第五話「火傷」
<――伝える事の難しさをその身に感じつつも
全知全能の彼は……今日も今日とて
悩める“願い人”達の願いを聞き届ける為
その優しき心を以て人々の願いに耳を傾けていた――>
………
……
…
「神様……お願いです。
この怪我を、火傷を早く直して下さい……一刻も早く……」
………
……
…
「いやいや……火傷なんて君達人間が“火”と言う物を知ってから
何万……いや、何十、何千億の者達が経験して来た物なのだよ?
そんな事で安易に神頼みをするのは……」
<――神の眼前には
“願い人”である女性の映し出されたモニター。
その場所には……神棚に向け
土下座姿のまま神頼みを続けている女性の姿があった。
神はこの異質な様子に僅かな違和感を覚えつつも
“願い人”である女性の姿を見守っていた。
だが――>
………
……
…
「お願いです……このままでは……彼に嫌われてしまうのです……」
<――そう言った直後
静かに顔を上げ、神棚を見上げた女性。
そんな彼女の“姿”を目の当たりにした瞬間――>
………
……
…
「……成程。
済まなかった、君のその傷……生半可では無い様だ。
奇跡を願う君の気持ちも痛い程に理解をしたよ……だが
今日明日に完治させてしまえば、世の理に合わなくなってしまう。
時間は掛かるが、出来得る限り傷を目立たない様に……ん? 」
<――そう言いつつ
彼女の治癒力を“世の理”に違わぬ限界に引き上げる為
全知全能の力を発動させようとしていた神……だが。
そうする直前、尚も祈りを捧げる“願い人”の部屋に
呼鈴の音が響き渡り――>
―――
――
―
「だ、誰……ですか? ……」
「シオリ、俺だ! ……大丈夫か?
バイト先で事故があったって聞いて俺、仕事抜けて来……」
<――“願い人”である女性に向け、玄関扉越しにそう問い掛けた男性。
だが、この直後
“願い人”はこの男性に対し――>
「だ、大丈夫だからっ!! ……だから、今日は帰ってっ! 」
<――そう言うや否や
慌てた手付きでドアチェーンを掛けた“願い人”
だが、この異様な行動に違和感を感じた“男性”は――>
「……待てよシオリ!
そんな声震わせててどうやって安心しろってんだよ?!
会いたくないならそう言ってくれればいいけど
いきなりそんな態度取られたら俺だって納得出来ないよ!
シオリ……何か俺が悪い事したなら謝るから
一度、顔だけでも見せてくれよ……なっ? 」
<――と、彼女の事を気遣った。
だが“願い人”は尚も頑なで――>
「い、いいからっ! ……仕事忙しいんでしょ?!
本当に……大……丈夫、だからッ!!
……ッッ!! 」
<――叫ぶ様にそう言い放ったが故か
火傷の傷は痛みを増し……僅かに声を漏らした“願い人”
そんな彼女に対し――>
「……分かった。
シオリ……どうしても会ってくれないなら
仕事クビに成ってでもこの場から動かないからな?
シオリが面と向かって会ってくれるまで
俺は、ずっと此処で待ってるからさ」
<――そう言うと
その固い決意を表す為か、深々と扉の前に座り込んだ“男性”
一方、そんな彼の行動に――>
「は……話だけなら扉越しにでも出来るでしょ?
そもそも、そんなに意固地に成らなくても……」
「俺が意固地だって? ……どっちが意固地だよ。
シオリ……もし今、其処にどっかの男が居て
“絶賛浮気中”ってんならそう言ってくれ。
シオリみたいな美人なら“引く手あまた”だろうし
俺みたいな男の彼女にほんの一瞬成ってくれただけでも
有り難かったんだって諦めるよ。
でも……バイト先で事故があった日から一週間
ずっと休んでるって聞いて、どうやって安心しろって言うんだよ?
なぁ、シオリ……頼むよ。
一瞬でも良いから、膝を突き合わせて話せる時間をくれないか?
頼むからさ……」
<――この“男性”の言葉に
……声を押し殺し
口元を抑え涙を流していた“願い人”
この場に暫しの静寂が流れた後――>
………
……
…
「分かった……ナベ君がそう言うなら会って話そう?
でも今“膝を突き合わせて”話したら
きっと、ナベ君とはお別れ……だね」
「は? 何言って……」
<――直後
諦めた様な表情を浮かべつつ、静かにドアチェーンを外した“願い人”は
敢えて、俯く事をせず玄関の扉を開いた――>
………
……
…
「シ、シオリ……その火傷……」
「……ごめんね、ナベ君。
私もう、キミが好きに成ってくれた顔じゃ……無くなっちゃった。
だから……会いたくなかったの。
ごめんね、自分勝手で……
ごめんね、綺麗で居られなくて……さよなら、大好きなナベ君」
<――直後
薄暗い部屋の中へ戻ろうとした“願い人”……だが。
彼女が鍵を閉めようと手を伸ばした
その瞬間――>
………
……
…
「……待てってシオリッ!!
何勝手に“さよなら”とか言ってんだよ!?
何でいきなり“さよなら”なんだよ?! ……」
<――勢い良く扉を開いた“男性”は“願い人”に対しそう言った。
すると――>
「だって……だってッ!!!
キミは、私の顔が“大好きだ”って……逢う度に何時も言ってくれて
でも、その見た目が“こんな風に成っちゃった”から……
……だからッ!!! 」
<――堪え切れず、泣き叫ぶ様にそう言い放った“願い人”
だが――>
「そっか……
……俺、シオリにプレッシャー掛かる発言ばかり連発してたんだな。
ごめんなシオリ、それともう一つ……痛かったらごめん」
「へっ? ……!? 」
<――瞬間
願い人を“優しく抱きしめた”男性は――>
………
……
…
「……なぁシオリ。
確かに、俺はシオリの顔に惚れて猛アタックしたよ……それは認める。
けど、その“惚れた部分に傷を負った”からって、簡単に手放せる程
今の俺はシオリの事を“知らない”訳じゃ無いんだ。
シオリ……俺は、シオリの見た目を好きに成って
それから何回も何回もデートして……それで
少しずつだけどシオリの内面を知ったんだよ。
……なぁシオリ
内面の美しさまで知った今……俺はもう
シオリから離れられないんだよ。
頼むシオリ……シオリがその傷を辛いと言うのなら
何をしてでも俺が絶対に助けるって誓うから……だから。
もう“さよなら”なんて言わないでくれ……」
「ナベ君……」
………
……
…
<――幾許かの時が過ぎ行く中
男性は……彼女との約束を果たす為
昼夜を問わず、彼女の傷を癒やす事に心血を注いだ。
……様々な治療法を調べ上げ
各地の名医と呼ばれる者を訪ね、幾度と無く不安に陥る彼女を支え
そして――
“大丈夫、シオリは何時も綺麗だよ?
傷だってほら……な? キスしたくなる位綺麗だから”
――毎日の様に
彼女の傷へ、彼女の心に届けとばかりに
その傷の“全て”を癒やせとばかりに……彼女を苦しめる傷の全てに
優しき口吻を絶やさず居た“男性”――>
………
……
…
「ね、ねぇ……流石に人前では恥ずかしいよナベ君……」
「え~……良いだろ? シオリの事を治す為のキスだから! 」
「もぉ~っ♪ ……じゃあ、後一回だけ! 」
<――日々を仲睦まじく過ごしていた二人
まるで、彼の口吻に癒やしの力が宿っているかの様に
傷ついた彼女の顔からは、次第にその傷が薄れていったと言う――>
―
――
―――
「……ああ、何故だろう。
何故か無性に――
“末永く爆発しろ”
――と、言いたい気がするのは何故だろう。
仮にも全知全能と崇められ
慈愛の心を持つ私が発するべき言葉では、断じて無い様な気がするのだが。
……ともあれ。
心身共に――
“良き姿であろうとする事”
――それは決して簡単な事では無い。
だが……自らを愛し
また、自らが愛した相手に対する“想いの力”……それを得る事は
少なくとも、君に取っては難しい事では無かったのだろう。
愛し、想う力には
何者にも負けぬ強さがある事を、君達二人は教えてくれた。
……美しき二つの魂に最大限の賛辞を送りつつ
私はもっと、多くの願いを聞き届けるとしよう……」
===第五話・終===
次回は5月14日に掲載予定です。




