第十六話「不幸」
<――決して尽きる事の無い愛と
様々な愛の形を目の当たりにした神は……今日も今日とて
悩める“願い人”達の願いを聞き届ける為
その優しき心を以て人々の願いに耳を傾けていた――>
………
……
…
「彼を……彼を不幸にしてくださいっ!!! 」
………
……
…
「……全く。
この手の願いは本当に不愉快だ、本人に自覚がある場合ならばまだ良いが
如何なる理由であれ他者を“呪った”時点で
その禍々しい力が自らにも跳ね返る事を知らないのか
知った上で尚行ってしまうのか……
……何れにせよ“願い人”たる君に対し
その者がどれ程の悪意を齎したのだとしても
その者の不幸を願うよりも、自らの幸せを願う方が
余程建設的だとは……」
<――“願い人”である男性の映し出された画面に向け
哀れみと悲しみを持ち、諭す様にそう告げた神。
だが――>
………
……
…
「……アイツは。
アイツは……もっと“幸せ”を理解するべきなんです。
親の愛と地位‥……勿論、お金だってそうです。
……全てを持っている筈なのに、アイツは何故か悪さばかりをして
自分の立場を貶める様な行動ばかりを取るんです。
アイツは、一度その幸福に気付くべきなんです……だからっ!!
その為にも……一度“この男”に不幸をっ!! 」
<――“卒業アルバム”を開き
対象と思しき男の顔を指さしながらそう言い放った“願い人”
この、異質とも思える“呪い”に対し――>
………
……
…
「……成程。
確かに、君が“指し示している”その人間は恵まれた環境に在り
君の言う様に“間違った行動”ばかりを取り続けている様だ。
“願い人”たる君よ……君が呪わずとも
彼は既に天罰を与えねば成らぬ所にまで来ている様だ。
彼は、地位も名誉も金も愛も……全てを得られる環境にありながら
それら全てを台無しにする様な行いを続けた挙げ句、悪事に手を染め
自らの我儘だけを押し通すだけの存在と成り果てているのだから。
……とは言え、不本意ではあるのだが
君の願いが故に彼の悪事を知った以上
この一件は“君の呪い”として処理せねば成らない。
だが、彼への“思い遣りが故”である事も
私には良く分かっている……“願い人”たる君よ、安心して欲しい。
彼には確りとした天罰を与えよう――」
<――直後、天高く手を振り上げた神は
願い人の指し示した男に対し……その心に“改心”が芽生えるまでの間
ありとあらゆる天罰を与え続けた――>
―――
――
―
「痛ってぇぇぇぇぇっ!? ……ってかなんでこんな所に
“硝子の破片”が落ちてんだよ!?
畜生……結構深く切っちまった……」
………
……
…
「……ぐッ!!
てめぇ、やりがやがったなっ?! ……
……畜生折れてやがる。
畜生ッ……畜生ッ……」
………
……
…
「……はぁ!?
なんで俺が逮捕なんだよ!? ……俺が何したってんだよ!?
おい、離せよ?! この糞警察共がッ!! ……」
………
……
…
「……嘘……だろ?
俺の全財産が……おい糞レーサー共がッ!!
てめぇらの走りが悪りぃ所為だぞ!?
どうしてくれんだよッ?! ……糞共がッ!
クソッ!! クソクソクソクソクソクソッ!!
ク……ッ゙?!
うぐっ?! ……む、胸が……苦し……ッ……」
………
……
…
「……すまない、僕の所為だ。
僕があの日、神に祈ったから……君に……
“幸せな立場”だと気付いて欲しくて……あの日、僕が君を呪ったから……」
<――墓前に立つ一人の男性。
彼は……白髪が混じる程の年月を生き、そして
若過ぎる友の死を自らの所為だと悔いて居た――>
………
……
…
「……昔、貧乏でイジメられて居た僕に
君はとても良くしてくれて……
……あの日、君が助けてくれなかったら今の僕は無かった。
なのに……君が僕の友達に成って居なければ……僕なんかの友達にっ!
“友達の不幸を願う”最低な男の友達なんかにっ!! ……」
<――墓前に立ち自らの過去を悔続けた
“願い人”……この日から数十年の後、彼もまた天に召される事と成った。
だが――>
………
……
…
「こ……此処は……どこだろう……ああ、そうだ。
僕は、確か病院で……」
“……何故、他者を呪った? ”
「だ、誰だ?! ……す、姿を現せっ! 」
“もう一度問う……何故、他者を呪った? ”
「い、いきなり何だ……って。
“何故、他者を呪った”……だって?
嗚呼……そうか……僕は“地獄に堕ちた”のか。
……そうするとこの声の主は
閻魔大王様って事で……うん。
……閻魔様、僕は全ての罪を認めます。
僕は……たった一人の親友であり大恩人でもあった彼を呪い
彼の人生を奪った大罪人です。
……この事に関する弁明の余地など僕にはありません。
閻魔大王様、どうか僕を地獄へとお導き下さい……」
<――虚空の中に置かれた“願い人”
彼は、何処に居るとも分からぬ“閻魔大王”に対しそう願った。
だが――
“反省の論など聞いておらぬ……私が訊ねている事は唯一つ。
何故、他者を呪った? ”
――何処からとも無く発せられたその声は
尚もそう問い質した。
そんな声の主に対し“願い人”は――>
「……分かりました。
僕が彼を呪った理由……お話します」
<――そう言った。
そして、深く息を吸い込んだ直後
彼は――>
………
……
…
「……アイツは僕の幼馴染なんです。
二学期の初めに引っ越して来たアイツは
誰もが羨む大企業の社長と
トップモデルの母を両親に持つ“御子息”で
学校の先生達だって見るからにアイツに取り入ろうとしてた位でした。
そんなアイツが、あの日……何時もの様に
いじめっ子達数人にイジメられていた僕のすぐ近くを通りかかったんです。
それで、その時――
“てめぇらさぁ、恥ずかしく無い訳?
一人相手に寄って集って……てめぇらはハエか何かか? ”
――って、いじめっ子達に喧嘩を売ったんです。
当然いじめっ子達もムキになって、アイツに殴りかかったんですけど――
“……やっぱお前達はハエの生まれ変わりかもな。
弱過ぎるし、爺ちゃん……いや、師匠の方が余程怖いぜ? ”
――とか言いながらいじめっ子達全員を一瞬にして倒したんです。
そして、怯えていた僕に対し手を差し伸べながら――
“お前も一回位やり返せ……いや、違うな。
一回じゃ割に合わねぇし、数十倍にしてやり返したら丁度良いんじゃね? ”
――そう言って僕に笑顔を見せてくれたんです。
その日から、僕達は親友と呼べる程の交友関係を築き続けました」
“成程……であれば何故、斯様な聖者を呪った? ”
「……あの日からアイツはいじめっ子達に目をつけられたんです。
勿論、アイツは強かったから負ける事は疎か
傷ひとつ付けられる事さえ無かったんですけど……でも。
……ある日の事、いじめっ子達が転校した日を境に
アイツは何故か悪事にばかり手を染める様に成ったんです。
そして、僕が話しかけても無視する様に成って
悪い奴らとばかりつるむ様に成って……何故なのか知りたかった。
何故、あんなにも優しくて屈託の無い笑顔を浮かべたアイツが
あんなにも悪の道を突き進んだのかを……」
<――話の最後に一つ疑問を口にした“願い人”
そんな彼に対し、声の主は――
“……真実を知る覚悟があるか? ”
――そう問うた。
直後――
“はい”
――と言った“願い人”に対し
声の主は――>
………
……
…
“全てを有し、それが故に
全ての困難を容易に解決する身内を持つ事が
必ずしもその者に取っての幸せとは限らぬ……
……虐めを行った者達が全て去った原因が
余りある程の金を受け取った彼の者達の親が故である事……
……自らの正しき行いを、自らの信頼する両親から
無駄であると一蹴された事こそが
彼奴を歪めし諸悪の根源である……”
<――地を這う様な声で
そう、言った――>
「そ、そんな……じ、じゃあ
アイツは何も悪くは……そんな……そんなっ!! 」
“彼奴は……何不自由無く生まれ、何不自由無く成長し
純粋過ぎる程の純粋さを育んだ結果、その純粋さが故に
容易にその姿形を変えられてしまう柔軟さをも有していたのだ”
「……違う。
アイツは何も悪く無かった……僕が。
僕が全て……不幸を願った僕が悪いんですっ!! 」
“否……御主の呪いは想いが故の事
御主の魂は、天に召され再びの生を……”
「駄目ですっ!!! ……そう成れる権利はアイツにしか無いっ!! 」
“……不服を聞き入れるつもりは無い。
だが――
――天に召される者の願いを聞き届ける事は出来る。
御主の終の願いである……何を願おうとも自由だ”
「……っ?!
そ、それならっ!! ――
“僕とアイツが生まれ変わった時、もう一度友達にして下さいっ! ”
――今度は、お互いに助け合える様な人生最良の友として
今度は神頼みじゃ無く、自分自身の力でそう成れる様
最大限の努力をします……だからッ! ……」
“御主が終の願い、確と聞き届けた――”
「ほ、本当ですか?! って、足が消え掛けて……
う、うわぁぁっ!? ……」
<――眩い光に包まれ
“輪廻転生”の波に飲まれた“願い人”――>
………
……
…
「チッ!! お、覚えてろよッ?! ……」
「……ええ、貴方達が彼に数人掛りで暴行を加えていた事は
忘れ様の無い事実です、然るべき機関に届け出れば
犯罪として立証……って、もう居ないでは無いですか」
<――走り去る者達の背に向け
おっとりとした口調でそう言い掛け、困った様な表情を浮かべた女性。
直後、彼女は思い出したかの様に振り返り――>
「あぁっ! いけない! ……傷に障りますから
あまり急激に動いては! ……」
<――膝に手を付き、立ち上がろうとしたボロ着姿の男に対し
そう慌てた様子で声を掛けた彼女……だが。
男はその手を振り払い――>
「離せよ……“クソッ!! ”
……金持ちの御令嬢様が。
貧乏人への御慈悲のつもりかよ……哀れみか何かかよ!? 」
<――荒んだ環境が故か、彼女の善意を疑いそう問うた男。
だが、そんな彼の問いに――>
「……どう思われても構いません。
それでも……この瞬間だけでも
貴方様の不遇な時間を消し去れたのなら私はそれで構いません。
とは言え、ご迷惑だった様ですね……ごめんなさい。
もう、お邪魔は致しませんので……それでは」
<――そう返し、この場から立ち去ろうとした彼女。
一方、暫くその背中を眺めていた男だったが――>
………
……
…
「おい……待てよ」
「はい、何でしょう? ……って、まさか。
私のいらぬ手出しに腹を立て
私の事を“手籠め”にでもしようと……」
「……ちげぇよ!!
そ、その……おめぇみたいな金持ちの女に“物”では返せねぇけど
一応、助けて貰った礼くれぇは言って置かねぇと男として恥ずいって言うか……
……だぁ~っ! “クソッ!!! ”
その、なんだ……あ、ありがと……な……」
「っ!! ……はいっ! こちらこそ
御礼を言ってくださり有難うございますっ!
また何時でもお助け致しますので、ご安心下さいねっ♪ 」
「な゛っ?! ……なんで俺が毎回やられる前提なんだよ?! 」
「へっ? ……あっ、これは失礼をっ!
でも、それはそれで面白いかもしれませんね! うふふっ♪ ……」
「おいてめぇ! 笑ってんじゃねぇ! ……」
―
――
―――
「……君が最期の時
“終の願い”を死神に聞き届ける様頼んだ私は
“改心”を知らなかった彼を……再び、君の元へと導いた。
しかし……彼の“口癖”が輪廻の流れを経ても変わらないとはね
余り宜しい口癖とは思えないが……ともあれ。
……今度こそは、君の願いが叶う人生と成る事を祈っている。
しかし……君達人間の“友達”と言う考え方は良いな。
神とは孤独な存在でね……友達、作ってみたい物……」
「……い……おい! 神! ……何ボケーっとしてんだよ? 」
「ん? ……おぉ!! どうした死神、丁度君の噂を……って。
その手に持っている……“それ”は何だね? 」
「これか? ……いやいや
お前がお勧めしてくれた“ぼた餅”とか言う菓子だよ。
人間の中にも俺に供えてくれる見どころのある奴が居てさ!
けど、大量にあるからお前にもお裾分けしてやろうかと……」
「何ッ!? ……死神……本当に良いのか?
私に……それをくれると言うのか!? ……」
「お、おう……」
「おぉおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
死神っ! 君は本当に最高の“友達”だッ!! ……」
………
……
…
===第十六話・終===
次回は7月30日に掲載予定です。