エピローグみたいな後日談
「やぁ、もしもし。千郷ちゃん」
「…………」
「で? どうだった? 千郷ちゃん」
「…………」
「千郷ちゃん?」
「…………」
「おーい。千郷ちゃーん! 返事してよー! おかしいな、もしかしてこれ衛星通信?」
「……大変でした」
「ああ、やっと返事があった。もしかしてブラジルとかにいるの?」
「いるわけないじゃないですか!」
私はスマホに向かって怒鳴る。
相手はもちろん、イケメンにして変人かつ変態、私をこの疲労の元へ導いた稀代の鬼畜野郎、百日紅三郷先輩である。
私の初出勤を心配した、もとい、おもしろがるために百日紅の野郎は、私が自宅に帰宅した瞬間を狙ったように電話をかけてきたのだった。この変態はタイミングをはかるのが異常にうまい。何かそういう魔法の使い手なのかもしれない、と思う。先輩の生来魔法は全然別物なのだけど。
私が不機嫌な声を出してしまったのには理由がある。というのも、冬原さんと別れると今日一日の疲労感が押し寄せて来て、とんでもなく体が重いのだ。もう倒れそうだ。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえるよ……。耳がキーンってしちゃうじゃないか」
「ああ、すいません(棒読み)」
「そんなに大変だったのかい? 冬原探偵のお相手は」
百日紅先輩は私の棒読みを華麗にスルーする。
「大変という言葉では表せません。大変もクソもありませんよ」
「可憐な女の子がクソなんて言葉、使うもんじゃありません。興奮しちゃうでしょ」
「いや、確かに私は可憐かつ美しいパーフェクトな女の子ですが、そんなことで興奮なんてしないでもらえますか。どん引きです」
「うれしいことを言ってくれるじゃないか」
百日紅先輩の言葉は嘘じゃないから困る。まぁ、それが百日紅三郷という男なのだが。
「……やっぱり百日紅先輩は変わってます。それでも、やっぱり冬原さんには及びませんね」
「そう?」
私の言い草に、先輩は電話の向こうでクスクス笑っている。
「笑いごとじゃありません。あの人、ホント最低野郎なんですよ!」
私の怒りも百日紅先輩には暖簾に腕押し、糠に釘。先輩は笑いの混じった無駄にいい声で私に語りかけてくる。
「そうは言ってるけどねぇ。……千郷ちゃんさ、君、今、すっごく楽しそうないい声してるよ。気づいていないかもしれないけど、ね」
「……気のせいですよ。何言ってるんですか、先輩」
私の言葉を聞かずに百日紅先輩はしゃべり続ける。
私の周りの人間はどうしてこうも話を聞かない奴ばっかりなんだ? 私は悲しいっ!
「あの人は君の魔法を気にする人じゃなかっただろう? それどころか、役に立つって小躍りしながら喜んだんじゃないのかい?」
……そうだろうか? 小躍りはしなかったけれど、うん……まぁ、かろうじてそう言えるかもしれない。あくまでかろうじて、の話だが。
というか、私の魔法がいいように使われた、と言えるかもしれない。
まぁ、なんにせよ、冬原さんが気にしなかったことは確かではある。認めるのはしゃくだけれど。
「……そうとも言えるかもしれませんね。ぎりぎりですけど。ほんの僅かにですけど」
「フフフッ。言い訳がましいねぇ~。ま、いいか。じゃ、そういうことにしておこう」
「…………」
「ま、詳しい話……っていうか、詳しい愚痴はまた今度会ったときにでもさ、たっぷりと聴くよ。それで仕事はどうするんだい? 続けるの?」
「そりゃ……続けます……よ。ここでやめたら、冬原さんに負けたみたいになるじゃないですか。それは私のプライドが許しません。それに今やめたら、百日紅先輩の顔を潰すことになりますからね」
「別に僕の顔はどうでもいいけどね。でも、続けるって言うならがんばってね。影ながら応援してるよ」
「……ありがとうございます?」
「ははっ! なんで疑問形?」
仕方ないじゃない。お礼を言うべきかどうか微妙なラインだったでしょ?
「何にしても、僕は千郷ちゃんと冬原探偵はいいコンビになると思ってるんだ」
「どこが?」
とんでもない発言に、思わずタメ口で問い返してしまった。百日紅先輩はタメ口だろうがなんだろうが気にしないだろうけど。
「千郷ちゃんが犯人を見つけ、冬原探偵が方法を見破る。犯人からしてみれば、魔法のように――まるで犯行を暴く魔法が使えるかのように――自分の犯行が明らかになっていくんだ。犯人にとっては恐怖そのものだと思わないかい?」
「……そうですかね?」
私は懐疑的な声を返す。
「そうさ! そう、まさしく《探偵の魔法》を使役する《魔法探偵》と呼ぶに相応しい。偉大な探偵コンビになれるよ」
百日紅先輩はなぜか断定的な口調でそう言いきった。
私はどうしてか、その言葉に反論することができなかった。
次の日。
私は冬原さんの事務所の入っているオンボロビル『風明ビル』の前にいた。これから冬原さんの相手をしなければならないのか、と思うとゲンナリした気分になる。
相変わらず、エントラスホールは薄暗く、これも昨日の通りエレベーターは止まっていたので、私は重い足取りで階段を六階まで登った。
『冬原探偵事務所』
このドアなんか腹立つのよね……。
私は目の前のドアを鋭く睨みつける。
数秒が過ぎた。
私はふと、ある言葉を思い出して、思わずにやにやと笑いながら、バッグからペンを取りだしてドアに向かって一言だけ、力強く書きなぐった。
『冬原《魔法》探偵事務所』
出来栄えに感心し、わたしは扉を押し開けた。
「おはようございます、冬原さん」
「やあ、千郷君」
冬原さんは昨日と変わらないボサボサの頭で、スプリングの効かないソファにだらしなく寝そべっていた。
「ちょっと、冬原さん! 何やってるんですか! これで今訪ねてきたのが、依頼人だったらどうするんですか? あきれられて帰られちゃいますよ! しゃんとしてくださいよ!」
私の言葉を聞いて、冬原さんは呻きながらしぶしぶ起き上がる。
「ちょっとぐらい休憩してもいいじゃないか!」
「朝っぱらから、何を馬鹿なこと言ってるんですか! そういうセリフは仕事をしてから言ってください!」
私は百日紅先輩の言うように、私と冬原さんがいいコンビになれるとは思わない。って言うか、ぜっったいに無理だと思ってる。だって冬原さんムカつくんだもん。
でも、それでも、私は今しばらくはこの事務所で働く覚悟を決めた。
なぜなら。
ここは生まれて初めて、私の魔法が役に立った場所なのだ。
ここに自分が役立てる場所があるのだ。それなら、その場所を逃すことはない。
誰だってそう思うでしょ?
私は朝っぱらから馬鹿なことを言ったメイ探偵の脛を、とびっきり笑顔で蹴り飛ばした。