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2 私に、勉強を教えてくださいっ!!!

 終礼が終わると、教室は喧騒に包まれた。部活へ行く者、残って友達とお喋りする者、帰宅する者が入り乱れ、雑多な空間ができあがっている。


 俺はきょろきょろと辺りを見回し、いかにも陰キャ弄りをしそうな女子が怪しい挙動をしていないか確認した。例えばすぐに教室を出て、体育館裏で俺を待ち構えるとか。


 でも、そういう動きは見かけない。飯田は友達と楽しそうに喋っていて、立花も席でスマホをいじっているだけだ。川野は……流石にないだろう。俺みたいなモブに毎日挨拶するようなやつだし。


 念のため男子の方も、目ぼしい連中の動向を確認する。お調子者の萩原はクラス

一のイケメン・吉岡にだる絡みしてうざがられており、授業中いつも寝ている常盤は既に教室にいない。


 まさか常盤が……いや、彼はただ部活に行っただけだ。常盤は高校生活を野球に捧げているらしく、終礼が終わると真っ先に教室から消える。間違いなく俺の方が扉に近いのに、どうやってるのか不思議だ。


 他に目ぼしい連中はいないし、ひとまず大丈夫だろう。ふっと息をつき、気を引き締め直して教室を出る。


 活気に満ち溢れる廊下を歩く。高校生活で最も楽しいとされる1年間が始まっただけあって、そこかしこで青春真っただ中なやり取りが繰り広げられていた。もちろん、俺はそのどれとも無縁だ。


 昇降口で上履きからシューズに履き替え、校舎の外に出る。まだ静かなグラウンドを横目に見つつしばらく歩くと、右手に体育館が見えた。ここからぐるっと裏手に回れば、人気のない体育館裏に着く。


 体育館の角を2度曲がった先には、あいにく誰もいなかった。


 ……もしや担がれたんだろうか。


 考えてみれば、嘘告白よりこちらの方がよほどあり得そうだ。嘘告白するには、陰キャに告白するというステップを踏まなければならない。たとえ嘘と分かりきっていても、陽キャにとっては屈辱的なんじゃなかろうか。


 念のため俺は数分その場で待った。それでも人っ子一人来ないので、俺にいたずらした誰かに格好の材料を与える前にさっさと帰ることにする。


 体育館の角を曲がると、目の前にいきなり女子が現れた。川野だ。ぱっちりとした瞳と長いまつ毛が、至近距離だとよく分かる。


「えっ!?」と川野が声を上げた直後、どんっという衝撃が身体に走った。


「いったー……ごめん浅葱、大丈夫?」


 尻餅をつく俺に、川野が心配そうに寄ってくる。シャンプーなのか何なのか分からないが、柑橘系の香りがふわっと鼻をくすぐった。


「だ、大丈夫」

「本当?」

「うん、全然何ともない」


 慌てて立ち上がると、ぶつかった衝撃でずれた眼鏡をかけ直し、スラックスの尻を軽く叩く。川野がなぜこんな場所に来たのかは知らないが、間違いなく俺などお呼びではない用事のはずだ。ここはさっさと退散するに限る。


「……じゃ」


 軽く頭を下げその場を去ろうとすると、「待って!」と背後で川野の声がした。念のため前方に誰もいないのを確認してから、恐る恐る振り返る。川野とばっちり目が合った。


「浅葱は、手紙見てここに来たんだよね?」

「……なんで川野が、手紙のことを」

「その手紙書いたの、私だから」

「あっ……そう、なんだ」

「うん。……ちょっと、こっち来て」


 呆然とする俺の手を川野が躊躇なく掴み、体育館裏へと引っ張る。同じ人間の手とは思えないほど、白く滑らかな手だ。とはいえ意外に力が強く、俺はなすがままに角を曲がる。


「ごめん、遅れて。ほんとはもっと早く来たかったんだけど、友達と離れるのに時間かかっちゃって……」


 再び体育館裏に来ると、川野が手を離してこちらを向く。なるほど、道理でさっきは正面衝突したわけだ。俺を手紙でここに呼び出したから、慌てて走って来たらしい。


「……それより、なんで手紙を?」

「えっと……待って、息が……」


 膝に手を当てて呼吸を整える川野を待つ。沈黙が気まずいけど、俺にはその気まずさを埋める手段が思いつかない。なので、ひたすら貝のように押し黙るしかなかった。


 しばらくして川野がぐっと顔を上げる。思ったより顔が近くて、彼女の顔に薄く施されたメイクがいつもよりはっきり見えた。俺はびびって一歩身を引く。そんな俺を気にする素振りなく、川野は口を開いた。


「友達に内緒で連絡する手段が、他に思いつかなくて。浅葱、インスタやってないっぽいし、ラインしようにも、クラスラインに入ってないし……」

「……クラスライン」


 始業式から数日で、もうそんなものができていたとは。その存在にも驚くが、それを知らされていない自分にはさらに驚く。インスタは知らん。


「それ、今何人くらい入ってる?」

「さあ、何人なんだろ」


 川野がスマホを制服のポケットから取り出し、慣れた手つきで操作する。


「33人、だって」

「へえ……」


 俺の所属する2年A組は、確か全部で41人。つまり俺以外に入ってない連中がまだ7人いるらしい。名前も知らない彼らに、急に親近感が湧いてくる。


 ……って、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。


「それで、俺を呼び出したのって……」

「あー……そのね、用件、というか、頼みがあるんだけど……」


 本題に入ると、川野がもじもじし始めた。髪の毛先をいじりながら、ちらちらと俺を見ている。気のせいじゃなければ、その頬は少し赤らんでいるような。まさかそんなはずないとは思うが――。


 告白。散々あり得ないと否定してきたその2文字が脳裏をよぎったその時、川野ががばりと頭を下げる。


「私に、勉強を教えてくださいっ!!!」

「……へっ?」

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