理性は元からで、だから抜擢されたんですな」
「かもな」
レンはふと思いついたことがあった。
もしトウニの能力が予想を超えていた場合、黒墨どころか魔王も滅ぼす事ができるかもしれない。
そうなれば争いのない世界になるのだろうか。
いつか、穏やかな日々を手にすることができるのだろうか。
それができるとわかった時、果たしてどのような選択をするのか。
なればこそ、慎重にこの男の能力を見極める必要がある。
急いで能力の開発を進めれば自分の手に負えなくなり、平穏な未来など訪れることは永久になくなるかもしれない。
じっくりと、少しずつ、コントロールしながら育成を行う。
魔王にも、人間達にも知られないように。
「私はなにを考えているのだろうな」
「急にどうしたんすか?」
「なんでもない。お前にはこれから戦闘技術を身に着けてもらう」
「えー、いやっす」
「くちごたえ一回につき串焼き一本没収だ」
「な!ひでーな」
「合理的だろう?」
「そうかな...」
「魔王軍に身をおいたのだ。今後戦う場面は訪れるだろう。お前とて死にたくはないはずだ」
「そりゃそうですよ」
「なら私に従え」
「やれやれ」
「返事」
「はいさー」
「今後どうするんですか?」
「まずは西に向かう。そこに情報部の本部がある。お前の言う雲隠れ作戦が完了した後、諜報員である私達はそこに向かい順次指示を受けることになっている」
「西かぁ、何があるんだろ」
「本当にお前は何をしていたんだ。地理ぐらい把握するだろ。まさか日がな一日ぐうたらしていたのでは、ああ、いやいい。聞くと斬り殺しそうだ。旅の支度をしろ。明日、明朝出発だ」
「りょーかーい」
トウニはお気に入りの串焼きを買いに出かけた。
これから旅に出る。
そう思い浮かべると、自分がいかにもファンタジーな事柄に遭遇していることがおかしくたまらなかった。
しかし先の戦いを思い出すとさすがに呑気なままではいられず、何か覚悟と呼べるような考えを持つ必要があるのだろうとなんとなしに考えていた。
「あー、そういえばここって異世界なんだよな。なんか知らん間にこんな世界に来て旅に出るハメになるとは。とはいえよくわからんスパイするよりはましか。異世界転移しちゃったけど、とりあえずなるようになれって感じだし。ま、適当に流されるままにやっていけばいっか」