女の首を斬る方法
34歳のオバサンだ。
仲間を裏切り、敵の勇者パーティーに情報を流していたことが発覚し、処刑することになったのだが、何しろ女ながら狂戦士を職としているだけあり、暴れられると取り押さえることにも一苦労する。
「離せーーーッ!」
三人の屈強な男たちに取り押さえられながらも、ズルズルと男たちを引きずって、処刑場から逃れようとしている。しかし逃れることは不可能だ。三人を振り切ったとしても、百人を超える魔王軍の兵士たちが処刑場を取り囲んでいる。
「殺されてたまるかーーーッ! このあたしを誰だと思ってやがるーーーッ!」
凄い形相だった。女であることを忘れているとしか思えない。黒髪を振り乱し、眉間に地獄のような皺を寄せ、液という液を迸らせながら暴れ狂っている。
魔王様も困り顔をして、高い玉座の上から、なかなか進まない処刑の儀式を見守っている。
「……トモエ・ゴードン」
私はその名を呼びながら、彼女の前に進み出た。
「あなたは私たちを裏切った。あなたのことは同胞だと思っていたわ。──でも、こうなったらもう、こうするしかないの」
「ジュリア・マケドナス!」
トモエが私の名前を、叫ぶように、歯ぎしりの音とともに口から吐いた。
「てめえっ……! 見た目若くて綺麗だからって調子に乗りやがって! 実年齢321歳のバケモノが!」
トモエの手が私めがけて飛んできた。
彼女の手はどこかの海賊王のように伸びる。その怪力は掴んだ相手を紙屑のようにクシャクシャと丸め、骨と肉と血のだんごに変えてしまう。しかし私も魔王様の左腕と呼ばれる魔術師だ。軽くかわすと、トモエに近づいた。
「ジュリアさま!」
彼女を取り押さえる三人も隊長や副隊長格なのだが、それでも押さえきれずに、縋るような目で私を見ながら言う。
「どうにも暴れて押さえきれません」
「どうか、ジュリアさまのお力で動きを止めてはいただけないでしょうか!」
後ろではずっと処刑人のサンガタンが、巨大な斧を肩に担ぎ、控えている。
鉄仮面の下の表情は見えないが、『こんなことは初めてだ』とぽかんとしているのが見えるようだ。
私の魔術でトモエの動きを止めるのは容易い。
しかしこの処刑の儀式には決まりがある。処刑される者は罪を悔いているという形にしなければならない。自分から大人しくその首を差し出し、処刑人の斧で斬られなければならない。
私が魔術で動きを止めたトモエでは悔いていることにならない。この儀式は人殺しの場ではなく、懺悔の舞台なのだ。
「トモエ……」
私は彼女の目の前まで近づくと、にっこりと微笑んだ。
「これを貴女に差し上げます」
私が手にしているものを見ると、トモエの動きがゆっくりと止まった。
私の顔とそれを交互に見ながら、その表情も穏やかになっていく。
「これは……」
「ええ」
私は柔和な笑顔のまま、それを彼女の髪へと持っていく。
「貴女に似合うと思って、持ってきたのよ」
それは私がいつも髪につけているピンク色のリボン。私が321歳という年齢ながら若く見えるのは、このかわいいリボンをつけているからだと自負していた。
「これを……あたしに……?」
「絶対似合う。つけてあげるわね」
彼女の頭の後ろに手を回し、その長い黒髪を束ねる。そこにまるで幻想世界のかわいい蝶々みたいなリボンをつけているうちに、彼女の眉間の皺はすっかりと大人しくなり、額を這っていた血管は引いていき、涙も鼻水もよだれも綺麗に収まっていった。
「ほんとうはお化粧もしてあげたかったけど……、でもあなたはじゅうぶん綺麗よ。ううん、かわいいわ。ほら、できた」
トモエが顔をあげた。
幸せそうな笑顔で、私を見つめると、聞いた。
「あたし……、かわいいですか?」
私はうなずき、にっこりと笑い、答えた。
「かわいいわよ」
後ろから処刑人の巨大斧が振り下ろされ、ピンク色のリボンをつけたままトモエの首は飛んだ。掘られた穴の中へ、石ころのような音を立てて落ちると、安らかに目を閉じた表情をこちらへ向けた。