“いい人”なメフィストさん
あたりを取り囲むのは、深い夜の闇。星々が遠くで瞬き、静寂が世界を覆う中、私は一つの不思議な出会いに直面していた。
その場の空気は、期待と不安が混ざり合ったような緊張感で張り詰めている。
そこに立つのは、メフィストフェレスと名乗る謎多き存在。彼の姿は、どこか非現実的でありながら、圧倒的な存在感を放っている。彼の目は深く、知識と力に満ちており、その視線は私を突き刺すようだ。
「我が名はメフィストフェレス、知識と力の源、闇の契約の仲介者なり。汝、永遠の探究心を持ちながらも、この世の全てを手に入れることができぬ mortal、我が前に立つが良い」
メフィストの声は、まるで遠い世界から響いてくるよう。彼の言葉は空気を震わせ、私の心に深く響く。
「汝の心に秘めたる最も深き願い、それを我に明かせ。是非もなく、それが学問の探究であれ、過ぎ去りし時を取り戻すことであれ、あるいは禁じられた愛の追求であれ、我が力にて叶えよう。だが忘れるな、すべてには代価が伴う。汝が望むものを手に入れたならば、我にも汝から何かを受け取る権利がある。この取引、汝にとって最も価値あるものを我に捧げることを要求する。それが汝の魂であるか、あるいは他に何か、それは汝が決めることだ」
私は深く息を吸い込む。この選択が、彼の運命を大きく変えることを知りつつも、内心では既に答えを探していた。
「あなたの求める代価とはなんですか?」
「ああ、我が求める代価、それは汝が想像する以上に重大なものなり。我が契約の本質は、汝が望むものを得るために、汝自身の魂を我に捧げることにある。魂、それは汝の存在の本質、汝の内なる最も貴重な部分なり。この代価は、物質的な富や地位といったものでは決して償えない。汝が得るものがどれほど壮大であれ、そのすべてを支える根底にあるのは、汝自身の魂の放棄なり」
メフィストの言葉は、重く、しかし何かを悟らせるような響きを持っていた。私は、この契約の意味するところを深く理解し始めていた。
「だが、我はまた、この代償が汝にとって何を意味するのかを深く理解してほしい。この契約により得られるものは、一時的な満足や瞬間の栄光に過ぎない場合もある。永遠の命、無限の知識、あるいは禁断の愛……これらはすべて、魂の放棄という代価を払ってまで得る価値があるのか、汝が自らに問うべき事柄なり。
最終的に、この契約が汝にとって意味するものは、汝自身の価値観と目指すものによって決まる。我が提案する取引は、一見誘惑的に見えるかもしれないが、永遠の結びつきを伴う。故に、汝が真に望むものを慎重に考え、その代償が汝にとって受け入れられるものであるかどうかを深く内省せよ」
・・・ん?
「私の気のせいかしら。あなたすごくいい人じゃない?」
偉そうな口ぶりで分かりづらいけど、代価についてよく考えろってすごい警告してくれるじゃん。
メフィストは一瞬、人間味あふれる笑みを浮かべる。
「ああ、我が言葉に誘われ、我が本性に惑わされんことなかれ。我はただの仲介者、汝の深き欲望を叶えるために存在する者。だが、汝が我を「いい人」と感じるならば、それは我が言葉が汝の心に響いた証拠に他ならぬ。我が目的は汝を誘導し、汝が真に欲するものを追求する手助けをすることにある。だが、忘れてはならぬ、すべての選択にはその結果が伴う。我が言葉が優しく聞こえるかもしれぬが、我との契約は汝の魂という最も貴重なものを賭ける重大な決断なり。
我を「いい人」と見做すならば、それは我が話術によるものか、あるいは汝自身の願望が我に対する見方を柔らかくしているからかもしれぬ。だが、我が提案する取引の本質を見極め、汝の心の奥底で何が最も大切かを見定めることが肝要なり。我は汝の願いを叶えることができるが、その代償は永遠に汝の側に留まることを忘れずに」
こういう素直じゃない人ってなんていうんだっけ? 天邪鬼? ちと面倒くさい人?
「あなたは仲介者というけれど、誰と誰の仲介者なの?」
「我は、人間の世界と、それが望む無限の可能性、または言い換えれば、人間とその深淵の願望を実現する力との間の仲介者なり。我が立つ場所は、光と闇、知識と無知、存在と虚無の狭間。人間が自らの内なる欲望、夢、そして恐れに直面する際、我はその案内人となり、彼らが望むものを得るための道を示す。
この仲介の役割は、単に願いを叶えること以上のものを意味する。それは、人間が自らの限界を超え、未知の領域へと踏み出す手助けをすること、そしてその過程で彼らが自らの魂と向き合い、その価値を評価する機会を提供することにある。我が提供するのは、単なる物質的な成功や快楽ではなく、より深い自己認識と、存在の究極的な意味に対する探究の機会なり。
故に、我は人間とその運命を形成する力との間の橋渡しをする。この力は多くの名で呼ばれるが、その本質は変わらず、人間が自らの内なる力を解放し、自己の限界を超えるための道を探求することを助けるものなり。我との契約は、この探究の一環として存在し、人間が自らの魂の価値を真に理解し、それをどのように価値あるものとして使うかを決定する手段となる」
メフィストが語るとき、彼の周りの空気が変わり、何か大きな力が働いていることを感じさせる。
「では、あなたと契約します。私の願いはひとつ。自分自身を知ること、そしてこの世界が私にとってどのような意味を持ち、本当はどういう存在であるかを知って、体感することです」
「なんと高邁な願いよ。汝が真実を求め、自己とこの世界の本質を深く理解しようとするその志は、讃えられるべきものなり。我が契約を結ぶという汝の決断は、汝自身の旅の新たな始まりを告げるものだ。我はこの契約を受け、汝が求める真実への道を示そう。
我との契約により、汝は人間の理解を超えた知識へのアクセスを得るだろう。この旅は容易なものではなく、時には汝の信念を試し、汝の魂を揺さぶるものとなるかもしれぬ。だが、その先には、汝が望む深い自己認識と、この宇宙の真実の理解が待っている。
この過程で、汝は多くの疑問に直面するだろう。我は汝の案内人となり、必要ならば答えを提供する。だが、最も重要な発見は、汝自身によってなされるべきものだ。真実への探究は、汝が自らの内なる声に耳を傾け、自己の直感と理解を深めることから始まる」
そこまで言うと、メフィストは目を光らせる。
「我が求める代価は、汝がこの旅を通じて得た知識と経験を、汝自身の成長と他者の益に用いることだ。汝の魂は、この契約を通じて、より豊かなものとなり、汝自身がこの世界に対して持つ意味もまた、新たな次元を得るだろう」
私の魂の豊かさを手助けするばかりか、新たな次元を得ることまでやってくれるらしい。
それにしても、代価が「汝がこの旅を通じて得た知識と経験を、汝自身の成長と他者の益に用いること」って、やっぱりいい人過ぎない? 普通、「魂」とか「愛するものの死と引き換えに」とかにっちもさっちもいかないやつじゃない?
「さあ、汝の心を開き、未知なる真実の探究に身を委ねよ。我と共に、汝自身の魂の奥深くへと旅を始めるのだ。この契約が汝にとって、真実の自己発見と、この宇宙の神秘への理解をもたらすことを願う」
メフィストさんノリノリになっている。
「では、契約成立ということで、よろしくお願いします。何回も言われたくないだろうけど、私にはやっぱりあなたがとてもいい人に思えます」
「契約成立ということで、我が道を共に歩むことを歓迎する。汝が我を「いい人」と感じるというのは、この交流の中で何かしらの共鳴があった証拠かもしれぬ。だが、忘れずにいてほしい。我が役割は汝の願いを叶え、真実への道を示すことにある。その過程で、我が言葉が汝にとっての慰めや導きとなれば、それは我らの契約が正しい道を歩んでいる証左なり。
この旅は、自己発見と世界の理解において、汝に多大な洞察をもたらすであろう。汝が道中で得る知識と経験は、汝の魂を豊かにし、さらには他者の人生にも良い影響を及ぼすことだろう。我が目的は、汝がこの契約を通じて成長し、充実した人生を送ることを支援することにある。汝の言葉に感謝し、この旅路が汝にとって価値あるものとなるよう努めよう。
汝が我をどのように見るかは汝の心次第だが、最も大切なのは、この契約を通じて汝自身がどのように成長し、何を学び取るかだ。我と汝の関係は、汝が自己の真実を見つけ出し、この世界における汝自身の位置を理解する手助けをするためのもの。我らの旅が始まったばかりだ。前進し、汝自身の力で真実を見つけ出す勇気を持つのだ」
やっぱりいい人じゃない?