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1 始業式と差出人不明の手紙

 新年度一発目の教室は、誰だって緊張するものだ。同じクラスに友達がいないとなれば、なおさら緊張するに違いない。なぜ断言できるかって? 今の俺の状況がまさにそうだからだ。


 ひと呼吸置いて、2年A組の教室前方の扉をがらりと開ける。座席表には目をやらない。そんなもの見なくとも、席の場所くらいは分かる。俺の苗字は浅葱。よほどのことがない限り、扉から一番近い席と相場が決まっているのだ。


「…………」


 自分の席の周辺を確認して絶句する。隣は女子で、後ろも女子。どちらも俺とは階級の違う容姿をしている。しかも仲良さげに話す二人のうち、一人は校内のゴシップに疎い俺でも知っているような有名人だった。


 この状況を羨ましいと捉えるのは、完全に陽キャの思考だ。同性の友達すら片手で数え足りる俺のような人間にとって、これは死刑宣告されたに等しい。空気扱いはまだ良い方で、彼女たちのオモチャにされる可能性もある。


 とはいえ扉を背にして呆然と突っ立っているわけにもいかないので、すごすごと席に向かう。鞄を机横のフックにかけ、椅子を引いて座ったところで左隣の女子が声をかけてきた。


「浅葱、でいいんだよね。私、川野渚。これから1年間よろしく!」


 至近距離にも関わらず想像以上に声が大きかったので、思わずびくりと身を震わせる。ただ、うるさいという感じはしなかった。聞き心地のいい、凛とした伸びやかな声だったからだろうか。


「……よろしく」


 俺はちらと左隣を見て応じた。川野渚。彼女は校内で有名な女子だ。理由は単純で、多分この星蘭高校で最も整った容姿をしているからだ。


 実際に横目で川野を見ると、ぱっちりとした碧い瞳と長いまつ毛がまず目に付く。次にすっと整った鼻梁と、その下の桜色の小ぶりな唇。顔のパーツのどこをとってもきれいで、しかもそれらがバランスよく配置されていた。


 そこから焦点を引くと、ナチュラルメイクの施された白い肌と背中まで垂れるきれいな金髪が視界に入る。制服から伸びるすらっとした手足が目に眩しい。この容姿で今のような気さくさなら、なるほど人気が出るわけだ。


 ……まあ、俺と彼女が今後関わることはほとんどないだろうけど。


 特に根拠はない。直感だ。でも、何となく分かる。彼女とは明らかに住む世界が違う。俺が彼女と仲良くしている未来が想像できない。


 現実問題、俺が川野に話しかけようなんて思わないし、思ってもできない。一方の川野は人気があるから、隣の席の目立たない男子などすぐに視界に入らなくなるだろう。それでいい。何事もなく席替えに持ち込むのが一番だ。


 クラスに友達がいないなら、せめて空気になってやる。川野と後ろの席の女子が喋る中、俺は眼鏡をかけ直しながらひっそりと決意を固めた。


* * *


 始業式から数日が経ち、校内の桜が花を散らす4月の中旬。


 昇降口から校舎に入り、靴を脱いで下駄箱を開けてみてぎょっとする。上履きの上に、花柄の封筒が一つ乗せられていたからだ。


 ――ラブレター……なのか?


 すぐに思い浮かんだとんでもない考えを、頭をぶんぶん振って打ち消す。ラブレターなんてまずあり得ないし、そもそも中身のことは今はいい。これを他の生徒に見られたら、それだけでネタにされてしまう。


 俺は上履きを取り出す際に、封筒をそっと制服のポケットに忍ばせた。素早く上履きを履いて靴を下駄箱に入れ、一番近くの男子トイレに直行する。幸いにも個室が空いていたので、その一つに入り鍵を掛けた。


 個室の扉についたフックに鞄を掛け、さながら爆発物でも扱うようにポケットから封筒を取り出す。裏を見ると「浅葱へ」と少し丸っこい字で書かれていた。他の誰かと間違えて入れたという線はこれで無くなる。


 封を開け、折り畳まれた紙を取り出す。紙には同じ字で「放課後、体育館裏に来てください」とだけ書かれていた。他には何も書かれておらず、これでは何の用件なのか分からない。そもそも、誰が送ったのかも。


 これ、いたずらじゃないか? のこのこと体育館裏に行ったら、「告白かと思った? 残念、ドッキリでしたー!」と笑われるあれだ。嘘告白と言ってもいい。現実では見たことないが、普通に告白されるよりはあり得そうだ。


 いっそのことトイレの水に流してしまおうかな。いたずらにせよそうじゃないにせよ、どうせろくな用事じゃないんだろう。なら、そうした方が無駄に頭を悩ませることなく済む。


 ……いや、そんなことないか。「放課後、体育館裏に来てください」という文面を見てしまった以上、手紙を捨てようと捨てまいと、どのみち俺は頭を悩ませるわけだから。


 結局、俺は手紙を封筒に入れ直した。封筒をポケットに戻し、用を足してからトイレを出る。


 いつも通りクラスに向かい、教室前方の扉をがらりと開けた。隣の席の川野はクラスメイトに囲まれ、俺の席は川野の取り巻きの一人・立花に占領されている。始業式から数日で、すっかりお馴染みになった光景だ。


「おはよっ、浅葱」


 川野がこうして挨拶してくれるのもいつも通り。彼女は近くの席の生徒には仲の良さを問わず挨拶するタイプなので、俺が特別というわけじゃない。


 川野の声で、取り巻きが俺をちらと見た。居心地の悪さを感じつつ「……おはよう」と挨拶を返すと、「ごめん、浅葱。ちょっと席借りてた」と立花が俺の席を立つ。赤みがかったボブカットの黒髪がさらりと揺れた。


「瑞穂、いっつも席借りてんじゃん」


 もう一人の取り巻き、飯田が立花につっこむ。彼女は始業式の日に川野と喋っていた、俺の後ろの席の女子だ。明る目の茶髪と気だるげな制服の着こなし方は、いかにもギャルといった感じ。


「あ、ばれた?」

「そりゃばれるよ。毎朝同じやり取り見てるし」

「じゃあ、明日からセリフ変えるわ」

「明日は学校休みだけどね」


 とどめとばかりに川野がつっこむと、彼女のグループに笑いが起きた。俺は気まずさを押し隠すように、眼鏡をかけ直して1時間目の数学の準備に専念する。


 いつもと同じようなやり取りに、いつもと同じような光景。違うのは下駄箱で見た手紙だけ。あれは夢だったんじゃないかとポケットをまさぐると、確かに手紙はそこにある。


 ……夢、じゃないんだよな。

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