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8 川野渚②

 思い立ったが吉日じゃないけど、翌日私は浅葱の情報を集めた。友達にさりげなく浅葱のことを尋ね、少しずつ彼を知る。中でも浅葱と同じ中学だという他クラスの女子からは、彼は勉強を教えるのが上手いという一番重要な情報を得た。


 ――やっぱり浅葱だ。浅葱に頼むしかない。


 確信を深めた私は、浅葱と秘密裏にコンタクトを取るべく彼のSNSアカウントを確認する。でも、クラスラインに浅葱はいないし、インスタのアカウントも見当たらないしで……結局、私は手紙を書いた。


 翌朝はいつもより早く一人で登校し、浅葱の下駄箱に手紙を入れる。浅葱が来るまでの間、教室で友達とお喋りしながらも私の心臓はばくばく鳴っていた。浅葱が教室に来ると尚更だった。いつも通り挨拶できた自信がない。


 授業には集中できず、放課後が訪れる。私は友達とのお喋りもそこそこに教室を出て、浅葱を呼び出した体育館裏に向かう。彼はなにやらこそこそした様子で先に教室を出て行ったから、おそらくもうそこにいるはず。


 あまり待たせるといけないので走って目的地に向かったら、体育館の角で浅葱とぶつかった。帰ろうとする浅葱を連れて体育館裏に行き、浅葱に勉強を教えて欲しいと頼む。そして断られる。私は呆気なく撃沈した。


 よく考えたら当たり前で、私は浅葱の都合を全く考えてなかった。ダメだなーと落ち込んだ後、それならそれで自分で頑張るしかないと切り替える。そんな決意を固めた翌日の英語の授業で、早速私は出鼻を挫かれた。


「川野、もういいから座ってくれ」

「はーい」


 先生に当てられた私は音読でひどい発音を披露し、みんなに笑われた。変に気を遣われるよりは弄られる方がいいといつもなら思うんだけど……今日はちょっと、ダメな日だった。そういう日ってあると思う。虫の居所が悪いというか。


 この間の試験で、勉強ができないという現実を改めて突きつけられたせいかな。それとも、浅葱に断られたのが思った以上に応えてた? まあ、どっちも自分のせいだ。なら、自分で受け止めるしかない。


 ちょっと落ち込みながらもぼんやりとそんなことを考えていると、今度は浅葱が当てられた。右隣を見ると、騒ぐ周囲をよそに浅葱がすっと立ち上がり、みんなが静かになるのを待たずに英文を読み始める。


 きれいな発音だった。流石は学年1位、こういうところも隙がないんだ。てか、結構いい声かも。いいな、こういう風に読めたら気持ちいいだろうな……。


「川野はちゃんと聴いてたか? さっきから浅葱の顔ばかり見てたが」


 不意に自分の名前を呼ばれ、反射的に朝倉先生を見る。浅葱からの視線を感じて頬が熱くなった。慌てて言い訳をして何とかその場を乗り切る。朝倉の矛先がようやく逸れると、私はほっと息をついた。


 放課後、私は友達と別れて一人図書室を訪れた。英語の授業で扱った英文を、きれいに音読できるようにするためだ。でも、図書室では静かにしなきゃいけないというルールがあった。あまり来たことがなかったので、私は完全に忘れていた。


 そこで、自分にだけ聞こえるくらいの小さな声でぶつぶつと発音する。幸い図書室は人気がなかったので、多少の奇行は許される。スマホで録音してイヤフォンで音を確認しながら、繰り返し英文を読んだ。


 ……私はなんでこんなことをしてるんだろう。テストで点を取るため? 授業で私を笑ったみんなを見返すため? 


 いや、たぶんどっちも違う。テストで点を取るだけなら、今私がやってることは最高に効率が悪いはず。それに、私はみんなを恨んでない。あの反応が間違ってるとも思えないし。じゃあ、なんで……。


 ――そっか。浅葱みたいにきれいに英語を読めたらなって思ったからだ。


 私は無意識の内に、授業の時の浅葱の発音を念頭に浮かべて練習していた。つまり、あれが私にとっての理想なんだ。


 理想を追い求めて勉強する……いいね、なんかかっこいい感じがする。


 とおバカな自己陶酔に浸りつつ、私は勉強する。しばらく経って正面からした物音に顔を上げると、浅葱が個別ブースの前にいた。ちょうど席を立ったところみたいだ。


「……何やってんだ」


 近づいてきた浅葱に聞かれ、私は英語の発音を練習してたと明かした。ただ、浅葱みたいに読めたらと思って練習していたとは言わない。言っても問題ないはずなんだけど、妙に恥ずかしくて口にできなかった。


 しかも、普段は人前で明るく喋るのを心がけているのに、他に人がいないせいか愚痴っぽい内容をつい浅葱に話してしまう。そんなの私のキャラじゃないし、引かれてるだろうなーと心の中で自嘲したその時だった。


「……そんなことない」

「えっ?」


 思わず浅葱の顔をまじまじと見ると、浅葱は言った。


「川野だって、ちゃんと高校受験に合格してここに来てる。勉強に向いてないなんてこと、絶対にない……と俺は思う」

「……そうかな」


 何が「そうかな」だよ。「ほんと? ありがとー」って明るく返せばいいだけなのに、何私は浅葱を試すようなことをしてるんだ。これじゃ、面倒くさい女だと思われる。


 それでも、浅葱は目を逸らさずに頷いてくれた。つい口元が綻びそうになり、浅葱には見られたくなくて私は俯く。


「そっか。……ありがと」


 その後浅葱に勉強を教えてもらうことになり、連絡先を交換して私は帰宅した。夕食を食べ終えると、部屋のベッドに寝転がりスマホでラインアプリを開く。


 浅葱のアイコンをタップした。プロフィール画像は紅葉の写真。おじいちゃんかなとくすりと笑いつつ、浅葱にメッセージを送る。


『早速だけど、明日の放課後に作戦会議しない?』


 とにかく私は、期末までに成績を上げないと。できれば浅葱にはその後も教えて欲しいけど、こちらから頼んでいる以上わがままは言えない。彼へのお礼も考えないとだし……。


 まあ、色々と考えることはあるけど――ちょっとワクワクしている自分がいるのも確かだった。

これにて1章完結です。

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

2章よりいよいよ物語が本格的に動き出すので、引き続き読んでもらえると嬉しいです。


面白い・続きが気になる等思われた方は、評価ポイント(↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)を入れて頂けると作者の励みになります。

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