レン、風邪をひく
「へ、へっくち」
「レンさん汚いっす」
「うー、すまん」
モーフトンを発った2人は北へ、モグラの指示通りキタクニの支部へと向かう最中。
そんな2人は北へ向かうにあたりいくつかの問題を抱えることとなっていた。
まず1つ目。
トウニに付き合ってモーフトンを見下ろしていたレンは、すっかり体を冷やしてしまい風邪をひいてしまったのだ。
「うーさぶい。ちょっと休憩して火を起こしてもいいか」
「いいですよ」
「お前に火おこしが出来たらいいんだがな」
「じゃあ教えてください」
「えっ、珍しい。じゃ頼む」
「うす。うぉー、トウニファイアー!」
トウニは木と木を擦り合わせたりその辺の石を打ち鳴らして力任せに火起こしに取り組んだ。
「なぜだ、なぜ上手いかない」
「それがわからんからだろ」
「どこに問題が?」
「全てだな。もう一度やってみろ。もっとこう、いやそうじゃなく。くっ、歯がゆい。しかし自発性を育てるためにはここは我慢。我慢だ私」
「原始的なやり方じゃさすがに難しいっす。ライターか、せめてマッチでもあれば」
「そうだなぁ、コツを掴めば割とできるようになるんだが。確かに簡単ではないか」
次いで2つ目の問題。
水没した街の騒動で持ち回りの物を無くしてしまったのだ。
そのため日々サバイバルを強いられており尚且つレンが本調子ではない事から食糧の確保はままならず、彼らは悪循環に陥っていた。
「うー。このままだと餓死しかねん。なんとかせねば。だがその前に私は病死か。はぁ、しんど」
3つ目の問題。
何よりも困っているのがお金。
そう、彼らは文無しなのである。
「トウニ。金だ。金を稼ぐぞ」
「稼ぐってどうするんすか?あ!ついた!火がついたっすよ!いやー、なんか達成感と疲れでもう何もしたくない」
「お前なぁ。まぁ頑張った方か。おおそうだここは褒めるところだった。トウニーよくやったー、えらいぞぉー」
「全部聞こえてるけどあざっすー」
「頭なでてやろうか?」
「いらんす」
「そうか。でだ。金策について何かいい案はあるか?」
普段なら今後に関わることでトウニに意見など聞かないレンだったが、とってもしんどいため考える気力さえ失われつつあった。
トウニはモーフトンを出てから少し真面目になった。
以前ならすぐに逃げ出す事を最近では一度は挑戦しようとするのだ。
レンはこの変化を好ましく思い、どうにか成長を促すことが出来ないか考えていた。
「やっぱりモーフトンに潜って金目のもの取ってくればよかったですかね」
「無理だという結論になったろ。諦めろ」
2人はモーフトンに戻りどうにか荷を回収できないか試みたのだが、肌寒くなってきた中で氷の街に潜るなど自殺行為である。
少しの間だけ耐えたとしても目的のものがすぐに見つかるとは限らない。
その間に体力は消耗されてしまえば後がない。
トウニの力を使うことも考えたレンだが、万一バケモノ達に見つかるのも面倒であるので諦めた。
氷から逃れた後、割と近い丘からモーフトンを眺めた2人。
街が沈む水面は穏やかである。
しかし水がなければ建物はよりひどく倒壊しているようにも見受けられる。
探索のため、下手に力を加えて崩れた家に潰されることも考えると得策ではない。
だがしかし路銀がない。
だがどうにかしたい。
しかし、しかし、だがしかし。
そう考えている内に気がつけば暗くなっており、街の周辺は冬のように冷えていた。
その頃には余裕がまだあったレンが火を起こすと、疲れ切った2人はそのまま寝入って夜を明けた。
そうしてレンは風邪を引いたのである。
そうして今に至るトウニは、消えそうな火を大切にしながらちゃんと考えた。
「自分に出来ること。串焼きの食べ歩きブログを」
「ブログ?」
「何でもないっす。あ、串焼き屋を開きます」
「お前に出来るのか、いやいやいかん自発性。心頭滅却...うむ。いいと思うぞ。で、具体的には?」
「へっ?具体的っすか。お店建てて、肉焼いて、がっぽり」
「そんな簡単に!う、うぐぐぐ耐えろ私、我が心は明鏡止水の如くだ。ふぃー...じゃ、じゃあお店はどうやって建てるんだ?」
トウニは考えた。
「そうっすねぇ...その辺の枝で屋台組めばいけるっす」
「ほ、ほう。いい案かもしれなくもないな。じゃあ、肝心の肉はどうやって調達するんだ?」
トウニは更に考えた。
「買えばいいんじゃないすか?いや金がないか」
「そう!そうなんだ!金がないんだ!よく気がついたなぁ、いいぞその調子だトウニ、ははは。はぁ、頭痛い」
トウニは考え抜いた。
「じゃ、レンさんが調達して自分焼くっす」
「現実的に考えよう」
生乾きの枝しか集めていないトウニにモヤモヤしつつレンは話しを進めた。
この話は上手く進めないといけない。
問題点が何かを明確にして彼に無謀な考えであることを促しつつ、そのやる気を損なわないようにしなければならないのだ。
「お前1人で店を回すのか?」
「うーん、出来ると思うけど。どのお店も1人だったし」
「今まで見てきた串焼き屋は確かにな。だがそれは何年も続けてきたからだ。いきなりド素人のトウニがやったら失敗してしまいかねない。私はそれが心配なのだ」
視線だけ上にやってしばらく無言のトウニ。
果たしてどの程度の案を出してくるのか不安を抱きつつ待つ。
次第に降りてきた視線とともに前傾になったトウニを覗き見て待っていると、彼は不意に口を開きながらレンを真っ直ぐに見据えた。
「あ、そういえば最前線の串焼き屋はお手伝いの女の子がいたっけ」
「ん?そうなのか。初耳だな。ていうかずっと考えてたのがそれ?」
「そうっす。たしか黒髪の若い子だった」
「ふむ。あれだけの手練であってもお手伝いさんがいたんだから1人でやるのは無謀なのだろう」
「じゃあレンさんが」
「私は別で稼ぐ。その方が効率的だろう?」
「うーん」
「やるなとは言わんがそれなりの準備がいる。今回は見合わせた方がいいと思うぞ、うんうん」
「ですね、いいと思ったんだけどなぁ」
「ふぅ、上手くいったか」
レンは満足した拍子に気力が一気に抜けていくのを感じた。
段々辛さが増してきたレン。
早く休んだほうがいいというのは理解しているが早いうちに方針を固めておきたい。
そう考えトウニと議論を進めた。
いや果たしてこれは議論だろうか、不意によぎった疑問も今の残念なレンの頭では形になることはなかった。
「それにしたって街を凍らせるとかは流石にないですよね」
「そうだな。非常識という点ではお前といい勝負だ」
「自分にも常識くらいありますよ」
「だと良かったんだがな」
常識くらいはある。
そう自負しているトウニだが、レンに口で勝てるわけもない。
仕方がないので話題をずらすことにした。
頭を使わないトウニでもずっと気になっていたことがあった。
それは最前線の防壁。
クゥエや魔王軍が容易く破壊してのけたあの壁だ。
最も激戦区である戦場の防壁がああも簡単に壊れるものなのだろうか。
モーフトンの城壁でさえもう少し頑丈に見えた。
戦場だから修復が間に合わなかったというほどボロくもない。
そのことがなんとなくずっと不思議に思えていたのだった。
「ねえレンさん。ずっと気になってたんすけど」
「串焼きがなぜ各地にあるのかについてとか?」
「確かに謎っすね。なんでだろ」
「ああすまん。反れたな。なんだ?」
「えーっとなんだっけ。あそうそう。最前線の壁って、なんであれで魔王軍の進行を防げていたのか不思議っす」
トウニにとっては何気ない疑問を口にしたつもりでいた。
しかし魔王軍の諜報員であるレンにとって、それは複雑な思いにさせる言葉。
「逆なんだ、逆なんだよトウニ」
レンは俯かずにはいられなかった。
「その薄い防壁でさえ我々は突破出来なかったんだ。いかに劣勢だったかがわかるだろう。死に物狂いに大軍で突貫してようやく半壊だ。しかし、しかしだ、あの戦でも人間側の人的被害は我が軍に比べてとても少なかったという。そうだな、あの防壁を半壊させたんだ。クゥエ殿が称えられるべき将であることは間違いない。といってもこれは我々にしか判断出来ないことだ。人間からすれば取るに足らないことだっただろう」
「ふーん、クゥエ君はほんとすごいですね」
「ああ」
答えてもらったが、トウニはまだ腑に落ちなかった。
劣勢だったのはわかる。
しかしあの街で過ごした日々。
それを思い返すとどうしても難攻不落という印象が湧いてこない。
「でも自分やレンさんも潜入出来てたじゃないですか。めっちゃ簡単に突破してたっすよ?」
「はぁ、お前は。いいか?確かに斥候はそうだろう。だが拠点を手に入れることはまた別だ。制圧しなきゃならん。私やお前がその戦略に一役買う事はできても単身でどうにか出来るものじゃない」
「そんなもんすか」
戦いのみならず、そもそも世の中に疎い彼にとってはまだ理解が追いつきそうになかった。
レンは頭痛が酷くなり、とうとう横になった。
トウニの知見の狭さにため息をつきたくなったが、あからさまだとよくないかと考える。
気を使いこっそり息を吐いてはみたものの、思いの外重い息が出てしまったことが我ながら可笑しくなり笑ってしまった。
その拍子に頭を鋭い痛みがよぎり呻く。
「まったく、私はこの状況をどう受け止めているんだろうな」
自分が自分でわからない。
横になると、まとまらない思考は拍車をかけてまとまりが悪くなっていった。
そんな様子には気づかずトウニは一人考え事をしていた。
どちらに加担することもなくここまで来ている自分にとって劣勢優勢などの話はどうにもピンとこない。
レンとは随分と捉え方が違うのだと知る。
街のことを思い出していると、ふと彼は更に疑問が湧いた。
「そういえば最前線ってたくさん人がいたけど、いろんな国から集まってきてたんですよね?」
「そうだな。様々な組織がいたよ。調査が大変だった」
「へぇー。どんなのがいたんすか?」
「今更か。お前は一体何を調べていたんだ」
「いやぁ、串焼き連盟とかの話は店主から聞いてましたが」
「どんだけ串焼きのこと聞いてるんだ!うぅっ、くらくらする」
休みを挟みながらレンは人間の組織について教えた。
興味を持っている今を大切にしたい。
その考えに取り憑かれているレンは自分の身体に鞭打ち教師を務めた。
「お前に一番馴染みがある組織は、そうだな。《ウォータークラウン》」
「馴染みありですか」
「そうだ。構成員の殆どが水に関連する力を使う。といえば流石に察しもつくだろう」
「向日葵とかですね」
「そうだ。《冬の向日葵》、《噴水》あとは金色が毛嫌いしている《虹色》もそうだ。他にもいたが、すまん思い出せん」
頭を抱えながらその組織のことを思い浮かべる。
「奴らは魔王軍を滅ぼすことを掲げる悪質な組織だ。我々からはかなり手厚くマークされている」
「なんで悪質なんです?」
「手口だな。相手を弄ぶように、いたぶるように。悪質というより陰湿か。あとは手段を選ばない」
「それは納得っす」
さすがに呑気に聞く気にはなれなかった。
数日前の光景をまざまざと思い起こしトウニは身震いした。
揺れる灯りはチラチラと視界にうるさい。
彼女は火を遮るように片腕を額に乗せる。
そうしてみ押さえることで頭痛が和らぐような錯覚を得た。
「他にはぁ、《マシュマミルク》。女性が主な構成員の組織」
「なんか甘ったるそうな感じがする」
その言葉にレンはかすかに笑い返した。
吸い込む空気が重く、胸には焦燥が貯まる。
「さあどうかな。ミルクって実はそんなに甘くないものだろ?確か最前線にもいた。うー、頭がぼーっとしてうまく思い出せん。ほら、でっかい火の玉撃ち出すあいつ」
トウニはチャティを撃ち落とした火球を思い浮かべた。
「ああなんか知ってるかも。大先輩っすね」
「だいせんぱい?まぁちゃんと諜報活動してたんだなぁ。よしよしえらいぞとうにー」
「頭大丈夫っすか?」
「熱のことを言ってるんだよな?」
「ふぅ、えーっと、あとは」
「大丈夫っすか?無理に喋らなくても」
「ああ、大丈夫だ、気にするな、ああ問題ないさ」
自分を見ていないレン。
疲れてきたのを察したトウニは黙ったままでいた。
彼女もそれ以上話そうとはしなかった。
手持ち無沙汰な彼は手元の火に意識を移す。
努力してつけた火は愛着がある。
絶やさぬように薪を入れて、逆に入れすぎて消えそうになったりとささやかな冒険をしていると、レンが急に思い出したように語り始めた。
「人間の中にはどこにも属さない者も少なくない。特に実力者は。《金色の妖精》や《薪割り》、最前線で見たあの《黒墨》。他にも《イカヅチの5英傑》、通称5G。《唐草エルフ》、《放浪聖女》や《奇跡の伝導師マネマネ+(プラス)》、《エトセの虎》。そして何より恐ろしいのが魔王様をも苦しめた人間。《勇者》」
「勇者いるんだ」
「そうだ。勇者だ。奴はある時急にいなくなったと聞く。人間側も、我々も奴の消息を追ったが誰一人としてその足取りを掴むことが出来た者はいない。究極の人間。果たして今生きているのかそれとも。謎に包まれた幻のような存在。生きた伝説。唯一正しく語り継がれているのは勇者の剣のみ。名刀《水の衣擦れ》。真水のように清らかな刃、何者を斬り裂くとも響く音は衣擦れの如し。ふふっ、伝説か。そんな人間になったらどんな気分なんだろうな。あー、もし会えたら一度聞いてみたいものだ」
彼女は暗い声色で話し続けていた。
ちょっと心配になって覗き込んでみたが、表情はどこか穏やかなようにも見えた。
そう見て取った彼は気にせず話しを続ける。
「なんでわざわざ組織なんて作るんですかね。個人でも強いし敵なんて大したことないんだから」
「お前なぁ、思っててもいうことじゃないぞ」
「現実から目を逸らしちゃダメっすよ」
「よく言えたもんだ。我々を痛ぶりたいんだろう。それに勢力争いは世の常だ。まぁ我々とて人間との勢力争いはをしているわけだしな」
「してたの間違いでは」
「ははは、そうだな」
断片を拾いながら解説するように、ぽつりぽつりとレンは続ける。
「我々が雲隠れ作戦を実行するより少し前から、新興勢力の発足も確認されていた」
「新興勢力なんてなんで今更」
「人間同士の争いが起きることはずっと、言われていた。余力を残すため、魔王軍を相手にしない組織も、あったほどに」
「だから生き残れたんすね」
「かもなぁ」
「すまんトウニ、ちょっと休ませてくれ」
「はいー、おやすみです。火の番はこのトウニにお任せっす。明日はどこかの町に入れるといいですねー。自分は串焼きが恋しいっす」
しばらく待っても言葉は何も返ってこなかった。
すぐに眠ったのだろうとトウニは考えた。
そして彼が気づいた頃にはレンの容態はかなり悪くなっており、もはやその場でどうにも出来ないほどに危険な状態に陥っていたのであった。
おでこに手を当てると明らかに熱い。
人間ってここまで熱くなるものなんだとトウニは思いながら、どうしていいかわからず焦っていた。
自分には何も出来ることはない。
しかしそのまま放置するわけにもいかず、選択肢が焦ることしかない彼は無用に時間を費やしていった。
折角あの氷の街から逃げ延びたのに、こんな所でどうにかなってしまうのか。
自分のスキルの無さをまた悔やみ始めていた。
ここ最近で出来たのは眼前にちらつく火をつけただけ。
火があれば食事だってまともになる。
だがその食料を確保することが出来ない。
串焼き屋の話は自分でも間抜けなことを言っているとわかっていた。
しかしどうしたらいいのか、何を必要とするのかまったくわからなかったのだ。
自分は何も知らない。
何も出来ない。
力の無さをつい最近悔やんだばかりだというのに。
強さはいらない。
ただ世の中を生き抜く力が欲しかった。
それが適当に生きる彼のささやかで、真摯な願いだった。
なのに今、それが不足しているという現実を突きつけられている。
「違う、自分だけならここから」
トウニは冷ややかにレンに目を向けた。
「ねえおにーさん」
「へぇ?」
いつの間にか少女がそこにいた。
キャップ帽を被りパーカーを着た少女は、静かな黒い瞳でトウニを見つめていた。
火の側まで来ると背中に担いでいた鞄を地面に置く。
それはごわついた見た目ほど重そうではなかった。
「その人はおにーさんの大事な人?」
「大事というか、なんというか」
「じゃあさ、この人置いて私と一緒に行かない?一人旅でちょっと寂しかったんだ」
トウニは2人を見比べる。
突然現れた少女。
対して鬼のように厳しい人。
普段なら可憐な容姿にそれもいいかと答えたが、今はそれどころではない。
「今のままでいいかな。この人すごくやばいんだ。たぶん風邪で弱ってて、どうしていいかわからなくて」
「あはは、そーみたいね。大事か。よし、じゃあ薬を作ってあげるね」
「なんで?」
「なんでって。私は風邪引くことはないんだけど、誰かのためにいつでも作れるようにって師匠に教えられてまして」
「はぁ、そうなんすか。それでなんで助けてくれるんすか?」
「あの人はお節介焼くために生まれてきたような人なんだよ。それでさ、ここで見殺しにしたらすっごい怒ると思う。もちろん言わなきゃバレないんだけどね」
話しながら少女は鞄からいくつか小物を取り出した。
火の周りに石を積み簡易的なかまどをこしらえる。
そして金属製と思われる器を上に置き水を注ぐ。
湯気が立ち上ると、トウニは急にお腹が空いてきた。
少女はレンの状態を確認している。
どこか冷たそうにも見える顔つきで、いくつかの粉末に煎じた物を混ぜ合わせていく。
「症状に合わせていくつか配合するといいんだってさ」
「そうなんすか」
火よりも温かい何かを感じながらトウニはただじっとその様子を見つめた。
出来上がった薬をレンの口に入れ、なんとか飲ませる。
そして身体を暖めるため毛布を巻き付けていった。
「あとは様子見ながらだね」
「ありがとう」
「おにーさんたちはモーフトンから来たんでしょ?」
「うす」
「じゃあ、これ路銀。次の町で宿泊と軽く食事や最低限のものが買えるくらいにはあると思う」
「あざっす」
「遠慮ないね」
「もらえるものはもらっておかないと」
「そうね」
少女は優しげに笑っていた。
ちょっとがめついかな、遠慮ないとか怒るかな、と思いながらも受け取ったが全く気にしたところもなく、次いで食事の準備を始めた。
串焼きだ。
「あ!」
「わっ、急にどしたの」
「おねーさん最前線の串焼き屋のお手伝いさんでしょ」
「ああー!常連さんじゃん。暗くて違って見えた」
「自分もっす」
「あはは。奇遇だねぇ」
「そっすね」
親切にしてくれたことに加え、見知った顔に出会えたことでトウニはようやく緊張を解くことが出来た。
その場で仰向けになる。
ともすれば眠ってしまいそうなほどに安堵を感じていた。
「よかったっす、ほんと」
「安心するのはまだ早いよ。さっきの処置は症状の緩和だけだし、まだまだどうなるかわからな、あれ?」
レンの額に手を当てた少女は、まだ平熱とまではいかないものの、明らかに熱が引いていることに驚いた。
「なんすか?」
「熱が引いてる。そんなバカな。ねね、この人って人間?」
「レンさんは人間の姿をした人間でありつつ人間の魂を宿した心は鬼な人です」
「えーと...つまり人間ってことね。この感じなら明日にはケロッとしてるかも」
「カエルっすね」
「そそ、ケロケロさん」
「へへっ。はぁー、もーなんか緊張の連続で自分もくたばりそうっす」
「それなら寝てなよ。火の番くらいはしてあげるから」
ここにきて少女の厚意に強い不審感が芽生えたトウニ。
考えてみれば周囲は暗く、ここは道から少し外れている。
火を見て寄って来たのだろうが、少女が一人でこんなところにいるのは不用心だしそもそも不自然だ。
常識を持たないトウニは遂にそのことに気がついた。
「なんでそこまでしてくれるんです?」
「んー、おにーさんってなんでか親近感が湧くのよ」
「なんで?」
「さあ?懐かしさというのか。ふっしぎー」
「そっすね、自分もそんな感じするっす」
「運命かな」
「運命っすね」
「やば」
「やばいっす」
「あははー」
2人で笑いながら馬が合うからまあいいかとトウニは思い、深く考えるのはやめることにした。
どうあれ恩人なのだ。
仮にどのような思惑があろうと、窮地を救ってくれた人をこれ以上疑うのはよくない。
少女に一言礼を告げ、彼は眠りについた。
彼が眠った後、少女はずっとレンを見ていた。
見つめる闇のような黒い瞳は冷ややかだ。
少女はキャップ帽を脱ぐとまとめていた長い髪を振り払いながら軽く手でとかして整えた。
艷やかで癖のない黒い髪。
そよ風に撫でられた髪は水に流れる墨のよう揺らめく。
黒墨はレンに近づいた。
「本当に人間なのかな。この回復力、薪割りじゃあるまし...やっぱり始末した方がいいのかな?」
彼があんまりにも慌てていたのでつい助けてしまった。
嘘をついているようには見えない。
だからこの女は人間なのだろう。
果たして何者なのか。
そこまで考えた黒墨だったが、火の番に戻ることにした。
「おにーさんはレンって呼んでたか。覚えとこ。この人すっごく匂うんだよなぁ。でもおにーさんは全くしないし...どういう関係なんだろ?もっと聞いておけば良かったわ。まいっか。おにーさんはほんとに嬉しそうだったもん。いい仕事しちまったぜぇー」
思ったことを口に出したことで気分も収まり、彼女も眠ることにした。
日の出前に離れればいい。
もしレンか彼が起きたら何者か直接聞けばいい。
これだけ。
それ以外は考えなくていいのだ。
迷いは無くすこと。
師匠の教えを思い出しながら、少女は眠りについた。
目を覚ますと記憶の中にある景色と少し違っていた。
ぼんやりしていたとはいえ毛布があるのはどう考えてもおかしい。
警戒し周辺を見渡すと、だらしなく居眠りするトウニがいた。
火は消えかかっているが、かまどになっている。
明らかにトウニ以外の人間がいたことが伺えた。
「ふむ。誰かが助けてくれたのか。頭痛もない。私は何日寝ていたんだ?」
この状況がわかるような物は何もない。
だが何よりさっきから目について離れないものがある。
串焼きだ。
「勝手に食べたらこいつ怒るかな?まあいいか。トウニだし」
「んー、おはよーっす。あ、ああ!レンさん」
「よう」
素早く串焼きを後ろに回すレン。
「起きたんすねぇ、よっかったー。安心したらもう何もやる気が出なくなった」
どういうわけか最近見せていた積極性が感じられないほどトウニはだらけていた。
「私はどのくらい寝ていた?」
「昨日の今日っす」
「そうか」
つまり一晩で回復した。
一体何があったのか。
トウニに聞いたところで取り留めのない話しになるのは目に見えている。
道中ゆっくり聞けばいい。
問題は誰が助けてくれたかがわかるか否か。
それ以外はあまり重要ではなさそうだ。
そこまで判断したレンは、後ろ手に持っていた串焼きを口にした。
「もういいんすか?」
「不思議なほどすこぶる良好だ。ああ、朝日が心地よいではないか!見ろ。キラキラしていない髪。ぼんやりしない頭。思うように動く身体。やる気のないトウニ。一晩でこんなにも回復するとはな。よーし、北を目指して進むぞトウニ!」
「ういっすー」
荷の少ない2人は早々に旅へと戻った。
少女の姿を探したがどこにもいない。
自分が起きるよりも早くにここを立ち去ったのだろう。
今度会うことがあれば何かお礼をしよう。
トウニは前をいく元気なレンを見ながらぼんやり考えていた。
そして優先順位について、串焼きやお金以外にも大切な存在を理解し始めたトウニであった。




