第四話「記憶」
<――人間の悍ましい私利私欲を目の当たりにした神は
深き悲しみと共に、強欲な者達への怒りを顕にした。
……そんな全知全能の神は
今日も今日とて、悩める“願い人”達の願いを聞き届ける為
その優しき心と耳を傾けていた――>
………
……
…
「あ……あの日のカヨちゃんの記憶を消してくださいっ!! 」
………
……
…
「いやいや……たとえ僅かでも記憶を消すと言う事は
君が記憶を消したいと願った相手の“時間に関する捉え方”に
何らかの齟齬を発生させると言う事になるのだよ?
……大体、どうせその子の前で何らかの恥をかいたとかその程度の事だろう?
その程度の事の為に、そんな危険な事をする訳には……」
<――幼き“願い人”の映し出されたモニターに目を傾けつつそう言った神。
だが――>
………
……
…
「あの日、僕がカヨちゃんに言った“最低な一言”の記憶を……」
<――涙を流し
自らの発言に深い後悔をしている様子の幼き“願い人”の姿に
神は――>
………
……
…
「……“最低な一言”って何ぞ?
何か気になる言い方する子だね君も……詳しくッ! 」
………
……
…
「僕、カヨちゃんの事がずっと大好きで……でも、素直になれなくて。
カヨちゃんが好きな男の子が出来たって聞いて……それで
ソイツの事を悪く言ったらソイツの事を嫌いになってくれるって思って
でも、カヨちゃんは僕が言えば言う程アイツの事を褒めるから……
……だけど、カヨちゃんとは中学生に成ったら別々の学校に成っちゃうから
僕、どうにかしてカヨちゃんに振り向いて欲しかっただけなのに……
……僕、馬鹿だから
カヨちゃんの“足の事”酷い言い方しちゃったんだ。
僕、本当は……カヨちゃんの全部が好きで
カヨちゃんが歩くの苦手なら、僕がおんぶして歩きたいのに……
……カヨちゃんが行きたい所に連れて行ってあげたいのにッ!!
僕っ……僕はッ!!! ……」
<――数週後に行われる“卒業式”を前に
彼は、深く傷つけてしまった彼女への後悔の念を吐露していた。
そんな彼の願いに……神は
そのままの形で願いを叶える事は“せず”――>
………
……
…
「君の願いと後悔は良く分かった……だが、だからと言って
君の願いをそのままの形で叶える訳にはいかない。
だが、君の本当の“想い”を伝えられる様
その為の力を与える事位は出来る。
……とは言え。
君がその力を正しく使えるかは、今後の君に懸かっている。
ともあれ……君の願いと君の想いが、今度は正しく伝えられる様
私は陰ながらに祈っているよ――」
―――
――
―
「……本当にゴメンッ!!!
カヨちゃん、僕……カヨちゃんの事が幼稚園の時からずっと好きで
アイツの事好きだって言ってるカヨちゃんの事見てると耐えられなくて
でも、だからって世界で一番幸せな笑顔で居て欲しい人に
世界で一番最低な事を言っちゃった事、後悔してもしきれなくて……
……それでッ!
もう……離れ離れに成って、二度と会えないかも知れないって思ったら
僕っ……僕ッ! ……本当にゴメンッッッ!!
勉強は苦手な僕だけど……僕、将来絶対に偉いお医者さんに成って
必ずカヨちゃんの足治せる様に頑張るからッ!!
それで、その時カヨちゃんがどんな相手と一緒に成ってても
ちゃんとお祝いもするからッ!! ……だからッ!!
俺の言った最低な一言と、俺みたいな馬鹿の事なんて忘れて
離れ離れになっても……俺みたいな馬鹿じゃ無い最高の相手見つけて
カヨちゃんには……心から幸せに笑ってて欲しいんだッ!! 」
<――彼なりの形で
思いの丈を全て伝えた幼き“願い人”は
彼女の返答を待たず、この場から逃げる様に走り去った。
そして――
――この日より十数年の時が流れ
互いに離れた場所でそれぞれの道を過ごしていた二人は――>
………
……
…
「ササキさん……次の患者様は? 」
「次の患者様は……あれ? おかしいですね。
ご病気では無く“エイジ先生に面会希望”との事なのですが……」
「僕に面会希望? ……何だろう?
取り敢えずお通しして下さい」
「ええ、では……」
………
……
…
「……久しぶりエイジ君。
本当にお医者様に成ってたんだね! 」
「!? ……カ、カヨちゃん?!
ど、どうして僕が此処で働いてるって……い、いやそれより!!
その足、普通に歩けてる……」
「うん……私、あれから私お母さんと一緒に海外に行ったの。
この足を治せる名医の先生が居るからって……それで
沢山治療して、沢山痛い思いをして……リハビリにも耐えて
今、こうやって歩ける様に成ったの。
……その後、帰って来てから暫くして同窓会のお話が来たんだけど
その時、忙しくて行けなかった私に同窓会での話を伝えてくれたお友達が
貴方の事教えてくれて……」
「ぼ、僕の事を? ……」
「うん……あの日、君が私を呼び出してすっごい剣幕で謝ってた所
その子、見てたみたいでさ……それでその子が――
“アイツ、あれだけ勉強苦手だったのに
ストレートで医者に成ったんだよ?!
しかもマジで未だにアンタの事治すんだ! って
鼻息荒く語っててマジびっくりだよね~”
――って、君の事を話してくれて。
それで……私。
君に、一度しっかり謝らないとって思って……」
「……な、何でカヨちゃんが僕に謝るのさ?!
元はと言えば僕がカヨちゃんに酷い事を言って! ……」
「ううん……違うの。
私の為に必死で猛勉強して、お医者様にまで成ってくれたのに
私の足はもう、完治しちゃったから……その、申し訳無くて……」
「な、なんだ……そんな事か……良かったぁ~っ!
……ねぇカヨちゃん、僕はカヨちゃんが今幸せならそれだけで幸せなんだ」
「へっ? ……」
「……あの日、僕が言った最低な一言の所為で
カヨちゃんの事をどうしようも無く傷つけた事が
ずっとずっと心の“しこり”だったんだ。
……なのに、カヨちゃんは優しいから
律儀に僕みたいな馬鹿の所に訪ねて来てくれて……」
「待って……君は馬鹿なんかじゃないよ。
君があの日、必死に謝ってくれたあの日の言葉があったから
私は辛い治療の日々を耐えられたの。
……だから、君は馬鹿なんかじゃないよ」
「カヨちゃん……ぼ、僕ッ!
今もカヨちゃんの事がッ!! ……」
「……ごめん。
もう一つだけ謝らないと駄目な事が有るの……」
「な、何かな? ……あっ!
ひょっとして、カヨちゃん可愛いからもう結婚して……ってかそうだよね!
カヨちゃんみたいな素敵な人が……」
「ううん……違うの。
私、お仕事の関係でまた海外に行かなきゃ駄目でさ……だから
また、離れ離れなるから……だから
エイジ君ともう一度お別れしなきゃ駄目に成っちゃう事……謝りたくて。
本当にごめんね……」
「そ……そうだったんだ。
で、でもさ! ……カヨちゃんならきっと何処に居ても大成功するよ!
絶対にカヨちゃんは幸せに成れるから! ……だから。
また……会える時まで、元気でいてね」
「……うん。
じゃあ、またね……」
「う、うん! ……またねッ!! 」
―
――
―――
「“死神のヤツは陰の気を纏っている”
……そう、心の何処かに僅かでもある言葉や考えを口にしてしまえば
死神の事を深く傷つけてしまうだろう。
だが、実際彼は陰の気を纏っているし
寧ろその力こそが彼の仕事には大いに役立って居る。
そもそもを言えば、彼はその事を誇りに思っているし
自らが出来る事を最大限活かす事の出来る立場の中で
それを全うしている死神の姿は誰よりも光り輝いて居ると思う。
だが……もしも一度伝え方を間違えてしまえば
思いは形を変え、棘を持った悍ましい形へと大きく変貌する。
“伝える”とは……とても難しい事だ。
だが、少なくとも……私の祈りは願い人である君に届き
君の想いは間違い無く彼女の心に届いた。
……間違いを犯した後、それをどうするかは君達人間次第だ。
素直さと優しさを持ち
慈愛の心で全てを包み込む事だけが正義とは言わないが
かと言って、棘の有る感情で相手を傷つける事が有っては成らない。
“伝える事はとても難しい”
……君達人間から“全知全能”と呼ばれる私ですら正解を見いだせぬ以上
やはり私は、もっと多くの願いを聞き届けねば成らない」
===第四話・終===
次回は5月7日に掲載予定です。




