7 川野渚①
高校生になって2度目の始業式の日。昇降口に貼り出されたクラス分けの表を見ると、同じクラスの出席番号1番は浅葱蓮という人だった。
どこかで見覚えのある名前だった。でも、教室で会った浅葱の顔には正直見覚えがない。勘違いだったんだろうと私は思うことにした。
それを思い直したのは翌週の朝だ。進級早々行われた実力テストの結果が、今日のLHR中に返却されるらしい。そんな噂を聞いて憂鬱な思いで登校した私は、掲示板に張り出された成績上位者順位表の、一番上に浅葱の名を見つける。
「……道理で見覚えあったわけだ」
偶然隣の席になった人が学年1位って、結構レアなことじゃなかろうか。そんな謎の高揚感は、6時間目のLHRで自分の成績が返ってきた時に立ち消える。私の順位は258位。相変わらずダメダメだった。
「この成績なら、やっぱり塾に行った方がいいんじゃないか?」
その日の夕食中、私の成績表を見たお父さんが渋い顔で言う。本当は成績表を隠そうかとも思ったんだけど、嘘をつくのは苦手なので諦めた。
お義母さんがはらはらと、妹の清花《さやか》がきょとんと私たちの会話を見守る中、私は言った。
「でも、この前より順位上がったよ?」
「じゃあ、この前は何位だったんだ」
「ええっと……あはは、何位だったかな」
「笑って誤魔化すんじゃなくて、この前の成績表も持ってきなさい」
真顔でお父さんが言うので、慌てて上から以前の成績表を持ってくる。自分でも前の順位なんて忘れてたけど、確認したら261位だった。お父さんに見せると、更に渋い顔になる。
「これを上がったと言うのは……」
「……一応、上がってはいるよね?」
「…………」
「…………」
自分でも苦しい言い訳だと分かってたけど、お父さんの無言の圧に何も言えなくなる。そのまま沈黙が数秒続いた後、お父さんがため息をついた。
「俺だって何も意地悪で言ってるんじゃない。渚は国公立を目指してるんだろう? なら、塾に通った方がいいんじゃないかと提案してるだけだ。実際、秋から自分なりに頑張ってみてこの順位なら、何かを変えた方がいいんだよ」
「それはそうだけど……」
ちらりと清花を見た。「お姉ちゃん、どうかした?」と清花が濁りのない目で私を見返す。
私はこの家に、清花に迷惑をかけたくない。ただでさえ存在が迷惑なのに……。
「お願い! もうちょっと待ってくれない? 次は絶対に点数上げるから!」
私が頭を下げると、「ちょ、ちょっと、渚!?」とお義母さんが慌てる。それにも構わず頭を下げ続けていると、やがてお父さんが深々と息をついた。仕方なしといった風に宣言する。
「……今学期末まで待つ。その代わり、期末試験で真ん中より上の順位を取ってくれ。それができなければ、夏休みから塾に通ってもらう。いいな?」
「……うん」
これで今回は塾通いを回避できた。でも、次はもう言い訳が効かない。お父さんの突きつけてきた条件をクリアできなければ、塾に通うのが確定する。
私は頭を上げ、お義母さんの方を見た。
「ごめん、お義母さん。食事中に。清花もごめんね、変な感じにして」
「ううん、それはいいの。それより、二人とも早くご飯食べちゃいなさい。冷めちゃうといけないから」
「そうだな、母さんの言う通りだ」
こうして成績の話は終わり、いつもの一家団欒に戻る。私はこの3人が好きだ。清花はかわいいし、お義母さんは優しいし、お父さんも厳しい時はあるけど、基本的には私のことを想ってくれている。
――だからこそ、私はこの家を早く出たい。
お父さんの言う通り、私は何かを変えなきゃいけないんだろう。でも、どこから何に手をつければいい? 成績が悪すぎて、目標までのビジョンが全く思い浮かばない。
……そうだ。今、私の隣の席には、学年で1番頭良い人がいるじゃないか。彼に頼んでみるのはどうだろう。