12. 熱に浮かされる世界の枠
木枯らしが 鳴く鳥渡り 北の空。
季節は冬に移ろい始めていた。
「へっ…へっくちっ」
「レンさん汚いっす」
「うー、すまん」
モーフトンを発った2人は北へ、モグラの指示通りキタクニの支部へと向かう最中。
そんな2人は北へ向かうにあたり、いくつかの問題を抱えていた。
まず1つ目。
トウニにつき合ってモーフトンを見下ろしていたレン。
彼女はすっかり体を冷やして風邪をひいてしまったのだ。
「うー、さ、さぶい。ちょっと休憩して火を起こしてもいいか」
「いいすよ」
「お前に火おこしが出来たらいいんだがな」
「じゃあお任せを」
「えっ、珍しい。じゃ頼む」
「うす。うぉー、トウニファイアー!」
木と木を擦り合わせてがんばった。
かっかっかっとその辺の石を打ち鳴らしてがんばった。
トウニはがむしゃらにがんばった。
「なぜだ……なぜ上手くいかない」
「それがわからんからだろ」
「どこに問題が?」
「全てだな。もう一度やってみろ。もっとこう、いやそうじゃなく。くっ、歯がゆい。へっくちっ。うー、しかし自発性を育てるためにはここは我慢。我慢だ私」
「原始的なやり方じゃさすがに難しいっす。ライターか、せめてマッチでもあれば」
「うーん、コツを掴めば割とできるようになるんだが。確かに簡単ではないか」
次いで2つ目の問題。
水没した街の騒動で持ち回りの物を無くしてしまったのだ。
そのため日々サバイバルを強いられている。
しかもレンが本調子ではないから食糧の確保はままならない。
彼らの生活は悪循環に陥っていた。
「うー。このままだと餓死しかねん。なんとかせねば。だがその前に私は病死か。はぁ、しんど」
3つ目の問題。
何よりも困っているのがお金。
そう。
彼らは文無しなのである。
「トウニ。金だ。金を稼ぐぞ」
「稼ぐってどうするんすか? あ! ついた! 火がついたっすよ! いやー、なんか達成感と疲れでもう何もしたくない」
「お前なぁ。まぁ頑張った方か。おおそうだここは褒めるところだった。トウニーよくやったなぁー、えらいぞぉー」
「全部聞こえてるけどあざっすー」
「頭なでてやろうか?」
「いらんす」
「そうか。でだ。金策について何かいい案はあるか?」
普段ならトウニに意見など求めないレンだが、とってもしんどいせいで気が回らないのであった。
トウニはモーフトンを出て数日、少し真面目になった。
以前ならすぐに逃げ出す事を、最近では一度は挑戦しようとするのだ。
レンはこの変化を好ましく思い、どうにか成長を促すことが出来ないか思案していた。
「やっぱりモーフトンに潜って金目のもの取ってくればよかったですかね」
「無理だという結論になったろ。諦めろ」
災厄から逃れた2人は街に向かい、荷の回収を試みたのだ。
街が沈む水面は穏やかである。
だがどこも建物の損傷は酷く、探しに潜って家が崩れたら潰されかねない。
これは得策ではない。
しかもこの寒さ。
氷の街に潜るなど自殺行為である。
すぐに見つかるとは限らない。
そこで体力が尽きれば後がない。
トウニの力を使うことも考えたレンだが、万一バケモノ達に見つかると厄介なので諦めた。
だがしかし路銀がない。
でもどうにかしたい。
しかし、しかし、だがしかし。
2人は冷えた夜の中で火を囲み、あっという間に寝入って朝を迎えた。
そうしてレンは風邪を引いたのだ。
試行錯誤の末、今に至るトウニは消えそうな火を大切にしながらちゃんと考えた。
「自分に出来ること。じゃあ串焼きの食べ歩きブログを」
「ブログ?」
「何でもないっす。あ、串焼き屋を開きます」
「お前に出来るとでも……いやいや、自発性。心頭滅却……うむ。いいと思うぞ。で、具体的には?」
「へっ? 具体的っすか。お店建てて、肉焼いて、がっぽり」
「そんな簡単にっ! う、うぐぐぐ、耐えろ私……我が心は明鏡止水の如しだ。ふぃー……じゃ、じゃあお店はどうやって建てるんだ?」
トウニは考えた。
「そうっすねぇ……その辺の枝で屋台組めばいけるっす」
「ほ、ほう。いい案かもしれなくもないな。じゃあ、肝心の肉はどうやって調達するんだ?」
トウニは更に考えた。
「買えばいいんじゃないすか? いや金がないか」
「そう! そうなんだ! 金がないんだ! よく気がついたなぁ、いいぞ、その調子だトウニ、ははは。はぁ、頭痛い」
トウニは考え抜いた。
「じゃ、レンさんが調達して自分焼くっす」
「現実的に考えよう」
生乾きの枝ばかり集めたトウニにモヤモヤしつつ、レンはプランを作る。
この話は上手く進めないといけない。
問題点を明確にして無謀な考えだと促しつつやる気を保たねば。
ハードルは高い。
だがやる価値はある、はずだ。
レンは自分にそう言い聞かせた。
「お、お前1人で店を回すのか?」
「うーん、出来ると思うけど。どのお店も1人だったし」
「今まで見てきた串焼き屋は確かにな。だがそれは経験の成せる技。ド素人のトウニでは失敗してしまわないか。私はそれが心配なのだ。そうそう、心配なのだよ、私は」
腕を組んで宙を見つめる無言のトウニ。
出てくる案に不安を抱きつつ様子を見るレン。
宙を彷徨う視線が彼女の目を通り過ぎて、どんどん下がって地面に刺さる。
はたと閃き、沈む顔を覗きこんでいたレンを真っ直ぐに見据えた。
「最前線の串焼き屋はお手伝いの女の子がいたっすね」
「ん? そうなのか。初耳だな。ていうかずっと考えてたのがそれ?」
「そうっす。たしか黒髪の若い子だった」
「思案した意味……ふ、ふむ。あのご老人でさえ、あれだけの手練であってもお手伝いさんがいたのだから、やはりお前が1人でやるのは無謀なのだろう」
「じゃあレンさんが」
「私は別で稼ぐ。その方が効率的だと思わないか?」
「うーん」
「やるなとは言わん。だが準備がいる。今回は見合わせた方がいいと思うぞ、うんうん」
「ですね、いいと思ったんだけどなぁ」
「ふぅ、上手くいったか」
彼女は満足した拍子に気が抜けてしまった。
段々辛さが増してきたレン。
早く休みたいが、方針は早めに固めておきたい。
足りないものが多すぎる。
「ああ、路銀……」
「金っすか」
「命の源だよ」
「その思想やばいっすね」
「非常識なお前にはそうかもな」
「自分にも常識くらいありますよ」
「だと良かったんだがなぁ」
常識くらいある。
そう自負しているトウニだが、レンに口で勝てるわけもない。
彼は話題をずらすついでに、ずっと気になっていたことを口にする。
戦場の最前線にそびえる防壁。
クゥエや魔王軍が容易く破壊してのけた壁。
彼は頭の中で、凍ったモーフトンの壁と比べていた。
「ねえレンさん。ずっと気になってたんすけど」
「串焼きがなぜ各地にあるのかについてとか?」
「確かに謎っすね。なんでだろ」
「ああすまん。逸れたな。なんだ?」
「えーっとなんだっけ。あぁそうそう。最前線の壁って、なんであれで魔王軍の進行を防げていたのか不思議だったんす。簡単に半壊してたじゃないすか」
トウニにとっては何気ない疑問だった。
だが魔王軍の諜報員であるレンにとって、その疑問は苦汁をなめさせる言葉。
「逆なんだ、逆なんだよトウニ」
レンは俯かずにはいられなかった。
「その薄い防壁でさえ我々は突破出来なかったんだ。いかに劣勢だったかがわかるだろう。死に物狂いに大軍で突貫してようやく半壊だ。しかし、しかしだ、あの戦でも人間側の人的被害は我が軍に比べてとても少なかったという。そうだな、あの防壁を半壊させたんだ。クゥエ殿が称えられるべき将であることは間違いない。といってもこれは我々の認識だ。人間からすれば取るに足らないことだろうさ」
「ふーん、クゥエ君はほんとすごいですね」
「ああ、尊敬すべき御仁だろう」
答えを聞いてもまだ腑に落ちないトウニ。
劣勢だったのは知っている。
しかしあの街で過ごした日々。
それを思い返すとどうしても難攻不落という印象が湧いてこない。
「でも自分やレンさんも潜入出来てたじゃないですか。めっちゃ簡単に突破してたっすよ?」
「はぁ、お前は。いいか? 確かに斥候はそうだろう。だが拠点を手に入れることはまた別だ。制圧しなきゃならん。私やお前がその戦略に一役買う事はできても単身でどうにか出来るものじゃない」
「そんなもんすか」
惨劇を目の当たりにした彼ではあるが、戦いに身を置かない者には実感が湧かないもの。
人間と魔王軍の実力の差。
なぜ人間がバケモノと呼ばれているのか。
彼はまだ、正しく世界を理解していないのであった。
頭痛が酷くなりレンは横になった。
トウニの知見の狭さにため息をつくと、思いの外、重い息が出てしまったことが可笑しくて笑ってしまった。
その拍子に頭を鋭い痛みがよぎり呻く。
「まったく、私はこの状況をどう受け止めているんだろうな」
自分で自分がわからない。
横になると、意識はどこか遠い彼方へ行ってしまいそうになった。
トウニは1人考えていた。
どうにも理解ができない。
レンとは随分と捉え方が違うのだと知る。
そして人との争いについて、新たな疑問が湧いた。
「そういえば最前線ってたくさん人がいたけど、色んな国から集まってきてたんですよね?」
「そうだな。様々な組織がいたよ……調査が大変だった」
「へぇー。どんなのがいたんすか?」
「お前に一番馴染みがある組織は……そうだな。《ウォータークラウン》」
「馴染みありですか」
「そうだ。構成員の殆どが水に関連する力を使う。といえば流石に察しもつくだろう」
「向日葵ですね」
「そうだ。《冬の向日葵》、《噴水》あとは金色が毛嫌いしている《虹色》もそうだ。他にもいたが、思い出せんな」
彼女は頭を抱えながら、その組織のことを思い浮かべる。
「奴らは魔王軍を滅ぼすことを掲げる悪質な組織だ。我々からはかなり手厚くマークされている」
「なんで悪質なんです?」
「手口だな。相手を弄ぶように、いたぶるように。悪質というより陰湿か。あとは手段を選ばない」
「それは納得です」
数日前の光景をまざまざと思い出して、トウニは身震いした。
レンは頭を押さえながらもトウニに話してやった。
「他にはぁ、《マシュマミルク》。女性が主な構成員の組織」
「なんか甘ったるそうな感じがする」
その言葉にレンはかすかに笑い返した。
喋ろうとして吸い込んだ空気が重く、胸が熱くなり、心臓が潰れてしまいそうな感覚が襲った。
「う、うぅ……どう、かな。ミルクって、実はそんなに甘くないものだろ? 確か構成員が最前線にもいたな。うー、頭がぼーっとしてうまく思い出せん。ほら、でっかい火の玉撃ち出すあいつら」
トウニはチャティを撃ち落とした火球を思い出した。
「ああなんか知ってるかも。大先輩っすね」
「だいせんぱい? まぁちゃんと諜報活動してたんだなぁ。よしよしえらいぞとうにー」
「頭大丈夫っすか?」
「熱のことを言ってるんだよな?」
「ふぅ、えーっと、あとは」
「大丈夫っすか? 無理に喋らなくても」
「ああ、大丈夫だ、気にするな、ああ問題ないさ」
焦点のあわないレンの視線。
トウニはピンときて、黙ることにした。
彼女もそれ以上話そうとはしなかった。
手持ち無沙汰な彼は、手元の火に意識を移す。
努力してつけた火は愛着がある。
絶やさぬように薪を入れて、逆に入れすぎて消えそうになったり。
ささやかな冒険をしていると、レンが急にとめどなく語り始めた。
「人間の中には組織に属さない者も少なくない……特に実力者はな……」
「群れるなんて、弱い奴のすることだ」
「なんだ、急に標語みたいなこと言いだして……《金色の妖精》や《薪割り》とか、あと最前線で見た最強と名高い《黒墨》。他にも《イカヅチの5英傑》、通称5Gだな」
「電波良好ですな」
「お前はたまによくわからん事を言うな。えーっと、あとはぁ、《唐草エルフ》、《放浪聖女》や《奇跡の伝導師マネマネ+(プラス)》、この辺だとぉ、《エトセの虎》か」
「覚えれんっす」
「ははは、いいさ。また話してやる。だがこれは覚えておけ。何より恐ろしい存在。魔王様をも苦しめた人間……」
「誰なんすか?」
レンは痛みからか、恐れからなのか、間をおいてから語った。
「《勇者》だ」
「勇者いるんだ」
「知っているのか?」
「有名だから」
「そうだな。勇者。究極の人間……」
「奴はある時、急にいなくなった。人間側も、我々も、奴の消息を追ったが、誰一人その足取りを掴むことは出来なかった。果たして今生きているのか、それとも。謎に包まれた幻のような存在。生きた伝説」
「魔王よりすごそう」
「……そうではないと信じたいなものだ」
レンは何を信じているのか。
そして何を目指しているのか。
トウニは、彼女について何も知らないことに気がついた。
レンは取り憑かれたように続ける。
「ヤツのことで唯一正しく語り継がれているのは勇者の剣のみ……名刀《水の衣擦れ》。真水のように清らかな刃、何者を斬り裂くとも、響く音は衣擦れの如し。ふふっ、伝説か……そんな人間になったらどんな気分なんだろうな。あー、もし会えたら一度聞いてみたいものだ」
「会えたらラッキーすね」
「そうだな」
彼女の声は夜に吸い込まれるように消えていく。
トウニはちょっと心配になり覗き込んでみたが、表情はどこか穏やかなようでもある。
彼は気にせず話を続けた。
「人間側は、なんでわざわざ組織なんて作るんですかね。個人でも強いし、敵なんて大したことないんだから」
「お前なぁ、思ってても言うことじゃないぞ」
「現実から目を逸らしちゃダメっすよ」
「お前が言えたことか。我々を痛ぶりたいんだろう。それに勢力争いは世の常だ……まぁ、我々とて人間との勢力争いをしているわけだしな」
「してたの間違いでは」
「ははは、そうだな……」
レポートを読むように、ぽつりぽつりとレンは続ける。
「我々が雲隠れ作戦を実行するより少し前から、新興勢力の発足も確認されていた」
「新興勢力なんて、なんで今更」
「人間同士の争いが起きることはずっと、言われてきた。余力を残すため、魔王軍を相手にしない組織も、あったほどに」
「だから生き残れたんすね」
「かもなぁ」
レンは寝返りを打って、焚き火から顔を背けた。
「すまんトウニ、ちょっと休ませてくれ」
「はいー、おやすみです。火の番はこのトウニにお任せっす。明日はどこかの町に入れるといいですねー。自分は串焼きが恋しいっす」
しばらく待っても返事はなかった。
すぐに眠ったのだろうとトウニは思った。
だが、彼が気づいた時にはレンの容態は危険なまでに悪化していた。
もはやその場でどうにも出来ないほどに。
トウニは何も出来ない。
この夜、レンの命は尽きようとしていた───




