エトセの村
レンの風邪が治ってすぐ2人は北の拠点があるキタクニを目指し旅を再開した。
元気いっぱいのレンはずんずん進んでいく。
続くトウニはのんびり付いていた。
「おいトウニ、もっとちゃんと歩け」
「レンさんが速いんすよ」
「お前のペースにあわせていたら全然進まんだろ。いいか?進む距離を稼げないということは次の村への到着もどんどん遅くなる。つまりまた食料難に陥るんだぞ。お前はそれでもいいのか!」
「ダメっす!」
「だろ?じゃあさっさと行くぞ」
「はいー」
と言いつつも結局思うように進まない2人であり、その日はやっぱり野宿となった。
そんな2人の元に客が訪れたのは、待ちに待った食事を始めようとした日も暮れた頃のこと。
その時、奇跡が起きた。
客人はこっそりと近づいていた。
レン達に気づかれることがないように忍び足で。
忍び寄る客人。
気付かないレン。
迫る不穏な影。
しかし、なんとトウニがそれに気づいたのである。
あのトウニが。
それはまさに奇跡といえる瞬間であった。
「あれ?誰か来ますよ」
「なんだと?くっ、私としたことが警戒を怠ったか」
「食い意地張るから。でもこの感じ、前に」
「なんだ知り合いか?というかなんで分かるんだ」
「なんとなく」
「奇跡じゃあるまいし、お前の力かな?この間のモーフトンの時といい、お前の力がいまいちわからなくなってきた」
「何なんすかね」
「さあな。さてと......おい!それ以上コソコソと近づくなら容赦はしないぞ!あと食事が狙いなら絶対にやらんからなっ!」
「あらバレてたのね」
姿を表したのはフードを目深に被った女であった。
始めは金色の妖精かと思ったレンだが、彼女がフードを被る、つまり顔を隠す必要がないことに気付いた。
トウニも同様に金色さんか?と思ったが声が違うことに気がついた。
だが、2人は同時に同じ人物を思い描いていた。
「お前、まさかモグラのところにいたネコの秘書か?」
「あの時のネコさんだ」
「ふふっ。なーんだ、2人ともすぐに気づいちゃうのね、やるじゃない」
フードから顔を出すと、ぴょこんとネコの耳があらわになった。
窮屈だったのだろう、耳をピクピクさせながらネコは髪を整えた。
レンは思った。
あの耳に......触りたい。
そんな思いを押し殺し、冷徹な素振りで彼女の座る場所を空けた。
横に座るネコ。
耐えるレン。
スッと上に伸びる薄い耳先。
目が離せないレン。
そんな彼女を嘲笑うかのように腕を撫でる存在。
遊ぶように緩やかにうねうねする尻尾。
毛足は短めだがスルッとした手触りの良さに心までくすぐられる。
その肌触りに全神経を集中させつつレンは歯を食いしばった。
油断してなるものか。
レンは必死に耐え続けた。
だがトウニは違った。
「ネコさんのしっぽってなんか手触り良さそうすね」
「あらわかる?触ってみたい?うふふ」
「いいならちょっと撫でてみたいっす」
おのれトウニ。
「こんなところで偶然だな。無事で何よりだ」
レンはトウニを鋭く睨み、牽制するように話題を変えた。
自分の目の前で尻尾に触るなどそれだけは絶対に許さん。
レンのよくわからない気迫に押されたトウニは慄きのっそりと身を引いた。
そんな2人の心情などしっかり見抜いていたネコは、笑いだしそうになるのを堪えながら答えた。
「そうね。モーフトンがああなる前に外に出てたのよ」
「運が良かったな」
「ほんとラッキーだったわ。あなた達こそよく無事だったわね。タイミング的に助かるとは思えないけど」
「まあな。ラッキーだったんだ」
レンはトウニの力を隠した。
ネコが近寄ってきたのには理由があるはず。
何か企てているなら味方といえど情報を与えるべきではないと判断した。
「それで何しに来たんだ?」
「あら、仲間が生きていたんだもの。嬉しくって会いに来るのは当然でしょ?」
「だったらなんでわざわざ忍び足で近寄ってきた」
「驚かせたかっただけだって。他意はないのよ?」
「疑いたくはないが」
「信じてもらえないなんて悲しい」
「ふぅん、なら信頼出来る証でも見せてもらいたいものだ」
ネコは鞄からいくつかの小袋を取り出した。
「ここに数日遊んで暮らせるお金があるわ。あと美味しい食料も」
「そうか。実は今から食事をするところだったんだ。さ、一緒にそれを食べようじゃないか」
「ありがと。ふふっ」
「レンさんがめついっすよ」
「じゃお前は食べるな」
「それはいやっす。どうせ自分だけたくさん食べる気でしょ!ずるいっしょ!」
「だったら最初から文句言うな。お前が何も言わなければ平等に、そう平等に分けて食べていたさ」
「平等でも対等じゃないから自分のがいい働きしてるとか言って、どうせどうせそれ前面に出して自分は多めにって言うんでしょ、平等だとか言って!わかってるんすよ!」
「お前ってたまーに妙に頭が回るよな。バレたから白状するとその通りだよトウニ」
こいつぁおどろいた降参だ、と言わん気にレンは両手を大げさに開いたみせた。
「というわけで平等に分配だ」
「やっぱりじゃないっすか!断固抗議っす!」
「仲良いわねぇ」
3人は和気あいあいと食事をした。
回復してからというもの、レンは人が変わったように食い意地が張った。
トウニは何度か大切な串焼きを取られ泣きをみたのである。
何かがおかしい。
探偵の如くトウニはその脳細胞をフルスロットルで活用した。
「どうしたトウニ?食べないなら私が食べるぞ」
「その暴挙許すまじ。最近レンさん大喰らいすね」
「なんだそんなことか。お腹が空いて仕方がないんだ。風邪のせいで体力が落ちていたからだろう。栄養を欲しているのさ」
「なんだそういうことか」
答えを得たことで迷探偵の脳細胞は役目を終えた。
「そんな簡単に結論出しちゃうの?」
「ネコ、何か気になることでもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど。まぁいいか」
食事を終え、各々のんびりし始めた頃。
ネコは猫っぽく伸びをして、ふんーにゃと声を漏らしていた。
その様子を見ていたトウニは我慢できず、遂に覚悟を決めて歩みでた。
「あの、ネコさんにちょっとお願いがあるっす」
「なーに?」
「実はその、いや、その」
「トウニ。頼みならはっきり言え」
察したレンは背中を押す。
「うす。あの!ずっとおもってたっす!」
「うん?」
「語尾ににゃを付けてほしいっす!」
「はっ?」
「お、おまえ、私でさえ我慢していたのに」
肩透かしとはこのことか。
ネコはやれやれ、と首を振った。
「はぁ、何を言うのかと思えば。あなた達そんな調子で今までよく生きてこられたわね。まったく、私がそんなお願い聞いてあげるわけないにゃ」
「サイコーっす」
「うふふ、サービスにゃっ」
「見るっす、レンさんも嬉しそうにしてます」
「私がこんなことで喜ぶわけがないだろう殺すぞトウニ」
「レンちゃん、ケンカはやめるにゃー」
ネコは言いながら尻尾レンの腕に巻きつけるように撫でた。
「う......うへへ。いや喜んでなどいないから殺すぞトウニ」
「照れ隠しがきつすぎて何言ってるかよくわからんす」
「ここまで気の抜けたエージェントは初めて見たわよ」
2人を見ていたネコは楽しみつつも呆れてしまった。
「そういえばネコ、お前はどこに行く途中だったんだ?」
「あなた達と同じキタクニよ」
「じゃあ一緒っすね」
「うふふ、よろしくね」
レンは今後についてネコと話し合った。
互いにキタクニへ向かうのは非効率ではないか。
モーフトンについてキタクニ支部局長への報告はネコが行い、その間自分達は別の支部へ向かうべきではないかと。
だがネコは共に向かう意向を崩さなかった。
自分には自分の任があり、レンとトウニはそのために必要なのだと言う。
不審に思いながらもネコの存在はありがたく、レンは彼女の考えに賛同した。
ネコとの会話は有意義であり、レンは大変満足していた。
情報交換は自分が仕事をしていると実感させてくれる。
その一環でレンは1つ気になっていた事をネコに聞いた。
「そういえばネコ、モーフトンには⦅守り手⦆がいたはずだ。今就任した奴はバケモノだと聞く」
「ああ、その話しね」
「何か知っているのか?あの惨事では一度も姿を見せなかっただろ。なぜ守り手がいながら街がああなったんだ?」
レンの問いにネコは問いで返してきた。
「じゃあ、なんでひまわりと噴水がいたのかな。つまりなぜあの街にウォータークラウンがいたのか、って言ったら分かるかしら?」
少し考え、レンは気付いた。
あの2人を最初に認識したのは薪割りとの戦いだが、彼女らはすでに一仕事終えた後だったのだ。
ひまわりと噴水の能力は街を飲み込むほど強大だ。
だが彼女らの本来の役目は暗殺であると聞く。
相手を凍らせ声もなく仕留める。
そう、氷と水の使者は守り手を亡き者にするため派遣されたのだ。
「なるほどな」
「報告では、氷の彫像となった彼の心臓が削り取られていたそうよ」
「ふん、わざわざ手のかかることを。つくづく悪質な奴らだ」
「なんで襲われたんすか?」
珍しくトウニが口を挟んできた。
「強すぎたからだろう。厄介者として目をつけられたんだ」
「そういうことよ」
犯罪集団にとって強力な治安組織など邪魔でしかない。
そして守り手がいない方が魔王軍としても都合がいい。
モグラはそう判断し、傍観を決めたのだとネコは補足した。
だが暗殺者達からすれば魔王軍も厄介者。
薪割りへの復讐心から大それた事へと考えが巡り、あの大惨事に至ったのであった。
そう考えると、もしかすれば自分たちがモーフトンに来た事が惨事の発端だったのではないかと、レンは考えてしまった。
しかし過ぎた事であり、証明しようのないことでもある。
それ故にレンは深く考えないように努めた。
考えても意味がないことだし、何よりも自分のために。
いくらレンが冷静な人間であっても、あの犠牲を背負う程の胆力はないのだから。
3人での旅は順調に進んだ。
それはネコがトウニの教育方針を新たにしたことが大きい。
お陰でレンに追い立てられることがなくなったトウニ。
旅の歩調が緩むことも減り、予定通りに進む事ができたのだ。
トウニの教育方針。
まずはポテンシャルを正確に把握することから再スタートした。
過去行ったざっくりと測定したものをレンから共有してもらい、ネコは簡単に身体能力、知能テストを行った。
その結果を2人は驚きをもって知ることとなる。
なんと、レンと知り合った頃に比べ全く進歩がなかったのだ。
身体能力の向上は少なからず期待されていたが、結果は以前測定したものと大差なかった。
最近動きが良くなってきたように感じたのは、経験を積んだことと、実は力の使い方が上手くなった結果でしかなかったのだ。
2人の出した結論はそういうものだった。
「経験を積んで成長はしてるんだし、いいんじゃない?」
というネコの言葉に納得する他なく、レンは能力開発と経験値を貯めることに方針を定めた。
そして一向の進む先に村が見えてきた。
レンとトウニは久々の集落に喜びを隠せない。
しかし浮かれる2人とは対照的にネコの顔は暗い。
「どうかしたんすか?」
「ちょっとね。この先にあるのはエトセという村で、ここには人食い虎がいるの」
「へー。ネコ科のお知り合いっすか?」
「知り合いってほどじゃないわ。ただ一方的に知っているだけ」
「熱烈ですな」
「うふふ、そうね」
レンは虎と聞いてピンときた。
「エトセ村か、なるほどな。知識を蓄えるのに余力十分な頭脳を持つトウニにわかるよう言ってやる。⦅エトセの虎⦆、黒炎を操るという強力なバケモノだ」
「ちょっと変わり種だけどね」
「変わり種すか?」
みんな変わってると思うけどな、とはさすがに言わずにいたトウニ。
またレンに何を言われるか分かったものではないからである。
細かい話しをトウニに言ってもなぁ、と思いつつもレンは答えてやった。
「珍しいタイプではあるな。よし座学の時間だ。まず、我々がバケモノと呼ぶ者の定義だ。定義というほど確かな基準はないが、とにかく強い人間の総称と考えればいい。ポイントは強い人間。強ければいいわけで、つまり必ずしも我々を相手にしていなくともそう名付けられる」
「どゆこと?」
「さっきネコが言ったろ。人食い虎とな」
「人を襲うバケモノってこと?」
「正解だ」
「えーっとそれじゃあ、自分は人間でしかも魔王軍でもあるから」
「最高の獲物だな」
最高の獲物と聞いて唸るトウニ。
「......今の自分がすごく可哀想に思えてきました」
「何をおっしゃる四天王。幹部ともあろう者が弱音を吐いてどうするのです」
「幹部扱いされた事が今まで一度もなかったっす」
「その設定をすっかり忘れていたからな」
「ほんとはちゃんと覚えてるくせに」
じとーっと見てくるトウニから視線を外し、レンは明後日の方へ目を向けた。
いよいよ村が近づいてきた頃、ネコはおもむろに切り出した。
「私はここで別行動を取らせてもらうね」
「構わないが、お前は行かないのか?」
「ええ。この見た目じゃあね。見つかったらただじゃ済まないもの。それと、食料になりそうなものがないか探してくるわ。かわいいお供達がお腹を空かせないようにね」
「お友達ネコさんサイコー」
「すまんな」
「いいのよ。それにその内あなた達にも手伝ってもらうつもりだから」
「わかった。必要な時はいつでも言ってくれ」
「うふふ。頼りにさせてもらうわね」
ネコはフードを被り、村の西側へ歩いていった。
その後ろ姿を見届け、レンとトウニは目前の村へと向かった。
エトセの村にたどり着いた2人。
「危険なのは虎くらいだが、あまり舐めてかかるなよ」
「舐めてるのはレンさんっすよ。村人ハラスメントっす」
「わけのわからんことを」
その後、文化に触れたいと駄々をこねるトウニに合わせる形でレンも内心喜びながら食事をすませる。
その後もネコに持らった資金を基に、鞄や食料など最低限の装備を整えるため村を周った。
村に串焼きが無かったのでがっかりしたトウニ。
適当に腹を満たしてレンに付き従っていた。
欲しい物はあった。
だがレンからは不要だからと無下もなく度々言われ、何度も諦める内にどうでもよくなっていった。
実は買おうと思えば買うことはできた。
なぜならトウニの手には、レンを助けてくれた少女から貰った金があるからだ。
それを使えば好きなものを買う事ができるのだが、彼は使わずにとっておいた。
いつか返すために。
トウニには珍しく、硬くそう決めていたのである。
次第にただ付き添う買い物に飽きたトウニは、一応レンに断りを入れてのんびり出来そうな所を探しにふらふらと歩いて行った。
1人村を歩くレン。
トウニの気まぐれはいつものことなのであまり気にせず放っておいた。
彼女は普段から警戒心を強く保ち続けている。
いつ何時に敵と遭遇するかわからない彼女にとって、それは呼吸する以上に大切で、身体に染み付いた馴染み深い習慣。
そのため彼女の警戒網を抜けて至近距離まで近づいた存在に対し、しばしば無意識に刃を向けてしまうのである。
だが時にそれが間に合わないこともある。
例えば、今回のように。
食料を並べる出店を見ていたレンの背後にそいつは突然現れた。
そして5本の指をピシリと伸ばした手をレンの背中に突きつける。
「よー、おねーさん旅人かい?」
若く気さくな声とは裏腹に、そこには冷たく威圧的なものが含まれていた。
「ああそうだ。なんだ急に、背中に何を突きつけて」
「振り向くな。こっち見たり逃げたら燃やすぞ。お前人間か?やたらと匂うな」
次第に攻撃性をあらわにする声の主。
危機的状況と判断したレンだったが、焦らず落ち着いて受け答えをする。
「あ、ああ、それはよく言われるよ。実は」
「よく言われるってことはやっぱ奴らか」
「違う!ま、まてっ」
しかし相手は聞く気はなさそうだ。
言い訳をする間もなく、彼女は背後から首を掴まれる。
首を掴む手が、試すかのように次第に熱くなっていく。
あまりにも突然の事で対応手段が思いつかないレン。
溶かすという語気の強さが脅迫感を伴い、直接燃やされるという恐怖で全身に緊張が走る。
「覚悟しろ」
まずい、非常にまずい。
さすがのレンも焦っていた。
そして直感的に確信する。
背後にいるのが《エトセの虎》だと。
助けを求めようにもトウニもネコも別行動中。
小さな村だがいきなり出会うとは運がない。
周囲はこのやり取りを遠巻きに眺めている。
どうやら助ける気はなさそうである。
打開策がないか高速で思考が駆け巡った。
この至近距離だ。
ナイフを抜く間に燃やされる。
振り払っても体勢を整える間に燃やされる。
何をしても燃やされる。
首がチリチリと痛み出す。
焦燥心は拍車をかけて加速する。
レンは抗う事も出来ず、出来ることといえば覚悟する他になかった。
別れとは、常に突然やってくるものだと突きつけられたレンであった。
「こんちはっす。自分の連れなんすけど、どうかしたんすか?」
横から誰かが話しかけてきた。
その声が誰なのかすぐに気づいたレン。
虎と同様、急に現れたのは意外なことにトウニだった。
「連れ?お前は匂わねーな。おい、こいつは何者だ?」
「自分の子分っすよ」
「子分?」
「旅してるんすよ。で、その人は自分の召使っす」
「子分じゃねーのか?まぁどっちでもいいか。んでお前の召使は人間とは違う妙な匂いを発してんだが、どういう事だ」
「魔王軍の人とずっと戦ってきたらしいんすよ」
「らしい、か。ほんとに知り合いかよ」
「そす」
「ト、トウニ」
「レンさーん」
知り合いである事を証明する2人。
視線を横に向けるとトウニと目が合う。
気軽に手を振っている姿に腹立たしくも不思議と頼り甲斐を感じていた。
「その道中で実力を買って召使にしたんすよ。それまで戦い続けた結果、匂い?っていうのがついちゃってて、新しいとこ行くといつもこんな誤解されちゃうんでほーんと困ってんすよー。とーっても困った人っす」
「なんだそうだったのか」
トウニは普段の鬱憤を晴らすように、新たに巡ってきたこのチャンスを活かして好き勝手に事実を捏造していった。
始めは感謝していたレンだが調子に乗るお調子者に段々苛立ちが募り、背後にいる虎の炎よりもその心中は黒く燃え上がっていた。
お前、自分が言ったこと覚えておけよ?
た、助けてあげたんです、感謝してほしいっす。
2人は声もなく目と目で会話した。
そんなやり取りには気づかない虎は勘違いだったと考えレンを解放する。
「すまん、見ない顔だし匂うからてっきり悪い連中なのかと勘違いしちまったよ」
「いやいいんだ。さっきトウニ様がおっしゃったようによく間違えられるんだ」
トウニ様。
その単語はトウニ様の心臓を握りつぶすかのように強調され、トウニ様はこの後の展開を思い浮かべて渋い顔をした。
レンは一呼吸してくるりと振り向く。
目にした虎の姿は、金髪と黄金のように深く煌めく瞳でニカッと笑う気さくそうな青年であった。
「あんたら何しにここに来たんだ?」
「旅の途中で寄ったんだ。モーフトンから来たんだよ。知っているか?」
「ん?ああ、南の方にあるでっかい街だろ?さすがに知ってるよ」
どうやら惨劇については知らない様子であった。
虎に氷に沈んだ街のことを教えると、大事な事はぜひ村長にも教えてやってほしいと頼まれる。
滞在中に問題が起きないよう長に直接話せる機会が出来るのは都合がいい。
レンはトウニも連れて村長宅へと向かう事にした。
「お前が現れるなんて正直意外だった」
村長宅へお邪魔する道すがら2人はコソコソと内緒話をしていた。
「とりあえず助かったぞ。ただ、タイミングが良かったがまさか見ていたわけじゃないよな?」
レンは冗談のつもりで言ったのだが、トウニの顔は真剣だった。
「なんか、上手く言えないんすけど、なんか嫌な感じがして。レンさん探して見つけた時にはもっと気持ち悪くなるほど嫌な予感がして、それで」
言葉は途切れた。
彼は歯を食いしばり、俯く顔は辛そうである。
彼の真剣さを感じ取ったレンはその目を正面から見据えた。
「トウニ」
「なんです?」
自分を見つめる視線は鋭いながらも珍しく優しげであり、そんなレンの表情につい見惚れてしまうトウニ。
「今回も助かった。ありがとう」
「う、うす」
トウニはなんだか落ち着かず、村長の家に着くまでレンと視線を合わせられなかった。
レンはそんなトウニを訝しく思っていた。
ネコが近づいてきた時といい、今回のことといい、勘が良いというにはあまりにも不自然である。
トウニの能力は果たして本当に重力操作なのだろうか。
何か勘違いをしているのかもしれない。
例えば、自分達が知り得ない特異な能力......
ネコと共に調査する方が賢明かもしれない。
隠したところでトウニのことだ、どうせ口止めなど意味をなさないだろう。
徒労を繰り返すより打ち明けることこそ得策と考え、レンは相談内容をまとめていった。
虎の案内で村長宅に到着し、村長に会いに来た経緯を話した後のこと。
客間のテーブルを4人で囲む。
モーフトンで起きた事を一市民としての目線で語るレン。
彼女の話しを頷きながら合間に軽い質問する村長は、中年手前のやや若手の長であった。
どことなく理知的な雰囲気はある。
若くして村の長を務めるだけのものがあるのだろうと思われた。
モーフトンに来る前の話も聞かれ、仕方なく答えた。
この村の者からすれば旅人などすべからく怪しいはず。
これ以上疑われるのは面倒だと思い、レンは旅の道中のことを話した。
もちろん魔王軍と思われるような箇所は省くか言い換えている。
そのため何度かトウニが口を挟もうとしたのだが、ことごとくレンは黙らせた。
トウニ様はあの時物陰に隠れていた、トウニ様は別行動だった、トウニ様は......
そんな調子で遮られ、流石に口を閉ざしたトウニ様。
旅の話しを聞き、レンがいかに過酷な状況を渡り歩いてきたかを知った虎。
話し終える頃にはレンのことを素直に尊敬してしまっていた。
青年は、自分はこの村に居座るだけで外に出ることはない、だから旅慣れた人ってかっこいいよな、と憧れも抱き始めている始末。
《エトセの虎》といえば戦士達の間では知られた名である。
打算を含めてレンは功績を讃えた。
ほぼ真実の賞賛を浴び、すっかり気を良くした虎。
「そ、そうかな、ぜんぜんまだまだって思うけどな、へっ、へへへ」
「こら、簡単に乗せられるんじゃない。バカ者」
「い、いいだろーが、たまには。あんたは警戒しすぎなんだよ」
「お前は思慮が足らなさすぎるんだ。いつも言っているだろう」
「へいへい」
虎とは打って変わってレンを警戒する村長。
たかが旅人相手にしてはどうも疑い深い。
さては何かあったな、と察したレンは事情を聞いた。
「最近物騒な連中が付近にいるんだよ」
「なるほど、つまり私達をその斥候と考えていたのか」
「あー、まぁ、そんなところかな」
何か含むものがある言い方が気になりつつも、レンは信用と資金を得るため依頼形式で護衛の任を請けることを提案。
「信用がないだろうから虎に同行してもらい、代わりにトウニを人質として置いていく。どうだ?」
「いいすね」
楽が出来るので賛成するトウニ。
「だがしかし、それは......うーむ。それが罠である可能性も」
平行線で進む議論を打ち破ったのは虎だった。
「別にいいじゃねーか。な、村長。どうせレンがどこにいたって襲うんじゃねーかって思うんだろ?だったら俺が見張っとく。そっちの兄さんはあんたが見てりゃいいじゃん。戦えるんだし」
「だが何かあってからでは」
「言っておくがトウニの戦闘力は農夫以下だぞ」
「パッと見俺もそー思うし、大丈夫だと思うけどなー」
「その点は私とて同じ所感だ。疑う余地はない」
「よってたかって酷いっす。事実だけど」
そんじゃ問題ねーよな?という一言で議論は終わり、村長は虎とトウニを見て仕方がないと言わんげに溜息をついた。
「わかったよ。じゃあ外にいる連中の調査を依頼する。どこの勢力か確認しておいて欲しい。必要なら報告して領主に対応してもらうつもりだ。おおかた野盗だとは思うがな」
「領主に言ったところで動いてくれるかよ。どうせ俺がいるんだからって押し付けてくるだけだろ」
過去にも同じ事があったのだろう
虎はうんざりした顔で言い捨てた。
そんな虎を見て村長は可笑しそうに補足した。
「面子の問題だ。一応筋は通しておいた方がいいだろうし、お前がいようと俺は領主に媚びていると見せた方が、あ......あー、あんた達領主と関係があったりするか?」
「無いさ。安心しろ。私は人間の組織に属してはいないただの旅人だ」
「そうか、なら良かった」
人間の組織に属さない。
嘘ではないのだからとレンはしれっと言い放った。
しかし村長は気が緩んで口が滑らせたことを気にして口をつぐんでしまう。
だがやはり虎は気にせず続けた。
「もうめどーだから《ウォータークラウン》か《黒の遠吠え》がやったってことでいいんじゃねーか?」
「馬鹿者、ダメに決まっているだろ。もしかしたら風評被害で怒られるかもしれんぞ。迷惑をかけちゃいかん」
「めんどうだなぁ」
友好的に関係を築くため、レンはすかさず話に乗った。
「そうだな。奴らが野盗などと一緒にされては怒るだろうな。その程度とは落ちぶれたものだと笑われてしまう」
「えっと、なんか怒るポイントおかしくねーか」
「ど、独特な方だな。うーん、虎、この方たちを頼んだぞ。今日は泊めてやれ」
「......あんたんとこで預かるってさっき」
「じゃあ私は仕事があるから後は頼んだぞ。村長は忙しいのだ、ほら行った行った」
虎は1人暮らしなので隣の老夫妻の家に泊まらせてもらうことになった2人。
老夫妻は虎が小さい頃から面倒を見ており、親戚のような間柄だという。
特に面倒を見てくれた村長のことは、親というよりは年の離れた兄弟みたいなもんなんだ、と虎は嬉しそうに話す。
戦火で両親を失い1人この村にたどり着いたのだそうだ。
親切な人に囲まれ、傷つきほつれた心を癒やすことが出来たことに深く感謝しているようだ。
だからこうして自分が大好きな家族を紹介出来るのが嬉しいのである。
その夜、食事を終え自分の家へと戻った虎のことを老夫婦も嬉しそうに語った。
この近辺は争いが絶えず、虎の存在は孫のようでもあり、戦士として頼りがいもある村になくてはならない存在だという。
「どこかに引っ越せばいいんじゃないすか?」
トウニの無邪気な質問を老夫婦は苦笑して答える。
「引っ越す場所がないのだよ。北は寒く実りはない。住むなら土地のことをよく知らないと生きてはいけない」
「モーフトンがあるじゃな......」
トウニはその先を続けられなかった。
察したレンは両者の理解を元に後を続けた。
「トウニ、モーフトンは物価が高い。都会だからな。働き口があればいいが、それだって誰でも出来ることとは限らない」
「そうなのだよ。我々にも培ったものがある。だが街は専業、それも専門性が高いものが求められることがほとんどだと聞く。そうではない仕事もあるのだろうが、程よく使われるだけで実入りは少ないのだそうだ」
レンは少し驚いた。
この手の話しは住んだ者でないと中々見抜けない。
「随分詳しいようですが、住んでいた事があるのですか?」
「いや、私達ではないく村長さ。かつては優秀な戦士として渡り歩いていたそうなのだ」
「へぇ、あの人凄いんすね」
「そりゃそうさ、なんたって虎の師匠でもあるんだからな」
そうなると、警戒すべきは虎だけではなくなる。
ブレーンでもある村長もその対象としてみなくてはならないということだ。
レンは諜報員らしく、話しを合わせて老人から情報を引き出した。
だがしかし。
老人は思い出話ばかりを語る。
得られたものは、虎が戦災孤児であり、当時戦士だった村長がそれを引き取った。
ということだけ。
レンは話しを切る段取りに移った。
「つまり虎がきっかけで村長は......」
だが老人もそれに気付きレンを牽制する。
「えぇえぇ、きっかけというのは虎なのですねぇ......!」
「なるほど!それで村長になり、虎との接点が」
「そうなのですよ!話は戻りますが決定打になったのは、村人が不安なのでどうか村に残ってほしいと......!」
エスカレートしてむしろ話しが長くなってきたので、トウニは適当なところで割り当て割れた部屋に行くことにした。
居間ではまだ激しい攻防が続けられている。
「ちょっとうるさいな」
トウニは外に出ることにした。
温かい部屋から出ると、外は少しヒンヤリして思わず身震いしてしまった。
トウニはなんとなく、ぼんやりと考え事をしていた。
気がつけば村の中心にたどり着き、座りやすそうな所を選んで木のそばに腰を下ろす。
しばらく冷えた夜空を眺めていると、不意にモーフトンの寒さを思い出してしまい、トウニの胸は寒さよりも虚しさに覆われてしまう。
彼はモーフトンのことを思い出すと、悲しさや怒りなどではなく虚しさが湧いてくる。
自分がこんなにも抱え込むことになるのが意外で不思議に思い、結局よくわからないせいで余計に心は冷たく沈んでいくのである。
あの時、レンが熱で寝込んだ時に自分は彼女を見捨てようとした。
誰がどうなろうと構わない。
世の中がどうなろうと知ったことじゃない。
自分だって、痛いのは嫌だけど世の中に未練も執着もない。
全部という程ではなくとも、大抵のことはどうでもよかった。
だがモーフトンの惨劇を経て、そしてレンを見捨てようとしたあの時からずっと、この虚しさが胸に巣食うようになった。
自分の無力さなど今更だ。
誰かを見捨てるのも今更だ。
なのになぜ今更。
あの時、あの少女がいなかったら自分はどうしていただろうか。
レンは助かっていたのだろうか。
昼間にありがとうと彼女に言われたことが忘れられない。
自分は見捨てようとしていたのだ。
感謝などされるとこなど何も無い。
昔はあんな言葉を投げかけられても気にしなかったのに。
ああ、これが罪悪感ってやつか。
トウニは久しく感じていなかった重苦しい感覚に苛まれていた。
うなだれていると気分が重くなる。
もたれた木を見上げると、寒さに負けて身につけた葉を手放してしまったようだ。
剥き出しの枝はとても心細く見える。
足元の木の根に被さる落ち葉を撫でると、反転してふわりと浮き上がる。
風に揺られながら木の葉が空へと落ちる様を、トウニはぼんやりとながめていた。
「気持ちも、簡単に反転させられたらいいのにな」
「よっ」
「んー?」
声をかけて来たのは虎だった。
「目が死んでるぜ?どうかしたのかよ」
「生まれた時から死んでんです」
「なんだそりゃ」
からかうように話しかけてきた虎。
こんな時間に何の用だろうかと訝しむ。
「虎さんこそどうしたんすか」
「一応あんたらの監視役だからな。なんかフラついてるの見て追って来た」
「そすか。なんもしないっすよ」
「だろーな。あんたの話し聞いてみたくてよ」
「なんで?」
「レンの話しも興味はあるんだが、あんたはなんていうか、変わってるなって思ってよ」
「自分が変なんじゃなくて皆が変なんすよ」
「ははっ、そうかもな。そういうとこかな、聞いてみたいのは。今まで何して来たんだ?」
トウニは戸惑った。
自分の事を聞かれるとは思わなかった。
適当にレンについて来た事を告げる。
「じゃあその前は?あんたさ、ていうかレンって本当はお前の召使じゃないんだろ?なんていうか、人間側じゃないよな、あいつ」
「そ、そんな事ないっすよ、そうそうないっす、ナイスな人間っす」
「心配するなよ、この村を守る事が俺のやりたい事だ。別に所属が何かなんて気にしてねーし」
「そすか」
「そーそ」
横に並んで座る2人は適当に、そうっすね、じゃねーか、と他愛無い会話で過ごした。
虎は相手の気持ちを考えるのは苦手である。
だがトウニの暗い顔は過去に自分も経験がある。
彼はそれが気になっていた。
虎が求めるものは英雄。
英雄とは誰かを救ってこそである。
規模ではなく助けて欲しいという声に応える事こそ英雄の証。
彼は漠然とそう捉えていた。
「あんた、何悩んでんだ?」
「この村には串焼きがないことに深く気分が落ち込んでるっす」
「そっか、じゃあ誰かに串焼きやってくれねーか頼んでみるかな」
なんとなく虎とは馬が合う。
話している内に、トウニは自分の事を少しずつ口にした。
懐かしく、でもどこか希薄な記憶。
遠い場所になったけど帰りたいと思うこともない場所。
「自分がいたとこは、ずーっと遠いとこで、モーフトンよりもずっとでかい街かな。肩張った四角い街」
「へぇ!大都会から来たのか!すげぇな。村長が昔行ったことがあるって、あー......なんて街だっけ、忘れちまったな」
「多分知らない街だと思う」
「そうなのか?かなり遠いとこから来たんだな」
「そす。いきなり魔王に召喚されて、気付かずいたらコマ使い、これでも一応四天王なんだよ」
「四天王ってなんだ?」
「幹部、かな」
「幹部......?」
幹部が偉い立場だと思い出し、虎は笑い出した。
「はははっ!あんたが奴らの幹部、へっ、言っちゃなんだが相当追い詰められてんな、魔王軍って」
「自分も役に立たないから元いた場所に返してーって頼んだのに、疲れたとかいって奥引っ込んじゃって、結局こうして旅に駆り出されることになったわけで」
「まぁ、あんたらが何しようと気にはしねーけどな。ぶっちゃけ人間の方が面倒だし」
「ほんとそう」
久々に気を使わなくていい会話に気がほぐれるトウニ。
虎に今抱えている気持ちを聞いてもらおうか。
きっとこの人は聞いてくれる。
しかし結局、彼は言葉にはしなかった。
口に出すのは気が楽になる。
でも今はこの雰囲気をただ楽しんでいたい、そう思ったからだ。
「そういや、さっき部屋ん中が騒がしかったけど、レンに何かあったのか?」
「さあ?急に老人に刃向かい出して、そんで話しを長引かせてた。おしゃべりしたかったのかも」
「旅人って寡黙な雰囲気あるけどよ、結構おしゃべりな奴多いよな」
「そんなもんかな」
「ああ。ここに来た奴らはペラペラよくしゃべったぜ。あんま面白くないからちゃんと聞かなかったから、んー、何言ってたか覚えてねーな」
「むしろ興味あって聞いてるのかと思った。情報収集とかして、この村で頼りにされてるっぽいし」
「情報収集なんて小難しいのは村長の仕事だぜ?だからモーフトンに話し聞いて連れてったんだからよ。まー、村の連中からは茶化される事多いけど、頼りにはされてるな。へへへ」
「村のお助けマンすね。パシリの虎とは俺のこと、みたいな」
「おいおい、俺けっこうすごいんだからな?」
「凄いかわからんけど、頼りにしたくなるのは自分も。けど村を守るのはなぜなんで?」
「大した理由なんてねーよ。昔聞いた英雄譚に憧れただけ。それだけだ」
「へぇー」
しばらくおしゃべりしていた2人だが、話している内に次第に身体が冷えてきた。
風邪引くとよくないから、とレンの事をネタにして区切り、2人とも温かい部屋に戻ることにした。
トウニと虎が友情を深めていた頃のこと。
エトセ村から少し西へ登った荒地では粗暴な男達が集まって騒いでいた。
腕に自信がない者なら近寄らない雰囲気である。
野盗達である。
そこへ1人近寄る姿があった。
その者は一枚布をローブとして羽織り、フードを目深に被り歩いて来た。
ローブ越しに華奢な体付きが見て取れる。
フードを目深に被る女は、躊躇せず彼らの元へと近づいていった。
女を見つけた野盗達は楽しげに笑い出し、迷子にでもなったのか、と弄ぶように言いつつ大勢で囲み脅しをかけた。
しかしフードの女は全く動じない。
それどころか口元はどこか楽しげでもあった。
馬鹿にされていると感じた男達は、それまでのふざけた様子から一変し、彼らが持つ暴力性を感じさせる顔つきになる。
一触即発。
血を見るかと思われたが、奥から戦いを静止する声が上がった。
「おい、お前ら何をしている」
「頭、侵入者だ」
「その割に楽しそうだったな」
頭と呼ばれた男は油断なく女に視線を向けた。
その風貌は野盗というより暦戦の戦士である。
鋭い視線を突きつける男。
女は一層嬉しそうに笑みを見せた。
「あなたに会いたかったの、頭領さん」
「俺は会いたいと思ってないがな」
「お願いがあるのよ。あなた達にもメリットがあるわ。お願いを聞いてくれるか、そうじゃなきゃ依頼を受けて欲しいな」
嬉しそうに要求する女。
「選択肢になってねーだろ」
呆れる頭領。
頭領は全員を見渡すと声を張った。
「いいかお前ら。出会ってまもないのに身勝手な選択肢を突きつけてくるような奴は絶対信用出来んと覚えておけ。話しを聞けば不利益にしかならん」
「経験者は語る、かしら?」
「てめぇ......」
「私の望みを叶えてほしいの。あの村を襲ってほしい。どうにかしたい人がいるのよ」
「エトセ村か。悪いが俺達じゃ虎には勝てんぞ」
頭領は突き放すように言った。
「大丈夫。どうにかしてほしいのは虎じゃないもの。お願いっていうのは、あの村に今2人の客人がいる。その人達を襲ってほしいのよ。これならいいでしょ?」
「何のためにだ?お前にとってそれはどういう意味を持つ」
「慎重ね。大金が手に入るのよ。とってもいい話しでしょ?」
話しを聞いていた子分が歓喜した。
「へぇ!いいじゃねぇか、その分け前はもらえるんだよな?」
「ええ、無事に達成できたらね」
「おい勝手に話しを進めるな!」
「あ、ああ、すまん」
「ちっ。話しを持ってきたからには策があるんだろうな?」
「もちろんよ」
「聞かせろ。それ次第だ」
女はその策を野盗たちに話した。
「虎を陽動でおびき出してその隙に、ねぇ。んで?そのあいだ虎は誰が足止めするんだ?お前か?」
「私には無理だから相談に来たの。理にかなっているでしょ」
「ふざけんな。俺達にも出来んと言っただろ、帰れ。ああ待て。折角だ、金目のもを置いていけ」
「あら、お金だけでいいのかしら?ふふふ」
「ふん。お前、相当な手練だろ。下手に手を出したら手酷い結果になりそうだからな。お互い譲歩できる内容だと思うが、どうする?」
「......わかったわ。相談に来た私が間違っていた。彼ら2人を捕らえればあなた達が持っている財が膨れ上がるのに」
「そういうのが胡散くせーんだ。なぜ俺達が金を持ってるなんて思うんだ」
「もちろん適当よ」
「はぁ、もういいから金を置いてさっさと失せろ」
「じゃあここに置いていくわ。ちゃんと見逃してねー」
「そうして欲しいなら早く行け」
「いいのかよ、すげーいい話しに思えるけどな」
「だったら虎と戦ってこい。お前が囮をするなら考えてもいいぞ」
「い、いや、さすがにそれは」
「結果が決まってる事を言わせるな。お前ら今の話しを聞いたな!いいか、絶対に村には行くな!もし行ったらどうなっても俺は知らんからな。あんな話し、怪しいにも程があるだろ」
「さて、お手伝いさんは来てくれるかしら」
野盗の元から離れた所。
フードの女は高く切り立った岩に腰を降ろし荒野を眺めていた。
女は待っていた。
欲に目が眩む者を。
そしてそれはすぐに現れた。
数人の男達が荒々しく荒野を進む。
小走りにフードの女を探しているが中々見つからず焦っている様子が伺えた。
その姿を見て女は薄く笑みを浮かべ、するりと降り立ち男たちに声をかけた。
「ねぇ、もしかして私を探しているのかしら?」
「お、おう、探したぜ」
「その様子、わざわざ追ってきたのは私の話しに乗ってくれるってことよね?」
「ああそうだ、俺達は頭ほど臆病じゃねぇからな」
「虎如きにビビってたら盗賊なんざやってらんねぇってんだ」
男達は不満を口にだしたいのだろう、言いたいことを口走っている。
「ということは、頭領さんは知らないってことなのか」
「もちろんだ。だから報酬は俺達だけに寄越せ」
取引成立ね。
女は満足していた。
これで問題なく進められる。
「でもこんな少人数で上手くいくかなぁー」
「手下ならいる。なにも頭だけに手駒があるわけじゃぁないからな」
「わかったわ。よろしくね、次期頭領さん」
「ハッ、調子のいいこと言ってくれるな。悪い気はしねぇが、さすがに舐めすぎだろ」
「あらそうなのね。てっきり頭領さんだけが頭使うのかと思ってたわ」
あからさまな女挑発に男たちは怒りを顕にした。
「おい、てめぇ、挑発のつもりか?」
「ごめんごめん、正直意外だったのよ。トップくらいしか頭のまわる人はいないと思っていたから。だから最初に頭領に合わせてって言ったんじゃない。でもこれは嬉しい誤算よ。あなた達みたいな人がいるなら最初からこうしてた。精々頼りにさせてもらうわ」
「ああ任せとけ」
意気揚々と野盗は言った。
「それで?何すりゃいいんだ?」
野盗のやる気を確認し、嬉くなった女は言った。
「村の西側で騒ぎを起こすわ。私がね。きっと虎が出てくる。彼が出ていったらあなた達の出番。手薄になった村を襲ってちょうだい。そして旅人の2人を捕えてほしい」
「つまり村の近くで待機してりゃいいんだな」
「ええ。決行は明日の夜。合図は、そうねぇ、すぐわかるからいっか」
「ふん、しっかり暴れてくれよ、ねーさんよ」
「お互いにね、うふふ」
獣のような瞳の女は、吹き抜ける風よりも冷たく薄っすらと微笑んだ。




